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五輪会場でトヨタの自動運転車が事故を起こした件については、前に言及した。
→ 自動運転車の事故(トヨタ): Open ブログ
そこでは「ソナーが作動しなかったのが謎だ」と記したあとで、結局は「よくわかりません」という結論になった。
ところが本日、朝日新聞で続報ふうの情報が出た。やや詳細に報じている。
→ 人とシステム、判断が対立したら… 事故から見えた自動運転の課題:朝日新聞
一部抜粋しよう。
バスは右折する際、交差点内の人を感知して停止した。バスに乗っていたトヨタ社員のオペレーターが交差点の周辺を確認したところ、誘導する警備員が選手を制止しているように見えたので発進させたという。
直後、横断してきた選手をセンサーが検知し、自動ブレーキが作動した。オペレーターも手動の緊急ブレーキを使ったが、バスが完全に止まる前に時速1キロほどで接触したという。
ここからは、次のことがあったと推定できる。
・ バスは横断歩道の前でいったん停止した。
・ 直後にバスは再発進した。
・ そのとき同時に、歩行者の方も前進しはじめた。
・ バスは、歩行者の姿を認めて、自動ブレーキが働いた。
・ バスのオペレーターも、手動で緊急ブレーキをかけた。
・ しかしバスが止まる前に、両者は接触した。
・ 歩行者は転倒して、ケガを負ったすえ、出場不可能になった。
以上は、事実認識として、朝日新聞の記事に従っている。記事は、それ以上のことは特に論じていない。(特段の解説などはない。)
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ここで私が判定を下すと、次のようになる。
・ バスが衝突したというより、歩行者がバスに衝突したようだ。
(時速1kmで接触なら、バスの側面に人が衝突したのだろう。)
・ ソナーが働いたかどうかは、あまり関係ないようだ。
(ソナーに関係なく、歩行者がぶつかってくるから。)
・ 事故を避けるには、もっと手前でバスが停止する必要があった。
・なのに、 バスの停止が遅れた。それが、事故の原因だ。
・ バスの停止が遅れたのは、バスの速度が高すぎたからだろう。
この最後の「バスの速度が高すぎたから」というのが、決定的な理由だと思う。(私見だが。)
一般に、自動車が横断歩道を横切るときには、時速3km 程度で徐行するべきだ。これならば、前方に人がいきなり出現しても、ほぼ瞬時に停止できる。停止するまでに走行する距離は、ほんの 5cm ぐらいだろう。これだったら、事故が起こるはずもない。
ところが現実には、時速3km 程度の低速で通る車ばかりではなく、時速10km 程度で通る車もある。こうなると、ほぼ瞬時に停止することは困難だ。
( ※ 距離には、人間の判断の遅れの分は含まれず、ブレーキの効き始めのとき以後の分。速度が2倍に上がると、運動エネルギーが4倍になり、ブレーキの時間と距離は4倍になる。速度が3倍なら、9倍になる。)
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だから、私の判定は、こうだ。
・ バスは、歩行者を検知して自動ブレーキをかけても、すぐには止まれなかった。
・ ならば、横断歩道を横切るとき、時速10km 程度で通ろうとしたのだろう。
・ その速度では、もともと衝突は回避困難だった。(速度超過)
・ 横断歩道の前で徐行するという設計をしなかったのが、設計ミスだ。
結局、この事故は、トヨタの自動運転システムに設計ミスがあったのが根源となる。まともなドライバーならば、横断歩道を横切るときには、時速3km 程度で徐行するものだ。(特に、横断歩道のそばに人がいると確認した場合にはそうだ。)
こういう当然の常識をもって、自動運転システムを設計するべきだった。なのに、その常識をもたないで設計したことになる。つまり、トヨタの自動運転システムが馬鹿すぎたのだ。馬鹿が設計したから、馬鹿なシステムができた、というだけのことだ。
機械や技術がどれほど優れていても、肝心のシステム設計者が馬鹿であれば、馬鹿が設計したとおりに、馬鹿なシステムができる。そういうことだ。
[ 付記 ]
左折した車があるが、「横断歩道には人がいないな」と思って、スピードを出して走行した。すると、横断歩道の少し先で、いきなり人が路上に現れた。車は急ブレーキを掛けたが、もう少しで轢きそうになったので、肝を冷やしたそうだ。怒り狂って、記事を書いた人がいる。
→ 高齢者はなぜ道路を横断してしまうのか - ちるろぐ
しかし、「横断歩道では時速3km」という原則を守っていれば、このような「事故寸前」というふうにはならなかったのだ。
「横断歩道では時速3km」という原則は、私が勝手に記したものだ。それは決して、法制化された義務規定ではない。だが、安全第一のベテランドライバーならば、「人身事故を避けるための十分な努力」というものをするものなのだ。
自分の事故(自損事故)を避けるための努力ならば、いくらか油断が混じっていてもいい。だが、歩行者の事故(人身事故)を避けるための努力は、細心に細心を重ねるべきなのだ。なぜか? 自動車事故は人の命を奪うことさえあるからだ。また、人の命を奪わないまでも、人の人生を大きく傷つけることがあるのだ。
( ※ 「パラリンピック選手の出場を止めた」という今回の事故もそうだ。)
トヨタの自動運転車には、その心構えがなかった、というしかない。それは(理科系の)技術力が劣っていたというよりは、人間的な何か大切なものが欠けていたせいで起こったのである。
※ 法的に言えば、右折または左折する自動車が、横断歩道を横切るときには、自動車の側には優先権がなく、歩行者の側に優先権がある。自動車の側はあらゆる場面で完全に譲歩する義務がある。トヨタの設計者は、この点をよく理解できていなかったのだろう。
※ 「バスに乗っていたトヨタ社員のオペレーターが交差点の周辺を確認したところ、誘導する警備員が選手を制止しているように見えたので発進させたという」と記事にある。このオペレーターは、歩行者の側が譲ってくれたと思っているようだ。だが、それは自動車の側に優先権を認めるという発想だ。そんな自分勝手な発想をする方がおかしい。
※ そもそも、現場は歩行者側が青信号なのだから、歩行者がいつ飛び出してくるとも限らない。こういうときには、歩道にいる人がすべて渡りきるまで、自動車の側が待つのが原則だ。そういうことができなかったオペレーターには重大なミスがあるが、そういうミスを許容するようなシステム設計に、根源的な難点があったと言える。安全機能を勝手に無効化できるようなシステムは、どこかおかしい。
