2018年08月15日

◆ 2歳児不明事件の謎

 2歳児不明事件では、謎がある。160人の捜索隊が2日間で見つけられなかったのを、どうして1人の老人が 20分で見つけられたのか?

 ──

 (山口県周防大島町で)2歳児が不明になったのは 12日の午前10時半。13日と14日には捜索隊が 160人体制で捜索したが、見つからず。なのに1人の老人が 15日の早朝に繰り出すと、すぐさま見つけてしまった。( NHK の午後9時のニュースによると 30分で。)
  ※ テレ朝では 20分で見つけたという。
  ※ 午後10時の報道ステーションによると、往復で 30分弱。





 ではなぜ、こういうことが起こったのか? この老人は超能力の持主なのか? 

 ──

 いきなり結論を言えば、こうだ。
 「2歳児は『ここしかありえない』というところにいた。まともに頭を働かせれば、誰でもそこにいることに気づくところにいた。だから、簡単に見つかった」


 では、どうしてそう言えるのか? そのわけを示そう。

 (1) 方向

 方向について、老人は、「子供は上に上がりたがるものだ」と述べている。また、2年前の不明女児の捜索のときでも、子供はやはり上に上がっていたそうだ。それを教訓として、上方向を捜した、とのことだ。
 なるほど。それは立派な理由となる。しかし、そんな特別な勘や経験がなくても、馬鹿でもわかる理由によって、子供は「上方向にいる」とわかるのだ。
 それは、次の地図を見ればわかる。


2saiji.jpg
出典:朝日新聞


 図の青線を見ればわかるように、2歳児は北に向かっている。そこから先は、北東に行く道しかない。1本道だ。だから、この道を通ったに決まっている。それ以外はありえないのだ。

 こうして、2歳児の進んだ道は、ただ一つだけが残るので、これに決まっている。「上に行く」という知識がなくても、2歳児の進んだ方向を見れば、それ以外にはないとわかるのだ。(論理的判断。)

 (2) 到着地

 では、到着地はどこか? もちろん、この一本道の先の方である。それを調べて画像化した人がいる。転載しよう。


2saiji-map.jpg
出典:2歳男児行方不明の最新情報更新!発見場所はここ!



 ここかと思ったが、そうではないようだ。ここは目視した地点に近すぎる。( 200m ぐらいしか離れていないので、560m 先という条件に当てはまらない。)
 本当の場所は、ここよりももっと先らしい。



Google マップ



 見ればわかるように、分岐はほとんどなく、ほぼ一本道だ。そして、その途中に、沢がある。この沢にひそんでいたわけだ。

 ※ 詳しい場所は右記。 → 解説(地図)

 (3) 沢にいる

 一本道をどんどん進めば、沢にぶつかる。そして、沢にぶつかった時点で、ここにひそんでいると推定できるのだ。なぜか? 生きるためには水が必要だからだ。喉が渇いた子供は、水辺にいるに決まっている。(さもなくば死ぬ。)
 このことは、前に北海道で男児が不明になったとき、私が書いた。
 上の写真を見ると、……この川のそばにいる可能性がある。

 そもそも、人が生きるには、水が必要だ。子供が線路脇を歩いていくと、喉が渇く。喉が渇いたら、水を飲みたくなる。とすれば、川の水を飲むために、川のそばに降りたとしても、不思議ではない。
 というか、水なしで生きることはできないのだから、子供が生存しているとしたら、川のそばにいる場合だけだろう。
 「川のそばで、雨宿りできる場所」
 というのが、候補地となる。
 ともあれ、川のそばを捜索するのがいいだろう。
( → 北海道の不明男児はどこに?: Open ブログ

 これと同じ理由で、今回は「沢にいる」と強く推定されるわけだ。つまり、一本道をたどっていって、沢にぶつかったら、「ここにいる」と強く推定できるわけだ。

 以上でわかるように、2歳児は「ここにしかいない」という絶対的に必然と言える場所にいたわけだ。とすれば、捜して 20分で見つかったとしても、何の不思議もない。この老人に超特別な能力があったわけではないのだ。あったのは「常識」だけである。

 ──

 ここで謎が生じる。
 当り前のところにいたのに、どうして 160人の捜索隊は、それを見つけることができなかったのか? 
 いろいろ情報を見ると、次のことがわかる。
 テレビ画面を見ると、警察は山は全く捜索してなかったようだ/警察が思い付かない山の捜索で、20分で発見/過去の幼児不明事件でも、警察は山を殆ど捜索してなかったのでは?それで失われた命も多いのでは?
( → itarumurayamaのコメント / はてなブックマーク
 捜索隊が160人態勢で空き家を1軒1軒回りましたが、発見につながる有力な手掛かりは見つかりませんでした。
( → わずか20分で発見…ボランティア男性の場数踏んだ勘

