2022年03月12日

◆ ウクライナ戦争 12(つづき)

 (前項の続き)
 日本の参戦について、話を続ける。方法や根拠などの話。

 ――

 (6) 陽動作戦

 「日本の参戦」と聞くと、戦争アレルギーの平和論者が、生理的拒否感を感じるようだ。「戦争は怖い」「戦争は危険だ」「戦争はイヤだ」というふうに。
 だが、お間違えなく。本項で言う戦争は、ドンパチと火を飛ばす戦闘活動のことではない。「戦争すると見せかけて部隊を移動させる」ということを主体とした、ただの移動活動である。わかりやすい言葉で言えば、「陽動作戦」である。
  ・ 敵がいないときには、どんどん攻め込む。
  ・ 敵がいるときには、どんどん引き下がる。

 こういうふうになるので、戦闘活動はほとんど起こらない。散発的な小競り合いぐらいは起こりそうだが、大規模な戦闘活動は起こらない。起こりそうならば、引き下がる。

 例外的に、敵が「少数部隊で無謀に玉砕覚悟で攻め込んでくる」という場合には、戦闘活動が起こるが、その場合には、あっさり蹴散らかしてやればいい。その後に、その部分の領土を奪い取ればいい。
 逆に言えば、そういうふうに大損をしたくないはずなので、敵は「少数部隊で無謀に玉砕覚悟で攻め込んでくる」ということをしない。それゆえ、戦闘活動はほとんど起こらない。
   → 前項の (4)

 本項で言う「日本の参戦」は、基本的には戦闘活動ではなく、ただの陽動作戦なのだから、「怖い」「危険だ」などと、あまり心配する必要はないのだ。
 むしろ、「そのことでウクライナ国民の命を大量に救うことができる」というメリットに着目するべきだ。
 「目の前で大量に人々が殺されているのに、それを座視する」
 というような不正義は、私の正義感や倫理観が受け入れられない。

 たとえば、目の前で弱い女子供が暴力男に殴られているのを見たら、何が何でも止めたい、というのが、私の倫理観だ。「自分がケガをするのが怖いから、手を出さずに傍観して、女子供が血だらけになるのを見守るだけにする」というのは、私の立場ではない。
 平和主義と臆病さとは、異なるものだ。平和主義を唱えることで臆病になるのは、私の立場ではない。むしろ「平和のためには自分の命をも差し出す」というのが、真の平和主義だろう。それは臆病ゆえの無抵抗主義とは正反対のものだ。

 それでも、「日本の軍事活動には絶対反対」という平和主義・非暴力主義を取る人もいるだろう。だが、「日本単独での軍事活動」に対してならそれでいいが、「西側諸国がそろって連帯して参戦して、破壊的な怪獣ロシアに対決する」というときは、話が別だ。そういうときに、日本だけが脱落して、「オレは知らん。高みの見物さ」なんて言っていると、日本が西側諸国から総スカンを食うかもしれない。「みんながそろって平和のために努力するときに、おまえだけが自分かわいさで脱落するのか? そんなに身勝手なのか?」と。
 そうなったら、もう日本は、世界からつまはじきにされてしまいそうだ。今、ロシアが世界からつまはじきにされてるが、日本もまたロシアといっしょにひとくくりにされて、「平和の敵」と見なされそうだ。そうなっていいのか? 
 繰り返すが、臆病さと平和主義とを取り違えてはいけない。平和のためには、場合によっては血を流す覚悟も必要なのだ。


 (7) 損害の甘受

 戦闘活動で損害が出るのは、不可避である。たとえ主目的が陽動作戦にすぎないとしても、いったん軍事活動を始めたからには、不測の事態が起こることもあるし、末端に統制が行き渡らないこともある。こぜりあいから、本格的な戦闘活動になることも、ないとは言えない。そのせいで、自衛隊員の人的被害が出ることもあるだろう。
 そういうことは、通常ならば、とても許されない。戦闘活動につながることは厳として慎むべきだ。
 しかし今は、通常ではない。現状は、未曾有の戦争中である。何の罪もないウクライナ人が、悪魔のようなプーチンの野望ゆえに、一方的に虐殺されている。これを「他人事」として看過するべきではない。そのためには、自衛隊員にある程度の犠牲が出ることもやむを得ない。(本当に心苦しいことではあるが。)
 現時点では、ウクライナ人の大量虐殺を止めるのが最優先となる。かつてユダヤ人の大量虐殺に対して、「見て見ぬフリをせよ」という声も多かったし、日本ではそういう声が主流だったが、杉浦千畝は大量のユダヤ人の人命を救った。今の日本人もまたそれに見習うべきだ。
 かつて日本は国連の PKO 活動への参加という形で、自衛隊を派遣した。大量の自衛隊員を派遣して、莫大な費用をかけた割には、それで救われた人命はほとんどゼロだった。自衛隊員がやったのは、「危険な地域での道路整備」ぐらいであって、経済的な奉仕はやっても、人命を救ったことは一度もなかった。(戦闘活動をしなかったので、人命を救うこととは無関係だった。)

