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本日の五輪開会式は、あまりにも貧弱だった。特に序盤がそうだ。
ツイッターでは「開会式がしょぼい」という声であふれている。
→ ツイッター検索
こんな感じ。
いやそれ。親が、今まで見たどのオリンピックの開会式よりしょぼいって言ってて笑っちゃった
— カッティー (@mittohappy) July 23, 2021
マジで開会式って万博みたいなもんだよ
— wavファイル (@wav63541218) July 24, 2021
その国の演出力とかでイメージが決まるのにこれは酷すぎる。9年前のロンドン五輪よりも酷い。リオにも劣るわ。
ピクトグラムとかあれいるか?国辱だろあんなの。。
一応GDP世界3位の先進国なんだけどあれは酷いししょぼいって言われても仕方ないよ。
しょぼい開会式序盤だったなー!中抜きオリンピックだなー!
— world peace 2020 (@changethe13) July 23, 2021
具体的に言うと、ダンスの場面があまりにも安っぽかった。金を払って、有料のダンスやバレエを見れば、もっと感動できる場面を目にすることができる。そういうのはだいたい、入場料が 7000円ぐらいだ。一方、今回のダンスは、二流品であって、入場料が 3000〜4000円ぐらいのダンスだな。芸術性がない。
これはどうしてかというと、MIKIKO氏という才能のある人を使わないで、二流の人物に任せたからだろう。
ただし、真矢ミキだけは目立っていた。ちゃんと金を掛けたところだけは、効果がある。
一方で、タップダンスは、ひどかった。タップダンスというのは、もともと小劇場でやるものだ。それを、あんな広大な空間でやるのだから、馬鹿げているとしか言いようがない。ダンスの意味も知らない阿呆が演出したのだろう。
他にも、アイデアがいかにも稀薄である。光のレーザー光線を使ったのは、ちょっと目新しそうに見えるが、これも特に水準が高かったわけではない。よくあるレベルだ。
全体を通じて、どうしようもなく駄目だったのは、「スケール感」がなかったことだ。
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一方で、よかったところもある。
・ ドローン集団による光の球体
・ 競技場の外の花火。序盤と終盤で。
・ 最後の聖火台。球体から分割へと変形した。
この三つは良かった。これらは褒めていい。
ただしこの三つは、技術担当部門が良かったということだ。演出が良かったというわけではないね。
他には、カウントダウンで競技場を 0 に見立てたのも、ちょっと洒落が効いていた。ただしこれはダジャレの類だ。おふざけ的な面白さがあるだけで、感動とは異なる。
全体をひとことで言えば、こうだ。
「才能のない無能な人間が、そこそこ金を使って、はいやりました、というだけの、やっつけ仕事」
換言すれば、
「企業が受注して、文句を言われないように仕事をするが、本来の目的は、企業の金儲けだけ」
ということだ。これが今回の開会式の評価だ。
[ 付記 ]
最後のあたりで、どうしようもなくひどい場面があった。
(1) 脳梗塞の長嶋茂雄を出したこと。ろくに歩けもしないのに、無理やり登場させた、という感があふれる。あまりにも痛々しい。病気の老人を虐待しているね。「障害者をいじめる小山田」「ユダヤ人虐殺をおちょくる小林」のあとは、「脳梗塞の長嶋茂雄を酷使する開会式」だ。……その残酷さには、吐き気がするよ。人権感覚がないのか?
※ そもそも王・長島・松井は五輪に出場したことはないのに。何を考えているんだ。
(2) 最後の聖火リレーで、子供を使った。しかし深夜の 11時35分に子供を深夜労働させるというのは、明らかに違法行為である。子供を働かせてもいいのは、中学生以上で、「軽易な労働」に限られる。
→ 児童アイドルは違法労働 2: Open ブログ
→ アイドル事故は違法労働: Open ブログ
当然ながら、深夜労働は「軽易な労働」ではないので、明白な違法行為だ。
さらに、もし 12歳以下の小学生が含まれていたら、ひどい虐待だ。
起用した人は、「福島の子供を起用すれば受けるだろう」と思ったのだろうが、この人たちがいかに遵法精神に欠けているか、よくわかる。「日本は違法な児童労働のやり放題」と世界にアピールしたようなものだ。恥さらし。
もう、馬鹿丸出しというしかないね。本当に頭の悪い人たちが担当したんだな。
参考:
開会式の聖火リレーに福島の子供を招くのはいいとして、労働基準法にある13歳未満の子供を午後8時以降に出すのってどうなん?
— aka (@akaMk_2) July 23, 2021
ボランティアで対価は発生してないから労働じゃないって建前?ユニセフさんに怒られない?
