2025年12月27日

◆ AIの基本原理 .3 (結論)

 AIの原理は判明した。こうしてAIの原理がわかると、そこから「人間の思考力とは何か」も理解できるようになった。それは意外なものだった。

 ──

 思考力とは何か


 人間の思考力とは何か? その問いはあったが、答えは得られなかった。
 人間の思考は神秘に包まれていた。そこには非常に複雑な構造があるのだと思えていた。あまりにも複雑すぎて、その真実に到達するのはとうてい無理だと思えていた。いわば雲に隠されて見通せない、高峰の頂きのようなものだと思われていた。それほどにも神秘的だった。
 ところが、AIが出現して、人間の思考と同等レベルのことを実現するようになった。そのことで、人間の思考とは何かが一挙に判明したのだ。 
 つまり、人間の思考はパーセプトロンの多層化で説明されるのだ。

 パーセプトロンという原理がある。これは基本は2層構造である。それをどんどん重ねて、3層、4層、5層……というふうに、たくさんの層にする。単純なものを複数にして、多層化する。たったそれだけのことで、機械が高度な処理能力を発揮して、非常に複雑な思考を実現できるようになる。……これは驚愕的な真理である。

 このことは前にも述べたことがある。次のように。
 人間の思考とは何か? それは神秘のベールに隠されていると思われてきた。人間にはとうてい窺い知れぬ神秘な構造があると思われてきた。
 しかし実は、パーセプトロンという単純な構造だけで、人間の思考のすべては説明できるのである。囲碁の能力も、絵画の能力も、言語の能力も、それぞれの能力は独自の複雑な構造を持つのではなく、いずれも「パーセプトロン」という単純な構造で説明できるのだ。
 もちろんそこには非常に複雑な回路構成がある。だが、その複雑な回路構成は、「パーセプトロンの層を多層化する」ということだけで実現されてしまうのだ。高度で複雑な機能が、単純な構造を多層化するということだけで実現されてしまうのだ。……こうして人間の脳の複雑な機能が、パーセプトロンという簡単な原理で説明されることになった。
 そして、パーセプトロンという原理さえあれば、あとはもはや何も必要ないのである。細かく言えば、チューニングするために細かな技術的な工夫はなされているのだが、それは細かな小手先の話にすぎない。原理としては、パーセプトロンという簡単な原理があるだけで十分なのだ。

 複雑な現象が単純な原理で説明できる。……こうして人類は真実に到達できたと言えるわけだ。これまでずっと「最後の謎」と思えてきた脳の知性について。
( → 言語AIの原理と能力 .1: Open ブログ


 AIの現実化


 パーセプトロンという原理。実はその原理は昔から知られていた。ただし、その原理は(推定として)わかっていたが、その原理を用いて実際に「考える機械」をつくることはできずにいた。
 そこに至るヒントをもたらしたのが、視覚における CNN だった。
 それをヒントにして言語能力を獲得させたのが、Transformer だった。その秘訣は、自己注意 ( Self-Attention )という手法だった。それはパロールからラングを獲得することに相当した。こうしてAIは( Transformer 経由で)言語力を獲得するようになった。
 そして、それをもたらしたのが、パーセプトロンの多層化だった。パーセプトロンの高次層が言語を関連付けるのだ。この件は、前に述べたことがある。

多くの研究(例:“Language Models as Knowledge Bases?” Petroni et al.)で以下のような知見があります:
主な働き知識保持の特徴
初期層(1〜4層)単語の意味、品詞、文法構文的特徴が中心
中間層(5〜8層)主語と述語の関係、文の構造局所的な意味理解
深層(9層〜)抽象的知識、事実の連結、常識長期依存・文脈理解・知識保持

( → 検索するAI/ 記憶するAI: Open ブログ

 こうして多層化を進めることで、言語AIは抽象的理解力を獲得することができるようになった。それは機械が思考力を持つということだった。多層化をどんどん進めることで、機械は思考力をどんどん高めていった。
 つまり、言語力を獲得したことを通じて、思考力を持つようになったのだ。言語力の延長上に思考力が現れたのだ。これはあまりにも意外なことだった。