 しかし、今回は違う。自衛隊員が陽動活動をすれば、そのことで、大量のウクライナ人が救われるのだ。女子供などの民間人の人命はもちろんのこと、前線で戦死する戦死者の命も救われる。(さらには、戦いたくもないのに戦うハメになって死んでいったロシア人兵士の命も救われそうだ。この分は、あまり考慮しなくてもいいが。)
 ともあれ、自衛隊員が本項の提案に従って活動することには、多大な人命を救う効果がある。国連の PKO 活動への参加よりも、はるかに重要な任務となる。大げさに言えば、人類の命運に影響するほどの、重大な任務だ。そのためであれば、多少の犠牲や損害は、やむを得ないと言える。なぜなら、その百倍ぐらいの規模の犠牲を止めるためであるからだ。
( 非常に崇高な目的への奉仕だ、と言える。)


 (8) 法的解釈(憲法)

 法的にはどうなるか? 特に、憲法9条との関係ではどうか? 
憲法9条  国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

 ここでは、「国際紛争を解決する手段」という箇所が問題となる。今回、ロシアとウクライナの間には、国際紛争があるように見える。そして、それを解決する手段として、自衛隊を運用するのは、憲法に抵触するように見える。では、そうなのか? 

 私の解釈を言おう。こうだ。
 「国際紛争」としては、ロシアとウクライナという2国間の紛争がある。クリミア半島の係争や、ウクライナ東部の係争がそうだ。だから、これらの係争を解決する手段として、日本の自衛隊を投入することは、明らかに違憲だ。(たとえば、両国がクリミアで対立しているときに、自衛隊がウクライナ軍に肩入れして、クリミアで軍事介入する……というようなこと。)
 一方、今回は、ただの2国間の紛争ではない。「ロシアと世界全体」というような対決だ。ここでは、2国が対等のレベルで争っているのではない。ロシアという悪漢が、一方的な暴力で、世界秩序をぶち壊しているのだ。これは通常の国際紛争(2国間の係争)とはまったく異なるレベルのものだ。
 したがって、これに参加することは、(西側全体といっしょに)「世界秩序」を維持することになる。それが目的なのだ。これは、警察が「社会秩序の維持」を目的として、軽武装の武力を使うことに似ている。警察は犯罪者への対策に武力を使うが、それと同様のことをなすのだと思えばいい。
 以上のことから、「国際紛争を解決する手段として」という条文には抵触しないと考える。自衛隊を使うことは、「国際紛争を解決するため」ではなく、「世界秩序を維持するため」だからである。(警察のように。)


憲法9条  国の交戦権は、これを認めない。

 これも同様に解釈できる。本項の仕方で自衛隊を使うことは、国の交戦権のためではない。世界秩序を維持するためである。
 さらに言えば、北方領土は日本の領土である。「日本の領土を守るため」という名目を取れば、「自衛のため」となるので、これも「国の交戦権のため」ということにはならない。この点でも、憲法9条には抵触しない。

 ――――
 
 [ 補足 ]
 なお、「自衛権」による戦争が憲法9条に違反しないのは、それが「憲法の枠外」にあるからだ。「自衛権」は法律以前の「自然権」として存在しているので、法律には束縛されないのだ。この件は、前に詳しく述べた。一部抜粋しよう。
 「自衛隊は違憲ではない。なぜか? 自衛権は、憲法以前に、自然権として保有しているからだ。人は、呼吸する権利や、生存する権利を、法律で付与される以前に、自然権として保有している。それと同様に、国家も、法律で規定される以前に、自衛権を自然権として保有している。これについては、憲法で規定することの枠外にある」
( → 9条改憲の目的は?: Open ブログ

 人が暴漢にナイフで殺されかかっているときには、「戦わずに無抵抗で殺される」というのが正しいわけではない。たとえば「手元の石を投げて相手にぶつける」というような形で抵抗するのは当然だ。そういうふうに身を守る行為は「正当防衛」として許容される。たとえその結果、石をぶつけられた相手がたまたま死んでしまったとしても、その行為は法的に免責される。
 だが、法的にどうのこうのという以前に、人には生きる権利がある。ここでは「無抵抗で殺されるのが正しい」ということにはならないのだ。法律以前に、人には生きる権利があるのであって、そこに法律が介入すること自体がおかしいのだ。
 国家が生きる権利としての自衛権もまた同じ。自衛権が法律(憲法)に規定されていようがいまいが、その権利は法律以前に(自然権として)存在していると考えられる。

 結局、北方領土は自国領であるので、そこに進軍するとしても、日本の領内に進軍することなのだから、あくまで正当な活動なのだ。ロシア領土を侵略したことにはならないのだ。



