2013年10月23日

◆ 防潮堤の寿命は?

 防潮堤の寿命はどのくらいか? 100年もないだろう。しかるに、東北沿岸に次の津波が来るのは 100年ぐらいあとだ。 ──

 大震災で津波が防潮堤を破壊した。その復旧や再建や新設などで、ふたたび防潮堤の建築が始まっている。
 ここで、寿命の問題がある。
  ・ コンクリートの寿命は 100年もない。
  ・ 東北沿岸に次の津波が来るのは 100年ぐらいあとだ。

 となると、寿命の来た防潮堤で津波を阻止することになる。おかしいですね。

 ──

 (1) コンクリートの寿命は 100年もない

 コンクリートの寿命は 100年もないようだ。
 コンクリートが実用化されて、約100年程度しか経っていません。一般に、税法上定められている法定耐用年数は、住宅・学校で60年、事務所で65年、工場・倉庫で23〜45年となっています。
( → コンクリート構造物の寿命参考 PDF

 法定寿命がこれだけだ。現実にはもっと長くなりそうだが、それでも 100年にはならないだろう。また、コンクリートが実用化されてから 100年になっていないので、正確なところはわかっていない。ともあれ、100年ぐらいで劣化しそうだ。実際、高度成長期に作った建造物のコンクリは、工法がいい加減だったこともあって、早くも劣化している。あちこちの橋脚などで、コンクリがボロボロ剥離したりする。
  → 高度成長期の道路やトンネルが危ない! 「コンクリート劣化」の恐怖
  → Google 検索

( ※ 普通のコンクリとは違って、特殊なコンクリを使うと、もっと長寿命にできるようだが、現実にはそのようなコンクリを使う例はほとんどないようなので、ここでは考慮しないでおく。)

 (2) 東北沿岸に次の津波が来るのは 100年ぐらいあとだ

 先の大震災の規模は、1000年にいっぺんの規模だと言われる。
 それほどではなくても、明治三陸沖地(1896年)や、昭和三陸沖地震(1933年)の例を見ると、巨大津波はおおざっぱに 100年おきぐらいで来るようだ。( 80〜120年ぐらい?)
 というわけで、次の地震が来るとしたら、100年ぐらいあとだろう。もう少し正確に言うと、次のようになる。
  ・ 次の地震が 40年後ぐらいに来るなら、中規模。
  ・ 次の地震が 80年以上も後に来るなら、大規模。


 これはどうしてかというと、次のことがあるからだ。
 「地震が起こらないでいる期間が長ければ長いほど、地震のエネルギーが溜め込まれるので、次の地震の規模が大きくなる」

 なぜそうなるかというと、べき分布の法則に従うからだ。
  → 地震の確率?(べき分布)

 というわけで、大規模な地震が来るとしたら、80年以上も後のことだ。そして、そのころには、防潮堤のコンクリは劣化している。

 ──

 ここで、コンクリの劣化とは、どういうことか? 次の説明がある。
 住宅の基礎は、鉄筋コンクリートでできています。 空気中では錆びてしまう鉄筋も、コンクリートの中では鉄筋が錆びることはありません。 なぜなら、アルカリ性のコンクリートが鉄筋の錆を抑制しているからです。
 コンクリートの寿命が50年といわれる理由は、空気中の二酸化炭素がアルカリ性のコンクリートを徐々に中性化にすることで、鉄筋の発錆の抑制ができなくなるからです。 コンクリートの中で錆が発生すると、コンクリートにひび割れが発生し、コンクリートの耐久性が低下します。
( → コンクリートの寿命 : 知恵袋

 こうして時間の経過とともに、ひび割れが発生する。
 では、そこを津波が直撃したら? 高い水圧をもつ津波は、ひび割れの箇所に侵入して、そのひび割れをどんどん拡大していく。最終的にはコンクリを破断して、バラバラにしてしまうだろう。(こういうふうに連続的に水が浸入していくのが、津波の恐ろしいところだ。)

 ──

 というわけで、コンクリの寿命を考えると、「防潮堤で津波を防ぐ」という方針は、狂っているわけだ。なぜなら、防潮堤が有効であるころには津波は来なくて、防潮堤が無効になったころ(寿命が来たころ)に津波が来るからだ。

 比喩的に言えば、こうだ。
 「泥棒が来ないときには、まともな新品の鍵をかける。泥棒が来るときには、錆びて壊れてしまった鍵をかける」
 何やっているんだ? コントですかね。



