2021年12月11日

◆ 美咲はなぜ宗一郎と結婚しない?(ディアシスター)

dir-sister6.jpg 「ディアシスター」というドラマの話。見ていない人には、チンプンカンプンなので、特に読まなくてもいいです。(深い話もあります。)

 ――

 「ディアシスター」という名作ドラマの再放送があった。(12月の再放送は後述)

 11月に録画したのを、まとめて鑑賞した。だが、事後、釈然としない思いが残った。ヒロインの美咲が、自分の子供の父である宗一郎と結婚しないことだ。なぜ結婚しないのか? わけがわからないままだったので、じっくり考えてみた。





 美咲(演:石原さとみ)は、「一度寝たからといって、いい気にならないで」と言って拒むのだが、どうも不自然である。相手のことはずっと好きだったのだし、今でも好きだという意味のことを告げるし、拒む理由がない。しかも、相手の宗一郎は、とても誠実な男で、美咲と結婚したがるし、子供といっしょに受け入れたがる。美咲としては何も拒む理由がないように見える。

 それでも、どうしても、あくまで一人で生きたいというのなら、まだわかる。しかし、最終的には、宗一郎の弟と結婚してしまう。子供の父親と結婚するならともかく、子供の父親の弟と結婚するなんて、非倫理的だし、滅茶苦茶だ。しかも、その弟のことは、「男とは感じられない友人」として好きなだけであって、男として愛したことなどは一度もない。男として愛した相手は宗一郎だけである。なのになぜ、宗一郎と結婚しないで、その弟と結婚するのか? 滅茶苦茶すぎる。わけがわからない。

 以上のように、釈然としない思いが残り続けた。
 そこで、ドラマの終了後に、しばらくじっくり考えてみた。すると、ようやく真相がわかった。

 ――

 美咲が望んだのは、(自分が死ぬ可能性が高いので)自分の死後に、子供を姉に育ててもらいたい、ということだった。そして、そのためには、宗一郎と結婚するわけには行かなかったのだ。なぜなら、宗一郎と結婚すれば、子供を宗一郎が育てることになるからだ。
 「子供を姉に育ててもらいたい」……これこそが、美咲の望む最優先のことだった。そして、そのためには、宗一郎と結婚してはならないのだ。たとえ心の底で宗一郎を愛しているとしても、宗一郎と結婚してはならないのだ。

 ではなぜ? 次の二点が理由だ。
  ・ 姉が子育て上手なのは、実証済み。(かつて美咲を育てた。)
  ・ 宗一郎は子育てができない。(子育てが未経験の男性である。)


 この二点をまとめて言えば、こうなる。
 「子供の幸福のためには、子供を姉に委ねるしかない」


 そのことの本質は、こうだ。
 「女としての愛よりも、母としての愛を優先させる」

 つまり、女として宗一郎と結婚する幸福を犠牲にしても、母として子供の幸福を実現させたい、ということだ。

 このことは、男性には理解しにくい。男性にも理解できるのは、男と女の間の愛だけだ。だから、男と女の愛こそが最優先であると感じて、それ以外のものが入り込むことを理解できない。
 しかし女性は違う。ひとたび妊娠した女性は、自分が幸福になることよりも、自分の腹の中ですくすくと育ちつつある子供の幸福を優先する。この子供のためにはすべてを犠牲にしてもいい、自分の命を犠牲にしてもいい、と思う。だからこそ、人生において最も大切と思える(愛する人との)愛さえも犠牲にしたのだ。子供の未来のために。

 男にはそれが理解しにくい。だから私もずっと理解できずにいた。しかし美咲のなかにある「母としての思い」を考えることで、ようやく美咲の気持ちが理解できるようになった。(とはいえ、それは、「共感」というような思いとは遠く隔たっている。男は「父としての思い」は理解できても、「母としての思い」はうまく理解しがたい。共感にはなりにくい。)

 以上のように、説明できる。

 ――

 なお、美咲が宗一郎の弟と結婚したのは、彼が「姉のような優しさ」を示したからあろう。「この人ならば、私が死んだあとでも、子供のことをとても大切にしてくれるだろう」と信じたからだろう。……比喩的に言えば、「この人ならば、私が死んだあとでも、(私のかわりにこの人が)母親になってくれる」と信じたからだ。
 それはつまり、相手を「男として愛した」のではなく、「女らしい仲間として信頼した」からだ。
 そこにある感情は、男女としての異性愛ではない。むしろ人間的な何かだ。美咲にとっては異性愛よりももっと大切なものがあったのだ。

