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復興は復旧ではない
復興というと、元通りにすることだと思われがちだが、むしろ、新たなものを作ることだ。そう理解するべきだ。
なぜか? 元の状況があまりにもひどい状況だったからだ。
今回の被災地では、その建物は古い木造建設がほとんどだ。のみならず、狭い住居区に建物がやたらと密集している例が多い。そこには建物の間にまともに道もない、というありさまだ。ストリートビューの車が入れないほど狭い道もある。たとえば、大火災のあった輪島市の朝市がそうだ。
建物と建物の間に、ろくに道もないことがわかる。
特に、細い道は、ストリートビューの車も通れないほど狭い。
このように、まともに道もないありさまだ。こんな状態で、建物がやたらと密集している。その点では、前に述べた京都と同様だ。
→ 京都を観光都市として拡充せよ: Open ブログ
京町家は、うなぎの寝床のように細長い長屋が奥までつながっている。どうしてこうなったのかというと、地区一帯に道路がないからだ。あたり一帯がすべて住宅地となっていて、奥の方まで通るための道路がない。下図のように。□□□□ □□□□□□□□□ □□□□
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京都がそうであるように、輪島の中心部も人家が密集している。道路がまともにない。(住宅地では、建物間の距離が狭いので、建築基準法の条件も満たしていないだろう。)……こういうふうに木造の建物が密集しているから、大火災も起こった。
このように劣悪な建築環境のまま、元通りに復旧するとしたら、劣悪な建築環境が元通りに再現されることになる。それではまずい。
都市計画
では、どうすればいいか? それには、こう答えることができる。
「復興の都市計画を作れ。復興するとしたら、どういうふうに復興するか。そのための、青写真(グランドデザイン)が必要だ」
これは、当然のことだ。特に目新しい見解ではない。実際、東日本大震災のあとでも、各地では都市計画に従って、住民の考えを取り入れながら、復興が進んでいることが多い。このような「住民参加」型の都市計画を作るなら、うまく行くことが多いだろう。
※ 当たり前のことである。
復興庁
一方で、住民の参加がろくにないまま、復興庁の主導で復興が進むことがある。その典型が、陸前高田だ。「高台を作る」という復興庁の方針の下で、1戸あたり 4000万円もの巨額とを投入して、高台の土地を新規に造成した。
しかしそこには、まともな都市計画がなかった。土地造成は進んだが、都市計画がないので、都市ができなかった。ただの巨大な空地ができただけだった。巨額の費用を投入して、ただの空地を作っただけだった。
→ 陸前高田の現在: Open ブログ
この記事にリンクされている朝日新聞の記事から、一部抜粋しよう。
夜9時、岩手県陸前高田市の中心部。
ライトの先に見えるのは、「貸地」「売地」の看板だ。空き地が広がる中、道路灯だけがやけに明るい。
かさ上げされた民有地 31ヘクタールのうち、7割余りには家や店が建つあてがない。3年前、復興の象徴でもある大型商業施設ができたが、周りには居酒屋や事務所など、70軒ほどが集まるだけだ。住宅の明かりは10軒もない。
( → (東日本大震災9年)街は整う、人は戻らない 大規模かさ上げの陸前高田:朝日新聞 )
ストリートビューで見ても、造成された空地の区画ばかりが見える。
復興庁が必死に働いて、新たな町が復興されたと見えた。しかし復興されたのは、土地だけだった。そこには人がいない土地ができただけだった。
これが今まで政府のやって来たことだ。
とすれば、能登半島でも、同じようなことになる可能性が高い。政府は莫大な金を投じて復興しようとするだろうが、そこでは不動産業者が仕事をもらうだけで、住民はいなくなる可能性が高い。
政府の方針では、復興には何年もかかる予定だ。それが完成するころには、人々はもはや遠くの場所に移住して、新たな生活を始めているだろう。そこから戻ってくることはないだろう。あとに残るのは、空地の区画だけとなる。
それが能登半島に予想される未来だ。
防災庁
復興庁は無能である。ならば、別の組織を作ると良さそうだ。そのためには、復興庁と防災庁を一体化したような、新たな省庁を作ってもいいだろう。
