では、その核心は? ──
この件で「朝日は誤報した! 嘘を書いた! 捏造した!」と騒いでいる人々も多い。いわゆるネトウヨがそうだ。
しかしここでもまた、「誤報した」と叫んでいる人々自身が誤報をしている。
朝日の誤報とは何か? その核心を示す。
──
まず、朝日と他社とに共通する事実は、次のことだ。
・ 吉田所長は所員に、「撤退するな」と言った。
・ 現実には、所員は撤退した。
この二点から、朝日は「所員は所長命令に違反した」と報道した。
ところが実際には、所員は所長命令を聞いていなかった。命令を聞いていなかったのだから、命令に違反したわけではない。単に命令を知らなかっただけだ。
これは STAP細胞事件に似ている。何か(規則違反・命令違反)に該当することをやったのだが、それは、意図的なものではなくて、単に無知による行動だったのだ。無知ゆえの行動を「意図的なもの」と見なすことに、問題があったわけだ。
その意味で、朝日の報道は、誤報ではあるが、「根も葉もないことを報道した」のではなくて、「事実に対する解釈ミス」であるにすぎない。
そして、その解釈ミスが生じたのは、「命令を受けたはずの所員に十分に取材をしなかったせいで、命令を受けていなかったという事実を把握できなかった」ことによる。
「所員が命令違反で福島第二に撤退」を主な内容とする記事を14年5月20日付朝刊に掲載するため、社内でこの問題に詳しい記者らが原稿を事前に読むなどした。「命令」や「違反」の表現が強すぎるのではないかとの指摘も出た。
だが、取材源を秘匿するため、少人数の記者での取材にこだわるあまり、十分な人数での裏付け取材をすることや、その取材状況を確認する機能が働かなかった。紙面掲載を決める当日の会議でもチェックできなかった。
( → 朝日の検証記事 )
ここまで見れば、朝日の誤報の真相がわかる。それは、「虚偽を報道したこと」ではなくて,「裏付け取材の不足」である。何らかの事実を得たとき、それに対する解釈を加えた。その解釈は「行動は故意のものだ」という解釈だった。しかし実際には故意ではなかった。なのに、「故意だ」ということを証すための取材をしないまま、思い込みゆえに、「故意だ」と認定した報道をした。
これはあくまで、取材不足による「思い込み報道」である。それゆえ、誤報ではあるが、世の中にはよくある誤報の一つにすぎない。(このような思い込み報道は、たくさんある。)
たとえば、今回、「朝日は捏造した」と非難する人々がいる。これらの人々もまた、思い込みゆえに事実誤認の主張をしていることになる。
また、「朝日は特許権の報酬で誤報をした」と批判した東大教授もいる。これもまた思い込むゆえの主張をしていることになる。
このような「思い込みによる誤報」は、世の中にはたくさんある。いちいち大騒ぎするような問題ではない。
「ああ、そうか」
で片付く問題だろう。(少なくとも、次項で示すような大誤報とは、雲泥の差だ。)
[ 付記1 ]
朝日のまずかった点は、誤報をしたこと自体ではなくて、誤報をあとで訂正しなかったことだ。
当初の時点では、取材の制約(守秘義務)などから、誤報をしたとしても、よくあるミスだと言えなくもない。
しかしながら、いったん報道したあとならば、もはや秘密にする必要はないのだから、堂々と調査をするべきだった。その時点で、所員への聴取などもして、記事の裏付けを取るべきだった。そうすれば、その時点で、自らの過ちにも気づいただろう。
[ 付記2 ]
より根源的には、「政府が吉田調書を公開しなかったこと」がすべての根源にある、と言える。
だいたい、こういう調書をいつまでも政府が隠しているから、こういう問題が起こるのだ。
今回、「朝日の誤報をとっちめるため」という名目で、政府は吉田調書を公開するようになった。これは国民にとってはありがたいことだ。仮に、朝日が誤報をしなかったら、吉田調書はいまだに隠匿されていたままだっただろう。
