( ※ 本項の実際の掲載日は 2013-07-25 です。)
いじめをなくすには、どうすればいいか? これがテーマだ。
これまでは、「いじめ対策」という方法を提示した。「空手やナイフで自衛する」というような方法。
→ いじめと空手
→ いじめ解決の方法(自力で) [ナイフ]
一方、学校側の制度による対策もある。「加害者の転校」を併用することだ。
→ いじめ対策・完全版
ただし、以上は、「事後的」な対策であり、「対症療法」的な対策である。
一方、本項では、別の観点からの対策を示す。これは、「事前的」な対策としての「予防」であり、「根源的」な対策である。
──
まず、物事の本質を考えよう。いじめはなぜ起こるのか? 通常、次の二つが理由だ。
(1) 加害者側に、心理的な抑圧がある。家庭不和や貧困など、何らかの不満がある。その不満を爆発させるために、他者への攻撃性が生じる。
(2) 生徒間で、交流の不足がある。そばにいる同級生を、「自分の仲間」とは思えず、「うまいことをやっている他人」と思える。
心理的な抑圧と、交流の不足。……この二つが原因となる。そして結果的に次のようになる。
「おれは家庭ではさんざんひどい目に遭っている。飯もろくに食えない。むかつく。世の中、不条理だ。なのに、隣の席にいる野郎は、毎日楽しそうに過ごしていやがる。畜生。おれがこんなに苦しんでいるのに、こいつはのほほんとして、うまいものを食って楽しているのか。気に食わん。世の中はもっと平等であるべきだ。こいつを蹴っ飛ばしてやれ。それで世の中は平等になるというものだ」
「蹴っ飛ばしてやったら、あいつ、泣きわめいていやがるの。ざまあみろ。ああ、すっとした。いつもはクラスでひどい気分になっているが、たまにはこうやってスカッとするのもいいな」

ドラえもん ジャイアン猛言トランプ
──
これが現状だ。とすれば、ここで、「いじめはいけないことだよ」というふうに叱りつけても、本質的な解決にはならない。それはいわば、「いじめっ子 に対する(大人の)いじめ」みたいなものだ。少なくとも、いじめっ子は、そういうふうに感じるだろう。
( ※ 道理は通らないが、犯罪者というものは、警察を恨むものなのである。)
こういうふうに「上から押さえつける」という方法は、いわば、「北風」の方法だ。
それとは別に「太陽」の方法もある。無理に何かをやらせようとするよりは、自発的に何かをするように促す。
いじめで言えば、「いじめをしたくても、我慢せよ」というふうに強制するのではなく、「いじめをしたい」という気持ちを最初からなくす。これが根源対策だ。
──
では、そのためには、どうすればいいか? 私としては、次の2点をお勧めしたい。
・ 肉体的に運動して、うつ病状態を脱させる。
・ クラスメートと遊ばせて仲間意識を持たせる。
この2点を実行するための具体的な方法として、次の遊びを推奨する。
ひまわり (遊び)

・ 子供たちが、二つのグループに分かれる。
・ Aグループは、円内に入る。
・ Bグループは、外の線と内の円との中間を走る。
・ Aグループは、Bグループの人を、外に押し出す。
・ 押し出されたBグループの人は、失格で、退場。
図で大きな ∧ の領域にいれば、安全である。一方、狭い通路の領域を通るのは困難で、内側から押し出されると、外に出されて、失格となる。そこを微妙にくぐり抜ければ、次の ∧ に達することができるので、OKだ。
他に、似て非なるルールもある。
→ 別のルール 1 ,別のルール 2
→ 参考情報
→ 参考画像
──
これが楽しいのは、肉弾戦になることだ。しかも、誰もケガをしない。単に押されるだけだ。
特に楽しいのは、男子と女子とが、肉体的に押しあいをすることだ。好きな女の子が通るとき、堂々と手でポンと押すことができる。(ただし、胸に触ったりはしません。そもそも女の子は、胸を手でガードしています。 (^^); )
小学校の高学年で、小学5〜6年生のころは、これが楽しくて楽しくて仕方なかった。毎日、これをするために学校へ行っていた、という感じ。
で、こういうことをやっていると、クラスの全員が楽しい仲間となる。誰かが仲間はずれになるということもない。いじめも起こりにくくなる。体を動かして、エネルギーを発揮すると、鬱っぽい気分もなくなるし、楽しい毎日が過ごせるものだ。
というわけで、これをお勧めします。私も楽しかったし。
