──
日米開戦については、「日本はどんなことがあっても開戦するべきではなかった」という評価が多かった。理由は「開戦すれば圧倒的な国力差ゆえに敗北は決定的だったから」だ。負けるとわかっている以上は開戦するべきではなかった、というわけだ。
私もこれにいちおう同意していた。
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ところが近年、意外な真相が判明してきた。下記の朝日新聞の記事にもある。
→ 異説あり 真珠湾攻撃、米は察知? 孤立主義の米、日本から仕掛けさせる必要:朝日新聞
趣旨は次の通り。
「ヒトラーのドイツが欧州を席巻していた。ここで米国はどうするべきか? このままだと欧州全体と英国までもヒトラーに奪われかねないし、そうなると、米国の存立に関わる。是非とも米国も参戦して、ヒトラーの勢力を砕かなくてはならない。しかるに、米国は孤立主義だし、勝手に参戦することは法的に不可能だ。かといってヒトラーが米国に宣戦布告することもあり得ない。となると、残る方法は、ただ一つ。日本の方から宣戦布告させることだ。そのためには、日本がとうてい飲めないような厳しい条件を、次々と突きつければいい。そして、どうにも飲めなくなったところで、日本が宣戦布告したら、それに乗じて、欧州でもヒトラーを砕けばいい。(日独伊の三国同盟があるから。)」
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つまり、「日本が戦争をずっと我慢すればよかった」というのは、もともと成立しなかったわけだ。たとえ我慢して条件を受け入れたとしても、次々と条件を吊り上げられて、最終的には、我慢できなくなるようになる。なぜなら、「我慢できないような条件を突きつけること」が、米国の目的だったからだ。
ここでの米国の目的は、「日本の方から宣戦布告させること」だったのだから、日本としては、「宣戦布告しないでいる」という選択肢は、もともとなかったわけだ。
そして、ついには「石油禁輸」や「権益放棄」という制限を課されて、日本としては、宣戦布告すること以外に取る道がなくなってしまった。……米国の思惑通りに。
これが日米開戦の真相だったわけだ。
【 関連サイト 】
話の詳細は、朝日の記事にあるが、そのまた出典は、近年になって明らかになった歴史的資料だ。解説は下記。
→ 米英、日本の軍事行動を予測、開戦誘導か ルーズベルト・チャーチル往復電報- 産経
一部抜粋。
英国立公文書館が所蔵するウィンストン・チャーチル英首相とフランクリン・ルーズベルト米大統領の往復電報によれば、ルーズベルトが開戦13日前に日本の「軍事行動」を予測していたことがうかがえる。チャーチルも返電で対日譲歩に反対し、ルーズベルトが日本に最後通告の「ハル・ノート」を提示した後の開戦直前に米英合同で事実上の“宣戦布告”を呼び掛けていた。米英指導者は戦争回避より先制攻撃するように日本を追い詰め、開戦へと誘導したとの見方が専門家から改めて示されている。
日米の開戦責任について、東京裁判の判決は、「米国の譲歩にもかかわらず、日本は戦争計画を推進し、真珠湾の奇襲をはたし、強引に戦争に持ち込んだ」と一方的に日本に非があったとしている。しかし、往復電報は、「日本が和平交渉の最中に奇襲攻撃した」卑怯なだまし打ちではなく、「米英指導者が戦争ありきで日本を挑発して開戦へと追い詰めたことがうかがえる」(中西氏)との解釈を裏付けている。
1941年11月25日(米国時間)、ルーズベルトが軍事会議で「米国は来週月曜日(12月1日)にも攻撃を受ける可能性がある」と注意を促し、問題は「われわれ自身が過大な危険にさらされることなしに、日本に最初の1発を撃たせるような立場にいかに誘導していくかだ」と発言したと記されていた。

逃げるもよし、隠れるもよし、ひれ伏すのもよし
生きていればまた復活のチャンスはあるが、
死んだ人間は二度と生き返らない
そこで、「やや勝っている(優勢である)状態で講和する」という方針を立てたのが、旧日本軍。
ところが、あまりにも勝ちすぎたために、講和しようなんていう気分は吹っ飛んでしまった。
その次に来るのは、ミッドウェーでの惨敗。
http://news.livedoor.com/article/detail/10399468/
http://ktymtskz.my.coocan.jp/J/kanematu/kane4.htm
ここに敗因として記されている日本軍の隠蔽体質は、今なお変わっていない、とわかる。その一例が、加計学園問題。
安倍政権の隠蔽体質は、亡国政策の体質を表しており、旧日本軍のころと同様だ、とわかる。