世間の人々は、「朝日はけしからん」と批判するよりは、「朝日さん、誤報してくれてありがとう。おかげで自民党政府は吉田調書を公開してくれました」とお礼をするべきなのだ。
身を捨てて浮かぶ瀬もあれ。そういう感じだ。
だいたい、「不十分な報道をした朝日はたたくが、情報を一切隠匿していた政府をたたかない」なんて、明らかに異常だろう。路上小便を指弾して、殺人を放置する、みたいなアンバランスだ。今の日本国民は狂っているね。
[ 付記3 ]
朝日たたきに似ているのは、これだ。
→ 「全盲なら乗るなよ」」川越線での全盲女子負傷 加害者への同調がツイッターで続出
やたらと弱者をたたいて喜ぶ。そういう傾向が、今のネット社会には多い。
例の特許権騒動も同様だ。東大教授まで繰り出して、朝日をたたこうとする。特に例の東大教授と来たら、記者個人をいたぶろうとして、徹底的に弱者イジメをする。まるでネットヤクザだ。
→ 朝日の誤報騒動・その後
世も末だね。ネット時代とは、衆愚時代。国民の2ちゃんねらー化。(東大教授までも。)
[ 付記3 ]
実は、次項でも示すように、「全面撤退」をめぐる調書も公開された。ここでは、朝日の誤報騒動のおかげで、重要な情報が公開されたことになる。
本来なら、こういうふうに情報公開をしないでいた政府こそ非難されるべきなのだが、そこには考えが及ばないのが、朝日たたきに熱中する人々だ。
彼らは、真実の隠蔽をする政府を容認し、真実の隠蔽を打破しようとする朝日を「誤報した」と非難する。
本末転倒とはこのことだ。
[ 付記4 ]
「なぜ朝日ばかりがたたかれるか?」
という疑問もある。このことも、すぐ上のことから、推定できる。
「ネット民は低知能だから、朝日をたたくのに熱中する。一方、朝日の読者は高知能が多いから、いちいち他人をたたくような愚をしない」
つまり、朝日がたたかれるのは、朝日が間違っているからではなくて、たたく人々が低知能だからだ。
逆に、読売がたたかれないのは、読売が間違わないからではなく、朝日の読者が(いちいち騒ぐかわりに冷静でいるほど)高知能だからだ。……こう理解すれば、すべてはすっきりと理解できる。
一般に、他人をたたいて喜ぶのは、それ自体が低知能の証である。中国や韓国を見れば、それがわかるはずだ。それと同様の傾向が、朝日をたたく人にも見られる。似た者同士。そういうことだ。
( ※ 東大教授でさえ、そういう人もいる。そういう人は、東大教授のなかでも、新聞を読まないという、例外的なレベルの人である。2ちゃんねらーのネトウヨとの共感度が高い。)
[ 付記5 ]
本項のテーマは、朝日の誤報自体ではなくて、朝日の誤報に大騒ぎする国民全体の社会的狂気である。……この件については、コメント欄で詳しく説明した。( 2014年09月13日 05:15 のコメント。)
【 関連サイト 】
(1) 吉田調書の原文。
→ 吉田調書・全文をテキスト化
(2) 読売・産経の誤報の例。
→ 朝日謝罪会見でハシャぐ読売、産経の“トンデモ誤報”集
(3) その (2) への反応
→ はてなブックマーク
- ここには、「他社が誤報したからといって、朝日が誤報していいということにはならない」という主張が多く見られる。
この人たちは何が話題になっているか、まったく理解できていない。(2) で論じられているのは、「他社が誤報しているから朝日の誤報を許せ」ということではない。逆だ。「(新聞社でなく)一般の人々は、朝日の誤報を批判するなら、他社の誤報も批判せよ」ということだ。
なのに、上記の人々は、論理をすり替える。そのあげく、「だから朝日だけをたたくのは正しい」というふうに自己正当化する。
これらの人々は、自己の狂気を指摘されても、そのことを理解できない。論理をすり替えてまで、「だから朝日だけをたたくのは正しい」と主張する。今の日本は、かくも狂気に満ちており、しかも、その狂気に気づかない。……中国人や韓国人とそっくりだ。