というか、防災庁を新たに作り上げて、そこに復興庁を吸収するといいだろう。復興庁はもともと、東日本大震災に対応したもので、将来的には消滅することが決まっている。というか、そもそも本来ならば、震災後 10年で廃止されるはずだったのが、法律を修正して延長する形で(かろうじて)、 2031年まで生きながらえているだけだ。法律の規定からも、徐々に縮小される運命にある。 2031年には消滅する運命にある。
また、復興庁は東日本大震災に対応することに専念している組織であるので、熊本地震や能登半島地震には対応していない。
第三条 復興庁は、次に掲げることを任務とする。
一 東日本大震災復興基本法(平成二十三年法律第七十六号)第二条の基本理念にのっとり、東日本大震災(平成二十三年三月十一日に発生した東北地方太平洋沖地震及びこれに伴う原子力発電所の事故による災害をいう。以下同じ。)からの復興に関する内閣の事務を内閣官房とともに助けること。
二 東日本大震災復興基本法第二条の基本理念にのっとり、主体的かつ一体的に行うべき東日本大震災からの復興に関する行政事務の円滑かつ迅速な遂行を図ること。
( → 復興庁設置法 | e-Gov法令検索 )
こういうわけだから、今回の能登半島地震でも、復興庁は何の仕事もしないわけだ。まったくの無駄組織と言える。
ならば、こんな組織は新設の防災庁に吸収して、あらゆる地震に対応できるようにするべきだ。
防災担当大臣
実は、政府には「復興大臣」とは別に、「防災担当大臣」が存在する。
・ 復興大臣(復興庁の大臣) …… 土屋 品子
・ 内閣府特命担当大臣(防災、海洋政策)、国家公安委員会委員長、国土強靱化担当、領土問題担当 …… 谷公一
後者(内閣府特命・防災担当)の大臣が、内閣府のなかで「防災担当」の人を従えて、政府の防災行政を指揮している。組織図は下記だ。
→ 内閣府防災担当の組織 : 防災情報のページ - 内閣府
仕事はこれだ。
→ 政策統括官 (防災担当)
※ 担当の責任者を紹介する記事を見かけたことがあったが、あらためて探しても見つからないので、紹介できない。(すみません。誰かみつけたら教えて。)
で、内閣府の「防災担当」は、何をやっているか? どうも、たいしたことはやっていないらしい。能登半島地震のあとも、各省庁と自治体に対策は任せきりであって、内閣府の「防災担当」が前面に出ることはないようだ。そもそも、そのための人員も予算もないだろう。組織の体をなしていないようだ。
政府が能登地震の対策で何かをやっているとしたら、災害防災会議だけだ。これは、かなり大きな会議であって、各省庁の担当者が一堂に会して、情報連絡をしているようだ。発表された情報もかなりある。
→ 非常災害対策本部会議 : 防災情報のページ - 内閣府
とはいえ、災害対策の基本方針を立てるほどの指揮能力はない。単に各省庁が、情報を出して、連絡を取り合っているぐらいであるようだ。鳩首会議みたいなものだ。
上のページを見ると、対策本部会議の仕事ぶりがわかる。ざっと眺めてみたが、全体としてみれば、本サイトの災害提言に比べれば、圧倒的に小さな情報や提言しかない。
たとえば、「渋滞がある」という情報はあるが、「渋滞をなくすためにはどうすればいいか」という提言はほとんどない。だから現実に、渋滞を規制する方針も出されない。
どちらかと言えば、仕事のほとんどは、各省庁が個別にやっているだけだ。だから、道路工事の進捗状態も、上記の対策本部会議のページで知るのではなく、個別に国交省のページで知るしかない。具体的には、ツイッターだ。
→ (1) 【公式】国土交通省 北陸地方整備局(@mlit_hokuriku)
要するに、政府は各部門がバラバラに行動している。その調整をする中央の司令部は存在しない。ただの連絡会議があって、そこで情報のやりとりをしているだけだ。
で、その連絡会議では、お役所仕事だけをせっせとやっている。その主な業務は、パワポや PDF のプレゼン資料を作ることだけだ。
当然ながら、長期的な都市計画の策定などは、やっていない。やる権限も能力もない。