 テレビの情報も見たが、上の二点が重要だ。つまり、こうだ。
  ・ 山側を捜さなかった (平地側ばかりを捜した)
  ・ 空き家を重点的に捜した (沢を捜さなかった)


 これはどういうことかというと、こうだ。
 「2歳児が自発的に隠れていると思い込んでいた」

 換言すれば、こうだ。
 「2歳児が迷子になったとは思いもしなかった」

 そのまた前提はこうだ。
 「2歳児は遠くに行けるはずがない。険しい山道や獣道を通っていけるはずがない」


 実はこれは、2年前の北海道男児の行方不明事件と、まったく同じ原理である。あのときは、同じく一本道の先にいたのだが、途中は山道でとても険しくて、距離も7km もあった。だから人々は「7歳児がそんなところを通れるはずがない」と思って、捜索対象からはずしていた。しかし男児はまさしくその困難な山道を進んでいたのである。

 今回も同様だ。700メートル先とはいえ、その道は舗装路だけではなく、途中から険しい山道となる。( NHK の9時のニュースで報道していた。)だから、「2歳児がそんなに険しい道を通れるはずがない」と人々は思った。それで、山側でなく平地側ばかりを捜索していた。
 ここには「思考の穴」があったわけだ。小さな子供の能力を見くびっていたせいで、あるべき可能性を見失っていたわけだ。……そういうことが、北海道でも、今回の山口県でも、同じようにして生じたわけだ。

 《 補足 》

 午後10時の報道ステーションでは、現地の道を体験する動画が示されていた。上の地図の青線のあたりや、その少し先のあたりは、舗装路である。しかし途中から、山道に入って、舗装されていない幅1メートルぐらいの(整地された)道となる。そこをさらに進むと、もはや道とは言えないような状態となる。(人間の手が入っていない状態。獣道ふう。)
 そのすべては、ほぼ一本道の状態なのである。子供は最初は舗装路を歩いているはずだったのだが、他に分岐する道もないまま、真っ直ぐに進んでいくと、いつのまにか、舗装路が獣道になってしまった。その先にはもはや進めなくなったようなところが、沢だった。その沢で、大きな石に腰掛けて、水を飲んだりして、三日間を生き延びた。

( ※ 報道ステーションによると、現場は目視した地点から 560メートル先で、歩いて 13分。2年前の女児の行方不明(出典)では、女児が2km 先で見つかった。子供というものは予想以上にたくさん歩ける。)



 [ 付記 ]
 北海道事件で、人々は教訓を得たはずなのに、その教訓を生かせなかったわけだ。
 2年前に記したことをここに転載しよう。
 今回の件から、何を教訓とするか? 
 少年は、本来いるべきはずのところにいた。不明になった直後ならば、まだ道路上を歩いていたはずなので、道路を捜せば簡単に見つかったはずだ。翌日ならば、水のある建物と言えば、限られた範囲しかない。(……)
 いずれにしても「ここ以外にはありえない」という絶対的に決定的な場所にいた。なのに、その絶対的に決定的な場所を、あえて捜索対象から除外した。

 なぜ? 思考の盲点か? 
 違う。「少年はそんなに歩けるはずがない」という思い込みのせいだ。(……)宿舎なら、7km ぐらい。それだけの道筋だ。少年だって、そのくらいなら、歩くことは容易だ。なのに、勝手に「歩けない」と思い込んで、捜索対象からはずした。
 思考の盲点だったのではない。その場所は、すぐに思い浮かんだはずだ。思い浮かんだのに、除外した。「少年はそんなに歩けるはずがない」という思い込みのせいで。つまり、安易な先入観のせいで。

 こういう思い込みや先入観が、本来ならば「ここしかありえない」という場所を、捜索対象からはずした。
 その一方で、(……)およそありえそうにない場所を捜そうとした。まるで遺棄された死体を捜そうとするように。

 私は、「少年は生存している」という前提で、範囲を求めようとした。生存していることを前提としない限り、話は進まないからだ。だから、「水のそば」を条件とした。(……)
 しかるに、捜索隊は、まるで死体でも捜すような探し方ばかりをしていた。「生きているのならば道路を歩いていたはずだ」という大前提をすら採用しなかった。

