2018年06月15日

◆ 武道を修めるべき理由

 学校教育で武道(テコンドーなど)を修めるべき理由は何か?

 ──

 前々項では、「学校でテコンドーを教育するべきだ」と述べた。
 これに対しては、「人を殴る方法を教えると、暴力を促すという弊害が大きいのではないか?」という疑問が生じるだろう。コメントでもそういう懸念が寄せられた。これは「ごもっとも」な懸念である。そこで、説明しておこう。

 ──

 まず、すでに述べたことだが、次の二点がある。
 (1) 学校内暴力への対策としては、前々項の[ 付記1 ]。つまり、少年院送致などの罰則の強化(など)。
 (2) 犯罪対策としては、前々項の[ 付記2 ]。つまり、武道の対抗力を高めることで、刃物の高い効果を相対的に落とす。


 以上の二つは、「暴力を促す」ということへの対策だ。一方、それとは別のこともある。

 武道教育の効果


 武道で人を攻撃する(殴る)訓練をすると、人は暴力的になるか? いや、むしろ逆だ。人を殴る訓練をすればするほど、人は暴力性が収まる。そういう逆説的なことが起こる。不思議に思えるかもしれないが、そうなのだ。
 実際、前々項では、次のコメントがあった。
 一度、長く武道をやってる人達の集まりで稽古まがいのことをさせてもらいましたが、本当ストイックで礼儀正しく、言い訳とかしない、男から見て気持ちのいい男の人ばかりでした。
( → パンチに体重を載せる方法: Open ブログ

 空手であれ、柔道であれ、剣道であれ、武道を長く続けた人は、暴力性とは逆の性格になる。特に、もともと不良で喧嘩ばかりしていたような人物でさえ、ボクシングの練習をすると、以前の粗暴さが収まってくる。そういうものなのだ。
 では、どうしてか? そのわけを言おう。
 それは、武道の力を身に付けるには、不断の訓練が必要だからだ。そのとき、つらい練習に耐える。痛みや苦痛に耐える。しきりに歯を食いしばって、死にものぐるいになって努力する。そのためには、強い精神力や自己統制力が必要だ。「疲れたからやーめた」とすぐに投げ出すような人は、武道を続けられない。逆に言えば、武道を続けられる人は、強い精神力や自己統制力が備わっていく。つまり、精神力が鍛えられる。
 こうして、武道の訓練を通じて、おのれを律することができるようになる。
 これが最も重要だ。こういうことを通じて、ただの欲望のままの粗暴な荒くれ者だった若者が、礼節正しい若者になる。歪んだ精神が矯正されていく。
 「武道では礼儀作法を学ぶから礼節が備わる」
 というような説もある。だが、それは間違いだ。礼儀作法が大切なら、茶道でもやっていればいい。しかし茶道をいくらやっても、荒くれ者が強制されるわけではない。
 つらい訓練に耐えるという精神的訓練こそが、礼節を教えるのだ。

 なお、もう一つある。上級者と戦って負けることで、自分の弱さを知る。上には上があると知り、そのことで過剰な自惚れをなくし、謙虚さを身に付ける。こういうことも大切だ。
 そしてまた、謙虚さを身に付けた人ほど、反省することができて、上達もする。謙虚さの足りない人だと、自分を反省することができないので、上達もしにくい。

 護身術との違い


 学校で武道の教育をするというと、「護身が目的なら、護身術の方がいいのでは? その方がずっと実用的だ」という反論も来る。そこで説明しておこう。 

 (1) 武道

 基本的には、スポーツとしての武道だ。その意味では、柔道や剣道と互換である。柔道や剣道を学ぶかわりに、体育の一種として、テコンドー(またはパンチ術)を学ぶ、というわけだ。
 ここでは、体力アップの訓練も同時にすることになる。あくまでスポーツの一種としての位置づけだ。だからこそ学校教育に適する。

 (2) 護身術

 護身術を学ぶことは、それはそれなりに必要なことだろうが、スポーツとしての武道とは別の次元の話だ。テコンドーならば、柔道や剣道のかわりになるが、護身術は、柔道や剣道のかわりにならない。そもそもスポーツではないからだ。
 要するに、護身術と武道では、分野がまったく異なる。前者は実用であり、後者はスポーツだ。

 (3) 効果

 武道と護身術では、効果もまったく異なる。
 護身術として、いわゆるセルフディフェンス(金蹴りや目つぶしなど)を考えよう。「クラヴ・マガ」というのが有名だ。





 この手の護身術は、誰でも実行できて修得しやすい。特に、女性や高齢者でも修得しやすい。その意味で、実用的だ。
 一方で、簡単すぎるがゆえに、効果は限定的だ。
 セルフディフェンスは瞬間的にその場しのぎをして、あとは逃げることが基本だ。どさくさまぎれのことをやってゴマ化して、あとはすぐに逃げ出すわけだ。
 一方、密室内では、セルフディフェンスは無理っぽい。金蹴りをして逃げても、1分後には相手が襲いかかってくる。
 また、セルフディフェンスが有効なのは、相手に殺意がない場合に限られる。相手に殺意があれば、こちらが金蹴りをする前に殺されていう。
 今回の新幹線事件のような事例では、セルフディフェンスはほぼ無効となる。逃げてもつかまるし、金蹴りをする余裕もなくナタで殺されている。
( ※ 上の動画のような例では、ナイフは脅迫のために用いられるが、相手がもともと殺意を持っているのであれば、逃げる暇もなく殺されている。)
 一般に、セルフディフェンスは、危険性の弱い暴漢向けの対策であって、ナタを振り回すような凶悪な殺人犯向けの対策ではないのだ。凶悪な殺人犯には、セルフディフェンスは無効であって、相手を制圧する以外には助かるすべはないのだ。

