育児中の家庭は疲れて大変だ。そこで家事代行のクーポン券を配るといい。(名案) ──
育児中の家庭は疲れて大変だ。たとえばこれ。
→ 育児で1番辛いときに「頑張れ」と言われて爆発したときの漫画
こういう状況を解決するためにいろいろと支援が必要となる。保育園・幼稚園の充実もその一つだ。だが、それだけでは足りない。特に零歳児の母親は、寝不足で大変な状況にある。
そこで、家事代行サービスを利用すると、母親は眠ることができて、とても助かる。利用した人は「とても助かった」と思うことが多い。
→ 家事代行サービスは賢い選択かもしれない
といっても、金額がかなりかさむので、気楽に利用できるわけでもない。やはり月数万円のサービスは大変だ。
→ 子ありの共働きで月2万円で家事全部アウトソースは難しい。
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そこで本項で提案するのは、
「家事代行サービスのクーポン券を配る」
ということだ。これで子育て中の家庭は助かる。
ただし……
実を言うと、「クーポン券」という方式は、経済学的には好ましくない。用途を指定するよりは、現金で渡す方が、効率的なのだ。家庭は現金で受け取って、そのあとは「家事代行」か、「外食」か、「寿司を取る」か、「自動車の購入費に充てる」か、……という選択を自分で決める方がいい。それによって「効用の最大化」ができる。
というわけで、使途を一意的に決めるという「クーポン券」という方式は、経済学的には好ましくない。
ところが、ここで、次のことがある。(前出)
「生活保護を受けているような、労働作業が低能率の人々を、国が雇用して派遣するといい」
→ 生活保護と最低賃金
この場合には、「使途を一意的に決める」ということが好ましいのだ。なぜなら、これによって、失業中(生活保護の受給中)である人々を指定して、働かせることができるからだ。
一般に、市場のなかで最適のものを選ぶのであれば、現金で購入するのが最適だ。しかし、「生活保護を受けているような人々」というのは、市場(= 労働市場)の外にある。これらの人々は、他の労働者と、市場で競争する状態にはない。従って、雇用されることもないし、失業状態(生活保護状態)を続けるしかない。しかし、そうだとすると、有効な労働力が眠ってしまうことになる。
これを解決するのが、上記項目の提案(国家による失業者の雇用と派遣)だった。
ただ、このような派遣業が成立しても、それを購入する需要が十分に発生するかどうかがわからない。たぶん、あまりたくさんは発生しない。かくて、失業状態(生活保護状態)の人々が残されてしまう。
これを解決するのが、本項の「家事代行クーポン券」だ。
・ 育児中の人々は、家事代行をしてもらえる。
・ 失業状態(生活保護状態)の人々は、仕事を得る。
というふうに、一石二鳥となる。
財政的には、
・ 生活保護費が大幅に削減される。(黒字効果)
・ 育児支援サービスの財政支出。 (赤字効果)
の双方があって、打ち消しあうので、財政的には優れているとは言えない。
とはいえ、「育児支援」という福祉が増進するので、国民の効用は大幅に向上する。
また、これによって、少子化が阻止されれば、国家の長期的な健全化がなされる。何しろ、現状のように少子化が続くと、将来的には高齢者を支えるだけの生産力がなくなって、日本社会が崩壊しかねないからだ。
「将来は高齢者を支えるために若者が損をする」
という意見が出回っているが、そうなる理由は、「高齢者が恵まれている」からではなくて、「将来は高齢者を支える労働力人口が減るから」なのだ。つまり、少子化が理由である。
この根源的な問題を解決するには、少子化の阻止が絶対に必要だ。そして、そのためには、かなり多額の費用を投入してもいいのだ。(育児のための福祉推進にかかる費用。)
そして、その一例として、本項の「家事代行クーポン券」がある。この提案は、「家事代行」をしているだけのようだが、実は、「少子化の阻止」を通じて、「日本社会の崩壊の阻止」を狙っているのだ。
逆に言えば、本項の方針が取られないまま、過酷な育児という状況が続けば、少子化の問題は解決されず、に保因者会は崩壊に向かって突き進むことになる。
本項は、小さな話題を扱っているようでいて、実はとても大きな問題を扱っているのだ。
( ※ 「名案」である理由は、アイデアが画期的で独創的な案だというよりは、効果が社会的に大規模であること。)
2015年02月08日
過去ログ

母子2人を養うよりも、子供だけ養う方が、金がかからない。
老人介護と同じで、在宅より施設の方が効率が高いし、環境も良いのです。
孤児院ということ? それは子供が可哀想すぎる。性的暴行される例もあるし。(美人すぎる市議の項目で言及済み。)
> 子供だけ養う方が、金がかからない。
0〜1歳児の保育のためには、夜間保育も含めて、24時間のために8時間×3人で、最低でも3人の人員が必要です。実際には4人。
0〜1歳児の保育は、一人でやるのでも大変なブラック環境なので、母親に任せた方が効率的。特に子供が二人いるなら、そうすべき。
母と子が密着して生活して当然ってことはないです。それが許されたのは、せいぜいここ数十年です。高齢化で労働力が枯渇した結果、核家族ですら、存続が難しくなってきたのです。
そりゃそうでしょう、としか言いようがない。
ただ、母親のブラック環境が問題になっているのは全員なんだから、「生活保護世帯については至れる尽くせりで母親の負担を解決して上げるが、一般家庭についてはブラック環境を維持する」というのは、話の順序が反対ですよね。
まずは生活保護家庭も他人並みの環境にして、それからブラック環境の解決を全員に施すべきでしょう。
井上さんの案は、生活保護家庭だけを優先して解決するために。生活保護家庭だけに多額の税金を投入する、というふうになりかねない。
老人介護がすでに施設介護中心に移行しているように、子供の保育も、施設保育中心にならざるをえないと思います。そうでないと、財政が持たない。
絶句。ありえない発想。
井上さんって、子供に愛情をもてない人なの? もしかして、ロボットなのかな?
「子供は親が家庭で育てるべき」という常識も、その程度の慣習でしかないと思います。生活が苦しくなったら、子供だって、どこかに預けることになるでしょう。100年前には里子と称して普通に行われてました。家庭内育児なんて、フィリピンメイドを住み込みで雇える恵まれた家だけがやればいい。
待機児童の公立保育所ではありませんが、老人介護を担う格安の公立の施設は数年の入所待ちです。メイドを雇うよりも高額な施設は即入居可ですが、費用負担すると数年後に破産です。結局家族が寄り集まって住むしかないのです。