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警察庁はもちろん「十分だ」と言い張るだろう。
だが、私は「不十分だ」と見なす。いや、「不十分」どころか、落第点である。「優良可」で言えば「不可」である。
では、どこがどうダメなのか? 具体的に指摘しよう。
まずは、朝日の記事を見る。
計画上の問題では、後方に危険があることは明らかだったのに、奈良県警本部長までの決裁の過程で必要な検討や指摘がなされていなかった。同じ場所で約2週間前に行われた自民党の茂木敏充幹事長の演説で混乱などが発生しなかったことから、その際の警護を安易かつ形式的に踏襲して後方警戒の必要性が考慮されていなかったとした。
改善策では、警察庁による警護計画の事前審査の対象を、すべての警護対象者に広げる。
( → 安倍氏銃撃「阻止できた」 要人警護、関与強化へ 警察庁:朝日新聞 )
再発を防ぐため、警察庁は要人警護の運用を大きく見直し、都道府県警任せの形を改めて警察庁の関与を強化する。体制も増強する。
警護は首相や閣僚、元首相らを対象に都道府県警が行っている。従来、警護計画を事前に警察庁に報告するのは首相や外国の要人などの場合に限られていた。これを、すべての警護対象者について警察庁が関わるようにする。
今後は……個々のケースごとに都道府県警が計画案を作成する。この案を警察庁が審査し、必要な修正などを指示。
( → 警察庁の関与・体制強化 要人警護、安倍氏の国葬も適用:朝日新聞 )
前者の記事では、「後方に危険があること」が見逃されたのが直接の原因だった、と見なしている。
後者の記事では、危険が見逃されないように、「県警の計画案に警察庁が目を通してチェックする」という対策を示している。
いずれも、もっともらしい対処策だと思えそうだ。だが、私の判定では、「この改善案は落第点である」となる。とうてい合格点に及ばない。
では、どうすればいいのか?
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まず、基本となる方針を示そう。それは、こうだ。
「要人警護は、地方の県警が分担するのではなく、中央の1組織が集中管理するべきだ」
これは、米国で言えば、「シークレットサービス」に相当する。米国のシークレットサービスの規模は、こうだ。
警護を担当するエージェント3,200人、制服部門(Uniformed Division)1,300人、技術・管理部門2,000人からなる6000人以上の職員を抱えている。
( → アメリカ合衆国シークレットサービス - Wikipedia )
6000人以上の職員がいる。これほどの規模は、日本では不可能かもしれない。だが、せめて 10分の1にあたる 600人規模の専門組織を構築するべきだ。
一方、今回の警察庁の方針では、こうだ。
要人警護を都道府県警任せにしていた反省から警察庁が決めたのが、全ての警護計画の事前審査だ。
審査件数が増えることを見越し、現在は10人程度の同庁の警護担当職員を大幅に増員。
( → 警察庁長官が辞任、どうなる要人警護 事前審査導入で「満足」も再発防げるかは不透明 :東京新聞 )
結局、警察庁の警護担当者は、現状で 10人しかおらず、それを大幅に増員する( 20人にする?)という程度のことだ。6000人もいる米国とは月とスッポンというしかない。
これでは全然比較にならないので、「不可」と判定するしかない。(「不可」どころではないね。)
では、警察庁の案がダメなら、かわりにどうすればいいのか?
できれば、日本にもシークレットサービスを構築したい。だが、それを構築するには巨大な新組織を導入する必要があるが、そんなものを導入する金がない。やるべきことはあっても、金がない。なぜなら、日本政府は金欠病だからだ。
困った。どうする?