喫緊の課題についてもそうだ。現在の課題は、二次避難所への移動や、みなし仮設への移住だが、これらについて、政府はほとんど何もしていない。本来なら、自治体を越えた他県との連携を取る仕事をやるべきだが、そういうことはまったくできていない。業務のほとんどを自治体同士に任せており、政府は何ら仲介も統制もしない。やっているのは「自治体業務の金を払うことだけ」というありさまだ。(ただの財布財布になるだけだ。)
無能な政府
今の政府は、地震対策の仕事については無能の極みだ。それが岸田政権の現状だ。
とはいえ、これは岸田政権だから駄目だ、というわけではない。そもそも自民党政府のつくった制度が、もともとそういう制度になっている。たとえば、「防災庁を設置せよ」という方針ですら、つぶしてきた。
→ 防災庁を政府が否定: Open ブログ
安倍政権の時代に、菅義偉官房長官の方針で、「防災庁を設置するのをつぶす」という方針が取られたのだ。その結果が、今のありさまだ。(無能かつ無為無策)
では、なぜ当時、菅義偉官房長官は、防災庁の設置を拒んだか? それははっきりとしないが、私が穿てば、見当は付く。たぶん、予算を(菅の肝いりの)「ふるさと納税」に回すためだろう。
結果的に、「ふるさと納税」のために金が回った。その金によって、国民はおいしい牛肉を食べたりして喜んでいた。だから、その分、防災庁の予算が消えてしまったのだ。かくて、能登半島地震では、被災者がろくに助けを得られないまま、避難所で苦しんで、次々と死んでいくのだ。
→ 能登半島地震 避難所で眠れず 暖取れず…災害関連死疑いも なぜ2次避難は進まないのか | NHK
【 注記 】
「国家的危機に対応するよりは、目先の牛肉を配ることが大切だ」
というのは、菅義偉の一貫した方針である。その方針で、防災庁の設置を拒否して、ふるさと納税を強行した。
彼が首相になってからは、「Go To イート」というバラマキ政策を強行した。わざわざ金を出して、人々を飲食店で密集会食させて、結果的にコロナの感染爆発を招いた。(この政策による死者増加は1万人。)
特筆すべきは、コロナについては、ずっと無策であるどころか、GoTo イートや五輪開催で、多大な死者を出すような推進策を取ったことだ。このせいで、無為無策よりもずっと多くの被害が出た。もちろん、死者も多く出た。その意味で、殺人数の部門ではダントツの戦後トップだ。どこかにいる大量殺人犯よりも圧倒的に多くの命を奪ったと言える。(死者総数が 1.6万人超で、そのうち 7割ぐらいが、菅首相の政策失敗による死者だ。1万人以上になる。)
( → 菅首相を評価する: Open ブログ )
のみならず、菅義偉の方針に反発する尾身会長や西浦博を追放した。
→ 【独自】「コロナ8割おじさん」西浦博、悲痛の告白「あんまりだという思いはあります」講談社
つまり、ふるさと納税であれ、GoTo イートであれ、目先のおいしい牛肉や美食を優先して、防災庁設置やコロナ対策という国家的対策をつぶしてきたのだ。それが菅義偉だった。……そういう首相を出す自民党を支持してきたのが、日本国民だったのである。
まとめ
ここまでいろいろ述べてきた。ただし別に、「政府は阿呆だ」と言いたいわけではない。政府の悪口を言うことが目的ではない。愚かな政府を反面教師として、なすべきことを示している。
それは、「都市計画の必要性」だ。「青写真の必要性」とも言える。「全体的な計画の必要性」とも言える。
とにかく、何かをする前に、じっくりと考えるべきだ。考える前に走り出すよりは、考えてから走るべきだ。何も考えずに、やみくもに走り出せば、見当違いの方向に走り出すだけだからだ。(それが陸前高田の例だ。)
珠洲市と都市計画
前項では珠洲市の復興について述べた。そこで珠洲市について言えば、珠洲市の復興でも、当然ながら、都市計画が必要だ。
前項の提案では、「珠洲市の中心部の狭い領域だけを復興する」というふうに述べた。それは「コンパクトシティ」の発想と同様だ、とも述べた。
さて。ここで問題だ。中心部は復興するとして、周辺部はどうするか? 周辺部にも人家が残されていて、倒壊することもなくちゃんと残った人家も少なからずある。そこには今も人が住んでいる。(避難所には行かないで暮らしている。)
とはいえ、そこでは断水しているし、電気も来ないし、道路も寸断している。まともに生活はできない。こういう周辺部の(倒壊していない)建物については、どうするか? そのまま見捨てるか? あるいは、巨額の費用をかけて復興するか?
