日本では日本独自の治験が行なわれている。このようなことは世界でも日本だけで行なわれている制度であるようだ。
日本が独自の事件をする理由は、「欧米人との人種の差があるから」というのが理由だ。しかし、これは不適切だ、というのが私の考えだ。なぜなら、「人種間の差よりも、個人間の差の方が大きい」と言えるからだ。(私の立場)
その理由を示す。
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まず、ここで言う「人種間の差」というのは、「日本人と白人との差」を言う。アフリカ人は含まれない。
一般に、「遺伝子の差は、アフリカ人の間では非常に大きく、白人とモンゴロイドとの間では小さい」というふうに認識されている。これは、人種の進化の過程で、次の経路があったことを意味する。
黒人 ━┳━━ 黒人
┗┳━ 白人
┗━ モンゴロイド
要するに、黒人から分岐したうちの小さな枝のひとつから、白人とモンゴロイドがともに生じた。だから、この遺伝子集団は、遺伝子の差が小さい。一方、根元の方から続く黒人のグループは、多種多様に分岐していった。それがひとまとめに「黒人」と呼ばれるが、それは 10万年以上も前からアフリカの各地で進化していったので、それぞれの各地では遺伝子の異なる個体( or 集団)が分布している。
これは、一般的に認識されている進化の過程だ。
( ※ 私としては少し異なる認識をしているが、話の大筋には関係しないので、今は上の図で認識して構わない。)
実際、遺伝子の調査を見ても、白人とモンゴロイドとでは遺伝子の差がとても小さい、と判明している。
( ※ 普通、どんな生物でも、一つの種内では、遺伝子の差がいくらかあるのだが、人間においては、その差がかなり小さい。そのなかでも、白人とモンゴロイドは、かなり小さな差の範囲に収まっている。)
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それとは別に、次の事実がある。
「遺伝子の違いについては、Y染色体ハプログループの違いがかなり判明している。それを調べることで、人種の出自がかなり推定できる」
ハプログループというのは、ハプロタイプ(ある種の一塩基多型)についてのグループだ。
これを見ると、各地における遺伝子の違いが(その遺伝子について)判明する。
同様に、他の遺伝子についても、似た事情にあると推定される。つまり、こうだ。
「さまざまな遺伝子の一塩基多型の分布は、Y染色体ハプログループの分布と、だいたい似たような事情にあると推定される」
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以上は事実に基づいた話だ。
一方、統計についての論理的な考察から、次のことがわかる。
「ある人種XとYについて、一塩基多型の分布を見る。その分布がどのようなものであれ、人種間の違いは、個人間の違いよりも、小さい」
イメージ的に示すと、わかりやすい例として、身長の違いがある。
日本人であれ、アメリカ人であれ、個人の身長の違いはたくさんある。大人なら、150センチぐらいの男性もいるし、2メートル近い男性もいる。個人の違いはとても大きい。
一方、日本人の平均身長と、フランス人の平均身長は、そんなに大きな違いはない。前者は 170センチぐらいで、後者は 176センチぐらいだ。( → 出典 ) というわけで、個人間の違いに比べて、人種間の違いは、かなり小さい。これはどうしてかというと、集団同士の違いを見るとき、個人の違いは打ち消されて平均化してしまうからだ。
遺伝子についても同様である。
たとえば、ある塩基について、AとBという二つのタイプがあるとする。(イメージ的には血液型の遺伝子のようなものだと思ってもいい。)
(i)
ここで、個人を見ると、AとBの二通りがある。次のように。
・ Aが 100%で、Bが 0%
・ Aが 0%で、Bが 100%
(ii)
一方、人種間で調べると、次のようになりそうだ。
・ コーカソイド Aが 60%で、Bが 40%
・ モンゴロイド Aが 40%で、Bが 60%
(i)と(ii)を比べると、(i)の方が大きな違いを持つ。
これは当たり前のことだ。個人を見ると、さまざまな遺伝子の違いを持つ個体がたくさんあって、ばらけているが、人種という集団を見ると、個人の違いが打ち消されて、平均的になる。だから、集団間の違いは、個人間の違いよりも、小さい。
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もっと具体的に、抗ガン剤の副作用を見るとしよう。それには、上記のAとBについて当てはめるといい。