 (4) 遭遇する機会

 「ナタを振り回す殺人犯と遭遇する機会なんて、一生を通じて、ありそうにない」
 と思う人が多いだろう。まさしくその通りだ。
 だが、「ナタを振り回す殺人犯」ではなくとも、似たような例は起こりがちだ。特に起こりやいのは、
 「多くの暴漢に囲まれて、暴行される」
 という場面だ。たとえば、恋人といっしょに人のいない夜道を歩いていると、横の方にいる不良少年に見つかって、冷やかされたあげく、恋人がすごく美人だったので、恋人ともども暴行される……というような可能性は、なくもない。こういうことは、一般人にもありがちだ。
 男性心理として、恋人と歩くときには、人の否ところへ行きたがるものだが、そういうところほど、不良と遭遇する可能性は高まるのだ。
 で、こういうときに、セルフディフェンスを発揮したら、どうなるか? 自分はさっさと逃げ出すことはできるとしても、そのあとで逃げ遅れた恋人が暴行されてしまう。それはまずい。だからここでは、セルフディフェンスという方法は取りにくいのだ。ここで可能なのは、あらかじめ武道の心得を修めておいて、相手を制圧することだけだ。
 相手の不良が暴走族みたいな凶悪犯ならば対抗できないだろうが、ただのヤサグレみたいな あんちゃんたちだったなら、出鼻をくじいて、制圧することもできそうだ。特に、最初に相手の中で一番強そうな奴を撃破すると、あとの下っ端たちは尻尾を巻いて逃げるのが普通だ。「一番強い奴が負けたから、自分も負けるぞ」と思って。
 集団を相手にした場合にも、集団と戦わすに、一人だけを撃破することで、集団に勝つこともできるわけだ。

 危機意識


 武道を修めることには、他にもメリットがある。それは、
 「いつどこで暴漢と遭遇するかわからない」
 という危機意識をもつことだ。そして、これこそが最も重要なことだ。
 その逆は、油断だ。すると、いざというときに、どうなるか?
 たとえば、目の前に殺人狂が現れる。このとき、油断して、「まさか犯罪行為はしないだろう」と楽観する。相手が実際に人を傷つけて、さらにナタを振り回しても、「まさか人殺しまではするまい」と楽観する。……このような楽観ないし危機感不足こそが、今回の被害の本質だとも言える。
 あの被害者は犯人に近づいて殺されたようだが、常に危機意識があれば、そんなことはしなかっただろう。相手がナタを持っていれば、相手の間合いには入らなかったはずだ。相手が間合いに入ろうとしたら、遠のくはずだ。遠のいても相手が近づくなら、こちらから攻撃するはずだ。
 そして、相手の凶行に備えて、こちらが攻撃することをあらかじめ準備しておくためには、もともと武道を修めておくことが必要だ。武道を修めておくからこそ、相手の凶行に備えることができて、だからこそ、常に危機意識を発揮して、こちらのレーダーを作動させておくことができる。

 ゴルゴ13に、似た話がある。
 「おれの後ろには立つな」
 と彼は言う。最強の闘士であるゴルゴ13は、おのれの強さを盲信するのではなく、逆に、常に危機意識を発揮している。「いつどこで危険が襲いかかるかわかったもんじゃない」と思って、危機意識を絶やさないわけだ。

 こういう危機意識があれば、「女性が騒いで逃げ出す」というような騒動が起こったときには、危機意識をフル稼働させて、事態に対処しようとするだろう。油断とは逆に、危機感を最大化するだろう。
 そして、こういうことができるのも、普段から武道の訓練をしているからなのだ。
 弱い者ほど楽観する。強い者ほど警戒する。だから、もともと強くあるべきなのだ。そしてまた、常に訓練(修業)するべきなのだ。

 ──

 人は武道の訓練をすればするほど、暴力的になるのではない。逆に、暴力的とは逆の傾向を帯びていく。「暴力をふるえば自分が損するだけだ(下手をすると死ぬ)」ということを理解していく。それが武道の教育的効果だ。
 普通の人にとって、死や大怪我というものは身近なものではないが、武道をやる人にとっては、死や大怪我というものは身近だ。それゆえ、その怖さもよくわかるのである。



 [ 付記 ]
 参考として、前々項のコメントを紹介しよう。

ただ、現実問題として逃げ場がない、刃物持った人と対峙するしかない状況が起こりえる。

そういう時に少しでも対抗したいなら普段から喧嘩の練習をして備えておくこと。テコンドー、空手、セルフディフェンス講習・・・何をベースにしても構いませんが、実戦では何でもありの状況ですので、「実戦ならどうするか」を考えながら取り組むといざって時に役立ちますね。フェイント入れて攻撃ってのはとても有効ですが、実戦でやるにはそれなりに練習していないとできません。やはり普段からの練習が必要。私もやってます。

そんな暇ないって人は、そういう状況でやられても仕方ない。



 【 追記 】
 護身術との関係について、誤解が多いので、解説しておく。
 本項で述べているのは、「護身術は武道のかわりにはならない」ということだ。
 「護身のため」ということが最大目的であるなら、「護身術を学ぶ」というのは最優先となるだろう。
 しかし本項や前々項で提案しているのは、「柔道や剣道のかわりにテコンドーを学ぶ」ということだ。「体育教育」という範囲内で、「柔道・剣道」という選択肢のかわりに「テコンドー」という選択肢をとる、ということだ。あくまで教育論である。
 一方、「護身術を学ぶ」というのは、「柔道や剣道のかわり」にはならない。それはスポーツではないからだ。もちろん、体育教育でもない。あくまで護身術であって、学校教育とは別のことだ。
 学校で護身術を教えてもいい。しかしそれは、体育教育とは別のことだ。もちろん成績評価にも馴染まない。また、必修でもない。
  ・ テコンドーは、柔道・剣道のかわりになる
  ・ 護身術は、体育教育とは別のことだ

