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安倍元首相の銃撃事件から1周年ということで、あちこちで話題になっているが、次の記事が目を引いた。
→ 【寄稿】安倍氏銃撃事件から1年、山上被告人のおじが元弁護士として量刑を考える - 弁護士ドットコム
「元首相を銃撃したのは重大犯罪だから重罰にせよ」という見解もあるが、元首相だからといって特別視せず、法の下の平等で、法的に対処すればいい。行政の圧力などで対処を変えるべきではない。……という趣旨。
ごくまっとうな見解だと言えよう。(ただし、「政府の圧力で司法をねじ曲げてしまえ」というのが自民党の常道だから、自民党の支持者には不満に思えるだろうが。)
この記事には、こうある。
1月の起訴まで長期間の鑑定留置がされるなど異例の事態が続いたことに、疑問を感じざるをえなかった。
これはどういうことかというと、次のことが背景にある。
未決勾留日数は、刑事施設に勾留されている日数のすべてが、刑期に算入されるわけではありません。
実務では、起訴前の勾留については算入されず、起訴後の勾留日数のうち、裁判準備のために通常必要とされる期間を超える日数分だけ算入されることになります。
( → 未決勾留について | 長崎の弁護士相談|土日祝日可山本・坪井綜合法律事務所長崎オフィス )
起訴前の鑑定留置が長いと、その分は刑期に算入されないので、実質的に刑期が長くなったのと同じであり、不当である……というわけだ。
ではなぜ、鑑定留置が長くなったのか? この人が精神異常だったからか? いや、長野の猟銃事件や自衛隊の銃撃事件とは違って、安倍銃撃犯は精神異常の気配はまったくなかった。この二つの事件で精神鑑定をするのなら納得できるが、安倍銃撃犯に精神鑑定をする必要はないし、鑑定留置を長期間取る必要もない。ではなぜ、そんなことをしたのか?
そのことは、警察の罪名の取り方を見てもわかる。罪名は殺害罪だけでなく、他の多くの罪も検討された。
奈良県警が殺人容疑のほか、選挙の自由を妨害したとする公職選挙法違反容疑での刑事責任追及も視野に入れる方針と報じられた。また、旧統一教会の関連施設が入るビルに手製銃で試射し、火薬を製造したとして、建造物損壊や火薬類取締法違反、銃刀法違反容疑でも立件を検討していることが報じられた。捜査関係者によると、事件で使用された手製銃や自宅から押収された手製銃に関しても銃刀法違反や武器等製造法違反容疑での立件も視野に科学捜査研究所などで押収した手製銃の構造や性能の鑑定を行い、発射実験などで発射能力や殺傷能力の裏付けを進めている。
11月8日、奈良県警が銃刀法違反や公選法違反容疑などで追送検する方向で検討していることが報じられた。被害者は1人だが、民主主義の根幹を揺るがす重大事件と捉えて死刑求刑を見据えた捜査とされ、
( → 安倍晋三銃撃事件 - Wikipedia )
できるだけ多くの罪名を掲げて、なるべく死刑に近づけよう、という方針が見て取れる。だからこそ、必要もない鑑定留置を、やたらと長期間、取ろうとした。
7月22日、奈良地方検察庁が奈良地方裁判所に鑑定留置を請求し、11月29日までの約4か月間の留置が認められた。
11月17日、奈良地方検察庁が奈良簡易裁判所に鑑定留置期間の延長を請求し、2023年2月6日までの延長が認められた。しかし弁護側は「通算6カ月以上の鑑定留置はあまりにも長すぎる」として奈良地裁に準抗告を行った。奈良地裁は18日に奈良簡裁の決定を取り消し、同1月10日までに短縮した。( Wikipedia )
さすがに裁判所も滅茶苦茶な長期勾留は認めなかったようだが、その前の簡裁段階では認めていた。
以上のすべてを見ると、検察がいかに「法の下の平等」をねじ曲げて、「お上に逆らった奴を厳罰に処してやる」という方針であるかがわかる。検察はもはや権力の手先になった、とすら言える。
