2024年01月16日

◆ 珠洲市を放棄するべきか?

 珠洲市は破壊の程度がひどいので、復興は容易ではない。とすれば、都市を放棄するべきだろうか?

 ──

 孤立集落は、復興費用がかかるわりに人口が少ないので、放棄する方がいい……と先に述べた。(移住の推奨)
  → 僻地からの移転(被災者): Open ブログ

 一方、輪島市や珠洲市の中心部は、人口が多いので、放棄しない方がいい……とも述べた。

 ただし、その後の報道によると、珠洲市の破壊の程度は甚だしくて、復興は容易ではない、と判明した。
 能登半島地震では、生活に欠かせない上下水道が大きな被害を受けた。発生から2週間たった今も、6市町のほぼ全域を含む8市町計5万5千戸余りで断水が続く。珠洲市では、完全復旧まで「年単位の時間がかかる」との見方も出ている。
 珠洲市では上下水道とも壊滅的な被害を受けた。道路はいたるところで陥没、隆起しており、市環境建設課上下水道係の担当者は「地中の配管もずたずたなのは間違いない」と話す。
 人口の約4割が利用する公共下水道の下水管も、総延長約110キロの全面的な取り換えが必要になる見込みだ。現状は、仮設トイレの設置以外の対策が見当たらないという。担当者は「上下水道とも全域でやり直さねばならず、気が遠くなるような作業。完全に復旧するまで、年単位の時間がかかるのでは」と語った。
( → 続く断水、配管点検できず 珠洲市、完全復旧までに「年単位の時間」:朝日新聞

 市長は「珠洲市に代わって国が下水道を直接復旧してほしい」と訴えたそうだが、国が復旧したとしても、あっさり復旧ができるわけではない。ローマは一日にしてならず。復旧は一日にしてならず。誰がやっても年単位の時間がかかることにかわりはない。
 しかし、年単位の時間がかかるとなると、人は待ちきれない。たとえば、5年間がかかるとして、5年間も遊んで待っているわけには行かない。どこかの他都市で働くしかない。いったん他都市で働いたなら、その生活基盤を捨ててまで故郷に戻りたいとは思いにくいものだ。(特に、収入減になるとわかっていれば、なおさらだ。)……実際、福島から出て、大都市で働くようになった人々は、福島には戻ろうとしないものだ。新しい生活基盤ができているからだ。故郷に戻りたがるのは、仕事のない年金生活者ぐらいだ。しかし年金生活者ばかりが戻っても、店も何もないので、故郷は復活できない。
 いったん失われた都市は、復興しにくいのだ。とすれば、珠洲市も同様だろう。上下水道が破壊されたまま、人の住めない状態で、5年ぐらいの時間が流れれば、都市の復興は困難だ。
 とすれば、珠洲市を放棄するしかないのだろうか? 

 とはいえ、珠洲市の人口は、現時点で 1.4万人。これだけの規模の都市を捨ててしまうのももったいない。
 だが、いくらもったいないといっても、できないものはできないのだ。すぐさま復興したいと思っても、できないものはできないのだ。

 結局、あっちもイヤだし、こっちもイヤだ。どっちもイヤだ。困った。どうすればいい?

 ── 

 そこで、困ったときの Openブログ。うまい案を出そう。こうだ。
 「珠洲市を全面的に復興するのを諦めて、一部の中核部だけを復興する。これならば、狭い範囲を復興するだけで済むので、短期間で復興が可能となる。しかも、費用も少なくて済む」

 具体的に言おう。現在では、珠洲市の街並みは、海沿いに細長く分布している。





 これは、海の岸辺に沿っているように見えるが、そうではない。海辺に沿って道路が走っているので、道路沿いに人家が並んでいるだけだ。下図を見ればわかる。(国道 249号線沿い)





 このように道路に沿って、細長い領域で人家が分布している。このような細長い領域に、いちいち水道管や電線やガス管などを配置すると、多くの費用がかかることになる。

 そこで、提案だ。これらの住居を狭い領域にまとめるといい。具体的には、市役所の東側にある広大な平地部にまとめればいい。
 このあたりには十分な広さの平地部がある。だから、ここを集中的に復興することにして、ここに人家を呼び集めればいいのだ。そうすれば、比較的短期間のうちに、低コストで都市復興ができる。

