韓国は「日本は植民地支配をした」と批判する。そこで「欧米の植民地支配はこうだった」というふうに、韓国に教えて上げるといい。
──
美味しんぼの山岡士郎ふうに言えば、こうなる。
「明日また来てください。本当の *** というものを教えて上げますよ」
こういう感じで、本当の植民地というふうに、欧米の植民地の例を教えて上げればいいのだ。植民地の真実として。
──
前項でも示したように、フランスの植民地支配はひどかった。
なお、フランスによるアルジェリア支配は、「残虐」「虐殺」「収奪」「レイプ」など、ほとんどありとあらゆる悪のやり放題だった。悪魔のごとき所業と言える。娯楽映画には、「悪の秘密結社」や「征服者」や「ロシアのスパイ」などの悪党が出てくるが、これらの方がはるかにマシだ、と思えるほどだ。現地住民をなぶり殺しにする中国政府と同じぐらい残虐だ。それがフランスのアルジェリア支配だった。
→ フランス領アルジェリア - Wikipedia
一方、日本の植民地支配(朝鮮支配)はその逆だった。それまで教育を与えられなかった朝鮮人が、日本政府の支配下で、教育を与えられるようになった。
まず、日本支配以前の「李氏朝鮮」における教育はこうだった。
学校の数は朝鮮全土において5校だけだったことが、その後を統治した日本の朝鮮総督府によって確認されている。
( → 李氏朝鮮 - Wikipedia )
それが日本支配下では改善した。
併合当初の10年間は所得税の免税措置を行い、さらに日本統治以前は進んでいなかったインフラストラクチャーの整備や、近代教育制度(朝鮮語は必須科目)や近代工業の導入など統治下に置いた朝鮮半島の開発に力を入れ、……
( → 教育 )
教育に限らず、いろいろと社会が近代化していった。これはあちこちで指摘されているとおり。実は、本サイトの別ブログでも、詳しく解説したことがある。
→ 旭日旗と韓国 : nando ブログ
一部抜粋しよう
それまでは封建制下で、ほとんど奴隷のような扱いであったのに比べれば、日本支配下になったことで、まるで天国のような状況となった。
経済的にはもっとめざましく、それまでは貧農だらけの最貧国だったのが、ビルがたくさん建つような近代国家へと変遷していった。
日本支配の前後を比較した写真もある。(拡大可能)
出典:米NBC「日本が韓国を統治し発展させた!」
以上からわかるように、同じく「植民地」という言葉であっても、欧米支配下の植民地と、日本支配下の植民地とでは、地獄と天国ぐらいの違いがある。
言葉は同じ「植民地支配」であっても、その意味するところはまったく別のことだった。
そのことは、日本の朝鮮支配だけを見ていてもわからないが、フランスがアルジェリアで行った植民地支配と比較すれば、あまりにもの大きな差に目を見張るだろう。
だからこそ、韓国人には教えて上げるといいのだ。
「明日また来てください。本当の 植民地支配 というものを教えて上げますよ」
と。


仏教学者である佐々木閑氏の『科学するブッダ 犀の角たち』によると、「『支配の目的は儲けること』」...「紅茶が儲かるとなると、丘陵地帯の樹木を一切合切すべて切り倒して茶畑に変える。」...「その一方で、自分たちの宗教であるキリスト教を被支配国に押しつけようなどとは考えない。布教師が広める分にはいっこうに構わないが、イギリス国家の国策として相手国をキリスト教化しようなどとは思わない。」との事です。
多くの韓国人にいまだに恨まれ続けている大きな原因は、皇民化政策ではないでしょうか。
台湾の場合は、支配者が交代し、崇拝対象が変更されただけなので、抵抗感が小さかったのかもしれません。一番大きいのは台湾総督などが優秀だったからでしょうが。
https://x.gd/RNpjQ
> 18世紀には、多くの宗教の寺院・モスクなどの施設や大きな村に学校があり、インド全土に普及していたことが、英国側の記録に残っている。読み書き、算数、神学、法学、天文学、形而上学、倫理、医学、宗教について教育が行われていたようである。 19世紀には、マコーリーを中心とした大英帝国側により、近代的な教育が導入された。
もともと教育制度があったことと、さらに英国によって近代的教育だ導入されたこと。この二点で、フランスのアフリカ支配よりは良かったようですね。
だけどイギリスは中国にアヘンを導入した。この点ではフランスよりもひどい。
そのアヘンを生産したのはインドで、インドのアヘンを高額で中国に販売することで、イギリスは大儲けしようとした。中国からの収奪のためにインドを利用した。
https://x.gd/ycxtj
フランスとイギリスは、どっちが悪魔度が高いか? 甲乙付けがたい。
> 相手国をキリスト教化しようなどとは思わない。
そりゃまあ、自分の国がカトリックでなく英国国教会(国王が教祖)なんだから、キリスト教(カトリック)の布教のために努力するわけがない。
プロテスタントというのは、そもそも聖書の信奉だけを目的とするので、教会のために布教するカトリックとは目的が違う。