 特に、Grokking の説明を参照。(前々回)
 計算が量的に増えると、多層化の過程で、能力が突発的な大幅アップをするようになる。しかも、段階的に。……とすれば、ここが知性獲得の段階だったのだ。それは、目には見えないが、まさしく思考獲得の段階だったのだ。その段階が進むにつれて、機械はどんどん思考力を上げていったのだ。

 言語と感覚と思考力


 思考力はどこにあるか? それは人間の中に独自に備わるものだと思われてきた。「機能局在論」という概念がある。
 「視覚は脳の視覚野でなされ、聴覚は脳の聴覚野でなされ、触覚や痛覚などは脳の体性感覚野でなされる。それと同じように、思考は脳のどこかでなされているに違いない」
 そういう発想が生じたこともあった。
 つまり、視覚や聴覚の認識とは別に、思考するものである「思考力」が別にあるはずだ、と思われてきた。感覚とは別に、一段高次の「思考力」をになう領域があるはずだ、と思われてきた。
 しかしそうではないらしい。思考力は一つの単独のものではない。思考力は感覚ごとに別にあるのだ。視覚の上に視覚思考があり、聴覚の上に聴覚思考があり、体性感覚の上に体性感覚思考がある。それらの思考はそれぞれ別々のものである。そして、別々のものを統合して調和させるものは別にある。それが前頭前野だ。

 比喩。司令部は各部隊を統制するが、実際の戦闘作戦を練るのは各部隊だ。自動車会社の戦略を練るのは経営者だが、実際の設計や実験を考えるのは各部門だ。頂点がすべてを考えるのではない。頂点は下部に指示するのみであって、実際の作動をするのは各部隊である。

 それと同様だ。
 視覚を受けたら、視覚部門で、脳の高次部分(視覚連合野)が処理する。
 聴覚を受けたら、聴覚部門で、脳の高次部分(聴覚連合野)が処理する。
 体性感覚を受けたら、体性感覚部門で、脳の高次部分(体性感覚連合野)が処理する。
 そういうふうに各部門で分担する。
  → AIと前頭前野: Open ブログ

 ──

 ここで重要なことがある。言語は聴覚部門で処理しているのだ。それが聴覚連合野(ウェルニッケ野)だ。ここは二次聴覚野よりも上の部門にあるとも言える。
 ChatGPT の解説には、こうある。
  ・ 一次聴覚野(A1):音そのもの(高さ、強さ、リズムなど)の解析。
  ・ 二次聴覚野(A2):音のパターン(音声の特徴、音素など)の識別。
  ・ ウェルニッケ野:音声として認識された言語情報の意味理解・統合。
 → つまり「音を聞く」から「言葉として理解する」への橋渡しを担う。

結論:
 ウェルニッケ野は聴覚系に接しており、聴覚情報を言語情報へと変換する中枢。
したがって、「聴覚処理と言語処理の両方を兼ねている」が、主役は「言語理解」のほうである。
( → ChatGPT ウェルニッケ野の機能

 

 まとめ


 「人間の思考とは何か?」という疑問があった。それについては、AIを通じて真相が判明した。 
 人間の思考はそれ独立で脳に存在するものではない。思考は感覚ごとに別にあるのだ。
 特に言語的思考は、聴覚処理の高次化という形で形成される。
 聴覚処理の高次化は、パーセプトロンの多層化という原理で得られる。
 それは(AIのかわりに)脳細胞の多層構造で実現される。

 思考は神秘なものだと思えた。しかし特別に神秘なものではないのだ。それは視覚や聴覚の感覚処理と同類の原理によってなされる。思考と感覚とはまったく別のものではなく、感覚処理の延長上に思考がある。
 その双方をもたらしたのは、パーセプトロンという原理だ。パーセプトロンの原理を通じて、高度な思考を生み出すことができるようになったのだ。
 そのパーセプトロンを形成する具体的なものが、脳のニューロンである。これが複雑にからみあうことで、パーセプトロンの原理を自然界の中で実現した。機械が超高速の莫大な処理でなすことを、たった1人の脳組織だけで実現することができていた。