私の提案は、こうだ。
(1) 少なくとも主要な道路沿いの場所については、人家も多いだろうから、水道も電気も復旧する。ただし、その時期は遅くなって、3〜5年後である。
(2) 主要な道路から離れた辺鄙な土地の建物については、水道や電力の工事を自己負担でやってもらう。その負担ができないようであれば、土地を放棄することにする。かわりに、政府による土地の買収を求める。(買収による代金の取得で移住する。)
(3) 市の中心部では、田畑を買収して、住宅地に転換して、その住宅地を格安で移住者に提供する。ただし新築の建物の建築は自腹で。
(4) 「自分は高齢だし、余命は少ないので、新築なんかできない」という高齢者のためには、能登半島以外の場所で、中古の物件を購入してもらう。あるいは、賃貸住宅で済ませる。そのために必要な金は、元の自宅の売却代金を当てる。
(5) 限界集落に住んでいる高齢者については、どこかの人口密集地(コンパクトシティ)に移住してもらう。香川県あたりの空き家ならば、200万円ぐらいで買えるので、そこに移住してもらう。このくらいの金額ならば、政府が提供できるので、何とかなるだろう。元の住居を政府に売却する形でもいい。
以上のような計画を用意しておけば、珠洲市の再建も可能だろう。かなり長期的な計画になるが。
なお、このような計画をとれば、「最初は中心部が再建されて、徐々に周辺部が再建される」というふうに、逐次的に再建が進む。これならば、中心部は早めに再建される。早ければ、1年ぐらいで再建されるかもしれない。
一方、全体を均等に再建しようとすると、全体が緩やかに再建されるので、再建時期はどこもかも遅くなる。どこもかもが5年ぐらいの時間がかかることになる。その間に、珠洲市という都市はすっかり寂れてしまいそうだ。
というわけで、きちんとした計画性の有無によって、都市の復興ができるか否か(都市を喪失するか否か)が決まってしまうわけだ。
工程表
都市計画の例として、珠洲市の例をサンプルとして掲げた。ここからわかるように、都市計画のためには「工程表」が必要だ。きちんとスケジュールを組んで、工程表を作ることが大切となる。
その意味は下記だ。
(i)工程表には、時間軸がある。単に作業を(空間的に)列挙するだけでなく、時間軸においてスケジュールを組む。
(ii)時間軸ができると、必然的に、優先順位が決まる。どの計画も均等に実施すれば、すべての計画は最も遅く達成されることになる。(たとえば5年後。)それでは駄目だ。きちんとスケジュールを立てて、最重要の部分が最短の時間でできるように、采配するべきだ。このような管理工程を作ることが大切だ。
(iii)優先順位を決めるためには、人間(住民)の生活を重視するべきだ。目的は土木工事の完成ではない。住民の生活を守ることだ。それを忘れてはならない。
以上のうち、(i)(ii)はわりと当り前だ。(iii)は、意識されづらいが、とても大切だ。
現在の復興庁は、この(iii)の観点が抜けている。たぶん国交省の建設担当部門の職員が担当しているせいだろう。「復興とは土木工事だ」と思い込んでいる。そのせいで、人間重視の視点がない。厚労省の職員のような「人間第一」の発想がない。
こうして彼らは、「人間のいない工程表」を組むようになる。だから、最終的に「人のいない空地だらけの区画」が完成してしまうのだ。(陸前高田のように。)
人間を無視した都市計画は、人間のいない土地を復興させてしまう。それが復興庁のやって来たことだ。

大切なことを記しています。