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それで思いつくのは、袴田事件だ。朝日新聞が同日の朝刊で報じている。
57年前の1966年に静岡県のみそ製造会社の専務一家4人を殺害したとして、強盗殺人罪などで死刑が確定した元従業員・袴田巌さん(87)=釈放=の裁判をやり直す再審公判で、検察側が有罪立証する方向で最終調整していることが、関係者への取材でわかった。10日に方針を決定し、再審公判が行われる静岡地裁に伝えるとみられる。弁護側は年齢などを踏まえて早期の無罪判決を求めていたが、審理は長引くことになる。
検察側は……再審公判で有罪立証を維持する方向で最終調整しているという。
一方で、刑事訴訟法は再審開始には「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」が必要と定めており、再審開始の確定時点で無罪はほぼ確実となっている。検察側の有罪立証によって再審公判の回数は増え、無罪確定まで時間がかかる見通しだ。
今回の再審請求審では、静岡地裁が2014年に再審開始を決めたが、18年に東京高裁が取り消した。最高裁は20年に審理を差し戻し、高裁は今度は再審開始を認めた。
( → 検察、袴田さんの有罪立証へ 再審公判、無罪に向けた審理長引く:朝日新聞 )
「再審開始の確定時点で無罪はほぼ確実となっている」のだから、検察が何を主張しようと、再審で有罪にはならない。なのに、あえて有罪を主張することで、判決が出るのを遅らせようとする。……これはまあ、被告が老衰で死亡してしまうのを待つ、という持久戦の戦略だろう。
ひどいものだ。裁判で負けることは決まっているのに、判決が出るのを少しでも遅らせることで、自分の敗北を認めまいとする。これではもはや、「検察は正義のために働く」という本文を失って、「検察はおのれの組織の体面のために働く」というふうになってしまっている。そのことを告白してるのも同然だ。情けない。呆れる。
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ここまで考えると、安倍銃撃事件と袴田事件の共通点がわかる。「検察が自分や政府の体面を重視するせいで、法や正義を歪めてしまっている」ということだ。
検察の名分は、「法と正義の実現」であって、悪を懲らしめる正義の味方だと思われてきた。しかしもはや、検察の威信は地に墜ちた。
[ 補足 ]
鑑定留置を請求したのは、起訴前に長期間の補充捜査をしたい、という狙いだろう。通常の起訴だと、起訴前の勾留期間は最大でも 20日間なので、それでは捜査に十分な時間が割けない。そこで鑑定留置を取り込んで、4〜6カ月間の「起訴前の捜査期間」を確保したい、という狙いだろう。
しかし、捜査期間を確保したいのであれば、起訴後に補充捜査をすれば足りる。(今回は数年がかりの長期間の裁判が見込まれるので、補充捜査のための期間はたっぷりと取れる。)……なのに、そうしなかったのは、次のことが理由だろう。
「起訴後には、警察が容疑者に訊問することはできない。自白を強いることもできない」
→ 起訴後の取り調べや捜査が許される?【弁護士が解説】
そこで、起訴前に徹底して訊問してやろう、という狙いで、起訴前の未決勾留の期間を長く取ろうとしたのだろう。「自白誘導主義」とも言える。「証拠主義による捜査の補充」とはまったく別の流儀だ。
こういうのは「自白偏重による誘導を防ぐ」という法の趣旨を逸脱するものであり、また、本来の法的解釈を歪める脱法的な手法だとも言える。法の遵守をモットーとする警察が、(正当性もないのに)脱法的な手法で鑑定留置を取り込むなんて、警察による犯罪に近い。ひどいものだ。
[ 付記 ]
未決勾留の期間中の待遇は、懲役よりはマシである。労役がなく、読書や筆記などができる。差し入れもできるので、おいしいものも食べられる。(自腹だが。)
→ https://x.gd/okPSI

>(ただし、「政府の圧力で司法をねじ曲げてしまえ」というのが自民党の常道だから、自民党の支持者には不満に思えるだろうが。)