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そこで、困ったときの Openブログ。うまい案を出そう。こうだ。
「金がない日本政府にかわって、金がありあまっている(五輪や太陽光や EV などで無駄遣いばかりしている)東京都が金を出せばいい。つまり、(東京の)警視庁の内部にシークレットサービスを構築すればいい。警視庁が全費用を負担すればいい。その上で、東京都が職員を地方の各地に臨時派遣すればいい」
ここでは「東京から地方に臨時派遣する」という方針ができる。この派遣は臨時的なものであり、恒常的なものではない。ある要人が東京から地方に移動するとき、警護者がその要人にずっと付き添っている、というだけのことだ。その人が移動するから、警護者もいっしょに移動するだけだ。この際、場所がどこかということは関係ない。(要人が奈良に行くから奈良県警が担当する、というようなことはない。最初から最後まで、東京都の警視庁が担当する。)
これと似たものでは、「広域警察」というものがある。テレビドラマでは同名の番組がある。それについてにはこう記されている。
「広域警察」とは、事件が複数の都道府県にまたがって発生した場合、都道府県警察間の調整および捜査を行う警察庁広域捜査課の通称
( → 広域警察 - Wikipedia )
警察庁のページでも解説されている。
都府県境をまたがって連続的に市街地が形成されている区域等において、事件発生時の初動措置を迅速かつ的確なものとするため、都府県警察の単位を越えて広域的に捜査やその訓練を行う広域捜査隊の編成が進められている。
( → 3 広域捜査力の強化 )
この「広域警察」は警察庁に所属するが、同様のものを警視庁に設置すればいい。ただし、「広域警察」ではなく、「シークレットサービス」のようなものを設置する。
ただし、それを新たに設置する必要はない。というのは、警視庁にはすでにシークレットサービスにそっくりの部隊が設置されているからだ。それを SP(セキュリティポリス)という。
セキュリティポリス(英語: Security Police、略称: SP)とは、日本の警視庁警備部警護課で、要人警護任務に専従する警察官を指す呼称である。
警察官による警護対象者は警察法施行令第13条に基づく警護要則により「内閣総理大臣、国賓その他身辺に危害が及ぶことが、国の公安に係ることとなるおそれがある者として警察庁長官が定める者」とされている。
具体的な警護対象は、内閣総理大臣、衆議院議長、参議院議長、最高裁判所長官の三権の長、衆議院副議長、参議院副議長、国務大臣、総理大臣経験者、与野党党首、与党(現在は自由民主党)の幹事長、政務調査会長、総務会長、参議院議員会長、参議院幹事長、主要国駐日大使、地方公共団体の首長[1]。
( → セキュリティポリス - Wikipedia )
この記事では「内閣総理大臣、衆議院議長、参議院議長」などが列挙されている。とすれば、その警護を担当するのは国の組織である警察庁であると思われそうだ。だが、本項で述べる案では、国の要人を警護するのは、まさしく(東京都の)警視庁の組織なのである。決して警察庁の組織ではない。
※ なぜなら、日本ではもともと、警察庁は警察の実行部隊を持たないからだ。ただの管理組織・事務組織にすぎないからだ。(その例外は「広域警察」ぐらいだ。)
――
以上のことからして、結論は次のこととなる。
・ 日本でもシークレットサービスに相当する組織が必要だ。
・ それは全国を一元的に管理する組織である。
・ それは東京都内に限定せず、日本全国に派遣される。
・ それは実行部隊を持つ。(管理部門だけではない。)
・ それは警察庁の組織ではなく、警視庁の組織である。
ひるがえって、今回の警察庁の方針は、こうだ。
・ 日本ではシークレットサービスに相当する組織は不要だ。
・ 全国を一元的に管理する組織は不要だ。
・ 各県の県警単位で、分担して活動する。
・ 各県では要人警護専門の実行部隊がない。(警備部門だけがある。)
・ シークレットサービスとしての高度な技能は、東京以外にはない。
シークレットサービスとしての高度な技能というのは、日常的に絶えずテロの訓練をして、まともな装備を持つような組織だ。こんなふうに。
こういう訓練を絶えず続けることが必要だ。それは、警視庁の SP ではできているが、各県の警備部門レベルではできていない。なのに、警察庁は、レベルの低い各県の警備部門に分担させようとする。だが、このような方針では、安倍銃撃事件の再来を防ぐことはできないだろう。
今回の警察庁の方針では、「背後からの接近」を防ぐということぐらいなら、できそうだ。しかし、それ以外のテロリストが現れたら、まったく対応できないだろう。たとえば、次のような攻撃方法がある。
・ 煙幕