結論。
電通が利権ばかりを狙うと、結局は、「安かろう悪かろう」のポンコツのセレモニーになるだけだ。
《 加筆 》
「ショボイ」と指摘する記事も出た。
→ 「ダサい」「しょぼい」と五輪開会式に批判続出 |AERA
[ 余談 ]
ちょっと褒めておくと、橋本聖子の挨拶だけは良かった。この手の演説のなかでは、珍しく内容のある演説だった。ちょっと感動した。ちょっとね。特に、「今この瞬間も戦火に苦しみ、紛争に翻弄されている人々に対して、平和の祈りを捧げます」というところ。
→ 橋本聖子会長「日本へようこそ、ようこそ東京へ」 挨拶全文
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とはいえ、逆の話もある。
開会式の冒頭では「 Faster, Higher, Stronger」に続けて「Together」と記して、「多様性」を訴えていた。(脚韻のダジャレふう)
ま、それはいいんだが、一方で、次のことが報道された。
→ 五輪開会式、出演消えたアフリカ人アーティスト 「人種が理由としか…」消えない疑問
人種差別のせいで開会式から排除された黒人の事例。理念とは正反対のことをやってくれる。さすがに、五輪組織委のことはある。
[ おまけ 1 ]
右翼が怒りそうな話もある。
これが、そのNYタイムズの記者の言の部分だけどね。
— TrinityNYC (@TrinityNYC) July 23, 2021
アメリカ人でさえ、incredibly(信じられないことに)、と感じる演出。 pic.twitter.com/lz4xuwGube
[ おまけ 2 ]
開会式は 23:30 に終了のはずなのに、かなり時間超過をして、聖火の着火は 23:40 ごろ。録画していた人は、最後が切れていたかも。
「時間をきちんと守る日本人」という定評が、一挙に崩れた瞬間である。
やっぱり、無能に任せると、こうなるね。
【 追記1 】
聖火台はよくできていると思ったら、野村萬斎氏によるものだとわかった。
野村萬斎氏の「太陽の下に皆が集い、皆が平等の存在であり、皆がエネルギーを得る」というコンセプトに基づいてデザインされた聖火台。
( → Tokyo2020 聖火台 | nendo )
どうせならすべてを野村萬斎に任せれば良かったのに。そうすれば「しょぼい」ということもなかったのに。
【 追記2 】
ドローンは見事だったが、これは国産ではなく、インテル製だった。
→ 約1800機のドローンの制御がすごい「GPSだけじゃできない」 - Togetter
五輪にも、 インテル 入ってる。
【 追記3 】
聖火の登場が遅れたことについては、橋本聖子とバッハ会長の演説が予定よりも長すぎたからだ、という指摘もある。
→ スピーチ長すぎ!?聖子&バッハで9分の予定が20分に…(スポニチアネックス)
感想もある。
→ はてなブックマーク
【 追記4 】
「celebrating」を「祝う」でなく「記念する」と訳したことが話題になっている。
東京オリンピックの開会式で、大会名誉総裁を務める天皇陛下が日本語で述べられた開会宣言は、五輪憲章(原文は英語)に明記された「celebrating」を「祝い」ではなく「記念する」と訳したものだった。
宮内庁も水面下で過去の五輪の宣言の文言を調査。政府関係者は「コロナが広がるなか、『国民統合の象徴』である陛下の宣言であり、『祝う』という文言はそぐわないという議論になった」と明かす。
宮内庁の意向も踏まえつつ、政府と組織委が和訳として逸脱しない範囲の表現を模索し、国際オリンピック委員会(IOC)の了承も経て、「記念する」に落ち着いたという。
( → 天皇陛下の開会宣言「celebrating」を「記念」と訳 コロナ配慮(毎日新聞) )
五輪憲章で決まっているものを天皇の意思で勝手に変えるのは政治的な問題になるのでは……という指摘もあるそうだ。
まあ、そうかもしれないが、そうめくじらを立てるほどのことでもないと思う。許容範囲内だ。( → 朝日新聞の記事 も参照。)
それより、私が独自に思うことは、こうだ。
「どちらの訳語も適さない。適する訳語は《 祭る 》だ」
実際、この語がピッタリだと思う。ちなみに、Google で「祭る 英語」を検索すると、英訳として「 celebrate 」が出てくる。
→ https://ggle.io/4BkG
【 追記5 】
つぶされた MIKIKO プロジェクトのひとつ。
→ 207ケ国をイメージした艶やかな振袖
こういうのを見たかった。
結局、開会式のコストを下げたのではなく、コストの分を「不払い」にして担当者に大赤字を押しつけて、その分、電通が儲けただけだ。ほとんど犯罪か泥棒に近いね。詐欺と言ってもいい。