 結局、このドラマは、恋愛ドラマではなかった。恋愛は小さな話題として、ところどころで取り上げられたが、まともに恋愛関係が成立することはなかった。ドラマのなかで、唯一、恋愛の道を取っているのは、宗一郎だけだった。彼だけは美咲のことを真摯に愛し続けた。しかしその恋愛は成立しなかった。彼がいくら一方通行の恋愛をしていても、美咲の方が完全拒絶なので、恋愛関係は生じなかった。
 このドラマは、恋愛を扱ってはいるが、恋愛ドラマではなくて、「恋愛の不成立」のドラマだった。そしてかわりに、姉妹の愛が大きく取り上げられていた。タイトルの通りに。
 その意味で、このドラマは、女性ドラマであった。いわば少女マンガのようなものである。(原作はなくて、オリジナルだが。)





 まともに恋愛を扱うドラマとしては、同じ石原さとみが主演の「失恋ショコラティエ」がある。このドラマでは、王道の恋愛がたっぷりと描かれる。日本では珍しく、正攻法で王道の恋愛が描かれる。
 ディアシスターはどうかというと、恋愛ではなく、姉妹愛と母性愛を描くドラマだ。その意味では、ヒューマニズム・ドラマだ。ただ、若い女性の生態がリアルに描かれるので、女性にとっては身近に感じられる生々しいドラマとして共感できただろう。

 一方、男性の私としては、ちょっと馴染めない感じがあったのも事実だ。女性ばかりの女子校に紛れ込んでしまった男子生徒、みたいな「場違いな感じ」もあった。ちょっと恥ずかしくなるような。
 ま、それでも、このドラマが名作であることには、異論はない。「失恋ショコラティエ」の方がいいとは思うけどね。(どちらも女性向けドラマだ。)





 なお、私が心から共感できたのは、「ボクの殺意が恋をした」というドラマの方だ。これは基本的に、男性の視点で物語が進む。「愛する女性を守るために、命を賭けて奉仕するガードマン」というような話。現代の騎士道。……いかにも男性的なテーマなので、心から共感できた。
( ※ ただし女性にとっては不評だったらしくて、視聴率はあまり良くなかった。ドラマの時間帯は、女性向けドラマの時間帯だった。)
( ※ 視聴率が良くなかったのは、初回が駄作だったせいで、視聴者が見るのをやめてしまったせいらしい。途中から急に面白くなる、という珍しいタイプのドラマ。)



 [ 補足 ]
 いったん書き終えたあとで、思い返すと、「ディアシスター」の主題は、「姉妹愛」であるように見せているが、実は「母性愛」だね。
 「美咲はなぜ宗一郎と結婚しないか?」を問えば、その答えは「自分よりも娘を大切にするから」であり、「異性愛よりも母性愛を優先するから」である。そこには一種の自己犠牲がある。自分の幸福よりも娘の幸福を願う、という。
 その思いは、美咲の母(演:片平なぎさ)ばしばしば語っていた。「娘のためにと思って生きていた。その思いで自分は生きられた」というふうに。そこには深い母性愛があった。……それを伝える形で、美咲もまた、わが子を深く愛そうとした。自己犠牲をするほどに。
 そして、それと同じような自己犠牲を見せてくれたのが、宗一郎の弟だった。彼には母性愛と同じようなものがあった。だからこそ美咲は彼と結婚した。彼を愛したからではなく、彼を信頼したから。ちょうど姉を信頼したように。

 結局、このドラマにあるのは、異性愛よりも母性愛だった。だからこそ、女性視聴者は深く共感できたのだろうし、男性視聴者はどことなく場違いな感じを受けていたのだろう。

 ※ 子のために自分を犠牲にする「母性愛」というのは、愛する女のために自分を犠牲にする「騎士道」というのに似ている。両者はともに自己犠牲を扱う。ただし、その方向性は、まったく異なっている。男性にとって「母性愛」は理解しがたいし、女性にとって「騎士道」は理解しがたい。そういうものだ。

 ※ ついでだが、こういう「自己犠牲の愛」というのをテーマにした感動ドラマは、日本のドラマに多く見られる傾向だ。一方、米国のドラマは、自己犠牲とは逆のエゴイズムがテーマになりやすい。



https://amzn.to/3s3BT86




  【 関連サイト 】
 このドラマは、11月に再放送されたが、12月にも一部地方で再放送される。
  → テレビ西日本 2021/12/13(月) 14:45 〜 (福岡県)
posted by 管理人 at 23:19 | Comment(1) | 一般(雑学)6 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
今上映中の石原さとみの映画に通じるものがあるみたいです。(あんまり書くとネタバレに。すいません。)
Posted by 松本 at 2021年12月12日 16:13
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

  ※ コメントが掲載されるまで、時間がかかることがあります。

過去ログ