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能登の災害関連死が多い、と報道された。本日の朝日新聞記事。
能登半島地震の関連死は12月17日現在247人で、直接死(228人)を上回っている。
死亡に至る経緯や原因(複数回答可)は、最多が「震災によるショック・ストレス」の152人で、次いで「停電や断水、ガス停止による肉体的・精神的負担」が87人、老人ホームなど「社会福祉施設の介護機能の低下」が53人と続いた。
( → 能登の関連死、3カ月以内9割 地震被災14市町 「避難整備遅れ」指摘 朝日新聞社調査:朝日新聞 )
4月24日午前4時すぎ、輪島市の集会所「七浦(しつら)基幹集落センター」。升本外広(そとひろ)さん(当時74)が胸に手を当てて苦しそうにしていた。妻キヨ子さん(77)は背中をさすり、「救急車、呼ぶ?」と尋ねると、無言でうなずいた。これが最後の会話となった。
輪島市は11月、約4カ月間の避難所生活で外広さんの心身に相当の負荷が生じたとして、災害関連死と認定。死因は「肺塞栓(そくせん)症」とみられる。
升本さん夫妻は地震で自宅が半壊し、近くの集会所に避難した。輪島市によると、同センターには最大29人が避難し、外広さんが亡くなった4月下旬も10人が暮らしていた。
同センターは市の指定避難所だが、水や食料、段ボールベッドなどの備蓄が一切なかった。升本さん夫婦は自宅から運んだこたつ布団2枚に横たわり、毛布をかけて寝ていた。
( → 災害関連死、過酷な現実 「危険な状態」「職員も疲弊」――介護施設の悲鳴:朝日新聞 )
多数の死者が出た、と報告していながら、その原因についての分析が足りない。一応、次の記述はある。
県が進めた2次避難に一定の評価をしつつも、「スピード感の欠如」を指摘する。
2次避難者が1千人を超えたのは1月中旬で、最多の5275人まで増えたのは2月16日。「避難所で病気になるかどうかは最初の2、3日が勝負。発災から1週間以内の急性期での対応が遅すぎた」とみる。
「最初の2、3日が勝負」というほどにもスピードが大事ならば、「4月24日になっても、まだ避難所にいる」というような状態は、論外あろう。なのに、その論外な状態を放置していることについて、何の指摘もない。単に「避難所の環境は劣悪だ」と記すだけだ。呆れる。
避難所の環境が劣悪であるなら、その状況を改善するべきなのではない。その劣悪な環境から脱するようにすればいい。つまり、避難所を脱して、2次避難の場所(旅館や賃貸住宅)に移ればいい。それが正解なのだ。なのに、記事はその正解を示さない。どうでもいいことばかりを記述している。
では、なぜ、記事は正解を示さないのか? なぜ?
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その答えを言おう。それは、朝日新聞が愚かだからではない。国と県が愚かだからだ。その基本方針は、こうだ。
「2次避難の場所(旅館や賃貸住宅)に移るべきではない。避難所にいつまでも留まれ。そこで死ね」
つまり、災害関連死が起こるのは、あえてそうなるように、国と県が推進しているからなのだ。死者が増えるように国と県が推進しているから、実際に死者が増えているのだ。
ではなぜ、国と県はそういうことを推進しているのか? それは、そうすれば、土木業者が公共事業費で金儲けができるからだ。土木業者が金儲けをするために、被災者の命は奪われているのだ。
それが真実なのだ。
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では、なぜそういうことが起こるのか? この件については、前に詳しく説明した。
簡単に言えば、仮設住宅を建設するためである。それによって、巨額の金を無駄遣いできるので、国民の金を湯水のように浪費して、土木業者がしこたま儲けることができる。そのために、被災者の命は犠牲にさせられるのだ。
→ 仮設住宅は人を殺す: Open ブログ
→ 仮設住宅は人を殺す(結果): Open ブログ
→ 避難所に留まりたがるわけ: Open ブログ
人々は地元に留まりたがる。遠くの場所で新たな生活基盤を築こうとは思わず、あくまで地元に留まりたがる。だから、遠隔地の賃貸住宅(見なし仮設)には移らず、地元の仮設住宅に住みたがる。
ただし、仮設住宅に住むには、条件がある。避難所に住み続けていることが条件なのだ。いったん遠隔地の賃貸住宅(見なし仮設)には移ったなら、そこで権利を行使したので、新たな権利を行使することはできない。つまり、地元の仮設住宅に住む権利をなくす。
かくて、地元で暮らしたがる人は、劣悪な環境の避難所に住み続けることを強要される。仮に、その劣悪な環境を脱して、他の場所に移ったならば、もはや地元の仮設住宅に住む権利をなくすからだ。
こうして国と県は、人々を劣悪な環境の避難住宅に住み続けることを強制する。つまり、災害関連死になりやすい状況を強制する。
こうして被災者はどんどん死んでいくのである。政府の吹く笛に踊らされて。

ハーメルンの笛吹き

レミングの集団自殺(想像図)
[ 付記1 ]
仮設住宅の建設コストは、以前は 1000万円ちょっとだった。今では 1500万円を突破するだろう。そこに住める期間は、原則 2年間。延長しても、3〜5年間ぐらいだろう。(その後は退去が義務だ。土地は公園などの公有地だからだ。)
一方、近辺または遠隔地の空き家ならば、500万円以下の物件がたくさんある。この件は、前にも述べた。
中古一戸建てだと、格安である。
石川県 https://x.gd/JPkRb
富山県 https://x.gd/K5bJ6
安い物だと、180万円。500万円以下も多いし、1000万円以下も多い。それでいて、建物も土地も付いている。格安だと言える。
( → 安い物だと、180万円 )
[ 付記2 ]
結局、被災者に現金を渡すならば、500万円ぐらいの金を渡すだけで住む。しかし、仮設住宅(1500万円)を建てて、水道や電気や道路(数千万円)を復旧すると、とんでもなく巨額の金を投入する必要がある。しかも、それで造られたものは、20年後には廃村となって捨てられる。……すごい無駄だ。
※ ただし土木業者だけは、しこたま金儲けができる。それが国と県の狙いだ。利権。袖の下。それが目的だね。
[ 付記3 ]
本項の提案を読むと、「安上がりにすることが目的だ」と見えそうだが、そうではない。人の命を救うことが究極の目的だ。「現状では大金を投入して、人の命を奪う」というふうにしているから、その愚かさを是正したいわけだ。そこでの主眼は、金の節約であるように見えるが、実は、人の命を救うことが主眼である。
「 Openブログ は被災地のコストカットばかり考えている守銭奴だ。ゴーンみたいな奴だ」と思うのは、勘違いである。(そもそも日本政府が節約したからといって、私が儲かるわけじゃない。)
