この問題を見るには、二つの立場があるようだ。
・ 高齢者が、「国はもっと金を払ってくれ」と要求する。
・ 働く世代が、「もう負担しきれない」と悲鳴を上げる。
高齢者の困窮
医療費が高騰しているので、高齢者が貯金を崩しても費用を負担しきれなくなる、という記事があった。
夫婦はともに病に倒れ、老後の人生設計が狂ってしまった。「人生の終盤にこんな苦痛が待っているとは思いませんでした」。妻(85)はつぶやく。
東京都内に住んでいた夫婦は昨年、夫(71)にがんが見つかった。妻も下血し、腸の病気と診断された。夫は約半年、妻は約50日入院した。
夫は公的医療保険の健康保険組合(健保)に入っていた。70〜74歳なら、治療代のうち病院窓口で払う自己負担分は原則2割だ。75歳以上の妻は後期高齢者医療制度により1割で済む。
さらに、大病で治療代がかさむ場合は自己負担を抑える高額療養費制度もある。70歳以上では、収入の区分が「一般」の家庭なら自己負担は1人あたり月に約4万4千円が上限だ。
しかし、これらの保険や制度だけでは、2人の生活は守りきれなかった。
病気になった後、夫婦の収入は月に14万円の厚生年金だけが頼りだった。一方、高額療養費制度を使っても、手術や入院などでの治療代の自己負担は2人で月に9万円近くもかかる。
それだけではない。入院すると、健保や高額療養費制度の対象外の費用がかかる。治療そのものではない「ホテルコスト」だ。
「食事代=1食260円」「寝間着とタオル代=1日350円」「オムツ代=1日650円」。夫婦は、これらの費用がそれぞれかかったという。
6人部屋に空きがないなどして、4人部屋に入ることもあった。その際は「差額ベッド代」として1日約2千円が必要だった。
ホテルコストは2人で月に15万円近いときもあった。退院までに合わせて100万円以上かかった。
■夫婦別々の施設
夫は50代半ばまで運輸会社に勤め、がんになるまで不動産会社で働き続けた。年金の保険料も健保の保険料も納めてきた。手取りで月約15万円の給料と月約14万円の年金があり、病気がなければ暮らしていけた。
しかし、病気になった途端、生活は成り立たなくなった。運輸会社の退職金約500万円は一部を借金の返済に回しており、残った預金は治療などにかかった費用でなくなった。
( → 朝日新聞 2014-12-01 )
では、どうすればいいか? 記事では専門家の意見として、「生活保護を受ければいい」という指南があった。なるほど、それなら解決が付くかもしれない。
しかし、生活保護はなかなか受給できない、という現実がある。
一方、より根源的な問題がある。「その金はどこから出てくるか」という問題だ。

医療費用の高騰
「生活保護でまかなえ」という意見は、「金が無限にある」という状況でなら成立する。しかし現実には、金は無限にはない。
一方で、高齢者慰留の費用は高騰している。朝日の記事(前掲)から引用すると、右の表がある。
( 表の出典:朝日新聞 2014-12-01 )
表からわかるように、かなり高額の費用がかかる。
しかも、ここには、食事代やオムツ代などのホテルコスト(前述)は含まれない。また、高額な抗ガン剤も含まれない。高額な抗ガン剤を使えば、さらに医療費は高騰する。
こうなると、税金を払う側の現役世代は、悲鳴を上げるだろう。
将来の急激な高騰
高齢者医療費の高騰は、現状ではまだ何とかなる範囲だ。しかし、将来的には、この費用が大幅に高騰して、とんでもない巨額になると見込まれている。
このことは、朝日新聞 2014-11-26 に掲載された全面広告(by 健康保険組合連合会・意見広告) に情報がある。紹介しよう。
紙面全体はこれ。

情報部分はこれ。
クリックして拡大
肝心の情報(上図の左端)は、これ。

これほどにも高齢者医療費は高騰していくのだ。破綻は現実のものだと言えるだろう。
解決策
では、どうすればいいか? 解決策は?
