――
犯罪者は自らの罪を免れるために、証拠を隠滅したがる。特に、一国の首相が犯罪者であると、公文書を廃棄したがる。それが、安倍首相や菅首相の取ってきた方針だった。
→ 公文書が消える国 都合悪いと「焼く・捨てる」が日本?:朝日新聞デジタル
→ 安倍政権の「公文書隠ぺい・廃棄問題」とは何だったのか、残された難題
→ 社説:安倍政権の公文書管理 一層ねじ曲げられた理念 | 毎日新聞
→ 「首相の思い上がりのあらわれ」米紙、安倍政権の公文書廃棄問題を痛烈に批判
→ 菅首相の著書改訂「公文書重要」バッサリ削除|【西日本新聞me】
特にひどいのは、「1年で廃棄する」という方針だ。このせいで、桜を見る会や森友・加計学園の公文書は廃棄された。
→ 公文書「1年未満」で廃棄、防げるか 新基準を公表へ:朝日新聞デジタル
→ 「解釈、どうとでも」 "保存1年未満"文書破棄記録ゼロ 情報公開、ルール骨抜き
→ 公文書、桜も森友も加計も廃棄 保存1年未満 真相解明阻む:東京新聞
この状況は今も続いている。そして、こういうずさんな体質がはびこっているせいで、「公文書の勝手な書き換え」(捏造)という、あるまじき違法行為までがのさばるようになった。
国の基幹統計「建設工事受注動態統計」を国土交通省が無断で書き換えて二重計上していた問題で、二重計上が行われた8年分の大半は、書き換え前の数値を復元するのが困難となっている。調査票自体が書き換えられた上、書き換え前の調査票の写しが残っていないとみられるためだ。
( → 書き換え統計、大半の復元困難 国交省に元の調査票・写しなく | 毎日新聞 )
これらのすべては、安倍内閣・菅内閣の悪弊のせいであるので、首相が替わったならば、この悪弊も是正されるべきだろう。
※ とはいえ、学術会議の6名の是正さえ なされないのだから、期待薄だが。
さて。現代の馬鹿首相のことばかりを書いていると、気分が悪くなる。正月から胸くそ悪くなるのは、願い下げだ。
そこで、清涼剤のような事例を示そう。歴史上の事例だ。現代の為政者は最悪だが、昔の為政者は立派だったのだ。
それは徳川8代将軍・吉宗である。
NHK の「歴史秘話ヒストリア」という番組がある。(録画したのを見た。)
→ 歴史秘話ヒストリア - NHK
この番組の主題は、象のことだが、脇筋では、公文書保管の話も出てくる。
吉宗は、「享保の改革」をなしたが、そこでは「公文書の保管」という方針も打ち出した。そこで保管された公文書は、現在も残る。おかげで、歴史上の公文書を通じて、当時の事情が今日まで正確に伝わる。
江戸幕府では、主として八代将軍徳川吉宗の時代に、法令の編纂や幕政の改革(享保の改革)と併せて、公文書作成の指針や文書管理の体制が整備された。
( → 「時を貫く記録としての公文書管理の在り方」 )
歴代将軍の中で、図書の収集に最も熱心だったのは八代吉宗公で、一代で蔵書数を倍増させたといわれております。吉宗公は将軍就任直後より幕府の蔵書や記録に並々ならぬ関心を示し、さらに書物の収集・筆写を臣下に命じました。
( → コ川記念財団|TOKUGAWA MEMORIAL FOUNDATION - 財団だより コラム )
歴代の将軍のなかで、とりわけ積極的に紅葉山文庫の資料を利用したのは徳川吉宗。その成果は「享保の改革」と総称される彼の施策の随所にうかがえます。明治維新後、紅葉山文庫の蔵書は新政府に引き継がれ、今日その多くを国立公文書館が所蔵しています。
( → 将軍のアーカイブズ - 紅葉山文庫とは :国立公文書館 )
吉宗から始まった古文書が三十万点、東京千代田区の国立公文書館に保管されています。
( → NHK 歴史秘話ヒストリア の番組解説 )
なんと賢明な為政者であったことか。名君と言える。安倍や菅のようなゴミ首相と比べると、雲泥の差だ。月とスッポン。
岸田首相は、せめて吉宗の爪の垢でも煎じて飲めばいいのだが、そうする気もあるまい。器があまりにも小さすぎるからである。(煎じたお茶を入れても、器からこぼれてしまう。)
【 補説 】
話は変わるが、ついでに、吉宗の「改鋳」についても言及しておこう。
吉宗は、デフレ対策として、「改鋳」をしたことがあった。これは、金貨を薄めて水増しにすることである。
諸物価が暴落し通用金銀が不足したため,改鋳して質を落しその数をふやして経済の安定をはかった。
( → 元文金銀とは - コトバンク )
この改鋳で幕府は金の含有率を減らし、質の劣った小判を大量に発行します。
慶長小判に比べて使用される金の量が減ったわけですが、使用されなくなった、いわゆる余った金はどうなるのでしょうか?
