前項では、誤読した記事にもとづく錯覚について言及した。では誤読しないで、元の話題を扱うと、どうなるか?
元の記事はこちらだ。
→ 健康保険に逆マイレージ制を導入しよう
要旨を一部抜粋すると、次の通り。
人工透析には多額の費用がかかります。1人が1年間に500万円くらいかかる。日本には人工透析をせざるを得ない患者さんが30万人いて、費用総額は1兆5000億円にも達するんですよ。
国の負担はそれだけにとどまりません。1兆5000億円というのは医療費だけです。1級障害者になると、例えば東京都営の交通機関は無料になるし、飛行機代は半分、高速道路料金も大幅な割引になります。
さらには障害者年金も支給される。これに国民年金とか厚生年金がプラスされれば、年金だけで生活が十分に成り立つのです。
患者さんが、仕事ができないからと生活保護を申請して認められたりすると、なんやかんやで月に30万円くらいの給付が受けられたりする。それだけもらえるなら、あくせく働く必要がなくなってしまいますよね。
たくさんとは言いませんが、人工透析の患者さんを日頃診ていて、そういう方がけっこういることは事実です。中には生活保護を受けるために偽装離婚している人までいる。
膨れ上がる一方の社会保障費をどうにか抑えなければならないときに、国は大盤振る舞いですね。
そもそも人工透析の患者さんに身体障害者の1級が指定されているのもどうかと思います。だって、透析しているとき以外は普通に働けるわけですから、等級を下げるくらいは少なくともしてもいいのではないかと思います。
人工透析しているとき以外は全く普通の生活をしている患者さんを診ていると、少なくともボランティアぐらいはしても罰は当たらないと思いますよ。だって普通に動ける人ばっかりなんだもの。
以上のような指摘の上で、次の提案をしている。
問 川嶋先生は、健康保険に逆マイレージ制を導入したらどうかと提案されていますね。これってとても面白いアイデアだと思います。医者にかかろうではなくて、できるだけ医者にかからないというインセンティブが働きますから。
答 そう。自動車保険と同じような考え方です。保険を使わない人には保険料を割り引きしたらどうかと。
以上で、引用を終える。
──
ここまでの話を見て、私なりに講評すれば、次のようになる。
(1) 話の前段(高額医療費の問題の指摘)は、妥当だろう。
(2) しかし、その対策としての「逆マイレージ制」という提案は、妥当でない。
以下では個別に論じよう。
(1) 高額医療費の問題
高額医療費の問題がある、という指摘は、妥当であろう。そっくりそのまま指摘を認めていい。
特に、高額医療費の負担をほぼゼロにする[正確にはゼロでなく月1万円]( → 出典 )という点はともかく、「身障者手当を出す」という形で、すごく厚遇する(莫大な金を国が供与する)というのは、明らかにおかしい。
糖尿病の患者を身障者として厚遇する、というのは、昔ならば成立したかもしれない。昔は人工透析は大変だったからだ。患者が身障者として扱われたのも当然だったろう。また、余命も長くなかったので、国の費用負担もあまり多くはなかった。
しかし近年では、人工透析の技術は飛躍的に発展した。患者は一定の通院をする以外の時期には、ほとんど不自由なく生活できて、長期の寿命を得ることが可能となった。そのせいで国の費用負担も莫大になった。
要するに、医療技術の進歩に、福祉制度が追いついていないのである。かつては「ひどい重病」ということで厚遇したのだが、今では「ひどい重病」というほどではなくなった。なのに、「特別に厚遇する」という福祉制度が続いている。これは、医療費の問題というよりは、福祉制度の問題かもしれない。
ともあれ、次の二点は必要だろう。
・ ある程度の費用負担。(金持ちにまで全額免除するのはおかしい)
・ 福祉制度からの除外。(ちゃんと働いてもらう。)
この意味で、論者の主張は、骨格としては正しい。私はそう判断する。
(2) 逆マイレージ制
この (1) の目的に対する案として、「逆マイレージ制」というのが提案されている。
これは、医療制度の提案ではなく、経済制度の提案だが、さすがに医者だけあって、経済制度には疎すぎる。
逆マイレージ制というのは、「医療を受けなかった人にお金を還付する」という案だが、これだと、「医療を受けにくくなるインセンティブが働くので、初期の病気のチェックを受けにくくなり、病気の悪化・深刻化を招き、かえって最終的な医療費が増えてしまう」という懸念がある。この点は、批判者の見解が正しい。
では、どうすればいいか? 逆マイレージ制とは別の形で、健康に留意してもらうようにすればいい。その正解は?
