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新春企画記事で、未来のあるべき経済を論じている。
→ (未来のデザイン:3)仕事 感染、暮らし支える現場が:朝日新聞
→ (未来のデザイン:3)仕事 食が、職が、おびやかされる:朝日新聞
→ (未来のデザイン)インタビュー 行きすぎた能力主義、見直すとき マイケル・サンデルさん:朝日新聞
骨子は、次のような話だ。
・ 食品加工やゴミ収集の労働者は、底辺労働者と見なされるが、社会には必要だ。
・ 食品加工では超低賃金の外国人労働者も多い。(事例では9割)
・ これらの底辺労働者が社会を支えている。
・ これらの労働を機械化・ロボット化で代替する動きもある。
・ その場合には労働者が解雇されるので、労働者が反発する。
・ だから機械化・ロボット化で済むというわけでもない。
・ 人手不足の職場と人余りの職場で、雇用のミスマッチが懸念される。
・ だから失業者への職業訓練や再就職支援を充実させるべきだ。
・ しかし「経済成長が問題を解決する」という思想が邪魔をする。
・ 大量生産・大量消費をともなう『成長』より『成熟』をめざそう。
・ ロボットなどの技術は、人間を代替するより、人間の補助に使うべきだ。
・ 大量生産による効率化で経済成長を、というモデルは時代遅れだ。
・ 能力主義の重視は、「自己責任論」から社会的不平等を生む。(サンデル)
・ 大学教育より、配管工や電気技師など職業教育を増やせ。(サンデル)
・ コロナ時代には、底辺層や途上国などの分断を乗り越えて生きよう。
新年らしい良いことを言って、未来を明るくしよう、という調子の話だ。だが、これは、現実を理解できない書生の妄言であるにすぎない。こんなことを言う人は、現実に物を生産することがなく、言葉の上で「平等」「理想」などを夢見ているだけにすぎない。
以下では詳細に述べよう。
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まず、根本的な誤認から述べよう。
経済成長 = 大量生産 = 大量消費 = 環境汚染
という発想に基づいて、経済成長を批判しているが、これはまったくの間違いである。
なるほど、高度成長期には、上の図式が成立した。物が何もなかった戦後の貧しい時期のあとで、急激に物が豊かになり、大量生産と大量消費が出来るようになったが、同時に、大量の廃棄物を出したり、空気を汚染したり、環境を破壊したりした。そういう功罪の両面があった。そのあとで、「くたばれ GNP」というような言葉が出て、経済成長を悪と見なす風潮がひろまった。「経済成長よりも、現状維持のまま( or 低成長で)、環境を維持した方がいい」という発想が生じた。
だが、そのような発想はまったくの間違いである。なぜなら、経済成長というのは、金額上の成長だけを意味するからだ。要するに、「所得が増えていく」ということだけを意味するからだ。
ひるがえって、物質を大量消費して、大量の廃棄物を出すということは、経済成長という言葉には含意されない。なるほど、過去においては、大量の消費や、大量の廃棄物が、経済成長にともなっていた。しかしそれは必須ではないのだ。
たとえば、昔の高度成長期には、大量の自動車や家電が生産されて廃棄された。だが現代のIT時代には、スマホに使用される原材料はごくわずかだし、ネット上でやりとりされる情報に至っては物質の消費はゼロ同然である。(光ファイバーを流れるのは光子だけであるから、物質は消費されない。単にエネルギーが消費されるだけだ。)
というわけで、
経済成長 = 大量生産 = 大量消費 = 環境汚染
という図式は成立しないのだ。金銭的な経済成長にとっては、「大量生産・大量消費・環境汚染」というものは、もはや付随しないのである。
したがって、経済成長に含意される弊害などは、もはや存在しない。経済成長とは、単に所得が増えること(豊かになること)であるから、それを否定するべきではないのだ。そんなことも理解できないで、経済成長を否定するような新聞記者は、「みんなで貧しくなろう」と言っているのも同然であり、ただの狂人(もしくは無知ゆえの阿呆)であるにすぎない。
「経済成長」という言葉の意味も理解できないまま、感情論・印象論だけで経済成長を否定するような新聞記者は、単に妄想を振りまいているだけの、社会に有害な道化なのである。
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具体論でも、間違いがある。
(1) 職業訓練
「雇用のミスマッチの対策で、職業訓練や再就職支援をせよ」
「配管工や電気技師など職業教育を増やせ」
という見解(二つ)が紹介されていた。だが、
「雇用のミスマッチの対策で、職業訓練や再就職支援をせよ」
というのは、経済学では何十年も前から指摘されていたことだ。今さら我が物顔で提案するようなことではない。
当然ながら、そのような施策はすでに政府や民間によって十分に取り入れられている。今さら特段に拡充するべきようなことなどはない。
このように「すでに十分」という状況で、ある分野で過剰に職業訓練を施せば、その分野で過剰な労働者が発生することで、その分野の賃金が低下してしまう。たとえば、配管工や電気技師を大量に養成すれば、「すでに足りている」という状況に逆らって、大量に労働者を供給することになるので、(市場における価格調整を通じて)供給過剰となり、配管工や電気技師の賃金水準が低下してしまう。これでは逆効果だ。
一般には、賃金水準は社会の必要性に応じて定まっているので、政府がことさら個別に介入するべきではないのだ。こんな馬鹿げた提案をするぐらいなら、専門学校の入学案内のページでも見ていろ、と言いたくなる。あるいは、職業訓練所のページでもいい。
→ 科目案内 | 東京都立城東職業能力開発センター