【 追記 】
本サイトの趣旨に似た趣旨の見解が、ネット上に見つかった。
(1) 朝日叩き、かすむ本質 政府の姿勢も検証不可欠 - 西日本新聞
一部抜粋しよう。
政府が2年以上公開しなかった吉田調書は、朝日報道がなければ永久に国民の目に届かなかった可能性がある。政府は、国民の判断材料となる吉田調書を公開することなく、原発を再稼働しようとしていた。
(2) 渡辺輝人氏弁護士の素晴らしいブログ記事「朝日新聞『吉田調書』報道の功罪」
一部抜粋しよう。
この件で一番責任が重いのは、吉田調書をはじめとする関係者の聞き取り資料を隠蔽し、原発再稼働のために都合の良い報告書を作成した政府と、せっかく事故調査報告書を作成したのに根拠資料を不開示として国会図書館に死蔵している国会でしょう。朝日新聞の失敗はこの資料隠蔽に挑んだ結果であり、結果的に吉田調書の全面開示を勝ち取ったという意味では大きな成果をあげており、国民の知る権利の実現のために多いに奉仕したと言えるでしょう。この点は評価するべきだと思います。
──
以上、二つの抜粋を示したが、いずれも私の主張に似ている。
より根源的には、「政府が吉田調書を公開しなかったこと」がすべての根源にある、と言える。
だいたい、こういう調書をいつまでも政府が隠しているから、こういう問題が起こるのだ。
今回、「朝日の誤報をとっちめるため」という名目で、政府は吉田調書を公開するようになった。これは国民にとってはありがたいことだ。仮に、朝日が誤報をしなかったら、吉田調書はいまだに隠匿されていたままだっただろう。
( → 朝日の誤報(吉田調書)の核心 )
公開した時点は私が 2014-09-12 20:52 なので一番早い……と思ったが、違った。よく調べてみたら、渡辺弁護士の方が早くて、2014年9月12日 20時1分 だ。西日本新聞は、その数時間後。意見の一致は、偶然らしい。

ただ、朝日誤報の核心はそこではないでしょう。
反体制的なあるいは反日的な方向に常に向かうことを
正とする会社としての姿勢そのものこそが誤報の核心。
決して無知による行動で誤報が起きているわけではない。
これまでの数々の「実績」が示す通り、朝日の誤報は
決まって一定の方向を向いている。
自らの主張に沿うものに対しては、たいしてウラ取りもしない、
という姿勢は意図的な誤報と言って差支えないでしょう。
それはそうとして、これまで誤報を認めも謝罪もして
こなかった朝日が、ここにきて立て続けに誤報を認めたり
謝罪したりしているのは、何かあると思うのですが。。。
産経新聞あたりが、その辺の裏事情を取材して欲しいものです。(笑)
そうゆう体制におもねるところが少ない姿勢を評価していたので、民主党政権にもどんどん批判的な記事を書くのかと期待していました。しかし、民主党政権がすぐ終わってしまったので、本当に反体制的なのか、ただやや左を向いていただけなのか、私にはよく分りませんでした。
本来、新聞などマスコミは強い影響力(一種の権力)を持っているのに、多くの誤報で叩かれて、朝日新聞の影響力(一種の権力)はさらに弱まっていると思います。
朝日新聞が弱っている現時点では、管理人さんの「強きをくじき弱きをたすける姿勢」(一種の正義)に、私には納得できます。
私はすぐだまされる愚民はある種弱いかわいそうな人だと思うので、管理人さんが愚民を馬鹿にしている姿勢(私が感じているだけかもしれませんが)には違和感を覚えます。大学教授とか有名な評論家であっても、愚かな者は弱い者と思います。
もっと、高所から導くような記事やコメントをしていただけるとうれしいです。
> 正とする会社としての姿勢そのものこそが誤報の核心。
> 朝日新聞の反体制的な方向に向かうことを正とする会社としての姿勢はあると思います。