この書き込みからは、自民党支持者および、山上氏が死刑が妥当だと考える人間は、
ごくまっとうな見解(山上氏は無期懲役刑にすべき)もわからない者と決めつけておられます。
しかし本当にごく真っ当な見解でしょうか。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E5%B4%8E%E5%B8%82%E9%95%B7%E5%B0%84%E6%AE%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6
長崎市長銃殺事件では一審は「選挙を混乱させるなど民主主義の根幹を揺るがした」として死刑判決
二審では「被害者が1人にとどまっていることを十分に考慮する必要がある」と指摘し
そのうえで、「民主主義に対する挑戦であるが、動機は被害者に対する恨みであり、選挙妨害そのものが目的ではない」と判断し、「死刑選択は躊躇せざるを得ない」と
して無期懲役刑の判決が出ています。
上告審で無期懲役刑が確定しました。
長崎市長射殺事件では、被告は個人的に市長とつながりがあり、その点を考慮して、二審は無期懲役刑になりました。
しかし安倍晋三元首相暗殺事件は、被告は政治的主張が動機になっており、また演説中の暗殺、テロで明らかに選挙妨害です。
長崎市長射殺事件の判決と比較すれば「死刑の可能性および妥当性を論じる根拠」は論理的にありえると思います。
ここは「ごく真っ当な見解」「それを不満に思うのは自民党支持者」などと決めつけず
冷静に妥当性も分析していただけないでしょうか
安倍晋三元首相暗殺事件は、安倍晋三は選挙の候補者ではないので、選挙妨害といってもたかが知れている。しかも、もともとの対象は、韓国人の統一協会のトップであり、そのかわりとして選ばれただけにすぎない。攻撃の動機も、母親の財産を奪われたという個人的な恨みであり、社会破壊の意図は全くない。「被告は政治的主張が動機になっており」ということはまったくない。そういうふうにとらえるのは、自民党支持者だけでしょう。そもそも政治的主張なんて、何も主張していない。単に「自分が死ぬ前に、恨みの相手も道連れにしてやりたい」と思っただけだ。
当然ながら、死刑にしても、意味がない。もともと本人は絶望したあげく、「死んでもいい」「死んでやれ」というつもりでやっているからだ。自民党支持者は、「安倍様を殺した奴を死なせる」ということで、うっぷんが晴れるだろうが、被告本人にとっては何の意味もない。「もともと死刑になるつもりでやったんだし、死刑だからといってどうってことはないね。むしろ安倍を殺せて満足だ」と思って、冷笑するだけだろう。
まとめて言えば、民主主義そのものを狙いにした長崎の案件と、ただの個人的な恨み(財産上の損失に対する恨み)による「復讐」としての殺人とでは、ケースに差がありすぎる。
罪種としては、破防法に近い案件か、純然たる個人的な殺人か、という違いがある。それゆえ、量刑にも差が付く。
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なお、私は「安倍元首相が相手ならば減刑せよ」と言っているわけではない。安倍晋三が現役の衆院議員で、その当選を阻止するための殺害であったならば、(選挙妨害を理由とする)無期または死刑の判決もやむを得ないだろう。
しかし今回は、「母親の金の恨みへの復讐」が目的で、対象は「韓国人のかわり」であるにすぎないのだから、民主主義とはまったく関係がない。ついでだが、安倍氏が誰を選挙で応援していたかも、誰も覚えていない。そんなことはどうでもいいからだ。
その心理は、「おれの人生を破壊した安倍に復讐してやりたい」という犯人の復讐心と同様である。どちらも復讐。
安倍支持者が死刑を臨めば望むほど、犯人に似てくる……という構造。
ご指摘ありがとうございました。「銃撃事件」に訂正しました。
ありがとうございました。