・ アーチェリーと毒矢
・ トラックによる突入
これらの攻撃に対処できるか? どうも、心許ない。
たとえば、一番大切なことは、「攻撃があれば、SP が要人に身をかぶせる」ということだが、その「基本中の基本」が、安倍事件のときにはできていなかった。ならば、そういうデタラメな体制を是正することが必要だ。なのに、今回の警察庁の対策ではその是正ができていない。
なぜなら、警護の基本はあくまで各県警に委ねられているからだ。各県警の警備課のレベルが低ければ、「攻撃があれば、SP が要人に身をかぶせる」という「基本中の基本」は、いつまでたってもできないままだろう。
一方、本項の案ならば、その是正はできる。なぜならば、要人の警護は、各県警ではなく、警視庁の SP が担当するからだ。現状では、SP は1人が派遣されるだけだし、検察庁の改定案では2人が派遣されることになっている。一方、私の案では、警視庁の SP が全面的に担当するので、SP は 10人ぐらいが派遣される。これらはいずれも精鋭ぞろいだ。だから、いざとなれば、「SP が要人に身をかぶせる」という「基本中の基本」は、必ず達成される。
その事例は、次の動画の冒頭で見て取れる。
「SP が要人に身をかぶせる」という「基本中の基本」が、まさしく実行できている。そして、それは、この担当者が警視庁の SP であるからだ。常に専門の訓練をしているから、いざというときにも実行できる。
一方、奈良県警では、どうだったか? 犯人が発砲したとき、警備の担当者はいっせいに犯人に向かって走り出した。彼らの目的は「犯人の逮捕」であって、「要人を守ること」ではないのだ。
→ 警備体制の問題(対テロ): Open ブログ の 【 追記5 】
つまり、この場に多数いた警察官は、誰もが警備をしていなかったのだ。その点では、「SP がまったくいない(1人しかいない)無警備状態だった」と言ってもいい。
そして、そういう従来方針を踏襲しようというのが、今回の警察庁の改定案だ。こんな方針はまったくのゴミであるというしかない。
今回の安倍銃撃事件における最大の失敗は、部分的な作戦ミスや計画ミスなんかではない。特に、後方を考慮しなかった計画ミスなんかではない。むしろ、組織的な根本方針が失敗だった。それは、「警備を(中央組織でなく)県警に分担させる」という根本方針がダメだった。ここを見失ってはならない。
その意味で、奈良県警の警備本部長が辞職するのは、筋違いだとも言える。「中央の警察庁の責任を、末端の県警に押しつけた」という感じだ。辞職は不運な面がある。
そもそも、安倍元首相を警備するという仕事は、県警の仕事ではないのだ。県警は、そんな珍しいことのために普段からずっと訓練をすることなどはできない。奈良県警という小さな県警に、高度な SP の業務を要求するべきではないのだ。そういう高度な SP の業務は、普段から警備をやり慣れている警視庁の SP がやるべきなのだ。
※ 奈良県の人口は、世田谷区よりもちょっと多い程度であり、まともな警察組織などはない。そんな小さな県は、SP のような組織を維持することはできないのだ。金も人もないからだ。
では、かわりにどうするべきだったか? 中央にある組織に属する SP を、各県に臨時移動させる(要人に帯同させる)ようにするべきだった。そして、そのための国家的システムを構築することが、警察庁の役割だった。なのに、警察庁はそうしなかった。それをサボっていた警察庁長官の責任はきわめて重い。その意味で、辞職は当然だ。
そして、次期警察庁長官の仕事は、中央にシークレットサービスのような組織を構築して、それを各県に臨時派遣できるようにすることだ。なのに、それが明示されていない今回の警察庁のプランは、まったくの落第点だと言うしかない。
《 加筆 》
本項の提案は、実行不可能なことではない。実際、サミット(伊勢志摩)のときには、まさしく警視庁の SP が三重県に派遣された。その実例が、最初の動画だ。
この際、派遣されたのは警視庁の SP だけではなかったそうだ。
サミット期間中は全国から集められた2万人以上の警察官が投入されてるらしいです
( → 伊勢志摩サミット開催中の警備ってどれくらい厳重だった? 現地で見てきた )
三重県警察は、全国の都道府県警から応援を受け、愛知・三重両県で約2万3千人、三重県内では約1万6千人態勢で警備にあたった(人数は警察庁発表)。
( → 三重県・公式 )
この記事によると、全般的な警備は三重県主導だったようだ。しかし、要人の周辺だけは、警視庁の SP が主導するべきだった。たとえ三重県警察の指揮下に入るにしても、組織と人員は警視庁の SP であるべきだった。(実際、そうだったかもしれないが。)
ともあれ、本項で述べたような方式は、現実にはすでにできている。少なくとも、サミットの場合には。