 いろいろと考えてみると、今回、警察や自衛隊は、まったく大失態をしたと言える。

 今回、少年の命が助かったのは、あくまで偶然による。
 「今回は発見されたから良かった。終わりよければすべて良し」
 なんてふうには評価できないのだ。警察と自衛隊の大失態は、とうてい看過できるレベルではない。大いに反省するべきだ。
( → 不明男児 発見 の教訓: Open ブログ

 前回の事件では、偶然によって見つかった。今回の事件では、1人の老人ボランティアによって見つかった。そのいずれも、警察が自力で見つけたのではない。
 特に今回、現地では今日は台風の豪雨なので、発見が1日遅れていたら、低体温症で死んでいたかもしれない。ギリギリで助かったことになる。
 この点では、(それまでは雨でなかったという)偶然の幸運にも助けられたことになる。お天気任せで、たまたま助かったわけだ。



 【 関連サイト 】
 今回の発見場所を、事前に「透視」で見通していた人がいた。




 詳しくは下記。
  → 発見場所ほぼ的中…!行方不明2歳児を透視していた人のTwitterが凄い件



 [ 余談 ]
 見通していた人もいるのに、どうして Openブログは指摘しなかったんだ! ……と文句を言う人もいるかもしれない。
 実は、私はこの事件を今朝まで知らなかった。念のために朝日新聞の東京版を見てみたが、今夜まではまったく報道されていなかった。西日本のローカル記事となっていたようだ。



 【 関連動画 】





 【 追記 】
 発見場所は、すでに警察が捜索済みの場所だったという。




 理稀ちゃんが見つかった場所は、これまで、警察などがすでに捜索していた場所で、この3日間、山の中などを移動をしていたとみられている。
( → FNN.jpプライムオンライン

 「一度捜した場所だから、そこにはもういない」と思い込んだわけだ。たぶん、死体でも捜すつもりだったんだろう。

posted by 管理人 at 22:47 | Comment(8) | 一般(雑学)5 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 最後に 【 追記 】 を加筆しました。
 タイムスタンプは 下記 ↓
Posted by 管理人 at 2018年08月16日 07:17
ま、2才児が何日間も同じ場所にいるなんて常識的に考えるとおかしな話ですからね
前提がおかしかったわけだ
Posted by カレー at 2018年08月16日 07:28
>すでに警察が捜索済みの場所だったという。

下向いて(死体を捜すような感覚で)捜していたから見つからなかったんじゃないの?
もしかして、警察官やその他大人たちは、すでに死んでる前提で捜索を進めていたのではないでしょうか?
Posted by 反財務省 at 2018年08月16日 07:46
 発見場所について訂正しました。
 最初に示した場所よりも、かなり先です。
Posted by 管理人 at 2018年08月16日 08:16
子どもが沢で見つかったと聞いて、もっと東の入り組んだ沢にいたのかと思っていたら、親せき宅からいちばん近い沢で、砂防ダムから沢水を取る取水装置のちょっと奥だった。ここは、登山経験者からしたら、第一に探すべき場所なので、もうすでに探したと思っていたら、そうじゃなかった。w

1万分の1地形図を50%に縮めた図なので、グーグルマップに載っていない道も載っている。
   ↓   ↓
https://blog-imgs-122-origin.fc2.com/k/i/t/kitsunekonkon/up-oshima180815a.png

沢に沿った道は、入り口がなだらかなので、子どもでも登りやすい。しかし、稜線近くで急登になるので、子どもはそこで動けなくなる。発見者は、登山経験者なので、その常識に従って探したんでしょう。
Posted by 王子のきつね at 2018年08月16日 11:11
 上のリンクはアクセス不能なので、こちら。
  → http://kitsunekonkon.blog38.fc2.com/blog-entry-9830.html
Posted by 管理人 at 2018年08月16日 11:44
警察、消防が計画的に地図を潰していったのか、いきあたりばったりに、探索に協力したの人の報告を元に、自分達では探さずに塗りつぶしたのか、気になる。
Posted by 太郎 at 2018年08月17日 14:02
 「計画的に地図を潰していった」に決まっています。だから発見できなかった。それは死体を発見する方法だ。いったん塗りつぶした場所は二度と捜さない。だから、生きた子供を見つけられなかった。子供は移動する。

 大切なのは、「地図を塗りつぶすこと」じゃなくて、「路上を何度も捜すこと」です。道や沢だけを捜す。あとはせいぜい空き家ぐらい。それ以外を捜す必要はない。死体を捜しているんじゃないんだから。
Posted by 管理人 at 2018年08月17日 19:03
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