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加筆した項目は、下記です。
→ マスコミの不公正報道(STAP)
該当箇所(加筆分)を、以下に転載します。
【 後日記 】 (2014-08-31)
読売新聞は、社説(2014-08-31)でふたたび STAP 問題を取り上げた。
《 STAP検証 実験を続ける意味があるのか 》
こうした中で、公金を投じて検証実験を続ける意味はあるのか。理研が実施しているのは、「悪魔の証明」と呼ばれる不存在の証明実験とも言えるだろう。
例えば、雪男を捕らえれば、その存在を証明できる。だが、存在しないことを証明するには、世界中をしらみ潰しに探す必要がある。日本分子生物学会が、実験凍結を求めたのは、もっともだ。
STAP細胞論文の主要著者である笹井芳樹副センター長の自殺という痛ましい出来事もあった。
( → 読売新聞、社説 2014-08-31 )
こういうふうに「実験停止」を主張している。しかしここにはいくつか問題がある。
(1) 実験は「悪魔の証明」のためではない。「再現実験が成功しない」ということは、それなりに意味がある。「再現実験が成功する、ということを否定する」という意味だ。これは科学の世界ではとても大切なことだ。これを「悪魔の証明」と同一視するなんて、馬鹿馬鹿しすぎる。「再現実験とは何か」という意味すら理解していない素人の発想だろう。黙っていた方がいいね。
(2) そもそもこの実験は、「再現実験を成功させるため」ではない。
第1に、「再現実験が成功する、ということを否定する」ためだ。これはこれで明確に確認した方がいい。
第2に、「実験のどこでミスが発生したか」を確認するためだ。実験のミスが生じたなら、そのミスがどこで生じたかを確認することは、とても大切だ。特に、今回は社会的な大騒動をもたらすほどの「事故」であったのだから、「事故」の原因を探ることはとても大切だ。(これは、スペース・シャトル爆発事故の原因を解明することが大切なのと同様である。→ ファインマンの例 )
(3) 「公金を投じて検証実験を続ける意味」を問うているが、馬鹿げている。これにかかる公金など、1000万円程度であり、たかが知れている。国全体で数兆円規模であちこちで浪費がなされているのに、こんなのはスズメの涙にすぎない。どうせなら、もっとまともな方向で、数千億円の無駄を削るべきだろう。
というか、こんな下らない話題で日本中で大騒ぎすることの方が、はるかに無駄だ。読売がこんな社説を書いて人々を騒がせることの損失は、何十億円にもなる。だったら、下らない社説を書くのをやめて、白紙にしておいた方がよかった。その方が圧倒的に節約できるはずだ。(ともあれ、下らない馬鹿騒動は、いい加減にやめてもらいたい。)
(4) 「自殺という痛ましい出来事もあった」というが、どのツラ下げてそんなことが言えるんだ? 彼の自殺の直接的な引き金を引いたのは、ほかならぬ読売新聞である。そのことは、本項(上記)で記したとおりだ。読売があまりにも STAP にこだわりすぎたせいで、笹井さんを死なせたのである。読売は自分の手で彼の命を奪ったのだ。それでいて、まるで他人事みたいな口を利いている。呆れるしかない。
(5) 笹井さんが死ぬほかなくなったのは、「不正がなかった」からである。仮に不正があったなら、死ぬかわりに、謝罪したはずだ。iPS細胞の捏造犯だって、ES細胞の捏造犯だって、謝罪することで生きる道を選んだ。謝罪を拒んで死ぬことを選んだ捏造犯などは一人も存在しない。「頭を下げるくらいなら死刑の方がいい」などと思う人は一人もいない。……このことからしても、「不正はなかった」と判断していいのだ。( → 前出 )
マスコミはいい加減、「証拠もなしに人を悪党と決めつけて指弾すること」の罪を意識してほしいものだ。最低限、「そういう冤罪のせいで人を死なせた」ということを自覚してもらいたいものだ。一体、何人死なせれば気が済むんだ?