(2) 外国人労働者
「外国人労働者は社会を支えてくれている」(必要不可欠だ)
という論調で述べているが、とんでもない。記事の事例では、
週6日、午前7時〜午後5時すぎまで鶏の内臓を取ったり解体したりして、月収は17万円程度
ということだが、これでは時給 770円程度となり、千葉県の最賃 953円を下回る。たぶん違法だろう。仮に違法ではないとしても、奴隷並みの賃金である。
「奴隷は社会に必要だから、奴隷をたくさん外国から招致しよう」
という朝日の論調は、かつて黒人奴隷を酷使していた米国人の発想とまったく同じである。単に搾取して収奪しようとしているだけだ。
では、どうすればいいか? 低賃金の外国人労働者を「必要不可欠なもの」とは見なさずに、すべて排除すればいい。そのことで、企業は二者択一となる。
・ 日本人労働者を高給で雇う
・ それができないまま倒産する
そのいずれであってもいい。奴隷を酷使するような企業はもはや存在価値がないのだから、さっさとつぶれてしまえばいいのだ。そうすれば、その産業全体の生産量が減るので、市場原理により、その生産物の価格が上昇する。だから、日本人労働者に高い賃金を払っても、事業は成立する。
たとえば、ホタテや牡蠣の殻むきがある。これは、厳しい労働環境である割には、賃金が安い。だから外国人労働者が多い。この(低賃金の)外国人労働者を一切排除すれば、多くの会社が事業を停止する。それにともなって、ホタテや牡蠣の生産量が減るので、ホタテや牡蠣の価格が上昇する。すると、労働者に高い金を払っても事業が成立するので、日本人労働者に高給を払えるようになる。かくて、問題は解決する。
というわけで、外国人労働者という奴隷を排除すれば、労働者不足によって賃金が上昇するので、問題はうまく解決するのだ。(その分、物価は上がるが。)
(3) 賃金水準の低下
外国人労働者が大量に存在すると、下級労働者の職場が奪われる。そのせいで、下級労働者の賃金水準が低下する。
つまり、外国人労働者が大量に存在することで、その直撃を受けて最も困っているのは、社会の底辺層にいる下級労働者なのである。
朝日新聞の記者のような人々は、外国人労働者とは競合しないので、自分たちは安閑としていられる。だが、記者に真の優しさがあるなら、外国人労働者とはの競合で職を失ったり、低賃金になったりした人々のことに、思いを馳せるべきだ。
こういう底辺レベルの職場でも、昔はちゃんと給料がもらえた。なのに、今では外国人労働者が大量に進出しているせいで、それと競合する日本人労働者の賃金もまた、大幅に低下してしまったのである。
朝日の記者が「国際化」などを吹聴して、大量の低賃金の奴隷を招いたせいで、日本人労働者の賃金水準もまた、奴隷レベルにまで低下してしまったのだ。
(4) 物価上昇の痛み
「外国人労働者がいなくなると、(食品などの)生産コストが上昇して、物価が上昇するぞ」
という反論がありそうだ。それに答えよう。
物価が上昇するというのは、まさしくその通り。だが、それは、必要な痛みとして受け入れるべきなのだ。
そもそも、社会の底辺層(低所得者層)が豊かになるということは、その分、他の誰かが貧しくなる必要がある。富の総和が同じだとすれば、誰かが豊かになる分、他の誰かが貧しくなる必要がある。……とすれば、底辺層(低所得者層)が豊かになった分、中所得層や高所得層は損をする必要があるのだ。それが「物価上昇」という形の負担である。
朝日の記者が真に心優しくあろうとするのならば、低所得者層が豊かになる分、中所得者層や高所得者層は(物価上昇の形で)富を減らすのを受け入れるべきだ、と語るべきだった。身を切る痛みを負担せよ、と語るべきだった。
なのに、朝日の記者はそう語らない。外国人の低賃金化を維持すれば、日本人全体は得をすることが出来る、と信じている。
しかし、外国人の低賃金化を維持すれば、外国人が日本人の職場を奪うから、日本人の低所得者層もまた低賃金下してしまうのだ。
そういう経済学的な事実を、朝日の記者は理解できない。外国人の賃金と日本人の賃金が、市場を通じて連動化する、ということを理解できない。あくまで外国人は外国人で、日本人は日本人だと思い込んでいる。
市場とか需給とかを説明する経済学の知識がないと、現実から懸け離れた空理空論(つまりは夢想)を信じるばかりとなる。
朝日新聞の年頭の記事は、そういう妄想を記したものなのである。いわば、初夢だ。(読まされる読者は、たまったものじゃない。)
※ 参考記事。
→ 少子化と外国人労働者: Open ブログ
→ 野菜が安すぎる(農業の技能実習生): Open ブログ
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結論を述べよう。
朝日の記者は、経済というものをまったく理解できていない。単に自分の信奉する理想論に従って、次のようなものを重視する。
・ 環境保護
・ 国際化 (外国人単純労働者の受け入れ)
・ 金銭主義批判 (欲得批判)
しかし、そういうのはあまりにも文学趣味の書生論である。現実のことをまったく理解できていないと言える。自分で働かないスネかじりの書生論と言ってもいい。自分の手で物を生産することがなくて、学問(経済学)を学ぶこともないから、印象的な言葉を(口先だけで)生み出すことが生産活動だと思い込んでいる。かくて空虚なデタラメな言葉ばかりを次々と垂れ流す。外国人の奴隷を自分が利用している(搾取している)ということにすら無自覚である。奴隷が大量にいるせいで、下級労働者の賃金水準が低い水準に貼りついているということにも無自覚である。
朝日の記者は、空疎な妄想に基づく理想論なんかを語らずに、現実に依拠した論説を示すべきだ。そのためには、経済学的な知識が必須である。経済学を知らずに経済のことを語るな、と言いたい。
【 関連項目 】
では、正しくはどう語るべきか……という話は、次項で。