 この二点を理解するべきだ。そうすれば、「武道よりも護身術を」という主張が意味をなさないとわかるだろう。「武道と護身術とは別のことだ」というのが正しい。(効果には共通点があるが、教育的見地からはまったく別の教育分野になる。だいたい、金蹴りなんていうのはスポーツでは反則行為なのだから、反則を教育するなんてことは、教育としてはありえない。サバイバル術は、教育とは異なる。どちらかと言えば、戦時で殺人を教えることに近い。)
posted by 管理人 at 19:35 | Comment(26) | 一般(雑学)5 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ここのところの話題で暴漢に対処するなら武道よりも護身術だろうと思っていたところにこの話ですか。先回りが上手いです。

管理人がどのような結論を目指しているのかは話が広がりすぎていてイマイチわかりませんが、身を守るための心構えや準備という意味であれば武道よりは即効性の高い護身術のほうがやはり有用と思います。

“ALSOK護身術”を習ってみた
https://www.alsok.co.jp/person/tellme/09/

また、ナイフを持った相手に武道による徒手空拳で立ち向かうというのもまた無謀なことかと思います。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1381675143

武道がどこまで実践的であるかはそれぞれでしょうが、必要であれば金的、目潰し、喉・顎を狙う、指を掴んで反対にひねって折る、物を顔に投げる、人を呼ぶ、棒状のものを相手に向ける、突く、掴まれたときの振り払い方、足を踏み抜く、即席の武器の作り方など、あらゆる状況に対応出来る方法を学べる護身術のほうが殴る、蹴る、フェイントを入れるだけになるより数%は生き残る可能性が上がるのではないでしょうか?

もちろん護身の奥義はそもそも危険に巻き込まれないことだとした上で、どうしても必要なときはナイフ持った相手にでも殺す覚悟で相手の急所を突きまくる、身の回りの武器になるものを使う、相手がひるんだスキに逃げるということです。
Posted by えと at 2018年06月15日 20:50
武道を修めるべきなのは同意ですが、テコンドーは武道ではなくスポーツでしょう。
Posted by うっず at 2018年06月15日 22:39
強いパンチの打ち方も、スポーツの専門家が考えていますし、戦い方も長年格闘技の専門家が考えています。更には、いざと言う時の対処法も、護身術の専門家が考えています。世の中にはたくさんの専門家がいるのです。護身術なんてのは全世界で考えられています。

こういう状況の中でも、現在数ある格闘技の中に護身術という分野があるのは、重要な事だと思いますよ。つまり、専門家も護身術が有効だと思っているのではないですか?

と言うことで、普通に学校体育で習うのなら、護身術で良いと思いませんか?

管理人さんは、護身術は簡単すぎて効果が限定的。今回の新幹線事件ではほぼ無効と言っていますが、そうなのですか?管理人さんの思い込みではないですか?

どうも、管理人さんは一刀両断に切り捨ててしまうことが多いようですが、どうですか?管理人さん以外の人も色々考えているのですよ。

で、今回武術関係の記事で、多くの方から批判を受けましたよね。こんなに多くの批判を受けた理由に、管理人さんの知識不足があると思いませんか?

今回の一連の記事は、低レベルだと思いますが、これは管理人さんの知識不足が理由だと思いますよ。素直に記事は失敗だっとして削除するなり、失敗を認めるなりした方が良いと思います。
Posted by 時々見てます at 2018年06月15日 23:19
> 管理人さんの知識不足が理由

 ところが、具体的に問題点を指摘した人は一人もいないんですね。あなたも含めて、単に人格攻撃をするだけで。

 その一方で、「どこにも書いてあることだ」というふうに、内容を肯定している。
 一方では間違いだといい、他方では常識だという。自己矛盾。

> 普通に学校体育で習うのなら、護身術で良いと思いませんか?

 やっぱり、本文を誤読している。
  (2) 護身術
 の箇所を読み直してください。護身術を否定しているわけじゃない。別次元のことだと述べている。やってもいいが、それはスポーツ教育とは別の話だ。
 私は「護身術はスポーツ教育ではない」と言っているのに、「護身術だけで護身のためには十分だ」と反論する。話が全然、噛み合っていない。
 比喩で言うと、私が「英語と数学は分野が別だ」と言うと、あなたが、「いや、それは間違いだ。数学を学ぶには数学だけで足りる。数学のためには英語なんか不要だ」と答える。
 議論になっていない。

> 管理人さんは一刀両断に切り捨ててしまうことが多いようですが

 あなたがそう勘違いしている、ということはわかりました。そういうふうに誤読してばかりなら、批判するのも仕方ないですね。

> 多くの方から批判を受けましたよね。

 批判じゃなくて、誤解による攻撃ですね。私の意見そのものについての批判は、これまで一つもありません。たとえば、「体重を乗せることは不要だ」と述べた人はいないし、「体重を乗せるためにその方法は無効だ」と述べた人もいない。
 かわりに、「管理人はバカだ」というような悪口ばかりが、山のように押し寄せてくる。子供の喧嘩と同じ。
Posted by 管理人 at 2018年06月16日 00:14
> 多くの方から批判を受けましたよね。