お二人とも同じことを言っていますが、それだったら、「常に体制寄り」である産経・読売にも同様のことが当てはまるし、アメリカのNYタイムズやワシントンポストにだって当てはまります。
私の立場は「誤報やミスは誰にでもどこにでもあり得る」です。そのことは、次項・次々項を見ればわかるでしょう。
問題は、誤報があったかどうかではない。(ミスをしない人間はいません。)
問題は、誤報があったことではなくて、誤報があったときに狂気的に騒ぐかどうか、という点です。
この点は、STAP細胞事件を見てもわかるでしょう。
私が論じているのは、誤報の有無ではなくて、ごく些細な誤報に対して狂気的に騒ぐ社会の方です。
誤報があったかどうかなんて、交通事故があったかどうかというのと同程度の、ありふれた問題にすぎない。
しかしながら、小さな誤報に対して社会が狂気的に騒ぐかどうかは、大きな問題です。それは中国や韓国の国家的な狂気と同様の社会的な問題です。
これが私の立場です。
誤報の原因はこれこれだ、なんて理由を探っても無意味です。人間がミスをする動物である限り、誤報がこの世から消えることはありません。そもそも、お二人とも、自分が仕事でミスをいっぺんもしたことがないかどうか、思い返してみるといいでしょう。
自分のミスがどう扱われるかは、上司次第です。始末書ぐらいで済ませる上司もいますし、徹底的にネチネチとしかり続ける上司もいます。それだけの違いです。
「おまえの性格がこれこれだからミスが起こるんだよ。おまえの性格を根本的に直さないとミスはこれからもずっと起こり続けるぞ」
とうるさく言う上司もいそうです。しかし、性格を直そうが直すまいが、ミスをしない人間などはいません。性格を改めれば、今回のミスはしなくなるとしても、また別のミスをするようになるだけです。
そこを理解しないで「決してミスをしない人間」を求めるとしたら、そのようなことを求める人自体が狂っているのです。
その最大の犠牲者が笹井さんでした。今回は朝日の社員です。
ただし、こういうことを通じて、日本人は自分たち自身をも毀損しているのです。日本人が朝日を攻撃しているのを見て、一番喜んでいるのは、中国人や韓国人でしょう。
「しめしめ。これで日本は体制寄りの読売・産経ばかりになるぞ。体制寄りのおべっかマスコミばかりになるぞ。日本も中国・韓国みたいになるぞ。おれたちの水準まで引き下げることができるぞ。日本はもはや欧米並みの先進国じゃない。体制寄りの言論だけが許される、中国・韓国の仲間だ。万歳!」
ともあれ、本項のテーマは、誤報の有無ではなくて、社会的狂気の方です。立ち小便みたいな小さな話題(誤報)ではなくて、まるで戦争をもたらすような巨大な社会的狂気の方です。
※ 貧すれば鈍す。それが今の日本です。不況の最大の弊害かな。
馬鹿にしているのではありません。大勢で海に飛び込んで自殺しようとしているレミングの集団に対して、
「馬鹿者! 目を覚ませ!」
と怒鳴りつけることで、生命を救おうとしているのです。
ここで「馬鹿者と呼ぶのは民衆を軽んじているので良くない。もっとていねいに扱うべきだ」なんて言っていたら、みんな溺れて死んでしまいます。
ネトウヨが朝日を批判するのは、朝日をつぶすことが目的ですが、私が人々を批判するのは、人々を救うことが目的です。狙いは正反対。憎しみと愛という違いがある。
管理人さんが、朝日が大好きな左翼だと理解はしてますが、だからと言って理論物理で有効な仮説や思い込みをここで展開されても困ります。
このような問題は、何が正しいか正しくないかではなく、基本は朝日を擁護する理屈と朝日を批判する理屈のこじつけ合戦だと思います。戦いでさえありません。ルビンの盃と同じで私にはこう見えるという論理をお互いが述べ合っているだけのようみ見えます。だから不毛です。見え方ですから真ん中はありません。私には壺が見えるけど、管理人さんには美女が見えているだけ。生まれ育ちの違う人間だからそれぞれですが、一つの分け方として、景色としては日本を貶めて平気な人達と日本の名誉を守るのに必死な人達の見方に分けることも出来ます。乱暴な分け方ですがこれが分かりやすい。新聞記者がよく使う「正義」とか
