2022年10月02日

◆ ルーズベルト vsリンドバーグ

 NHK の歴史番組。映像の世紀バタフライエフェクト「ルーズベルト vsリンドバーグ」
 再放送は 10月5日(水) 23:50 〜 00:35

 ――

 番組ページのリンクは上記。
 初回放送日は 2022年9月26日 だ。私はこれを見た。
 ネット上では見逃し配信もある。配信期限 : 10/3(月) 午後10:44 まで。
 ただし、再放送があるので、再放送を録画して見る方がいいだろう。

 タイトルはこうだ。
 「ルーズベルトVSリンドバーグ 大戦前夜 アメリカは参戦すべきか」
 解説はこうだ。
 1933年に撮影されたフランクリン・ルーズベルトの襲撃映像が残されていた。九死に一生を得た大統領は6年後、世紀の大論争に立たされる。「アメリカはヒトラーと戦うべきか」、ヨーロッパで始まった第二次世界大戦への参戦を視野に入れるルーズベルトに対し、参戦反対を訴え国民の絶大な支持を集めたのは、史上初の大西洋単独無着陸飛行を成し遂げた英雄チャールズ・リンドバーグだった。世界の命運を担った二人の激闘の物語。

 ルーズベルトは、ヒトラーの危機を察して、参戦論を唱えた。
 リンドバーグは、孤立主義の立場から、反対論を唱えた。「アメリカ第1」というトランプみたいな主張だ。「ヨーロッパのことはヨーロッパに任せておけ。アメリカは知ったこっちゃない」という主張。
 世論の支持を受けたのは、後者だった。なぜなら、このころは第1次大戦の傷跡が深くて、アメリカ勝利したとは言え、大量の戦死者を出していたからだ。「もう戦争はまっぴらご免」という厭戦気分が世論を覆っていた。
 リンドバーグはその上、反戦よりも親ナチスの傾向を帯びて、ナチスと仲良くして、勲章をもらって喜んだりしていた。ルーズベルトは圧倒的に不利だった。選挙になればリンドバーグが勝ちそうだった。共和党はリンドバーグに出馬を要請した。しかしリンドバークは辞退した。「自分は政治家向きではない」という理由。
 やがて事件が起こった。リンドバーグは親ナチスのあまり、反ユダヤを主張したが、これが世間の大反発を招いた。かくてリンドバーグは一挙に失墜した。
 また、フランス陥落のあと、イギリスまでも陥落寸前となり、ここに至っていよいよ世論も尻に火が付いた。とうとう参戦論が反戦論を上回った。逆転だ。
 とはいえ、単純な参戦論ではなかった。
  ・ いつかは参戦するべき 70%
  ・ 今すぐ参戦するべきではない 80%

 という矛盾した傾向を示した。「いつかは参戦するべきだ」とわかっている。わかっているけど、やっぱり、戦争で死ぬのは怖い。リンドバーグの指摘した通りで、ドイツの軍事力は米国の軍事力を上回る。今すぐ戦えば、とうてい勝ち目はない。となれば、莫大な死者が出るのは避けがたい。ならば、参戦はなるべくしたくない。……そういう矛盾した感情がひそんでいた。
 ここにおいて、ルーズベルトは決断を遅らせていた。イギリスは今にも陥落寸前だし、リンドバーグという最大のライバルは消えたし、もはや参戦を決断するのは自分の胸三寸しだいだ。なのに、なぜか参戦の決断を遅らせていた。
 番組ではこう示した。
 ルーズベルト「私は誰かが背中を押してくれるのを待っているんだ」

 では、それは何を意味するのか? それは日本の開戦だった。まもなく真珠湾攻撃が起こったのだ。かくて、米国が参戦するまでもなく、日本とドイツの方から勝手に宣戦布告してきたので、戦争は始まった。

 では、ルーズベルトはなぜ、上のように語ったのか? ルーズベルトは日本の開戦を、何十日も前から知っていたのか? そこを明かさないまま、番組は終わる。

 ――

 だが、その意味は、本サイトの別項に記してある。
  → 正しい戦争と第二次大戦: Open ブログ

 ルーズベルトは日本の開戦を、何十日も前から知っていたのだ。なぜなら、「日本に開戦を強いること」を目的として、次々と圧力をかけていたからだ。そして、日本が条件を呑むたびに、さらに高い条件を突きつけて、日本が呑めなくなるところまで条件を吊り上げていった。
 ここでは「日本が開戦するまで、どこまでも条件を吊り上げる」という方針が取られた。それはつまり、「日本に開戦を強いる」というのと、論理的に等価である。
 だから、ルーズベルトとしては、「日本がいつかは開戦する」ということは、とっくに判明していたのである。その方針が取られたのは、たぶん 10月ごろだろう。そして、11月の交渉のあとで、12月に開戦となった。
 こうして、すべてはルーズベルトの思惑通りに進んだのだ。(その点については、番組は何も示していないが。)
  → 日米戦争開始の分岐点: Open ブログ

 ただし、ルーズベルトの思惑が外れた点もあった。「赤子の手をひねるように簡単にひねりつぶすことができる」と予想された弱小の日本軍が、あまりにも強大だったことだ。何とアメリカの太平洋艦隊の大半を壊滅させた。かくて太平洋方面ではアメリカ軍は圧倒的に不利な立場に立たされた。……そして、それというのも、山本五十六という名将が、特別な作戦を取って、大成功を収めたからである。
 この点では、ルーズベルトは大きな計算違いをなしたことになる。結果はまったく予想外の方向へ進んだからだ。策士策に溺れる、ということか。

 一方、日本軍もまた、緒戦の大戦果で、自らの能力を過大に評価して、自惚れた。また、米軍にはニミッツという名将が登場したが、その影響下で、ミッドウェー海戦の前後では、米軍は作戦勝ちをした。
 そのあげく、日本軍はミッドウェー海戦では大失敗をやらかして、大敗を喫した。ここが分水嶺となり、以後は奈落への道を落ちていった。
  → ミッドウェー海戦の教訓: Open ブログ

 そのあと、立派な業績を上げたニミッツやアイゼンハワーのかわりに、マッカーサーが手柄を横取りする形でやってきて、日本で君臨した。
  → マッカーサーはペテン師: Open ブログ
 


 【 関連書籍 】


https://amzn.to/3V6sGIy

posted by 管理人 at 21:41 | Comment(0) | 一般(雑学)6 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

  ※ コメントが掲載されるまで、時間がかかることがあります。

過去ログ