たとえば、ある不祥事が起こったときに、組織は特定個人を名指しして、責任のすべてを特定個人にひっかぶせる。「こいつが故意にやったことだ。すべてはこいつの責任である」というふうに。そのことで、組織は自分の責任を免れる。こうして組織を防衛する。(世間の指弾を免れる。)
この際、本人がいくら「ただの単純ミスです」と真実を訴えても、組織はまったく無視する。あくまで「本人が故意でやったのだ」というふうに主張する。
ここで、「本人が故意でやったという証拠は?」と質問されると、そらとぼける。「さあね。証拠なんかないけど。でも、私たちがそう判断したんだから、そうであるに決まっているんです」。こう言って、根拠のなさをゴマ化す。
で、その結果は?
世間は組織の言葉を信じる。世間はあっさりだまされる。本人がいくら「ただの単純ミスです」と真実を訴えても、世間は信じない。
組織は言う。「すべては悪質な犯人のせいです。あいつがすごい悪知恵を働かせて、組織の全体をだましたんです。私たちの頭脳をはるかに上回る、あの優秀で悪質な犯人が、組織の全体をだましたんです。私たちはだまされたんです。私たちは被害者なんです」
世間はそれを聞いて納得する。「なるほど。あいつは何一つミスすることもなく、すべて計画的に悪事を企てて、見事になし遂げた! ずさんなところは何一つなく、すべて緻密に計画的になし遂げた! 何と頭のいい犯人か! これほど頭がいい優秀な悪人は、いまだかつて見たことはない! 世紀の大悪人だ。とっちめろ!」
こうして世間は組織の思惑に乗る。
その陰で、組織は内心で舌をペロリと出す。「トカゲのシッポ切りが成功したな。すべてをシッポのせいにしてしまえばいいのさ。そうすれば、トカゲの本体は無事生き残る。シッポなんて、あとでまた再生するからね。再生生物学のおかげで、シッポはいくらでも再生が利くのさ。しめしめ。これで助かった」
──
教訓。
愚かな人々は詐欺師の言葉に引っかかる。詐欺師が「あいつこそ詐欺師だ!」と主張すると、人々はその言葉をあっさり信じてしまう。そしてわんさと大合唱する。「あいつは詐欺師だ! あいつは悪人だ! あいつはみんなをだましているんだ! あいつを懲らしめろ! おれたちをだましたあいつを懲らしめろ!」
……その陰で詐欺師はこっそり舌を出す。「愚かな人々をだますのは簡単さ。『あいつこそ詐欺師だ!』と主張すれば、愚かな人々はその言葉をあっさり信じてしまうのさ。世間の誰もがそれに気づかない。おっと。たった一つ、気づいているのがあったな。それは Openブログだ。だけど、Openブログを見ている人は、人口の 0.1%もないから、痛くも痒くもないね」
こうしてトカゲのシッポ切りは成功する。
[ 付記 ]
本項は特定の事例を念頭に置いています。
その事例とは……ええと。たぶん、沖ノ鳥島の事故です。あの事故の責任を、末端の作業員の責任にしてしまえば、国土交通省関東地方整備局の責任は免れますからね。本当は国土交通省関東地方整備局が悪いんだけど。
( ※ 前項 の (3)(5) を参照。)
( ※ 上の話を読んだ陰の声。「嘘付け! 沖ノ鳥島の事故じゃないだろ! だまされないぞ!」)
【 参考 】
関連項目
→ http://openblog.meblog.biz/article/21862089.html の (5)
とかげのしっぽ (えほん)
《 注記 》
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