何と!!
幕府が自分のものとしてしまうのです!
慶長小判と元禄小判は、金の含有量の相違から同然同じ価値ではありえないのですが、幕府は同じ1両として流通させます。
――
この状況(デフレ)を克服するため、質の悪い貨幣を鋳造・発行することで物価の上昇つまりインフレーションへと誘導していったのです。
この貨幣改鋳によって米価は上昇し、景気は持ち直したので、元文小判はその後80年以上にわたって通用していました。
質の悪い貨幣鋳造は将軍権威を揺るがしかねない重大事件であったと考えられますが、背に腹は代えられない幕府は、この改鋳によって武士の財政を守るとともに、景気回復をもはかったのです。
( → 日本史の考え方123「なぜ徳川吉宗は元文小判を鋳造したのか」 日本史 )
ただし交換比率は変更された。
元文小判は金の含有率を65.7%、元文丁銀は銀の含有率を46%に下げ、引替率を旧金貨100両に対し新金貨165両、銀10貫目に対して新銀15貫目とした。ただし、引替には割増金をつけたが、市場での通用は「古金新金割合差別なく」と命じている。この同額通用の命令は江戸の町人たちからの抗議と嘆願により「古金1両=新金1.65両」のレートを認めざるを得ず、元文3年8月(1738年9月ごろ)までこの状況は続いた。
( → 貨幣改鋳 - Wikipedia )
このころ、経済はデフレ状態にあり、かつ、幕府は大幅な財政赤字に悩んでいた。しかも、天災による大被害が続発した。(1703年:江戸大地震。1707年:宝永大地震、富士山噴火)
ここで政府は大幅な支出を強いられ、大幅な財政赤字が発生した。そこで(赤字を埋めるために)増税をすれば、デフレが一挙に悪化して、一国経済は破綻してしまう。
ところが吉宗は、改鋳をすることで、貨幣を増やしてインフレ状態にすると同時に、貨幣発行益(改鋳の差益 = 出目 )を政府が得ることで、財政赤字を埋めた。(私の提案する経済政策とほぼ同じである。)

出目
こうして吉宗は、天災が続発したという最悪の状況にもかかわらず、経済を見事に立て直したのである。
一方、東日本大震災やコロナに見舞われた現代日本では、安倍首相や菅首相が無為無策のまま……
ああ。腹が立つので、もう書くのをやめた。酒を飲んで、寝る。


https://www.city.chigasaki.kanagawa.jp/kankou_list/event/1006905/1006920.html
関連で、忠相が経済に明るかった話はこちら。
https://forbesjapan.com/articles/detail/6975
また、公事方御定書(御定書百箇条ともいう。江戸幕府が初めて制定した、判例や法慣習の集大成)の編纂も担当していたそうです。「公文書の整理と保管」も、このことと関わっているのではないでしょうか。
https://kotobank.jp/word/%E5%85%AC%E4%BA%8B%E6%96%B9%E5%BE%A1%E5%AE%9A%E6%9B%B8-55187
https://www.kokugakuin.ac.jp/article/45827
残された吉宗の公文書について、「 30万点」という語を入れていましたが、これを削除しました。
30万点というのは、国立公文書館の蔵書数です。ここでは、吉宗以外の分も含まれ、また、公文書以外の収集蔵書も含まれます。
※ 数字の意味を勘違いしていたので、間違った表示をしてしまいました。