我らが安倍ちゃんは、スネ夫ですからジャイアンに反対しないのは勿論、緊急事態で強いリーダーを装い(北朝鮮ミサイル発射のたびに支持率上昇)憲法改正の方向を国軍明文化、私権制限等にリードできますからウマ〜と言ったところでしょう。
振り返ると、つくづく戦前の日本は今の北朝鮮のポジションですね国際的にも、内政も
当時、厭戦気分があったアメリカで、ドイツを叩くために目をつけたのが日本、
というようなこと 。
当時の日本には、「欧米諸国によるアジアの植民地を解放し、大東亜細亜共栄圏を設立してアジアの自立を目指す」という大義がありました。その壮大な大義によって欧米からいわば逆恨みされてしまい、戦争をけしかけられてしまったというのが背景だと思います。
(戦争に負けはしましたが結果的にはある程度目的は果たせたように思いますから、肉を切らせて骨を断つ、というところでしょうか)
翻って北朝鮮の大義は??ただただ、金一族による独裁の体制維持だけが目的としか見えません。戦前の日本とはまるで違います。
11月1日の大本営政府連絡会議で、
月末までに日本案で交渉が成立しなければ12月初頭に開戦とする国策が決定されています。
日本の案は蒋介石への援助停止を要求するなど、アメリカが到底承諾できない内容が含まれます。
(この条項は交渉を潰して早期開戦したい陸軍がねじ込んだ)
外務省の暗号はアメリカに解読されていたので、
それを通して日本の方針を知った時点で、当然ルーズベルトも開戦を予測できるでしょう。
http://www.geocities.jp/yu77799/worldwar2/nitibeikaisen/kaisen1.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E7%B1%B3%E4%BA%A4%E6%B8%89
> ルーズベルトが11月25日時点で日米開戦を予測していた
ルーズベルトが知っていたかどうかは本項の話題ではありません。
日本に戦争回避の道があったかどうかが、話題です。
たとえ軍部が戦争回避に動いたとしても、それは不可能だった、という趣旨。
これは一種の仮定の話。
Even if (not) ....
という話。ここでは歴史的必然性を話題にしています。現実にどうだったかは話題ではありません。
「大東亜亜細亜共栄圏の理念を逆恨みされた」、とは右翼の方達がよく主張するところですが実態として日本とアジア諸国は本当に日本から同等、平等に扱われていたのでしょうか。
北朝鮮が金一族による独裁体制の維持を目的としているのは間違いないでしょうが、昭和天皇がそれを望んでいたかは別にして少なくとも外から見て日本も同様な目で見られていたように思います。
ルーズベルトが日本の開戦日程を事前に知っていたなんておかしい、
やはり陰謀があったのだという記事ですよね。
知っていてもおかしくないのだから、陰謀があったという話は成り立ちません。
そもそも、ドイツと戦いたいから日本に攻撃させたという論に無理があります。
日独伊三国同盟は、加盟国が自ら先制攻撃した場合の共同参戦義務はありません。
日本も、ドイツが勝手に始めた独ソ戦には参戦していません。
ヒトラーが対米宣戦という非合理な判断をせず、
それまで通り対米戦は自重するという方針を堅持してしまえば、
日米中と独英ソが別のリングで戦うことになり、せっかくの陰謀が逆効果です。
日独が自滅してくれたので、結果としてアメリカが最大の利益を得たことは確かですが、
だからといって全てはアメリカの陰謀のせいだと結論付けることはできません。
http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/76132/71618/13719812
これだけは正しいが、あとは誤読。
> やはり陰謀があったのだという記事ですよね。
全然違います。陰謀なんて言葉は本項には出てこない。
そもそも、大統領の正式な公務活動が、陰謀であるはずがない。単に国防上の秘密であったというだけだ。これを陰謀と呼ぶのは、ただの言いがかりだ。警察が犯罪者を急襲したときに、犯罪者が「警察の陰謀だ」と非難するようなものだ。トンチンカン。
私に文句を言う人は私の話を完全に誤読している、という例が、ここでもまた成立している。
> 日独伊三国同盟
米国の参戦については、ググればすぐにわかる。たとえば、下記記事を参照。
http://www.y-history.net/appendix/wh1505-059_1.html
「日米が開戦したことによって、日独伊三国同盟の規定に従って、ドイツとイタリアはアメリカに宣戦布告し、アメリカは自動的に参戦することとなった。」
──
なお、ドイツが宣戦布告しなくても、アメリカは自発的に参戦したでしょう。もともとそれが狙いだったんだから。