かの学会女理事長のブログも、STAPについてまた動きはじめました。科学研究界で不正がなくなるように考察してるのです。が、彼女は再検証よりも不正認定と処分のほうが優先されるべきだ。。と盛んに最初から強調してきました。この意見はやはり学問することの否定ですよね。そんなことも反省せずに、またなにがしかの意見を述べることにきわめて大きな怒りにも似たような気が私にはあります。
理研への来年度予算政府計画は大幅に削られます。これが研究者の働く場所や生活費にも影響を及ぼすのです。大学教授になるには、期間限定が最初は10年という座と比べたら、理研の特に若い研究者はきわめて不安定で、路頭に迷うでしょう。大学の教授こそ自己の時間の管理する力を身に付けるべきで、その基軸は自己の研究に邁進することです。生物学と再生医療という分野は関連があれど、他分野の研究には共同研究でもしてなければ口をはさまないことです。口出しするなら、自己管理能力がないとみなされます。暇人とも言われかねますね。「不正」をなくすことを「STAP問題」にFIXして論ずるのはいいかげんにして欲しいです。
読売新聞の社説『STAP検証 実験を続ける意味があるのか』(2014. 8 31)は、STAP問題に対する誤認と、科学に対する誤解と、いくつかの事実誤認に基づいた論説になっているので、主にそれらに関連した部分を論評したい。
まず、理研の検証実験・再現実験は、改革委員会の「提言書」に基づいて行われているものであり、実験に計上された費用も必要経費として妥当なもので、外部からの『公金を投じて・・・』とする安易な批判は、正当性に欠けると思います。
次に『日本分子生物学会が、実験凍結を求めたのは、もっともだ』というのにはいくつか問題があります。まず「実験凍結」を求めた「学会理事長声明その3」は、理事長がほぼ個人的に/発作的に表明されたと思われるもので、日本分子生物学会の公式声明というのには疑問があります。そもそも、他の独立機関である理研の運営に「異論」を差し挟むのが、学会として取るべき言動かどうか、むしろ由々しき妨害行為・越権行為ではないかとさえ思います。しかも、「実験凍結」を求める声明の内容は、改革委員会の「提言書」を無視したもので、常軌を逸していると言わざるを得ません。
次に『論文が撤回され、研究は白紙に戻った。STAP細胞は、科学的に「存在しない」状況になった』という認識には問題があります。STAP論文の「科学的」意義付けが曖昧なため、そうした誤解を生み、一般の論争のもとにもなっていると思われます。 STAP論文の本質は、「STAP細胞仮説」の提示と「STAP細胞の実証」ということです。「実証」に不具合があったため論文が撤回され、「「STAP細胞仮説」が残ったのです。つまり「STAP細胞仮説」の検証作業は今後に残された、ということです。
したがって、『理研が実施しているのは、「悪魔の証明」と呼ばれる不存在の証明実験とも言えるだろう』というのは、科学に対する誤解・無理解から来るもので、全く間違っています。理研が実施しているのは「不存在の証明実験」ではなく、「STAP細胞仮説」の検証実験です。これは科学の本質にかかわることで、よくよく理解していただく他はありません。
「STAP細胞があることが証明されなかった」ことをもって「STAP細胞はないことが証明された」というのは論理学的にも誤りであり、「証明なくSTAP細胞仮説を否定する」ということになってしまいます。これこそ非科学的な考えであり、科学的な立場とは相容れません。
突き詰めれば、科学とは「仮説」提示とその「検証」である」と言い切ることができます。問題は、仮説が妥当なものかどうか、ということです。「仮説」が不合理でなければ「仮説」として受け入れられ、「検証」が成功しなければ、「仮説」のまま残り続ける、ということです。
「STAP細胞仮説」は不合理でしょうか。不合理とは言えないからこそNatureも論文を一度は受理したのだし、多くの研究者によって議論されたのだと思います。
貴社論説委員の『STAP細胞は、科学的に「存在しない」状況になった』という認識が正しければ、「実験を続ける意味があるのか」ではなくて、「・・・意味はない」と言うべきだし、「実験凍結」ではなく「実験中止」というべきでしょう。なぜ、そう言われないのでしょうか。
また「STAP細胞」を雪男やネッシーに例える、一部の見識の低い科学者の発言を無批判に取りいれて、論説の主張の論拠や補強に用いるやり方は、あまりにも安易であり、無責任であり、世論に多大の弊害をもたらすものだと思います。強く反省を促したいと思います。
池上氏は、この論で次のように始めています。「ブラックスワン(黒い白鳥)が存在しないことを証明する。こんな命題を「悪魔の証明」と、科学界では表現します。
ブラックスワンが存在することは、世界のどこかで発見すれば証明できます。しかし、存在しないことを証明するためには、世界中を隈(くま)なく探さなくてはなりません。」
文系の池上氏が誰からこんな嘘を吹き込まれたかは知りませんが、事実の検証すらしていないことに驚くばかりです。また40年間エンジニアとして生きてきたものとして、難しい証明を悪魔の証明とされたのでは、非存在証明の果実を受け止められない、すなわち今後の技術立国日本の立場が揺らぎかねないと思います。
非存在の証明は、数学ではよく見られるものです。