その抗ガン剤の副作用について、一塩基多型のせいで、
・ A …… 副作用あり
・ B …… 副作用なし
というふうに二つのタイプが生じるとする。
この場合、個人を見ると、「副作用あり/副作用なし」という二つのタイプがきっちりと現れる。
一方、人種間の違いを見ると、たとえば、
・ コーカソイド Aが 60%で、Bが 40%
・ モンゴロイド Aが 40%で、Bが 60%
となる。ここでは、確かに人種間の違いが出ている。だが、その違いは、個人間の違いよりも小さい。
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要するに、こう言える。
「人種間の違いというものは、統計的には意味があるが、生理的には意味がない。生理的に意味があるのは、遺伝子の違いだけだ。ある遺伝子がAであるかBであるかという違いだけが問題である。人種における遺伝子の比率がどのくらいかということは大きな意味を持たない」
たとえば、イレッサの副作用について考えよう。イレッサについては、次のことが判明している。
「イレッサの副作用は、白人よりもモンゴロイドの方が、起こりにくい」
このような人種の差は、確かに見られる。しかし、このことよりも、もっと大切なことがある。次のことだ。
「イレッサの副作用は、起こる人と起こらない人とがある。それは個人の遺伝子の違いによる。この違いを見ることの方が、人種の違いを見ることよりも、はるかに重要だ」
逆に、次の認識は、間違いだ。
「イレッサの副作用は、白人よりもモンゴロイドの方が、起こりにくい。ゆえに、患者がモンゴロイドであれば、個人差なんかは無視して、どんどんイレッサを投与していい」
こんな方針を立てると、副作用のある患者が大量に発生して、薬害となる。(日本は一部でそういう傾向があった。)
大事なのは、人種の差ではなくて、個人の差なのである。人種の差は、個人の差と比べれば、はるかに小さい。なぜならそれは、平均的な数値にすぎないからだ。(身長の平均値のように。)
このことをはっきりと理解しておこう。
[ 付記 ]
そもそもアメリカでは、遺伝子の差の大きいアフリカ人を含めて、治験がなされている。そこにおいて十分な結論が出ているのであれば、あえて日本独自の治験をする必要はない、とも言えるだろう。
どうせやるならば、アフリカ人やコーカソイドやモンゴロイドを含めた集団で、国際的な治験をして、その個人的な分布をしっかりと統計的に見ればいい。その際、人種も考慮すれば、人種間の違いがあるかどうかもわかる。
また、治験のあとで患者の副作用や治療効果なども、きっちりと調査してデータベースに収めるといい。
こういうことの方が、「日本独自の治験」なんていうのよりも、はるかに有益だ。
なお、どうしても「日本独自の治験」をやるとしたら、他の治験で「人種間の差があるかもしれないと見込まれた場合」だけに限るべきだろう。それは「個人間の差が大きい」というのに、ほぼ等しい。
そして、そういう結論が出たら、日本人に適用する場合ですら、「個人間の差が大きい」という認識のもとで、慎重に投与するべきだろう。
いずれにせよ、「日本独自の治験が重要だ」ということはない。それはいわば、次のような心配に似ている。
「欧州人の平均身長は、国ごとに、 176センチ プラスマイナス 5 センチの範囲に収まっている。しかし、人種の差ゆえに、日本人の平均身長は大きく異なって、平均身長が 140センチぐらいであると判明するかもしれない。ゆえに、日本独自の調査をするべきだ」
しかし、そんな馬鹿げた心配はする必要はないのだ。なるほど、日本人のなかには、140センチぐらいの身長の成人男性もいるかもしれない。しかし、それは個人差のなかの特殊事例であるにすぎない。人種差のせいでそれほど大きな違いが出るということはありえない。
「人種差が、個人差を大きく越える範囲にまで、逸脱する」
というようなことは、原理的にありえないのだ。
小 ← → 大
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赤の範囲と青の範囲は、いくらかズレる。
赤の分布は広い。
青の分布は広い
赤の平均値は、青の平均値よりも、少し大である。
赤の平均値と、青の平均値との差は、それぞれの分布の広がりよりも、ずっと小さい。

http://www.pmda.go.jp/operations/notice/2007/file/0928010.pdf
だいぶ古くなっているので、そろそろupdateされてもよい時期なのですがね、、、