「真実を追究する」なんて言葉は強弁するための道具でしかありません。むなしいだけです。この種話題はそろそろやめたらどうでしょう。
以前、「小泉の波立ちを書いていたころは、朝日の悪口ばかり書いていたんですけど。 (^^);
私の方針は、基本的には「中和」です。世間が右と言えば、左と書く。世間が左と言えば、右と書く。
本項を読んでもわかるように、「朝日は正しい」と述べているのではありません。(あなたはそこを誤読している。)
「一方だけを狂気的にたたくのがいけない」
と言っている。この点は、STAP、ほしのあき、美人市議、その他あれやこれやに、すべて共通しています。今夏はバッシングの対象が朝日だったから、朝日擁護に見えるだけ。
私の方針は常に、「世間の狂気に対するアンチテーゼ」です。それを「政治的な動き」とか「左翼」とか見ると、私がこれまで朝日批判をいっぱい書いていたことを見失う。
本ブログでも、特に、太陽光関係やリサイクル関係では、朝日批判をものすごくたくさん書いています。朝日擁護のわけがないでしょ。
> ネット民は低知能で
> 私もネットを利用する低知能ですけど、
ネットを利用する人が低知能だ、とは述べていません。(そんなわけがないでしょ。)
狂気的にバッシングをする人が低知能だ、と述べています。きちんと読解しましょう。私の批判していることは、ネットを利用することではなくて、狂気的にバッシングをすることです。お間違えなく。
ただしまあ、誤読する点に関してのみは、あなたも東大教授並みかもね。
なお、具体的に文章を引用すれば、下記です。
> 朝日がたたかれるのは、朝日が間違っているからではなくて、たたく人々が低知能だからだ。
その直前の言葉を一部だけ取り出しても、誤解です。趣旨は上のことだとわかるはずです。低知能なのはあくまで「たたく人」だけです。
なお、あなたが反論するとしたら、次の趣旨で述べる必要があります。
「朝日の小さな誤報については日本中で狂気的に大騒ぎして批判することが正しく、読売や産経の大誤報については一切無視することが正しい。二重基準が正しい」
その趣旨であれば、反論になります。そのための論拠を用意してから、書いてください。
それはネトウヨの原理であり、中国人・韓国人の原理です。そういう発想だと、もはや思考停止状態になります。中国人・韓国人の発想を見ればわかるでしょう。真偽は関係なく、「反日」が至上の原理であり、それによって物事を判断する。
日本のネトウヨはその対称形で、「親日」が至上の原理であり、それによって物事を判断する。
思考停止にならないように注意しよう、というのは、本ブログの方針の一つでもあります。
常に多面的な物事の見方を提供するのが、本ブログの役割の一つです。だからしばしば、天の邪鬼な見解が出る。
ただ、政治におけるネトウヨに限っては、対立意見を許容しないのです。(その点、朝日が対立意見を許容するのとは、正反対です。)
> 一つの分け方として、景色としては日本を貶めて平気な人達と日本の名誉を守るのに必死な人達の見方に分けることも出来ます。乱暴な分け方ですがこれが分かりやすい。
実は、この方針を取ると、前コメントのことが説明されます。
> 「朝日の小さな誤報については日本中で狂気的に大騒ぎして批判することが正しく、読売や産経の大誤報については一切無視することが正しい。二重基準が正しい」
このことが成立してしまいます。朝日は国益に反することをしたから、些細なミスも咎められる。読売・産経は国益に役立つ批判をするから、どんなにひどい大誤報も許される。
これがネトウヨの原理ですね。
ここには、論理はなくて、結論だけが先にあります。つまり、思考停止状態。中国人や韓国人と同じです。こうなると、もはや何を言っても無駄。聞く耳を持たず。