まず、「健康に留意した人にインセンティブを与えればいい」というのは、市場原理主義者(経済の保守主義者・右派)の考えそうなことだ。
だが、こういう原理主義者の発想は、健康に関しては成立しがたい。「金を与えれば、その方向に人々は動く」と思っているのだろうが、人々はそれほど単純じゃない。(経済学概念で言えば、人はそれほど合理的ではない。)
実は、いちいち金を出す必要はない。なぜなら、「メタボになれば寿命が低下する」つまり「メタボにならなければ寿命が延びる(病気にもならない)」という強力なインセンティブが、もともと働いているのだ。なのに、今さら年に数万円程度のインセンティブを加えたところで、ほとんど効果はないだろう。「年に5万円」というインセンティブと、「寿命が大幅に延びる」というインセンティブとを、比較するがいい。どう見たって、後者の方が大きい。
以上のことからすれば、正しい方針は、次のことだ。
「メタボにならなければ寿命が延びる(病気にもならない)、というインセンティブを告知すること」
つまり、
「メタボにならないように健康向上のキャンペーンをすること」
換言すれば、
「メタボは危険だという医療情報の周知」
である。これが最も妥当だろう。
( ※ たとえば、酒類にはメタボの危険性を示した文言を表示することを義務づけるといい。表示しない商品には罰金1円。このくらいの額ならば問題あるまい。)
──
なお、補足しておこう。
「医療費の抑制」という意味では、すぐ上のこととは別に、(1) のことも必要だろう。医療費の抑制はたしかに必要だ。
ただし、注意。医療費の抑制は必要だが、それは、「一律に医療費を抑制する」というようなこと(たとえば逆マイレージ制)によるのではなく、「特別に厚遇されている例外的なものを抑制する」という形で行なわれるべきだ。
糖尿病患者の場合は、それに該当する。人工透析の医療技術は大幅に向上したのだが、医療技術の進歩に福祉制度が追いついていない。そのせいで時代遅れな福祉制度が残っている。ここを改善するべきだ。
ひるがえって、元の論者は、人工透析の話題という例外的なことから、逆マイレージ制という医療費全般の抑制に話が飛んでしまっている。一点だけの話をしていたはずが、いつのまにか全体の話に飛んでしまっている。論理の飛躍がある。デタラメ論理。ここに論理上の問題がある。
だから、元の論者の意見を批判するならば、この論理の飛躍を批判すればいい。それが私の見解だ。
( ※ この「論理の飛躍」についての批判というのは、本項の主題ではない。あくまで補足的な話だ。本項の主題は、すぐ上の (1)(2) の箇所で述べた通り。)
[ 余談1 ]
ついでに、オマケふうの話題。
元記事への批判(出典)は、どうか?
そこでは、「健康に留意しても糖尿病を発症する先天的な患者」という例を挙げて、「逆マイレージ制への批判」を述べている。
しかし、私としては、「逆マイレージ制」という提案そのものが糖尿病対策としては論理的飛躍があるから、その提案そのものが論理的に成立しない、と考える。「逆マイレージ制」という提案は、もともと砂上の楼閣のような無意味な提案なのだ。それを批判しても仕方ない。もともと批判する価値のないゴミなのだから。(論じるに値しない、ということ。いちいち欠点を上げるまでもなく、長所そのものが砂上の楼閣であり、根本的に成立しない。)
ゆえに、元記事への批判についても、特に論じる必要はない、と考える。元記事自体が砂上の楼閣なのだから、元記事への批判もまた砂上の楼閣みたいなものなのだ。(言っていることが正しくても正しくなくても、もともと無意味。親亀こけたら皆こけた、ということ。)
[ 余談2 ]
「逆マイレージ制」というのは、経済学的にはほとんど無意味だ。そこでは「還元額の総額に相当する分、医療費の値上げが必要だ」という点が見失われている。ここを相殺する措置を取ると、手間ばかりがかかる。
どうせなら、次の案にするべきだ。
「医療費の自己負担を傾斜制度にする。高額になるにつれて自己負担が減るようにする」
換言すれば、「ある程度以上の高額になると、自己負担はゼロ」という制度をやめる。どんどん高額になっても、自己負担はゼロではない低額の拠出を義務づける。(少なくとも、資産をもっている限りは。)
この制度と併用して、少額のときの自己負担率を少し高めに設定すれば(たとえば年10万円までは自己負担率を4割に上げれば)、逆マイレージ制に似た効果が得られる。¶
ただ、これは、「医療費が高額になるほど自己負担率が減る」ということだから、「マイレージ制」ではなくて「逆マイレージ制」と呼ぶ方が妥当だ。とはいえ、「多くの利用を推進している」わけじゃないのだから、「マイレージ制」なんていう言葉自体が不適切だろう。こんな言葉を用いるところが、センスない。ひどい。医療を何だと思っているんだ。好きで医療費をホイホイ払っている人なんかいないのだが。
¶ これ(年10万円までは自己負担率を4割ということ)は、「定額の保険料と定率の患者負担」という形で、ほぼ同等のことが実現しているから、あまり意味はない。
【 関連項目 】
糖尿病とは別の話題で、「抗ガン剤の高額医療費」という話題もある。この件は、別項で言及した。
→ サイト内検索
簡単に言えば、次の通り。
「効果が大きくてコストの低い抗ガン剤は、国が十分な費用を出していい。一方、効果が少なくてコストの高い抗ガン剤は、患者の自己負担にするべきだ」
ま、当り前かな。しかし現状は、そうではない。コストと効果という観点からの制度はできていない。時代変化に応じた見直しはされていない。

北欧は、スクリーニングをやっているという点と医療保険を悪用しない点で合理的ですね。かかりつけの町の医者がいて、風邪くらいなら、「栄養つけて早めに寝なさい」と薬も出さない。不摂生なら生活習慣改善アドバイスをする。診察して重病の時だけ大病院を紹介する。メリハリと合理性がなければ、際限もなく医療費は増大し、本当に必要な深刻な病へ医療費をまわせなくなります。管理人さんご指摘のように、絶えず合理的な(非情ではない)見直しが必要です。
ヒポクラテスは、「汝の食事を薬とし、汝の薬は食事とせよ」、「食べ物で治せない病気は、医者でも治せない」などの名言を残しています。
昔、私が初冬に風邪になったとき、大病院へ行くと「レントゲン撮りますから、服を脱いで待機してください」と、寒いところで下着1枚で長時間待たされた。以来、風邪には「たまごを溶いた熱燗」飲んで早寝することに決めていますが、効果的です。