【 追記6 】
動くピクトグラムについては、海外での評価が高いという。「独創的だ」という評価もある。それをもって好評の証しだと主張する人もいる。だが、とんでもない。
このアイデアは、確かに優れているが、仮装大賞の一演技の丸パクリである。独創性とは正反対だ。ただし、海外の人は、仮装大賞の前例を知らないので、これを初めて見て、「丸パクリだ」と気づかずに、「独創的だ」と評価するわけだ。(勘違いして。)
こういう勘違いによる評価を見て、「素晴らしい評価を受けた開会式だった」などと自惚れるのは、勘違いも甚だしいと言うしかない。あるいは、盗人
【 追記7 】
「しょぼい」という評価に対して、「金をかけて華美にすれば、やっぱり批判するんだろ」という声もある。だが、勘違いしているようだ。
「しょぼい」という評価は、「低コストだ」「安上がりだ」という金銭面の話ではない。アイデアや芸術性が貧困だ、という意味だ。「スケール感が小さい」と言ってもいい。
ちなみに、前回のリオの閉会式の最後では、地球の裏側の日本にいるマリオが、地球の真ん中を貫く土管を通って、リオにまでやって来た、という演出があった。
これは、ほとんど金がかかっていない割には、アイデアが独創的だったし、スケール感も大きかった。こういう演出こそ、高い評価が得られる。今回の開会式でも、その手の独創的なものがあれば良かった。
今回の開会式が「しょぼい」のは、金が足りなかったのではなく、アイデアや芸術性が足りなかったのだ。そして、それは、日本人にはもともと欠落していたものではない。元の野村萬斎案や MIKIKO案にはちゃんと含まれていたものだ。
それを、バッサリと捨ててしまったのが電通なのだ。自らの利益のために。
今回の開会式を「しょぼい」と言っている人々が、何を批判しているか、真の意味を理解するべきだ。人々は「金の掛け方が足りない。もっと金を掛けるべきだった」と言っているのではない。「もともとあった黄金を、ただのゴミに替えてしまった」という、電通を批判しているのだ。
これはいわば、逆ミダス王と言えるだろう。
※ ミダス王 = 手で触れるものをすべて黄金に変えてしまう。

NHK紅白歌合戦で児童が歌ったり踊ったりする場合、必ず最初の方に出てくるのみで、午後8時以降はテレビに映らないようにしていたことを思い出しつつ、この状況を見てました。
電通のやり方は公共放送のNHKとは正反対ですね。NHKが絶対に超えない一線をいとも簡単に超えちゃった。
>[ 付記 ]
> 最後のあたりで、どうしようもなくひどい場面があった。(中略)
> ※ そもそも王・長島・松井は五輪に出場したことはないのに。何を考えているんだ。
⇒ その時にNHKアナが解説で言っていたかもしれませんが、長嶋氏は、2004年アテネ五輪に野球競技の日本代表監督として出場予定だったようですね。しかし、その年の春に脳梗塞で入院したため、中畑清ヘッドコーチが監督も兼任することになったようです。このへんの経緯でしょう。ただし、松井氏は、長嶋氏とは国民栄誉賞コンビとして、介助者の役割を兼ねて出てきてもおかしくはないですが、王氏を出したのはよくわからないですね。王氏は台湾(中華民国)籍ということなので、中国に対する政治的なメッセージがあったのかな。
最初から最後まですべて酷評でした。
意見もこのブログと同じような感じでもっと辛口です。
https://news.yahoo.co.jp/articles/b5ebea2edf6a7ca496573a8981528bf381df34da
日本の良さを世界中へ伝えるチャンスが潰された。
詳しく調べて見て下さい、ホント悔しいです、なぜ電通がどういう立場でこのプランを潰したのか理解不能。
電通をまず潰すべきでしょうね。
日本の現代の悪の権化こそ電通だ。
> 「今回の開会式で最も創意のあるプログラムだったのでは」と評価した。
とのことだ。
→ https://digital.asahi.com/articles/DA3S14987324.html
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つまり、165億円もかけた開会式で、最も優れた者は、仮装大賞で賞金 50万円ぐらいをもらったパフォーマンスを丸パクリしたものだった……というわけ。
それだったら、全部を仮装大賞にした方がマシだったかもね。
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だけど、こういうの、テレビの画面で見るにはいいが、大きな会場では、あまりにも小さすぎて、何のことかわからないだろうに。