論理的に考えれば、次のことしかない。
「金は有限なのに、費用は無限に上昇していく。とすれば、無制限の医療は不可能である。当然、制限するしかない。具体的には、高齢者医療には、上限を儲けるしかない。その上限の額は、患者が高齢であるほど、金額が低く設定される。若い人ならば高額の医療を受けられるが、高齢になればなるほど高額の医療を受けにくくなる。こういう制度にすれば、解決する」
論理的には、これしかない。
また、倫理的に言っても、これは許容される。そもそも、記事にあるような 85際の高齢者は、どれほど治療しようが、あと数年の余命でしかない。人は無限に生き続けることはできないのだ。人には寿命がある。とすれば、治療しようが治療しまいが、85歳の高齢者は遠からず死ぬのだ。ここに超高額の金を投じるのは、ほとんど無駄である。
そもそも 80歳ぐらいになれば、もはや天命を迎えたとも言える。いつ死んでも仕方ないだろう。
ま、それでも最後に「どうしても一日でも長く生きたい」と思って、あれこれと医療を受けたいのであれば、それは本人の勝手だ。ただし、そのための費用は、自分自身でまかなうべきだ。85歳の高齢者を数年ばかり長生きさせるために、現役世代が途方もない金額を負担するというのは、どう考えても道理が通らない。
しかも、この状況がどんどん進行すれば、現役世代の所得のすべては高齢者医療に投入されて、現役世代が生活するための金がなくなってしまう。(医療費は天井なしに上昇することが可能だからだ。)
何事も「分相応」というものがある。85歳の高齢者が少しばかり長生きしたいからという理由で、現役世代の金を無駄に食いつぶすべきではあるまい。
なのに、「国はどんどん金を出せ」というふうに示唆する朝日の記事は、「金は天から降ってくる」とでも思っているのだろう。現実無視としか言いようがない。
金を給付してもらうことばかりを考えて、そのための税負担を考えない朝日は、あまりにも無責任だ、と言えるだろう。

高齢者医療は、特別濃厚ということはないです。そうではなく、高齢者比率が高いので、高齢者医療費が膨らんでいるだけです。高齢者医療費を削ることは技術的に困難です。削るとしても、せいぜい、人工透析の適用制限くらいです。
人口構成を変化させるというような大事業は、数十年の時間がかかるので、とても間に合わない。
とすると、適切な答えは、「他の政府支出を削減して、高齢者医療につぎ込む」ということになります。削減すべき金は、公的年金です。
生活保護は資力調査を行い、最低生活費に足らない分を補助するという制度で、手続き上の煩雑さはあるものの、特に問題はない。
公的年金は、年金保険料を納める段階で、所得控除され、さらに、他の税源からの補助金がつぎ込まれているのに、給付については所得制限がない。
このため、富める者をさらに富ますという逆再分配になってます。よって、削減の余地がある。
公的年金制度を生活保護と一体化させ、給付に際しては、資力調査と所得制限を入れるだけで、相当余裕が出るでしょう。生活保護は4兆円だが、公的年金は50兆円もあるのだから。
いや、本項はそういう問題ではなくて、「高齢者は死ぬ寸前なので、すごく病気にかかりやすい。治しても治してもキリがない。必ず数年後には死ぬ」という問題です。
だから、「同じ条件で」ではなくて、「高齢者については上限額を下げるべし」ということです。
現状では、高齢者の方が医療負担が少なくて済むのですが、少なくとも75歳以上では、それはやめた方がいいでしょう。
言葉を換えて悪ければ「見殺し」です。ちょっと冷たい発想が必要です。厳しいようだが、仕方ない。金は無限にあるわけではないのだから。
そもそも、昔の人は、今みたいな手厚い医療を受けていませんでした。現状程度で十分でしょう。この先 放置すれば、医療制度全体が破綻します。
なお、本項で特に念頭に置いているのは、「余命を数カ月だけ延ばすために巨額を投入する最新の抗ガン剤」です。
一方、通常の医療や手術は念頭に置いていません。普通の医療は高齢者にも施されるべきです。それが「上限制」の意味。
高齢者間の格差をなくすことにもなります。
そして、生活保護の支給を充実させ、また、支給基準を緩和(多少労働収入があっても若干控除するだけで保護対象から外さない)する。
すると、年金支給までポストに残る高齢者が減り、次世代がポストにつくことができ、
また、若年、中年で生活保護を受けている人の労働意欲を喚起すると思います。
そうした上で、生活保護に高度医療を含めるかどうかということを考えるといいのではないでしょうか?
高度医療が一人当たりで高額なのは、記事の通りなのでしょうが、その数がどれ位なのかということも勘案すべきと思います。
また、高齢者に高度先進医療を施すことで、症例が増え、技術が進歩し、それが、若年、中年層の医療にも反映するなら、そう悪い話でもないと思います。
健康保険のサービス体系が、一律、同じ基準であることが問題であり、上記を解消する策としては、
・高額医療をサポートする健康保険をつくる
・高額医療をサポートしない健康保険をつくる
です。各保険サービスの中で費用をクローズし、賄えばOKです。
具体策としては、
@ソフトランディング 健康保険のサービス体系を見直す
メリット:受給者は手間が少ない。安心?
デメリット:移行が時間的、運用的などで困難?