 あ。それで思い出した。前にもそっくりなことがあった。学術の分野で。

 人々が信奉している理論があって、その理論の欠点を指摘したら、ものすごい攻撃が押し寄せてきた。単に理論の問題点を指摘しただけなのに、まるで親でも殺されたような勢いで、大量の攻撃が襲いかかってきた。
 しかも、論理的に議論するのではなく、単に感情的に人格攻撃をするばかり。「問題点があるなら指摘してくれ」と私が頼んでも、それに答えることはなく、単に罵詈雑言ばかりが押し寄せてきた。普段は温厚な学究的な紳士が、まるで頭に血が上ったヤクザになってしまったかのように別人になって、罵詈雑言を浴びせてきた。(今回もそういう人がいたな。)

 今回はそれにそっくりだ。
 たぶん、人々の愛するものに対して、何かを傷つけてしまったのだろう。「完全無欠」と信じていたものを傷つけたわけだ。
 だからこそ、武道に慣れている人ほど、「自分の大切にしてきたものを傷つけられた」と感じるわけだ。
 
Posted by 管理人 at 2018年06月16日 00:21
>だからこそ、武道に慣れている人ほど、「自分の大切にしてきたものを傷つけられた」と感じるわけだ。

それもあるかもしれませんが。

何というか、「こまっしゃくれた(小生意気な)子供」みたいな雰囲気を文章から想起します。

お父さんに、「お父さんは学歴は低いし、無口だし、だから会社でも底どまりなんだね」、
とか言ったら、
「働いたこともないお前に何が分かるーーー」とか言って殴り返されそうだし。

お母さんに、「そんなお父さんと結婚するお母さんは、男を見る目がないんだね」
とか言ったら、やっぱり鬼のような形相で平手打ちとかされそうだし。

なんか、こうイライラ、もやもやさせる回路を誘発する文章がうまいなー、とは思います。

(人格攻撃ではないことを最初に言っておきますが)管理人氏はいわゆる「レインマン」みたいなタイプな人なのかもしれませんね。
そう考えると、いろいろ合点。
Posted by hiro at 2018年06月16日 04:35
>「体重を乗せることは不要だ」と述べた人はいないし

いや、私はそれに近いですよ
パンチするなら体重を乗せる必要があるが、そもそもパンチよりももっと優先して選ぶものがある、という立場なので
つまり急所ですね
金的がダメなら他の急所、ってこと

で、それを主張した私に対して管理人は、私も急所攻撃を主張している、と言ってきたわけです
でも、違うでしょ、と
管理人は第一に金的を主張しているが、第二にはパンチでしょう
その場合のパンチについて私は意見したのだから、反論として有効なのは、
目や首を狙う攻撃よりも腹を狙うほうが優れていると証明することです

私は目突きについて、腹よりも確実で、しかもそんなに難しくない、と理由を述べました
で、私としては管理人から、腹パンチの優れている点を聞きたかったのに、論点をずらされて、しかも「誤読してる」と濡れ衣を着せられたわけです

Posted by カレー at 2018年06月16日 05:36
誤解しているかもしれませんが、
私は別に腹パンチを頭から否定したいわけじゃありませんよ
納得できる理由があるなら従います

ただ管理人としては、腹筋が弱いやつが相手なら効果的で、強いやつには効かない、
で、その腹筋は相手を見れば分かる、というんですよね

しかし私は相手の姿勢などを見て、腹筋の強さを予想し、実際に確かめてみるという実験をしたことがないので、
見ただけでは腹筋が強いか弱いかは分かりません
また、管理人は分かるというが、今回の犯人を素人とか、愚鈍そうとか予想して、
しかし実際には剣道をそこそこやっていたんですよね

その事実から私は、見た目では強さは分からないのでは? と学習しました
管理人は、武道をやっていたかどうかは分からないが、腹筋なら分かると言うんでしょうか

もしいまだに腹筋は見れば分かると言うのなら、それが本当かどうか知りたいです
しかし管理人が無料でそんなことをするはずもないので、どこからか引っ張ってくるか、さもなくば私は永遠に納得できないままです
(まあ、たぶん後者でしょう)

「人間の身体を理論的に理解すれば、実験などしなくても分かる、それに本サイトは論理によって物事を明らかにするだけで、現実にどうかは範囲外だ」
とか言うかもしれません
それはその通りです
それならそれで、私の中で、管理人の意見が説得力のないものだという結論を得るだけなので、私としては構わないし、
管理人としても構わないでしょう

それで話は終わりです
Posted by カレー at 2018年06月16日 06:33
> その場合のパンチについて私は意見したのだから、反論として有効なのは、

 そこがカレーさんの誤読で、私はカレーさんにいちいち反論しているわけじゃないです。
 金的狙いもいいし、目を狙うのも別に悪くはない。それはそれでカレーさんの勝手であって、私は反論しているわけじゃないです。「目を狙っても、狭いから、たいていは外れます」とは言ったが、部分的な小さな感想であって、それは私の主張ではありません。どっちでもいいことです。

 何度も書いているけど、私が言ったのは、「フェイントをしての足キック」です。(※)

 足キックの対象は、コメント欄では金的などを示しましたが、どこを対象とするかまでは、細かく指定していません。攻撃対象は、本項(など)の範囲外です。

 で、カレーさんは、「急所が大事だ」と主張している。それはそれで構わない。私は別に反論しません。話の対象外です。
 私がコメント欄でいくらか言及したのは、ついでにちょっと感想を言っただけで、肝心の論旨とは別のことです。
 肝心の論旨は、あくまで上の ※ のことだけです。

 腹パンチうんぬんは、どうでもいいことなので、これをめぐるカレーさんの反発は、ちょっとお門違いです。もともと議論になっていません。
 攻撃対象をどことするべきかは、本項の話題以外なので、本来ならば、ここでなすべき議論ではありません。
 それは「護身のためにはどうするべきか?」という別のテーマを論じるところでやるべきです。