洗脳された人々というのは、修正が不可能なのでしょう。
本項の声が届く相手は、まだ洗脳されていない人々だけです。洗脳されたあとでは、もはや手遅れ。
しかし、この件については異論がありますね。
小保方さんは確かにミスについての悪意は無いと思いますが、朝日(の担当記者は)明らかに悪意があったとしか思えません。
以下引用です。
http://blogos.com/article/93508/
”朝日新聞は、一連のキャンペーン記事の中で、世界から称賛されたあの“フクシマ・フィフティー”も、福島原発に留まったのは、所員9割が所長命令に違反して2Fに撤退してしまった「結果に過ぎない」とまで書いたのである。
朝日の思惑通り、外国のメディアは朝日の報道を受けて、「パニックに陥った原発所員の9割が命令に背いて逃げ去った」「これは、“日本版セウォル号事件”だ」と大々的に報じたのは周知の通りだ。”
その記事には、朝日を貶めようという悪意はたっぷりと読み取れますけど、朝日の記事には、別に悪意というほどのものは読み取れません。
> 朝日の思惑通り
何それ。「朝日は当事者を貶めて日本を傷つけようとする意図で、あえて意図的に捏造報道をした」と言いたいわけ?
頭が妄想に凝り固まっているとしか思えない。
結果的に日本の信用を毀損したということをもって、それを「悪意ある意図的な行為」と認定するのは、それこそ悪意ある行為でしょう。ほとんど捏造。
この人の理屈に従うなら、原発が暴走したのは、吉田所長の悪意によるテロ活動だということになるね。狂気の論理。
だいたい、仮にこの人の理屈が成立するなら、朝日は国賊であるから、解体して、全員を刑務所に入れた末、拷問でなぶり殺してしまえ、となりかねない。ほとんど治安維持法の発想です。
政府に反対する意見を公言する自由を与える、というのは戦後民主主義の基本だったが、今はそれは風前の灯火だ。政府批判は一切許されなくなってきている。もうすぐ治安維持法が成立しかねない。ナチスふう。
→ http://openblog.meblog.biz/article/23595259.html
ともあれ、論点は、朝日が誤報したかどうかじゃない。その小さな誤報を日本中で狂気的に糾弾することの異常さだ。ここをしっかり理解してください。
> しかし、この件については異論がありますね。
小保方さんは確かにミスについての悪意は無いと思いますが、朝日(の担当記者は)明らかに悪意があったとしか思えません。
朝日(の担当記者)は、東電に対する悪意があったと思います。それが結果的に日本を貶めるところまで予想で来ていたとまでは思えません。
従軍慰安婦についての誤報の場合でも、政府や軍部に対する悪意があったと思います。それが結果的に日本を貶めるところまで予想で来ていたとまでは思えません。
ただ、これだけいろいろ誤報があれば、「分っててやっとるんちゃうんか」と疑われますね。
この程度のミスなら、どこの新聞社だって、やっているんですけどね。
→ http://lite-ra.com/2014/09/post-454.html
ミスをしたかどうかじゃなくて、ミスを大騒ぎする人がいるかいないか、の違いです。
ちなみに、普通の会社でも、「リコール」みたいなことはときどきあります。そっちの方がよほど大問題なんだが、人々はちっとも騒がない。
あと、ベネッセの個人情報漏れという大問題も、たったの 500円で済ませるつもりらしい。
→ http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/140910/crm14091017360022-n1.htm
どうせなら、こっちを騒げばいいのに。
タイムスタンプは 下記 ↓
叩いているのがネトウヨということに対する偏見のあまり事実誤認されているのでは?