Aハードランディング 民営化
メリット:いざとなったら倒産させることが可能。サービスバリエーションが増える。
デメリット:受給者リスク増大
が考えられます。
保護的な施策が好きな日本人にはAで目覚めてもらいたいです。
あと、そうしたら、厚労省の薬価決定権と認可権をはく奪し、民間健康保険の会社が、製薬企業と調整し、決めればなおいいと思います。厚労省は、製薬企業の認可と査察くらいで十分です。あ、ということは、PMDAの機能で十分かもしれません。コストが浮いてちょうどいいです。
ついで(?)に厚労省の製薬に関する省令なども含めて機能分解し、厚労省の解体も考えてはどうかとおもいます。
高齢者夫婦だと、上の記事のように、夫婦で共倒れになりそう。
助けるとしたら若い世代が親を見ることだが、今の若い世代は、親を助けるどころか、親の金をむしり取ることばかり考えている。昔は「親孝行」というのが社会の基準だったが、今は「高齢者の金を削って現役世代に回せ」という声ばかりがのさばっている。
今の高齢者は、自分が若いときには親孝行をして自分は貧しく暮らしたし、自分が年を取ってからは豊かになった子供たちから金をむしり取られようとする。
社会の基準が「親孝行」から「エゴイズム」に変わったので、今の高齢者は割を食うばかり。私が何か言っても、多勢に無勢。
要するに、選択肢があっても、エゴイストである若い世代のせいで、実現しない。
手術どころか、抗癌剤治療すらしない。
医師が消極的だし、患者や家族もやりたがらないのです。
そこの表にもあるように、脳卒中系が高いのは、脳卒中自体の治療よりも、その後のケアに膨大な費用がかかってるためでしょう。
積極的治療をしなくても、数年間の脳血管性認知症や寝たきり生活の世話に膨大な金がかかるのです。
癌治療をしない → 癌で死ぬ(緩和ケアはする)
なら、大して悲惨ではないから受け入れられるが、
認知症や寝たきり老人を放置 → 餓死
では悲惨すぎて受け入れられない。
記事の費用は、介護費用でなく、入院費用です。事例は。
→ http://www.senshiniryo.net/stroke_b/05/index.html
> 高齢者ほど積極的な治療はしません。手術どころか、抗癌剤治療すらしない。
はてなブックマークでは、「抗ガン剤治療をしないのは、トンデモだ!」と大騒ぎしている人がいっぱいいます。
抗癌剤治療といっても色々あるのです。気休め程度の場合もあれば、完治する場合もある。近藤誠の主張は大雑把すぎます。抗癌剤を使う場合でも、高齢者だと減量します。
心筋梗塞も、PCIみたいな直接治療費よりも、その後のケアに金がかかるわけです。
私もそう思うけど、抗ガン剤推進派の主張もおおざっぱすぎる。たとえば、これ。
→ http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20091207
抗ガン剤にはこれこれの効果がある、と述べている。ま、効果があるのはいい。だけど、そこにはコスト概念がまったく欠落している。何カ月かの延命効果があるのはわかるが、そのためにどれほどの費用がかかるのかはまったく考慮されていない。
たとえば、次のようになるかもしれない。
「抗ガン剤Aは延命効果が20カ月あって、費用は20万円。抗ガン剤Bは延命効果が 26カ月あって、費用は 10億円。後者の方が延命効果が6カ月長いから、後者を使うべきだ。そのために健保に巨額の赤字が出ても仕方ない。医者としては、効果がある方を推奨する。どうせ患者の負担は限定的で、費用負担はたいしてないしね」
ま、医者としてはそういう結論になるだろうが、これじゃ健保は破綻してしまう。そうなったら、普通の現役世代が健保を使えなくなってしまう。
脳卒中の治療は、介護費を減らす効果があります。
私の知っている例。
脳梗塞で倒れて、脳手術を受けて、一命を取り留めたが、その後はほとんど寝たきり。しかしその後、リハビリ訓練を受けて、寝たきりを脱して、普通の生活ができる。そのまま5年以上経過して存命。
この場合、寝たきりの介護をする人は必要がないから、普通の意味の介護費用はほぼゼロ。自宅でのリハビリ訓練がいくらか続くが、せいぜいその程度だから、費用は小額で済む。
こういう例だと、200万円ぐらいのコストがかかっても5年以上も正常に生きられるのだから、十分に見合う。また、寝たきりの介護費用(これは超高額)がなくなるので、リハビリ訓練も割が合う。
脳卒中の治療は、費用対効果がとても高いので、有意義だと思います。患者の数も特に多すぎるわけではない。
やはり、問題は、癌でしょう。日本では死因で1位だし、治療効果も限定的であることが多いので。