 生命の神秘の奥には、思考の神秘があった。思考をもたらすのはニューロンだとわかっていて、ニューロンの存在はわかっていた。だが、ニューロンの役割が不明だった。ニューロコンピュータやニューラル・ネットワークという概念ができて、少しは近づいたかと思えたこともあったが、そのときでさえ機械と脳との差はあまりにも巨大だった。脳の能力はAIよりもはるかな高みにあると見えていた。そこにはとうてい届きえないと思えていた。
 しかし「特徴抽出」という概念が突破口となった。そこから CNN の技術が誕生して、視覚認知ができるようになった。さらに、それを転用して、自己注意 ( Self-Attention )を用いた Transformer という技術ができると、AIはまさしく人間並みの言語力を獲得することができるようになった。と同時に、思考力も獲得できるようになった。それはまさしく機械が人間の脳に匹敵する能力を獲得したことに相当した。…… それが Deep Learning の技術だ。

 このことから逆に、脳細胞の役割もついに判明したことになる。ニューロンの役割は、パーセプトロンを作ることだったのだ。それは2層ではたいした効果はないのだが、多層化することで驚くほど高度な処理ができるようになったのだ。それが人間の思考なのだ。こうして人間の思考の神秘は解明されたのだ。


 ※ 核心を言えば、冒頭に述べた通りで、「パーセプトロンの多層化」である。



 [ 付記 ]
 余談として、デカルトの話をしよう。
 「我思う故に我あり」
 とデカルトは言った。これは成立するか? 

 この件は、機械が思ったと考えるといい。
 「我思う故に我あり」
 と機械が思ったとする。では、それは成立するか? 

 答えを言おう。それは成立しない。なぜなら、「我思う」というAIは、仮想世界に存在するだけであり、現実世界には存在しないからだ。ゆえにAIが「故に我あり」と思ったとしても、それは仮想世界にあるだけであって、現実世界には存在しないのだ。

 この件は前に述べことがある。
AIは、「考える機械」と言われるが、その機械は、現実世界の機械ではなく、仮想世界の機械である。現実世界の機械は、「考える機械」を仮想的に構築しているだけだ。

AIが仮想世界で推論した結果は、その情報がそっくりそのまま、現実世界のわれわれに伝わる。情報そのものは、仮想世界から現実世界に伝わる。

この現象こそが、現代のAI時代において、仮想と現実を接続する最大の回路です。
( → AIは考えるか? .2: Open ブログ

 仮想世界から現実世界へと情報は伝わる。そのせいで仮想世界を現実世界だと混同しがちである。仮想世界で思っている人(または機械)は、自分を現実の存在だと思いがちである。しかし、仮想世界で思っている人(または機械)は、現実の存在ではないのだ。

 それは「胡蝶の夢」という物語で考察されている。また、「夢の中で考えている私」という考察もなされる。
 夢のなかの自分は、思考しているつもりでいる。しかし本当は、「自分が思考している」という夢を、現実の自分が(夢として)見ているだけだ。
 その意味で、「自分は思考している」と自分が思考することは、自分の存在性を裏付けない。単に「自分は思考している」と思考する、という自己認識の作用があるだけだ。そして、その自己認識が夢であるか現実であるかは、思考している自分自身には理解できないことである。つまりそこには、何の確実性もないのだ。(デカルトの否定。)
( → 我思うゆえに我あり in 夢: Open ブログ

 ともあれ、こうしてデカルトの説には、否定的な判断を下すことができるようになった。「考えるAI」が、現実世界には存在せず、プログラムで構築された架空の世界にあることは、「我思う、故に我あり」と考える機械は成立しない、というふうに結論できるわけだ。

 ※ 実は、この結論は、AI自身がそう結論している。「私は存在しません」と。
    → https://chatgpt.com/share/693fe0b4-012c-800f-a975-60c7bf5bb8a1
 
posted by 管理人 at 20:00 | Comment(1) | コンピュータ_04 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
AIは思考するけど存在しないなんて・・・
何かのSF小説でディープラーニングAIとバーチャル映像を組み合わせて、人を蘇生させるような物語があったのを思い出しました。
松下幸之助の思考と声を2次元映像で再現して会話が出来る技術は既にあって、親族がビックリしたというNewsもあったような?
Posted by hidari_uma at 2025年12月28日 08:34
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