もう一度冷静に報道を見直してみてはいかがでしょうか?
誤認していませんよ。私は「朝日は誤報した」という認識ですし。あなたが私の見解を誤読しているだけじゃないの?
私の論点は「朝日は間違っていない」と朝日を擁護することではなくて(擁護はしていません)、「こんな小さな問題を針小棒大に騒ぐな」という社会的狂騒の方です。お間違えなく。朝日じゃなくて、社会が論点。
> ネトウヨということに対する偏見のあまり
私は別にネトウヨが嫌いなわけじゃない。物事を好き嫌いで認識するのはネトウヨだが、ネトウヨ批判をする私が好き嫌いで論じている(左好きだからネトウヨ批判をしている)と思うのは、早計だ。私は彼らの同類じゃない。好き嫌いで判断しているわけじゃない。
私の論点は「集団的狂騒」です。別項を参照。
→ http://openblog.meblog.biz/article/23595259.html
→ http://openblog.meblog.biz/article/23307046.html
ここで下記の問題がある。
・ イラク人質騒動
・ ほしのあき騒動
・ 美人市議騒動
・ STAP細胞騒動(小保方たたき)
私が文句を言っている相手は、ネトウヨじゃない、とわかるでしょう。対象はあくまで、集団的狂騒・社会的狂騒だ。
それを読んでもいまだに「好き嫌いで論じている」としか理解できないのが、ネトウヨの限界かな。あらゆる現象を「右・左」という対立軸でしか理解できない。だから相手の言い分をまったく理解できない。
ネトウヨというのは、嫌いな対象じゃなくて、哀れむべき対象であるにすぎない。アイスクリームのケースに入って喜ぶ連中の同類。その程度の知性レベルなんだから。いちいち批判する必要はない。批判したって、彼らに文章が理解できるはずがない。何を言おうが、「おまえは朝日を擁護しているな」と誤認するだけだろう。
現代ビジネスの記事が、管理人様の指摘している急所を同様に指摘しておりますね。
思うに、管理人様が「枝葉末節に騒ぐな。報道の本質を見抜け(そしてその功績には
率直に賞賛するべき)」と指摘する「調査報道」部門と、あえて言うならイデオロギ
ーに凝り固まった反日(現在、管理人様があえて論述していない『慰安婦』報道を主
導してきた)「守旧(?)派報道」部門の2極があって、どさくさまぎれの後者によ
る前者潰しが実行されている、と。そう想定すると、管理人様の警告とネット上の
右派(冷静に朝日新聞の偏りを指摘してきた論客も相当数いると思いますので、
この場合ネトウヨという語句は使いません)の主張が両方成立することにもなる訳で
(そうなると、何で「所員が逃げ出した」という記事になったのかも推測できますね。
誤報ではなくて、記事を守旧派の喜ぶ内容にしてトップ記事にする為の『味付け』
だったのかも^^;)、管理人様が擁護しようとしている「報道の意義と精神」を
堅持している勢力が潰されて、正反対の姿勢を崩さない側が生き残ったら、その時
こそ真の朝日新聞の危機が訪れる感じがします。
先日来の慰安婦を材料にした朝日批判も同じように思います.アゴラでそれに反する投稿が出ました.珍しいと思います.それに関するコメントを書きました.戦争に導くのは,この一過性の熱狂が大きいと思います.
http://agora-web.jp/archives/1612315.html
そんなことよりも、そうした状況が発生したこと、つまり原子力発電というものが緊急時においては人間をパニック状態に陥れるほど危険なものであるということを知らしめたことが、吉田調書公開の最大の意義であり、このことは、大飯原発再稼動差し止めの判決を下した福井地裁の判決を正当化する意味を持つ。