 本項のテーマは「教育」だし、前項のテーマは「特定の技術論」だし、その前は「教育の推奨」」です。いずれにしても、「護身のためにどうするべきか?」はテーマとなっていません。コメント欄で勝手に騒いでいる人がいるだけです。
 ただし、一番最初の項目だけは、「護身のためにはどうするべきか?」をテーマにしています。そこでは、「フェイントをしての足キック」(※)を推奨しています。
 これに対して、「金的蹴り」を主張するのがカレーさんですが、「金的蹴り」は(※)とは矛盾しないでしょう。「フェイントをしての足キック」のかわりに「不意打ちでの足キック」ですから、似て非なるだけです。話の筋としては、「それもあるね」という話になるだけでしょう。

 「フェイントをしての足キック」からは、「体重を乗せる方法」という話が分岐しました。「不意打ちでの足キック」では、そういう分岐はありません。ただそれだけのこと。両者は矛盾し合う関係ではなくて、別の話になっているだけです。特に反論などはありません。
 本項の本文中の「護身術との違い」のところでも述べましたが、違いがあるだけであって、護身術を否定しているわけではありません。いわば「空手と合気道は違うんだよ」と述べているようなものです。「空手があるから合気道は不要だ」というような話はしていません。護身術を否定もしていないし、カレーさんへの反論もしていません。(反論ふうの感想は言ったけど、ただそれだけ。)

Posted by 管理人 at 2018年06月16日 07:36
>>「体重を乗せることは不要だ」と述べた人はいないし

>いや、私はそれに近いですよ

 上記も勘違い。
 「パンチをするなら、パンチに体重を押せるべきだ。体重を乗せないパンチなどは無効だ」
 というのが私の主張。

 それに対して、カレーさんは「パンチよりも急所狙いだ」と言っている。それはそれで成立する。
 しかしそれは、そもそもパンチをしないのだから、「パンチをするなら体重を乗せるべきだ」という話とは、何の関係もない。肝心の話題とは全然別のところで、別のことを話しているだけです。

 比喩で言えば、「雨が降るなら傘は必要だ」という私の意見に対して、「いや。晴れのときには傘は必要ない。ゆえに傘が必要だという管理人の話は間違っている」というふうに主張する。話の前提を勝手にねじ曲げて、自己流の話をしている。議論になっていない。(雨が降るなら、という前提を勝手に省略して、勝手に別の議論をしている。)
Posted by 管理人 at 2018年06月16日 07:44
 最後に 【 追記 】 を加筆しました。
 護身術について誤読する人が多すぎるので、解説しました。
Posted by 管理人 at 2018年06月16日 08:49
>セルフディフェンスは瞬間的にその場しのぎをして、あとは逃げることが基本だ。どさくさまぎれのことをやってゴマ化して、あとはすぐに逃げ出すわけだ。

クラヴマガについて言及しているようですが、上記発言は一般的な護身術について言ってるのでしょうか?それともクラヴマガも含めた護身術全体に対して言っているのでしょうか。
クラヴマガについて言ってるのであれば、認識が全く異なっています。
クラヴマガの基本理念に「脅威を排除」というものがあります。もし管理人が言うようなゴマ化して逃げ出す(脅威を排除していない)ような行動はクラヴマガの基本理念と異なっているわけです。

まあ、護身術以外に教育目的のないクラヴマガを教育に取り入れるのは私も反対です。(前項のコメントでは教育にセルフディフェンスの目的しかないのであればクラヴマガを取り入れることを推奨していますが)
Posted by ふかわ at 2018年06月16日 09:21
>> ところが、具体的に問題点を指摘した人は一人もいないんですね。あなたも含めて、単に人格攻撃をするだけで。

回し蹴りは問題だと何度も指摘しましたよ。

管理人さんは単なる面倒くさい人になり始めていますよ。

管理人さんは色々と書きましたよね。多くの人は大意を読み取って問題があると言ってるんです。もしくは、管理人さんが基礎的に知識に問題あるので、全体として全くダメだとか言っています。で、それに対して、管理人さんの反論は、文章の本の自分の一部から自分に役立つ部分だけ取って反論しています。必死の状況だから、セルフディフェンスだからと問題はない。管理人さんのへの反論者は誤読だとかね。

それじゃ、相手する方は嫌になりますよ。「ああ言えば上祐」みたいな対応ばかりですよ。

> 批判じゃなくて、誤解による攻撃ですね。
> かわりに、「管理人はバカだ」というような悪口ばかりが、山のように押し寄せてくる。子供の喧嘩と同じ。

こういうのばかりです。管理人さんこそ子供ですよ。
管理人さんみたいなのが会社にいて、「ああ言えばこう言う」みたいなことばかりしていたら、同僚や上司から見放されますよ。
Posted by 時々見てます at 2018年06月16日 09:32
> クラヴマガの基本理念に「脅威を排除」というものがあります。

 そうです。目つぶしや、殺害も含まれます。そんなものを私が推奨しているはずがないでしょう。
 瞬間的にその場しのぎをして、あとは逃げることという手法そのものだけを論じています。他は言及外。
 書いていないことについて話題にされても困ります。
Posted by 管理人 at 2018年06月16日 09:44
> 回し蹴りは問題だと何度も指摘しましたよ。