 [ 付記 ]
 「自分が生きる権利」は自然権が認められているが、「他人を生かす権利」は自然権が認められていないことがある。つまり、他人を生かすことが法的に否定されていることがある。その事例は下記にある。
  → 心肺停止で救命活動中…偶然居合わせた看護師に“医療行為”指示 消防職員が懲戒処分
  → ニュース「非番中に救命処置を行った救急救命士、停職6ヶ月の懲戒処分」
  → 看護師が無資格で挿管して命を救ったら処罰される話(ドラマ)


https://amzn.to/3Ja6M0q


 ここでは、「他人の命を救ったこと」が法にもとづいて処罰されるわけだ。「人を救えば処罰され、人を死なせれば褒められる」というわけだ。……こういうのは、法に欠陥があると言える。欠陥法が人命に優先されるような社会は、社会そのものが狂っていると言える。
 この件は「善きサマリア人の法」という概念で議論されている。
 「災難に遭ったり急病になったりした人など(窮地の人)を救うために無償で善意の行動をとった場合、良識的かつ誠実にその人ができることをしたのなら、たとえ失敗しても結果責任を問われない」
( → 善きサマリア人の法 - Wikipedia

 ここでは、失敗したことの結果責任が免除される、という話題になっている。ところが日本では、成功しても処罰されるのだ。人の命よりも、欠陥法による狂った社会秩序が優先されるのだ。
 こういうのはもはや文明社会ではない、とすら言える。人の命よりも法を優先する日本国は、自然権を否定する国家であり、それはもはやプーチンのロシアにも似た野蛮国家であると言える。(人の殺害を推奨する国家だ。)
 法を理由にして殺害を推奨するような社会は、私は認めがたい。それと同様に、憲法9条を理由にウクライナ人を見殺しにするのを「正しい」とするような社会は、私は認めがたい。……それが「自然権」による解釈だ。


 《 参考 》

 日本が北方四島を占領したあとで、ロシアが核兵器で反撃してくる可能性はゼロ同然だと言える。
 なぜか? そこはもともと「ロシアの固有領土」ではないからだ。ロシア自身が、「そこはロシアの固有領土ではない」つまり「そこは昔からずっと日本領土だった」と認めている。換言すれば、「戦勝国としてぶんどったものだ」というふうに認めている。
 実際、1945年までは、ロシアは北方四島には来たことがなかった。そのことはロシアも理解している。
 だから、そこを奪われたとしても、それは「モスクワを奪われた」というのとは、話の次元が異なる。この程度のことで、核兵器を使う可能性はゼロだ。どちらかと言えば、ウクライナで核兵器を使う可能性の方が、1万倍も高いだろう。ウクライナの重要性は、北方四島に比べて、1万倍をはるかに上回るほどだからだ。(百万倍ぐらいだろう。)




( ※ 話が長いので、ここで書くのを中断します。 続きは次項で。)


  to be continued.

 
posted by 管理人 at 23:22 | Comment(3) |  戦争・軍備 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 最後に [ 付記 ] を加筆しました。
 タイムスタンプは 下記 ↓
Posted by 管理人 at 2022年03月13日 07:21
良く分からないのですが、軍事侵攻と陽動作戦とで表向き見分けがつくのでしょうか。相手国はどう受け止めるのでしょうか。第三国は?

最初から陽動と分かっているなら無意味だと思いますし、それで北方領土を越えて侵攻していくとなると、これはただの火事場泥棒かと受け取られかねません。ロシアとやっていることは変わらないし(イラクのクウェート侵攻みたいなもの?)、世界中の非難を浴びるでしょう。

まるで戦国時代のようですね。そのような国際秩序が望まれるでしょうか。
Posted by とーりすがり at 2022年03月13日 16:38
> 最初から陽動と分かっているなら無意味

 普通の陽動作戦はバレると無意味だが、前項の陽動作戦は「バレても大丈夫」というふうになっています。ロシアがどう対応しても、いずれの場合も大丈夫、と示しています。場合分けで。
 前項を読み直せばわかります。

 ※ 要するに、相手が「陽動運動だな」と思って退却したら、「陽動運動だよ」というこちらの宣伝に引っかかってだまされたことになるので、それに乗じて、無防備な極東をあっさり占拠できる、ということ。「陽動運動だよ」という方針そのものが、見せかけの陽動運動であったわけだ。それに引っ掛けてしまえ、という、二重の陽動運動だ。


> 北方領土を越えて侵攻していくとなると、これはただの火事場泥棒かと受け取られかねません。

 その件は本日記事に記します。本来の日本領(樺太・千島)以外は取得しません。法的に合法的な領土を回復するだけです。侵略はしません。

 
Posted by 管理人 at 2022年03月13日 17:02
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

  ※ コメントが掲載されるまで、時間がかかることがあります。

過去ログ