 ──

 実は、これは「コンパクトシティ」というのと同様の概念である。あちこちに散在している人家を、1箇所にまとめることで、無駄な開発投資をやめて、効率的な開発投資ができる。住民も、交通不便な僻地から、交通の便利な都市部に移れる。
 この点では、「コンパクトシティ」というのと同様の概念である。ただし、通常の「コンパクトシティ」という概念は、「周辺部から中心部へ住民を移動させる」という意味で使われてきた。一方、本項の提案は、似て非なる。これは、住民を移転させる案ではなく、都市復興の案なのだ。
 ここでは、周辺部から中心部へ住民を移転するのではない。いったん市外に移った周辺部の住民を、周辺部に戻すかわりに、中心部に戻す。この場合、いったん市外に出た、という点が重要だ。

 《 コンパクトシティ案 》

   周辺部 → 中心部

 《 本項の案 》

   周辺部 → 市外 → 中心部

 《 単純な復興の案 》

   周辺部 → 市外 → 周辺部


 最後に示したのが、「単純な復興の案」だ。政府や自治体はこの方針を取るつもりでいる。しかし、その場合には、長い時間と多額の費用がかかる。そのせいで、戻りたくても戻れない人が増えて、総人口は大幅に縮小してしまうだろう。
 つまり、多くを望みすぎたせいで、かえって多くを失ってしまうのだ。(欲張りは損する。

 一方、本項の案は違う。周辺部の住民は、周辺部に戻ることを諦める。そのことで、「元の場所に戻る」満足を得られなくなる。だが、そのかわり、「近辺の土地に、早めに戻る」ということが可能になる。
 しかも、以前に比べて、利便性が大幅に向上する。なぜなら、1箇所にまとまることで、都市機能が大幅にアップするからだ。人口が密集することで、スーパーや商店などもできるだろうし、さまざまなサービス施設が徒歩圏に集まるので、生活は格段に便利になる。
 しかも、政府や自治体としても、「復興費用が大幅に削減できる」というメリットがある。いいことずくめだ。
 これぞ、「うまい方法」と言える。困ったときの Openブログ。

 ──
      各人が自分の利益を最大化しようとすると、全体の利益は小さくなり、自分の利益も小さくなる。(欲張りなせいで)利益の最大化を狙うと、かえって利益が縮小する。……こういう逆説的な状況を、経済学では「合成の誤謬」と呼ぶ。経済経路にボトルネック(隘路)がある場合には、しばしば起こりがちだ。




 [ 付記 ]
 ただし、この方法を実現するには、一つだけ障害がある。次のことだ。
 「そこに広大な平野部はあるが、その大半は田畑なので、それを住宅地にするためには、農地転用の許可が必要となる。そこで、農水省の反対(抵抗)を押し切って、農地転用を認めさせることが必要だ」

 これはまあ、首相裁断があれば可能だ。その決断力しだいとなる。
( 決断力は? 軟弱な岸田には無理っぽい。)
( ちなみに、太陽光発電では、農水省の巨大な抵抗があるので、「耕作放棄地で太陽光発電を設置するために農地転用する」ということが認められない。かくて日本では再エネを増やすことができない。一国のエネルギー政策よりも、農水省の利権の方が重要なのだ。その抵抗を押し切れない。かくて日本は衰退する。)

 ──

 なお、復興をするには、都市計画が必要だ。復興するとしたら、どういうふうに復興するか。そのための、青写真(グランドデザイン)が必要だ。
 そこまで考慮するべきだと言える。次項参照。



 【 関連動画 】

 珠洲市の現況。










 【 追記 】
 今回の地震の被害規模が極端に大きくなったのは、震源が珠洲市内の内陸部にあったからだ。


singen3.jpg
出典:新潟日報


 このように内陸部に震源があるのは、近年では最大規模である、と言ってよさそうだ。熊本地震は規模が小さめだった。東日本大震災は直下型地震ではなかった。
 ただ、阪神大震災は、ほぼ直下型と言っていいほど震源が近かった。
  → 震源の地図(図1−6 震度表示地図)
 その意味では、「阪神大震災以来」とは言える。
 
 
posted by 管理人 at 22:34 | Comment(1) |  震災(東北・能登) | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 最後に 【 追記 】 を加筆しました。
 震源が近いという話。
Posted by 管理人 at 2024年01月17日 09:01
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