( ※ どうだ、羨ましいだろ。 (^^)v)
[ 付記 ]
一方、最近では、スマホやゲーム機で遊ぶのが流行っている。体を動かさずに、指先を動かすばかりだ。これじゃ、ストレスの発散もできないから、ストレスが溜まって、攻撃したくなる気分になるのだろう。ジャイアンみたいに。

ドラえもん ジャイアン猛言トランプ
【 関連項目 】
→ サイト内検索「いじめ」

いじめは、単純に言えば、何をやっても報復してこないモルモットのような弱い存在と認識しているからです。国家間でも同じです。もみ手のひ弱な経済人が中国へ出て行ったから、この程度の国民、国家だと思われたことは多分にあります。
塾などで過剰なお受験勉強をやらして、上げ底秀才を大量生産しても仕方がないのでは。武道の鍛錬に一定時間を充てる(これこそ、今でしょう!)のが正解です。
いじめられていると申告した生徒には、地方自治体が、空手道場を斡旋して費用を負担して、初段レベルまで修行させれば、いじめられることはなくなりますし、本人も自信が付き、正々堂々と生きられます。大部分の教師はひ弱なペーパー秀才なので、いじめられている生徒を守れないでしょう。
武道の道場内でもイジメがある現実をどう考えているんでしょうかね?
あと、どんなゲームをやっても必ずなじめない子供は出てきます。
元記事のひまわりにしても、子供たちは競い合って勝つことが大好きですから、
自チームの足を引っ張る子供には容赦がありません。
ひまわりを導入しても、いじめる理由に
「ひまわりでヘマをするから」
から追加されるだけでしょうね。
早めに失格した人は、さっさと排除され、残った人がたっぷり楽しめるので、早めに失格する人は歓迎されるでしょう。
このタイプの遊び(地方によって色々な名前とローカルルールがあるようです)は、運動音痴の人でもそれなりの役割を持って貢献できるってことがいいですね。私もずいぶん遊んだ記憶があります(年が知れる感じですが(笑い))
ただ、このタイプの遊びができる環境が無くなっていることが、(昔からある)いじめ問題が深刻化する原因だと思うので、今の環境にあった、どういうタイプの運動(もしくは遊び)をさせるのがいいのか、ってことを小学校は真剣に考えた方がいいと思います。
つまり、昔は良くあった地域の子供だけのコミュニティーであれば、この「ひまわり」のようなゲームがはまりますが、当時でも不思議な事に、学校の校庭でこのゲームがされることはなく、ドッチボールのような、ルールと優劣がはっきりしたゲームが主流となってました(だから私はそこには参加せず本ばかり読んでました)。
だから、地域の子供コミュニティーが無くなってきてる、もしくは変貌している現代では、もう少し現代の状況に合わせた取り組みが必要じゃないかと思います。
本質的な部分には賛成しますが、具体論としてはそんな単純じゃないってことです。
そこに取り組んでいる学校は、全国レベルでは多数ありますが、まだまだ少数派であることが残念です。
ここにずっと留まっているのはルール違反なのでしょうか。
それと楽しさが今ひとつ理解出来ませんでした。
ただ突っ立っているのが好きなんだったら、最初から自発的に失格になって、外で突っ立っていればいいんです。というか、最初から遊びに参加しなければいい。ぼんやりと指をくわえて突っ立っていればいい。
体を動かして触れあう楽しさがわからないと、仕方ないですね。体力があればレスリングを楽しいと思うことがあるでしょうが、それよりもずっとマイルドな形で男女でやるのがポイント。押しくらまんじゅうに似ている。
女の子に触る楽しさがわからないのは、どうしてなんだろう? 不思議。
うまく逃れて、次の山に移れれば、「やったぜ!うれしい!」となる。
押し出されて、はじき出されたら、「やられた! 悔しい!」となる。
今の子供たちが指先でゲームをするかわりに、全身の肉体でゲームをするわけです。スポーツみたい。しかも勝敗のポイントはない。その場その場で「やった」「やられた」があるだけ。
ま、それがわからない人は、ゲーム機でピコピコと指を動かしていればいいんでしょう。ここで、オタクとリア充に、道が分かれる。
思春期以前の子はそんな楽しみは分からないだろうし、
思春期に入った子は、逆に恥ずかしがる。
そもそも、女の子の側が触られてうれしいと思ってんだろうか?