 元の文章をちゃんと読みましょう。回し蹴りは「できれば、回し蹴りが好ましい」と書いてある通り。あくまで、できればの話。できない人にお勧めしているわけではない。すでに上手にできる人が対象だ。
 また、動画を見ればわかるように、大振りの回し蹴りではなく、狭い場所での身体回転だけだ。足は振り回さない。また、アンディ・フグの動画は、いわゆる「踵落とし」だ。こういうことができる人なら、やればいい、というだけの話だ。
 あなたはそれを、「大振りの回し蹴りを、素人がやること」というふうに曲解している。自分で勝手に妄想しているだけ。誰もそんなことは言っていないのに。
 だいたい、素人が「踵落とし」なんか、できるわけがないでしょう。そんな常識も持ち合わせていないんだろうか? あなたは常識はずれのことを勝手に想定して、「管理人は常識はずれのことを言っているから、間違っている!」と批判する。頭が妄想かぶれ。常識すら持ち合わせていない。

> それじゃ、相手する方は嫌になりますよ。

 嫌になって結構。私が言ってもいないことを言ったと思って、それに基づいて「間違っている!」と批判されても、こちらは答えようがない。
 だいたい、あなたは私の話を引用して「これが間違っている」と書いたことはいっぺんもない。いつもあなたの妄想したことについて、「管理人さんのこの意見は間違いだ」というふうに述べているだけ。それ自体が妄想なのだから、私はどうしようもない。

 回し蹴りだろうが何だろうが、相手を批判するときには、相手の話を引用してから批判しましょう。今回ならば、「できれば、回し蹴りが好ましい」という部分を引用してから批判しましょう。
 なのに、勝手にあなたの誤読に基づいて、言ってもいないことを批判されても、こちらは対処しようがない。

 ついでだが、回し蹴りの部分は、ちょっといいすぎの感じもあるから、私としては、この部分を取り消してもいい。それはそれで構わない。話の本論とは無関係だし。揚げ足取りの一つとしては、受け入れ可能です。
 で、あなたはそれで「揚げ足取りに成功した」と誇ることはできるかもしれない。だけど、話の本筋には、まったく影響を与えていません。枝葉末節でポイントを取っているだけ。
 「ポイントを一つ取って喜んで、試合に負けている」
 という選手みたいですね。
Posted by 管理人 at 2018年06月16日 09:57
であるならば、

> この手の護身術は、誰でも実行できて修得しやすい。特に、女性や高齢者でも修得しやすい。その意味で、実用的だ。

>一方で、簡単すぎるがゆえに、効果は限定的だ。

ここまでがクラヴマガを含めた護身術にかかっていると思うのだけど、そこまでわかっていて効果が限定的だ、なんて言っちゃうのですか?
少なくともクラヴマガに関しては今回のような暴漢に対してもある程度効果的だと思いますよ。(被害者がクラヴマガ経験者だとして勝てるかはわからないけどね)

Posted by ふかわ at 2018年06月16日 10:00
> ここまでがクラヴマガを含めた護身術にかかっていると思うのだけど

 違うに決まっているでしょ。文章をちゃんと読みましょう。
 「この手の護身術は、誰でも実行できて修得しやすい」
 と書いてある通り。誰でも実行できて修得しやすいような護身術に限られる。クラヴマガを含めた護身術全般ではありません。護身術のうちの、一部だけです。

> 少なくともクラヴマガに関しては今回のような暴漢に対してもある程度効果的だと思いますよ。

 それは強力な部分。そんなプロ仕様の強力な部分まで、学校教育で教えるわけがないでしょう。私が言ってもいないことを、勝手に妄想しないでください。
 「〜と思うのだけど」という通りで、それはあなたが勝手に思っているだけ。私が書いてもいないことを、勝手に想像しないでください。
Posted by 管理人 at 2018年06月16日 10:44
>「武道と護身術とは別のことだ」というのが正しい

このサイトだけで言うなら自由ですが、一般論としては、「そうとは限らない」と思います

確かに金的等はほとんどのスポーツで反則ですが、それは防護をしていなくて危ないからに過ぎません
剣道だって面をつけていないなら、面打ちは反則というルールになったでしょう

護身術だからスポーツではない、というより、スポーツ化していないからスポーツではない、ということだと思います
(たぶん管理人も同じ認識だと思いますが、、)

そもそも武道とスポーツは密接な関係だと思います
剣道は真剣の代わりだし、砲丸投げや槍投げは飛び道具、フェンシングも防具がなければ刺さります(笑)

ま、最初に言ったように、このサイトの中だけにとどまるんですから、別に問題はないですけどね
ただのちょっとした感想です
Posted by カレー at 2018年06月16日 12:10
>「武道と護身術とは別のことだ」というのが正しい

 ベン図ってわかります? 二つも円が部分的に重なっていて、共通部分がある図形。

 共通部分はあるけど、二つの円は違いますね? そういうことです。
 2の倍数と、3の倍数は、同じではありません。ただし、共通部分もあって、そこには6の倍数が含まれます。
   2の倍数 ≠ 3の倍数
 ということは、
   2の倍数と、3の倍数には、共通部分がない
 ということではありません。

 お間違えなく。
 
Posted by 管理人 at 2018年06月16日 14:24
>お間違えなく

ん? 間違えてはないと思いますが、、

>(たぶん管理人も同じ認識だと思いますが、、)
と言ったように、管理人と私は同じベン図を描いているだろう、と予想しましたよ

私は別に『管理人は「武道(スポーツ)と護身術は共通部分がまったくない別物だ」と主張している』と言ったわけではありません
逆で、管理人もスポーツ的な護身術を認識していると思いました

ただスポーツ護身術の存在が分かっているのに、なぜ本項で、

>金蹴りなんていうのはスポーツでは反則行為なのだから、反則を教育するなんてことは、教育としてはありえない

と言ったのかが分からなかったので、そこだけ違うでしょう、と指摘しただけです

たぶん、管理人は目的というのを大事にしているのでしょう

しかし学校で習う剣道の目的は通り魔から身を守ることではないが、
いざ襲われたときに剣道のやり方で守れることもある
それと同様に、護身の目的がないスポーツ護身術でも、護身目的で習う護身術と実際上の効果に差がないようにするのは可能でしょう