とすれば、それを国政選挙で演説中の要人にも適用すればいいのだ。そのくらいの高い警備意識さえあれば、安倍銃撃事件は阻止できた。この事件を阻止できなかったのは、もともとの警備意識があまりにも薄すぎたからだ。最初からやる気がなくて、最初からザルだったのだ。……そこを見失ったまま、「小手先の方針転換で事足れり」というのが、今回の警察庁の対策だ。まったくの尻抜けというしかない。
【 参考 】
「警察は県ごとに分割統治する」
という原則はある。だが、これは、強力な警察権力が暴走して国民を支配することを抑止するためのものだ。特に、刑事警察が市民を抑圧するのを阻止するためだ。
しかしそれは、警察部門で言えば「刑事部」の事案だ。一方、要人警護は「警備部」の事案だ。そして「警備部」は、要人だけを対象とするのであって、市民を抑圧することなどはありえない。
だから、「警備部」に相当する部門(セキュリティ・ポリス)については、「県ごとの分割統治」という原則は必要ないのだ。むしろ「中央集中」の方が効率がいいのだ。
【 補説 】
以下では細かな細目を示す。
(1) 一元化/分担
現状では警備は各県警が分担するが、今後は警視庁の SP(セキュリティポリス)という巨大組織が一元管理するべきだ。SP は東京都の予算でまかなわれるが、実質的には国家組織のようにふるまって、日本の各地で活動する。ただし、SP は常に各県で活動するのではなく、要人に付き添う形で一時的に臨時派遣される形となる。
- 《 加筆 》
臨時派遣するのは、その方が効率がいいからだ。たとえば、要人が東京から兵庫や奈良に行く。
そのとき、SP もいっしょに移動すれば、一定の人数の SP が同行するだけだから、人員に無駄が生じない。
一方、各県警で分担すると、どうなるか? 要人が東京にいるときには、他の 46都道府県の警備要員が遊休する。要人が兵庫に行けば、兵庫以外の 46都道府県の警備要員が遊休する。要人が奈良に行けば、奈良以外の 46都道府県の警備要員が遊休する。(神戸や奈良に行く場合には、東京にいる大量の SP が遊休する。)
というわけで、前者の方式には無駄がないが、後者の方式には多大な無駄が生じる。だから、前者(臨時派遣する方式)の方が、効率がいいのだ。
(2) マンツーマン/ゾーン・ディフェンス
警備は原則として「要人に付き添う」という形を取る。これは(バスケットボール用語で言えば)マンツーマンのディフェンスだ。要人という目標が先にあり、この目標を守る形で警備する。警備する人は、最初から最後まで同じである。それが SP だ。
一方、現状の発想は、「地域の警察組織が地域で警備する」という形を取る。これは(バスケットボール用語で言えば)ゾーン・ディフェンスだ。ゾーンごとに担当する担当組織(県警)がある。要人が別のゾーンに移行すると、警護者は別の警護者に交替する。たとえば、7月7日は兵庫県警が警護したが、7月8日は奈良県警が警護した。地域が変わると、警護者が交替した。(各県警がテリトリーのなかでゾーン・ディフェンスをするわけだ。)
では、マンツーマンとゾーンディフェンスの、どちらを取るべきか?
「マンツーマンの方式を取るべきだ。担当者は最初から最後まで、同一であるべきだ」( SP が担当するべきだ)というのが、私の考えだ。
「ゾーン・ディフェンスの方式を取るべきだ。担当者は途中で交代するべきだ」(県警が担当するべきだ)というのが、警察庁の考えだ。
そのどちらがいいかといえば、一概には言えない。方式自体には、特に優劣はない。
だが、現実レベルでは、警護能力に大差が生じる。マンツーマンの方式を取れば、東京都の SP が莫大な予算と人員を用いて、非常に高度な警備をなすことができる。一方、ゾーンディフェンスの方式を取れば、各県警が個別にやることになるが、東京以外の各県警はいずれも貧乏で小規模なので、貧しい予算と小人数の人員を用いて、非常に低レベルな警備しかできない。普段からまともな警備の訓練さえしていないから、警備計画は尻抜けだし、「要人にかぶさる」という基本すらできない。まったくの低レベルとなる。……それが「ゾーン・ディフェンス」(各県警が対応する)という方式だ。そして、それを踏襲するのが、警察庁の新方針だ。まったく、落第点だ。
(3) 人事交流・訓練
警備のレベルアップのためには、一元化をすることが大切だ。(前述)
ただし、中央の警視庁と、各県警とは、十分に人事交流をすることが必要だ。たとえば、「テロの訓練をする」ということは、事前に何度もやっておくべきだし、そのやり方も、中央の SP が具体的に指導するべきだ。
警護というのは、SP だけがやるわけではない。要人のそばにいる 1〜10名ほどの SP のほかに、その周囲の警察官(各県の警備部所属)がいる。さらにその外側には、他部門(刑事部門や機動隊部門)などの警官がいる。これらの警察官は、普段は要人警護の仕事はしていないので、警護の仕事についてはプロではない。そこで、警護のプロである SP が、これらの警察官に指導するべきだ。