 ──

 これがただのコントであるならまだしもだが、国はこのような「防潮堤の建設」に 3000億円も投入する予定だ。
  → 史上最大の愚行(被災地)
 
 予定がそうであるだけでなく、この工事はすでに始まっている。
  → 大船渡湾の防潮堤着工へ
  → 田老の「長城」復旧始まる

 田老地区の防潮堤の再建は、「補修」という形である。つまり、すでにある「壊れた防潮堤の残り」に、新たにコンクリを上乗せするような感じで、ふたたび同じようなものを作る。
 しかし、これでは「つぎはぎ」という感じだから、強度は著しく劣る。以前の防潮堤よりは、強度はずっと劣る。
  → 防潮堤は人の命を守れるのか? 世紀の拙速工事始まる:田老

 では、補修をやめて、新設にすればいいか? 既存の「壊れた防潮堤の残り」を全面撤去してから、新たな防潮堤を新設すればいいか? いや、それでは、以前の二の舞だ。以前は「世界最高の防潮堤」と威張っておきながら、あっさり崩壊した。
  → 世界最強だった田老町の防潮堤

 しかも、この防潮堤は、まだ寿命になっていなかったのだ。しかるに、今から作り始めたとしたら、次の津波が来るのは 100年後ぐらいだろうから、そのころにはコンクリが劣化して、防潮堤はほとんど役に立たない。それが新設されたものであれ、補修されたものであれ、「錆びて壊れた鍵」のようなものであるから、防潮堤としてはろくに役立たない。
 そして、そういう役立たないもののために、莫大な金を投入するわけだ。金をドブに捨てるようなものだ、と言いたいところだが、もっと悪い。この防潮堤ができると、人々が避難しなくなるので、かえって死者が増えてしまうのだ。(田老地区ではそうだった。防潮堤を過信したせいで、逃げるのをやめたため、多大な犠牲者が出た。防潮堤がなければ、さっさと逃げただろうから、死者ははるかに少なかっただろうに。)

 ──

 結論。

 コンクリの寿命を考えれば、100年後の津波を防ぐために、寿命が 100年の防潮堤を作るというのは、馬鹿げている。そんなことのために超巨額を投入するのは、狂気の沙汰だ。金を投入して、莫大な死者を出すようなものだ。



 [ 付記1 ]
 では、どうすればいいか? 
 最も簡単なことは、「何もしないこと」である。そうすれば、津波が来たときには、人々はさっさと逃げるだろうから、犠牲者は出なくなる。
 というか、もともと津波で水没しそうなところには、住まなければいい。高台に移転していればいい。高台への移転費用ならば、たいした額にはならない。
 一方、防潮堤というのは、莫大な費用がかかる割に、効果がない。愚の骨頂。
 もっと馬鹿げているのは、「高台への移転」と「防潮堤の建設」を併用することだ。この場合は、「誰もいないもぬけの殻の地区」を守るために、巨額の費用をかけて、防潮堤を建設することになる。何やっているんだか。
  → 史上最大の愚行(被災地)
 結論としては、「高台への移転」だけがあればよく、「防潮堤の建設」は、不要である。
 田老地区・大船渡・南三陸のような、リアス式海岸の地域(つまり津波がものすごく高くなる地域)では、このように、「高台への移転」が正解となる。巨大な自然災害に対しては、「意地を張って、巨大な建設物で、対抗しよう」なんて思うべきではない。さっさと逃げるのが正解だ。

 [ 付記2 ]
 高台のない地域は、どうするべきか? たとえば、仙台のように平野部の地域では、どうするべきか? 高台に移転したくても、高台がないので、移転のしようがないが。
 これはこれで、うまい方法がある。このような地域は、リアス式海岸ではないので、津波はものすごく高くなることはない。せいぜい数メートルだ。となると、次の方法が有効だ。
 「内陸堤防を建設する」
 この件については、先に詳しく説明した。そちらを参照。
  → 被災の跡地をどうする?