ちょうど日傘も雨の日に使えば雨傘になるように

Posted by カレー at 2018年06月16日 16:57
管理人の主張が一部飛躍あるいはわかりにくくなっていることが批判の来る大きな要因ではないだろうか。

(1)・そもそもの話としてこの話題は新幹線でナタを振り回す凶悪犯に対抗する対抗手段として武道ないしは護身術の可否を問う話であった。

(2)・そこで管理人はテコンドーを修めよという話を展開した。

(3)・そこから管理人はさらにテコンドーを学校教育に取り入れよという話をした。

ここには2つの命題が隠されています。

(一)・(1)(2)より、刃物を振り回す凶悪犯と対峙しなければならなくなったとき、最も効果的な手段はなにか?

(二)・(2)(3)より護衛手段を得るための学校教育としてもっとも「正しい」武・術の選定とはなにか?

この二つの話は全く別の問題ですが、この二つを混同すると本稿の話はよくわからなくなるのではないでしょうか。(というか管理人も混同していませんか?)

私自身は武道をどこまで修めようとも暴漢に対する対抗力は時と場合による、限定的なものでしか無いと思います。それはテコンドーだろうが空手だろうが柔道だろうが剣道だろうが常に限定的な状況の上にしか機能しないという意味です。無意味とは言いませんが効果は限定的なものです。

護身術はその点では常に実践目的があって様々な状況を想定して教わるものなので、効果としてはむしろ各々の武道が想定する状況よりはより広範囲の護身をカバーできるという意味で有用だと私は思っています。

上記は私の(一)の結論です。

次に(2)ですが、金的や目潰し・即席ブラックジャックを作っての鈍器攻撃・石などを投げる遠距離攻撃などの非人道的な護身術を学校教育で教えるのはおかしいという意味で言うなら、それは私もそう思います。学校教育で教えるべきは心技体・何よりも「礼」というなら私も同意いたします。

ただもし心身の向上、健全な肉体、礼の心を重んじるならなにもテコンドーである必要はありませんし、空手でも柔道でも剣道でもいいでしょう。テコンドーがより実践的だという指摘も、私からすれば状況を限定して訓練するという意味では空手とも柔道とも剣道とも大差ありません。

以下テコンドーのルールですが、
『攻撃は、胴体および頭部に装着する胴プロテクターおよびヘッドギアに対してのみ可能で、それ以外 (体の後面・下段) への攻撃は厳しく禁止されています。攻撃は胴体へはパンチと蹴りの両方、頭部は蹴りのみが可能です。』

反則になる行為は『相手をつかんで投げる、または突き飛ばす』

あまりにも限定的です。攻撃が足技主体ということは体制も崩しやすいですしなによりルール無用の殺し合いの場になったら蹴りに使った足を取られたらそのまま引き倒されて終わってしまいます。狭い電車内でどこまで足を振り回せるかわかりませんし、服装によってはそのような運動は無理でしょう。

効果が限定的とはこういう意味です。

なにで、私としては(一)暴漢に対抗するより広範囲をカバーする対抗手段としてはより実践的な護身術を学ぶのが効果的。
(二)学校教育で心技体礼のために何らかの武道を修めるのは賛成。
ただしそれが暴漢目的、より実践目的という意味で言うならテコンドーにはそれほど意味があるとは思えないという意味で反対。

その意味で(二)暴漢対策という目的を取るなら武道を修めるというのはポイントがずれていると思っています。
武道を修めるのは『道』を極めるのが目的であって、戦えるというのはその副産物に過ぎません。
その副産物(戦闘力)に期待するのは手段と目的を履き違えています。

戦闘力がほしいならより武道ではなく実践的な手段を習うほうが良いでしょう。
管理人的には心技体礼と戦闘力を両方最も得られるのがテコンドーという結論なんでしょうが、その点で言えば効果はどの武道も似たり寄ったりでしょう。テコンドーである必然性は低いと思います。
Posted by えと at 2018年06月17日 15:29
 えと さんの意見には、ほぼ賛同します。
 ただ一点、私の主張に対する誤解があるので指摘します。
 私がテコンドーを学校教育に薦めるのは、「暴漢対策のため」ではありません。「暴漢対策にもなる」という程度です。

 もちろん、空手でも柔道でもいいのですが、柔道は事故の被害が多数に上るので、この点から柔道は除外されます。死者や全身麻痺が多数という実状から、柔道は学校教育から外すべきだと思います。
  http://judojiko.net

 次に、空手は、防具があればいいのですが、日本の空手は防具を使いません。したがって、フルコンタクトか寸止めか、いずれかです。どちらも駄目。ゆえに空手は駄目です。
 日本拳法は、防具を使うので、日本拳法ならば問題ない。これはOKです。
 テコンドーも、効果はともかく、難点がないので、OKです。
 合気道や剣道もOKです。

 ついでですが、本項のテーマは
 「学校教育で武道(テコンドーなど)を修めるべき理由は何か?」
 であって、特にテコンドーだけを推奨しているわけではありません。他の武道でもいいことは明らか。

> 管理人的には心技体礼と戦闘力を両方最も得られるのがテコンドーという結論なんでしょうが、その点で言えば効果はどの武道も似たり寄ったりでしょう。テコンドーである必然性は低いと思います。

 これには同意します。ただし上述の空手と柔道を除外すること、が条件です。
 
> 武道を修めるのは『道』を極めるのが目的であって、戦えるというのはその副産物に過ぎません。

 これも同意します。

 実は、該当項目の  [ 付記3 ] のところでも述べている。
 引用すると:
  「学校の教育で何が学べるんだ? たいしたことは学べないのでは?」 
  という疑問も生じるだろう。まさしく、その通り。
 (以下略)