いったん戦端が切り開かれて、日米開戦になれば、それまでの中立主義は成立しなくなり、米国もまた戦争の熱中の怒濤に呑み込まれる。国民の反戦意識を覆すこと。それだけがルーズベルトの狙いでした。そして、それは見事に成功した。パールハーバーの効果で。
ルーズベルトはあっちへふらふらこっちへふらふら
意見がけっこう変わる人間で、支持者からも日本への
制裁を早く止めろと突き上げくらってました。
なにせアメリカのアジア貿易の大部分が日本でしたから
ルーズベルト自体、途中までは強硬派のチャーチル達を
日本との戦争になると押さえていました
そもそも、待ってればルーズベルトの任期は終わるわけです
戦前も戦後もあメリカの外交政策が一貫しないのは同じで
親日的なのも反日的なのもいて揺れ動いたので、ルーズベルトの次も反日的で戦争回避は絶対不可能だったとは言えないとおもいますね
また誤読。
米国にとって不可能、ではなく、日本にとって不可能、と書いています。つまり、主語にあたるものを取り違えていますよ。間違えないで。
日本を暴発させるために(目的)過剰に締め付けた(手段)。
朝日や産経の記事を見る限り、アメリカがこのような目的を持っていたという根拠が、
ルーズベルトが日本の開戦を11月に知っていたというものしか示されていません。
先述の通り、これは根拠になりません。
また、日独伊三国同盟については、管理人様が引用したページの記述は完全な誤りです。
条約から引用します。
第三条 (略)三締約国中何レカノ一国カ現ニ欧洲戦争又ハ日支紛争ニ参入シ居ラサル
一国ニ依テ攻撃セラレタルトキハ三国ハ有ラユル政治的、
経済的及軍事的方法ニ依リ相互ニ援助スヘキコトヲ約ス
「参入シ居ラサル一国ニ依テ攻撃セラレタルトキ」としています。
また仮に「自動的に参戦」する義務があるなら、
ドイツが(上に該当する国の)ソ連に対し先制攻撃をして開戦した際に、
既にドイツの同盟国であった日本は「自動的に参戦」しなければなりません。
しかし、実際には日本(関東軍)は参戦しませんでした。
以上から、この条約では、同盟国が勝手に始めた戦争に加わる義務はありません。
対米宣戦は、ヒトラーやムッソリーニの自発的な決断によるものです。
アメリカがいずれ対独参戦したであろう、という意見には私も同意します。
しかし、開戦の口実ならメイン号やルシタニア号、後のトンキン湾のような実績ある様式で十分、
独裁者の決断に全てを依存し、あてが外れたら馬鹿を見る、遠大すぎる計画は不要です。
管理人様の仰る通り、アメリカの主敵は明らかに日本などではなくドイツ。
よって、日本がドイツと距離を置き、かつアメリカの権益を損ねないなら、問題にはなりません。
実際、スペインのフランコ政権はファシスト政権のくせに中立を保ち、戦後まで生き延びています。
こうした事情から、中国・仏印から撤兵し、日独同盟を破棄(または死文化)せよ、
そうすれば経済制裁は解く、というのが、当時のアメリカが日本に示した要求でした。
日本では「最後通牒」として極端に過大評価されているハル・ノートも、同様の内容です。
客観的に考えて「日本がとうてい飲めないような厳しい条件」とは言えないでしょう。
いや。本文最後の着色部などもある。
また、「根拠」というが、明白な証拠ではなく、推測となる根拠であるにすぎない。
本文をちゃんと読んでください。
> 戦争に加わる義務はありません。
義務はなくとも、十分な名分になります。実際にドイツ・イタリアが参戦したのだから、実際的な効果はあったでしょう。名分さえあれば十分。
> 開戦の口実ならメイン号やルシタニア号、後のトンキン湾のような実績ある様式で十分、
大統領が勝手に参戦すれば、国論は分裂します。のちのベトナム戦争と同様。兵士も息が上がりません。厭戦気分が出る。
その逆が、真珠湾。国論は参戦にまとまって熱狂した。それこそ、ルーズベルトの狙いだった。
> スペインのフランコ政権はファシスト政権のくせに中立を保ち、
これこそ、三国同盟が十分な理由となった証拠。
> 「日本がとうてい飲めないような厳しい条件」とは言えないでしょう。
誤読です。私が書いたのは、
「日本がとうてい飲めないような厳しい条件を、次々と突きつければいい」
という戦略です。原理の話であって、事実の評価ではない。
仮に日本が開戦に踏み切らなければ、もっと厳しい条件を出すだけの話。
まあ、「中国・仏印から撤兵し、日独同盟を破棄(または死文化)せよ」」というのは、当時の日本には受け入れ不可能でしょう。当時の日本政府は、民主政権ではなく、軍事政権でした。お間違えなく。民主政権なら受け入れたでしょうけどね。
軍事政権にとっては、撤兵は、日本を民主化するということと同様に、とうてい飲めないことでした。
ちなみに、今の中国や韓国に、「日本を攻撃するのをやめよ。反日政策を取るな」と言っても、絶対に飲めないでしょう。それと同様。