( ※ なお、内陸堤防でも、コンクリの寿命という問題がある。しかし、大丈夫。内陸堤防は、原則として、土で作る。ただし、表面だけはコンクリで覆う。その表面のコンクリを、剥がして付け替えればいい。これなら、低コストで済むから、数十年ごとに作り替えが可能だ。これで問題ない。)

 [ 付記3 ]
 それ以外の地域では? リアス式海岸でもなく、平野部でもない、という地域。
 それは、個別にケースバイケースとなるが、たいていは何らかの方法が見つかる。たとえば、釜石と女川については、下記項目で説明した。
  → 被災地の復興は必要か?
 これをモデルケースとして、各地でそれぞれ個別の事情を考えるといい。いずれにせよ、知恵を絞れば、何とかなるものだ。「莫大な金をかけること」ばかりが能ではない。金をかけなくても、被害を防ぐことはできる。
 そのことは、先の大震災でも、先日の伊豆大島でも、判明したはずだ。次のように。
  ・ 津波に対しては、さっさと避難すれば死なずに済んだ。
  ・ 台風に対しては、1日前に避難すれば死なずに済んだ。

 なのに現実には、避難しない人が多数いた。そのせいで、多大な死者が出た。ここでは、多数の死者が出た本当の理由は、津波や台風ではなくて、「避難しなかったこと」なのである。
 なのに、そのことを理解しないで、「津波に対抗しよう」とか、「土砂崩れに対抗しよう」などと考えて、土木工事に何百億や何千億円もかけてばかりいるから、それをはるかに上回る大自然の力に押しきられて、あっさり敗北して、莫大な死者を出すことになるのだ。

 それよりももっとうまい方法がある、と先に示した。
  → 津波対策の妙案 (東日本大震災)
  → 豪雨災害と気象温暖化 (伊豆の大雨)
 この二つの項目の最後に、うまい方法を示しておいた。
 それは、「逃げろ!」という避難勧告を、莫大な音量で がなりたてることだ。 
 何百億や何千億円もかける土木工事よりも、こちらの方がはるかに有効なのだ。なぜか? 何百億や何千億円もかける土木工事は、百年後にはボロボロのコンクリになるだけだが、莫大な音量を出すホーンスピーカーは、寿命が来る前に買い換えることができるからだ。なぜ? 価格がすごく安いからだ。
 安さは正義なのである。というか、安さは人命を救う。「愛は地球を救う」というのは嘘っぽいが、「安さは人命を救う」というのは真実であろう。
posted by 管理人 at 21:09 | Comment(8) |  震災(東北・能登) | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
なまじ中に鉄筋を(しかも浅い位置に)入れているから、コンクリートの寿命が短くなるのであって、例えば無筋の小樽築港防波提なんぞは、100年以上も小樽港を守っている。
また日本では土木と建築のコンクリートは違う(ということになっていて)土木で使うコンクリートの中性化速度は建築ものよりも遅く、鉄筋かぶりも厚いので(今、ぶっこわれている土木構造物は、粗製乱造で鉄筋かぶりが極端に薄いものがほとんど)現在作っているコンクリート構造物は、その気になれば100年は持つ。防潮堤のコンクリートなら鉄筋かぶりは厚くとれるので、100年持たせることは簡単だ。(土木構造物に法定耐用年数はない…建築物にそれがあるのは、固定資産税のからみがあるから)
と、まあコンクリート構造物の耐久性に関しては一言言わせてもらいましたが、100年持つからといって、150年持つかは「分りません」基本的に管理人さんの提言を軽視するものではないことは明言しておきますね。
Posted by あるみさん at 2013年10月24日 21:31
単純に何年もつかということであれば、小樽の例からして、100年以上もつことは実証されていると言えるでしょう。
 だから、少なくとも(普通の)防潮堤としてならば、100年ぐらいでも有効です。

 問題は、津波。津波は、釜石の防潮堤も、田老地区の防潮堤も、巨大なやつをズタズタに破壊してしまった。というのは、ものすごい水圧や衝撃がかかるから。津波の速度は、外洋では時速 200キロ以上。浅瀬でも、相当に高速だ。あまりにも破壊力が大きい。
 コンクリは、単に海の水圧に耐えるだけでなく、津波の巨大な力に耐える必要がある。それだけの力が 100年後も残っているか? そこが問題となる。
 ちなみに、小樽の無筋コンクリは耐えられないはずだ。なぜなら、ブロック状になっているので、ブロックがズレてしまって、その隙間から津波がブロックを動かして、全体を分断してしまうはずだからだ。ブロックは壊れなくても、ブロックがバラバラになってしまうので、防潮堤は破壊されたことになる。
 これに耐えるには、どうしても鉄筋が必要だ。その鉄筋について、現状では十分な対策がされているとは、とても思えない。日本の土木会社なんて、たいてい手抜きだし。