> その副産物(戦闘力)に期待するのは手段と目的を履き違えています。

 もともとそんなに期待していません。学校でテコンドーを学んだとしても、それがものになるのは、1割もいないでしょう。すでに述べた通り。

 ついでですけど、私はテコンドーを好きなわけじゃないですよ。どちらかと言えば、嫌いです。日本の空手のパクリだ、と前に非難したとおり。パクリの武道なんて、嫌いだ。
  http://openblog.seesaa.net/article/440931602.html

 なのにテコンドーを推奨するのは、それによって「防具を使わない」という(寸止め)空手のバカさ加減を皮肉るため。(上記項目。)

 少し前の項目でテコンドーを推奨するのも、死者やケガ人を続出させている柔道教育のバカさ加減を皮肉るため。
 本当なら、空手や柔道を学べるのが一番いいのだが、現状の空手や柔道は、学校教育には適さない形になっている。そこを皮肉るために、「テコンドーがいいよ」と告げているわけ。(当て馬だ。)

 このコメントでも「空手と柔道は学校教育には適さないから除外せよ」と述べたが、それが私の一番言いたいことだ。空手と柔道は、いったい何をやっているんだ。あきれるしかない。

 ちっ。本当のことはいいたくなかったんだが、えと さんが本当のことを書いちゃったから、私も本当のことを書かざるを得なくなった。「テコンドーなんか嫌いだ」と告白せざるを得なくなった。残念。
Posted by 管理人 at 2018年06月17日 17:31
 どうも誤解が多いようなので、解説しておきます。

(1) 本シリーズの意見として誤って理解されていること。
  ・ 刃物をもった暴漢がいても、足技があればあっさり撃破できる。
  ・ 学校教育でテコンドーを教えれば、誰もがテコンドーの達人になれる。
  ・ パンチに体重を乗せることは、知識を覚えるだけで簡単に修得できる。
  ・ 学校教育では、ぜひともテコンドーを教えるべきだ。

(2) 実際に書いてあることは、その逆であって、こうだ。
  ・ 刃物をもった暴漢がいるとき、足技で撃破できる可能性が、ほんの少しある。
  ・ 学校教育でテコンドーを教えれば、テコンドーの基礎をちょっとだけ修得できる。
  ・ パンチに体重を乗せることを会得するには、知識だけでなく体を動かす修練が必要だ。
  ・ 学校教育では、どの武道を学んでもいい。(ただし空手と柔道を除く)

 間違えないでくださいね。ちゃんと本文を読めばわかることなんだから。

 ※ ほとんどの人は、(1) の各点を批判するが、そんなことはもともと どこにも記されていないんですよね。だから私は毎度毎度、「それは誤読だ」と記す。
Posted by 管理人 at 2018年06月17日 19:23
なるほど。それほど意見に齟齬がないということは分かりました。

テコンドーを当て馬に利用しているということですね。確かに学校授業中の柔道での事故もありますし、教育目的での武道の選定には何かしらの変革が必要かと思います。(それがテコンドーなのかどうかはわかりませんが)

米国では「非接触型」の格闘技を提言
http://healthpress.jp/2016/12/post-2716.html

こちらにあるように実践型の格闘技には事故がつきものでプロテクターをしていても割とテコンドーは怖いとは思います。
全体重を載せた蹴りを頭に食らったらプロテクターをしていても大変危険でしょう。

実践的な戦闘能力を学校教育で教えるということは大きな矛盾ですし、その点(空手と柔道除く)武道を教えるだけでいいというのもその通りです。

まぁ私個人としては学校教育で武道をするなら実戦形式などもとから必要ないとも思います。素振り千回・スパークリング千回で心も体も鍛えられるでしょう。

というか、基本武道は反復練習による体への刷り込みであって、実戦形式の試合というのはその体に覚え込ませた動きを披露する場でしか無いという意味で、実践は大して意味がありません。やりたい人がやればいいのです。

ただ、今回の話の流れでは当て馬にされたのは空手・柔道だけではなく、新幹線でのナタを振り回すという凶悪事件の被害者、ということにもなりませんか? 空手、柔道への批判のためにこの話題を使ったようなものなのですから。

管理人は餌をまきながら遠回りに話題を転換することが多い気がしますが、今回に関しては少し配慮にかける部分もあるのでは? 少なくとも新幹線の件と、学校教育の件は別物なのですから。これでは熱くなる人が多くなるのも仕方のないことかと思います。
Posted by えと at 2018年06月17日 22:54
 別に深い意味はなくて、私がちょっと関心をもったことを書いてみただけなんですけどね。軽いおしゃべりとして、茶飲み話に読んでもらうつもりだったんだけど。
 暴漢に襲われた場面を想定して、漫画チックな話を書いたわけ。正義の凡人が悪漢をなぎ倒す、という場面。
 ケラケラと笑う人が出てくるだろう……とは予想したが、その程度。
 熱くなる人がたくさんいたのは、まったく想定外でした。このサイトに武道ファンが多いとも思わなかったし。
Posted by 管理人 at 2018年06月17日 23:40
>ちっ。本当のことはいいたくなかったんだが、えと さんが本当のことを書いちゃったから、私も本当のことを書かざるを得なくなった。「テコンドーなんか嫌いだ」と告白せざるを得なくなった。残念。

テコンドーが嫌いで、柔道、空手の現状を批判したかったという、本当のことを伏せておきたかった理由を開示できるなら是非。
Posted by 作業員 at 2018年06月19日 01:13
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