──
津田に聞く、という形で長文のインタビュー記事がある。
→ (インタビュー)不自由展中止、いま語る あいちトリエンナーレ芸術監督・津田大介さん:朝日新聞
インタビュー記事としては最低の記事だな。「総理に聞く」という提灯もち記事と同様で、ただのご意見伺いしかしていない。どうせなら、読売新聞や産経新聞がインタビューした方が、よほどまともな記事になっただろう。批判的精神があるからだ。
マスコミたるものは、権力への批判的精神が欠かせない。朝日は常日頃から、そういう態度があるので立派だと思ってきたのだが、左翼文化人が権力を持ったとたんに、腰砕けになってしまう。情けないこと、このうえない。批判の「ひ」の字もなく、単に同調して「ヨイショ」しかできないのなら、記者を辞めてしまえ。同様に、朝日も新聞をやめてしまえ。
特に、朝日は津田が自社の論壇委員をしていることからして、大いに責任があるのに、その責任をすっかりスルーしてしまっている。呆れるしかない。
──
津田にインタビューをするのならば、次の3点を問うべきだった。
(1) 全面中止の理由
2作品の展示中止だけで十分であったのに、なぜ(企画展の)全作品の展示中止にしたのか? あまりにも過剰な反応だが、その理由は?
(2) 再開しない理由は?
再開しない理由として、「再開すれば攻撃を受ける」と釈明している。だが、それは詭弁だ。2作品を除外して展示すれば、攻撃されるはずがないのだ。(2作品を撤去しないと攻撃するぞ、という批判があるだけだ。2作品を撤去すれば、攻撃されるはずがない。)
津田は、2作品以外を展示しない理由を説明するべきだ。理屈にもならない詭弁を出すべきでない。
(3) 表現の自由
「表現の自由」は、「個人が世間のどこかで発表する自由」であって、「公的機関が積極的に発表する義務」のことではない。芸術展が2作品の展示中止をしたとしても、それはただの取捨選択であるにすぎない。作家が世間の片隅で公開することを阻害しているわけではない。
なのに、津田は「表現の自由」という言葉を意図的に取り違えて説明している。この詭弁を釈明するべきだ。
──
さらに言えば、読売や産経ならば、次の質問もしただろう。
(4)
「2作品の展示に反対しているのは、世間の大多数だ。その理由は、表現の自由を止めることではなく、公金の支出を止めることだ。公金の支出以外であれば、表現の自由を止めるつもりはない。そのことをどう釈明するのか?」
なお、世間の大多数の意見については、下記で説明済みだ。
→ 慰安婦像の設置を受け入れる?: Open ブログ
一部抜粋。
「『慰安婦』少女像の展示に賛成ですか? 反対ですか?」と読者に問うたところ、回答者の74.9%が「反対」と答えた。
──
朝日は、インタビューをするのなら、こういう核心的な部分を質問するべきだった。そんなこともできないのだから、津田の詭弁にだまされているだけだ、となる。マスコミとして存在価値がないね。