 とにかく、比較的新しい釜石や田老地区でさえバラバラにされてしまった、という点からして、コンクリの効果はすこぶる疑わしい。……これは、本項の「寿命」とは別の観点からの話になるが。寿命の点からいうと、「強度」がどれくらい続くかが問題なのだが、「実は最初から十分な強度はなかった」という答えになるのかも。津波が強すぎるせいで。  (^^);
Posted by 管理人 at 2013年10月24日 22:17
> 今から作り始めたとしたら、次の津波が来るのは 100年後ぐらいだろうから、
そのころにはコンクリが劣化して、防潮堤はほとんど役に立たない。

 鋭いご指摘です。しかし、日本社会の営みがブラックユーモアのようでさみしいですね。
合理性のある代替案を複数練り上げ、比較考量し、方向性を決めるスタイルを定着したいものです。
田老町のスーパー防潮堤は、巨大津波のエネルギーに太刀打ちできず、木っ端微塵になりました。
古い堤防は破壊されなかった。古い堤防の思想を畑村洋太郎氏は、確か、「受け流し」と解釈され
ていましたね。土を分厚い幅に盛って、その上をコンクリートで覆った(全部がコンクリートなら、
とてつもない量になる)。この高さを超えるなら仕方がないと。津波は曳きが怖い。古い堤防は、
曳きの力を殺いだ。津波の潮は池のようになったので、住民は泳いで助かった。

 津波を受け流す形状の高層建築物も有効。管理人さんの言われる逃走路も含め、街全体のデザイン
を政府機関と専門家や住民を交えて、納得できるまで練って、街全体をリメイクすることが必要では。
 100〜500年に1度の大津波のために「平野には住まない」やり方は長続きしない。
安全に住む方策に知恵を絞りたいですね。
Posted by 思いやり at 2013年10月24日 23:08
初めまして、

釜石では防波堤は最終的には壊れましたが、逃げる時間を確保する役には立ちました。しかし抜本的に死者を減らそうとすれば津波常習地域の平地には住まないことだというのは正しいご指摘です。

それと仙台平野では、土を盛り上げて作った高速道路が防波堤の役割を果たしてたくさんの命が救われました。コンクリよりは、厚みのある土の堤防の方がずっと強いことが証明されました。

また、津波襲来を遅らせる、津波を弱めるという意味では、数百メートルの厚みのある松林も有効です。松を一列並べただけでは意味が無いです。

土砂崩れについては、崖地の現状を保全するべしという国土交通省の方針が災害を増やしています。危険な崖地は、危険が無い傾斜角度になるまで大幅に削ってしまうのが一番の防災です。
Posted by べっちゃん at 2013年10月26日 09:39
また、大規模な地震は連続する傾向があります。ですから次は百年後ということはないです。ただ、作るのならば早く作らないと次に来る最大余震やアウターライズド地震に間に合わなくなります。
Posted by べっちゃん at 2013年10月26日 10:00
> 大規模な地震は連続する傾向があります

 それはある程度事実ですが、「同じところで」ということはありません.別のところで、です。
 同じところでは、エネルギーが放出されたので、百年ぐらいはありえません。

> それと仙台平野では

 本文中で言及済みだし、リンク先に詳細があります。
 どうも私の話を読んでいない(リンク先も読んでいない)ようなので、ちゃんと読んでからコメントしてください。人の話をきちんと読みもしないでコメントすると、見当違いになるだけです。
Posted by 管理人 at 2013年10月26日 11:01
どうも気分を害されてしまったようで申し訳ないですが、津波は広範囲に被害をもたらします。次に地震が発生するのが仮に東日本大震災の震源域の北側だったとしても、やはり津波は三陸海岸南部や仙台平野にも押し寄せます。今回被害を受けた地域の防災は必要です。
Posted by べっちゃん at 2013年10月26日 11:49
> 今回被害を受けた地域の防災は必要です。

 私は「東北に防災は必要ない」と書いているのではなくて、「(金ばかりかかって)無効な防災をしないで、有効な防災をしろ」と書いています。
 本項だけでなく、他の項目も読んでください。
 左上のカテゴリの「災害・安全」と「大震災 2011」の箇所。
Posted by 管理人 at 2013年10月26日 12:16
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