例えば、古代ギリシャの三大作図問題の一つ、「定規とコンパスだけでは角を三等分できないことを証明せよ。」この作図できないことの証明は、19世紀に背理法という方法論を生み出して、2000年余もかけて完全証明をしました。存在しないことを証明するなんて悪魔の証明だと言っていては決して到達しない地平だと思います。
分子生物学は、まだ50年も歴史のない学問です。未熟な学問体系では非存在証明の手法すらないのです。だから非存在証明は悪魔の証明で、合理的科学者(金と栄誉が好きな)はそれには関わらないとする者が出現してそうした嘘と暴言をはばからないのです。
STAP細胞問題がわかりにくいのは、小保方氏の実験の杜撰さを非難しているのか、刺激惹起性多能性獲得細胞を否定しているのか、批判する側が明確にしないので議論がわかりにくいのです。小保方氏の手法ではSTAP細胞ができないこと=刺激惹起性多能性獲得細胞の非存在にはならないのは明らかです。(だから悪魔の証明と言ってるのでしょう)
でも、小保方氏が問題提起した刺激惹起性多能性獲得細胞について否定する場合は、実験手法がどうかではなく動物の多機能性獲得は外部刺激では惹起されないことを多能性獲得原理から学問的に証明すれば良いことです。
そうした結論がない限り、STAP細胞の可能性は小保方氏以外の研究者も追求して然るべきと思います。
しかし、STAP細胞に関連して、CiNIiで論文検索しても、6か月経つ現在、小保方実験の反論論文すらないし、まして外的刺激では細胞は多能性を獲得しないと言う説得力ある論文が出たと言うことも寡聞にして聞いてないのです。
ましてや、 分子生物学者が集まって、NHKではじめてNature論文を見たようなふりして7月に居酒屋談義(私は、あの中に笹井氏がブルータスを見たのではないかと憶測しています。)してるなら、1月にSTAP論文が出てから7割の疑問とやらを論文化して分子生物学会誌6月号に出せばよかったのではないかと思うのです。学者なんだから自ら責任著者となって正々堂々論文で批判するのが筋と言いたい。
最後に、web中にある悪魔の証明の記述を引用します。
「科学関連議論への補足
ここ数年、疑似科学や似非科学の議論で「悪魔の証明」という用語を多用する人が居るが、これも要注意である。「悪魔の証明」という比喩は、たしかに法律分野ではある程度認知されているが、科学・数学分野では20世紀はじめの有名な大論争を経て、今ではより厳密な用語を使った精緻な議論が可能となっている。科学の専門家を自称しながら、科学議論であえてこの分野違いで不適切な用語(「悪魔の証明」)を持ち出す人が居たら、それは厳密な議論による追求を避けて何かを誤魔化そうとしているソフィストの類(あるいはその影響下にある人)かもしれない。」
再現実験の是非ですが。この騒動の場合、ユニットリーダー自身に再現実験の権利と義務が在るはずです。そう考えるのは、ルール上の規定とは関係なく、また同情の類いでもありません。政府のガイドラインや組織の規定等は便宜上その形でそこにあるというだけの事であって、必要であれば見直すべきものです。何も絶対的な根拠があってそうなっているものではないのですから。けれど現実には理研の利害に合致する形で再現実験は行われていく流れなのですが。
管理人さんの言葉を借りますと<証拠もなしに人を悪党と決めつけて指弾すること>や結果的に<そういう冤罪のせいで人を死なせた>事により、我々は内なる悪魔の証明をしてしまった。在りのままに見ようとしたのではなく、故意に悪意を見出す偏見を露わにしてしまった。無用なバッシングをしている行為自体が捏造だったかも知れないのです。これが現実です。
実験の過程で何があったのか? 限られた情報の中で我々は何を見ようとしていたのか? そう云った理由からも小保方博士自身の再現実験が必要となる。しかしこの再現実験はご当人にしたら辛い義務になるでしょう。信じていた現象が別の意味だったかも知れず、<再現実験が成功する、ということを否定する>ものになりそうだからです。意図された虚構ならそれを暴露するものなのであり、再現に成功したとしても不正認定される処罰や厳しい世間の目からは逃れられないのですから。
崇高な願いを抱く研究であるのに、雪男だネッシーだと貶めた心ない非難の為にこそ再現実験は為されるべきでしょう。研究の当時者だけが批判され罰せられるのではなく、同時に偏見に堕ちている過ちにも光が当てられる必要があります。この騒動を魔女狩りで終わらせない為にこそなのです。
しかし誤認を不正と読み取れるので少々違和感がありました。
誤認を基に先走った論文が不正行為というのであれば、それを断じる人も同じ穴の狢ですね。
http://www.nikkei.com/article/DGXLZO76474840R00C14A9TJM000/
これもこのブログの、この管理人さんの素晴らしさからでしょう。
なかなかこのようなものを他では読めません(実際はあるのかもしれませんが私は目にしていません)から、読む度にストレスが解消し感動すら覚えているところです。ご活躍を期待しています。
日本一の大新聞、人数からいえば大組織の分子生物学会、一見、権威ある知識層が、タッグを組んで、真実究明に異を唱え続ける。こういう、アジテーター達に、暇回されていいのか。この国のきちんとした知識層は、沈黙してはならないのだ。大隅の個人見解を組織的意見とすり替えられた、分子生物学会理事諸君、このまま沈黙をつづけることの後ろめたさはないのか。