触るという言葉に中年男性のいやらしさがこもりすぎていますよ。子供はそんないやらしいことは考えません。私はそんな意味で言ったんじゃありません。ボディ・コミュニケーションという後でも調べてください。
den さんって、いちいちアラ探しして、揚げ足取りをして、得意がっているみたいですね。そんなことをしても、お利口には見えませんよ。もっと建設的に考えましょう。そうしてこそ、敬意を得られます。
で、押し出すんじゃなくて触られた人は退場。
体が線から全部でても退場(足の一部が入っていればOK)
慣れた上級生が、絶妙な線を引くので、実に熱いチーム戦が繰り広げられました。残念ながら女子はいなかった(笑)
『女の子に触る楽しさがわからないのは、どうしてなんだろう? 不思議。』
なんてことを書いているあなたからいやらしさが滲んでいます。ひょっとしてあなたの内なる願望ですか?
ボディコミニュケーションて言葉も後付っぽいです。
>den さんって、いちいちアラ探しして、揚げ足取りをして、得意がっているみたいですね。
自分の意見の問題点を指摘されてムカつくのはわかりますが、
反対意見を述べることを『得意がっている』扱いするのは研究者として良い態度とは思えません。
あと、勝敗を決めないゲームというのは、割と早い段階で子供たちは飽きます。
ひまわりは何の終了条件もなく、ひたすら円の周りを走るだけです。
いくら押し出されるというアクションがあっても、勝ちの爽快感のないゲームでは、
子供たちが飽きるのも早いでしょうね。
といって、勝利条件を決めてしまうと、それを原因としたイジメが始まるので難しいところですが。
ゲームじゃないですよ。遊び。
ま、やったことのない人には、楽しさはわからないんでしょうけど。
>
>ゲームじゃないですよ。遊び。
>
>ま、やったことのない人には、楽しさはわからないんでしょうけど。
ひまわりがつまらないとは言いません。
勝敗を決めるゲームの方が楽しいことを、子供たちが知っているだけです。
#あなた実際に子供の集団の相手をしたことないですね?
私の子供時代は……
将棋ならいっぱいやったけど、負けるとすごく悔しくて泣いたが、勝ってもあんまり嬉しくなかった。他のゲームは、上面の楽しさだけ。楽しいというよりは、面白いだけ。終われば、虚しい。
一方、何かを作り上げるのは、ゲームじゃないけど、とても充実していた。プラモデルの魔改造とかね。
一番充実していたのは、好きな美少女といちゃいちゃしていたときです。リア充の喜びに勝るものはない。
今のオタクが美少女アニメなんかで喜んでいることを、自分の子供時代に自分で体験してしまえば、年を食ってから美少女アニメなんかを見ることはなくなる。
楽しむためには、主体的に楽しさを作れる子供が一定数いないといけない。
そんな子供達が多くいるようなら、そもそもいじめの問題はこれほど深刻になってない。
「ひまわり」はともかく、勝敗ははっきりしないけど楽しいというタイプの「遊び」を子供達にさせるよう誘導することは、いじめ問題に一定の効果は期待できると思います。
ただ、その遊びは「ひまわり」ではない。「ひまわり」は今の子供達には遊び方が高度すぎる、という気がします。