そのような指導は、常日頃から、人事交流や訓練の形で実施するべきだ。その際、中央の SP が統率して訓練を行うことにする。中央の SP がハイレベルの教本を備えて、その教本にしたがって、各県警の警護担当者が訓練に参加するわけだ。
(4) 重要な原則
訓練の際、教えることで、特に重要な原則がある。それは、次のことだ。
「要人のそばにいる人は、基本的には(要人に付き添うという意味で)マンツーマンでありながら、集団としてはゾーンディフェンスの態勢を取る」
その際、次のことに注意するべきだ。
「各人は自分の持ち場(ゾーン)を離れてはならない」
これを鉄則とするべきだ。なぜなら、自分がゾーンを離れたら、そのゾーンが穴になってしまって、そこからテロリストが侵入するからだ。
しかるに、今回起こったのは、まさしくそういうことだった。
もともと安倍氏の後方(南側)を警戒していた警護員の警戒方向が変更されたが、現場指揮官らは他の要員を補充する対応をとっていなかった。このため、安倍氏の近くで警護にあたっていた警護員やほかの警察官の誰もが、山上徹也容疑者(41)が安倍氏の後方に近づくのに気づかず接近を許した。
( → 安倍氏銃撃「阻止できた」 要人警護、関与強化へ 警察庁:朝日新聞 )
安倍氏のそばには、奈良県警本部所属の警護員3人と警視庁から派遣されたSP1人の4人がいた。そのうち県警の1人はガードレールの外側にいて主に後方を警戒していたが、上司である別の警護員の指示で安倍氏の演説直前にガードレール内側に移動し、主な警戒方向も斜め前(北東側)や横(東側)に変わった。これにより、主に後方を警戒する要員はいなくなった。
( → (時時刻刻)安倍氏後方、68秒の隙 警護位置変更で「空白」、銃撃許す 指揮「不十分」役割明確化へ:朝日新聞 )
こうして、ゾーンディフェンスに穴が生じた。その穴を通って、犯人はやすやすと要人に近づいた。そしてついに銃撃に成功した。
ここでは、最重要の原則や鉄則が守られなかった。そのような原則や鉄則があることすら、奈良県警は知らなかった。奈良県警は警備の素人ばかりだったし、その素人に何かを教える人もいなかった。かくて、警備の素人集団が警備をしていたから、たった一人のテロリストが現れたら、すべてが瓦解したわけだ。
(5) 聴衆よりもテロリスト
では、どうして警護者はそういう失敗をしたのか? それは、意識の対象を間違えたからだ。彼らは、警護で注意するべき相手は「テロリストだ」とは思っていなかった。むしろ「聴衆だ」と思っていた。だから、聴衆ばかりに意識が向かっていて、聴衆の陰からこっそり現れるテロリストには目を向けようとしなかった。
では、なぜか? それは、彼ら警察官は、「国民を守る」という意識はなくて、かわりに「国民から権力者を守る」という意識だけがあるからだ。つまり、警察は権力の犬であるからだ。国民と権力者が向かいあっているとき、国民から権力者を守ろうとすることばかり考えている。国民を敵だと思っている。だから、本当の敵であるテロリストを捜そうとしなくなっているのだ。
想定する敵を根本的に見誤っているから、肝心のテロリストを見失ってしまうのだ。まったく、情けないことだ。
(6) モデル的には
ついでに言えば、モデル的には、こんな感じだ。
テロリストが要人を襲うという事前情報がもたらされた。すると、県警は、「すわ一大事」とばかり、警察官を増員した。その警察官を、要人のまわりに配備して、近づいてくる市民をシラミつぶしにチェックした。「ひょっとしてゴミ掃除の作業員に変装しているかも……」と疑って、ヨボヨボの爺さん・婆さんまで身体検査するありさまだ。
そのとき突然、銃声が聞こえた。テロリストが紛れ込んで、銃弾を発射したのだ。そのテロリストは、警察官の変装をしていたので、警察官は誰も気づかなかったのだ。また、警察は現地でゾーン・ディフェンスをしていなかったので、担当者以外の誰かがゾーンに侵入しても、誰も侵入に気づかなかったのだ。(ゾーンの担当者が決まっていなかったので。)
ただし、銃声が聞こえても、銃弾は当たらなかった。直前に、誰かが急に現れて、テロリストの銃をはじいたからである。おかげで、銃弾は見当違いの方向に発射されただけだった。そして、銃撃を阻止したのは、そこにいた亀山薫だった。
「おい、亀。どうしてうまく阻止できたんだ?」「実はね。右京さんが、あらかじめ指示したんですよ。ここにいて、怪しい警察官を見張れ、と。そうしたら、案の定だ」
「そうか。警部殿はすべてお見通しだったか。さすがだな」
「いや、右京さんが言うにはね。そのことは、今回の警備の前に、もともとネットに書いてあったそうですよ。 Openブログというところに」
