ジョブズの訃報のあとで、あちこちで論評が出た。褒める言葉も多いが、けなす言葉も多い。人をけなす能力では傑出している池田信夫は、早速、ジョブズの業績を卑小化する(というか自分を尊大化する)論評を出した。引用しよう。
ジョブズは長期的なビジョンを語ったことはなく、まったく新しいアイディアを創造したこともない。むしろエンジニアにとっては常識だった新しい技術を商品として実現したことが彼の功績だ。人は自分の器に応じてしか、対象を認識できない。その見本だろう。巨人のごとき偉大なる人物も、小さな人物の目で見れば、小さな姿でしか見えない。
イノベーションにとって最大の問題は、新しいアイディアを思いつくことではなく、それを商品化することだ。
ジョブズは、アップルを脱統合化してハードウェアをアウトソースし、彼の micromanagement によってすみずみまでコントロールした。工業化社会では工程は複雑化し、組織は官僚化して、商品は凡庸になりがちだ。それを逆転して、個人的な思い入れを商品化できるサイズに企業の実質的な規模を小さくしたことが、彼の本質的なイノベーションだ。新しいアイディアを思いつくのは、ただの発明家である。イノベーターは作品を出荷するのだ。
( → 池田信夫ブログ )
「群盲、象を撫でる」。全体の姿を理解できない人は、自分の手の触れた範囲でしか、巨象を認識できないものだ。
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私は前項で、こう述べた。
「彼の進んだ道を真似することは難しいだろう。しかし彼の進んだ道を理解することはできる。その上で、彼のもたらしてくれたものの大きさを、理解することもできるはずだ」
と。だが、理解できる人もいるが、理解できない人もいるのだ。(誰が、とは言わないが。)
ジョブズは去った。では、ジョブズ亡きあとも、アップルは次々と革新的な新製品を商品化できるだろうか?
池田信夫はジョブズの功績を「商品化したことだ」と述べる。また、こうも述べる。
「ジョブズの功績は、技術を世に出す上でのボトルネックが非技術的な部分にあることを認識していたことだ」
これらのことが正しいとすれば、ジョブズのやったことは、他の誰でもできることになる。ならば、アップルは今後も次々と革新的な新製品を商品化できるだろう。また、アップル以外の世界中の他社も、次々と革新的な新製品を商品化できるだろう。商品化の力があれば済むからだ。世界中の誰もが、既存の技術を商品化するだけで、ジョブズと同じようなことをできるだろう。
しかし、そんなことはありえない。つまり、ジョブズのやったことは、ただの商品化ではないのだ。また、「技術を世に出す上でのボトルネックが非技術的な部分にあることを認識していたこと」でもないのだ。
実際、そんなことを主張している池田信夫本人は、iPhone や iPad を開発できなかった。また、他の誰もできなかった。
ついでに言えば、池田信夫がやったのは、アゴラというちっぽけな電子出版の会社を設立して、泡沫会社のままにして、その会社の「社長」という肩書きを得ていることだけだ。(会社を成長させなくても、泡沫会社の社長になることがよほど嬉しいらしい。ジョブズとは正反対だ。)
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話を戻そう。池田信夫は製品開発というものを、次の二点で考える。
・ 技術力
・ 商品化
しかしこれはあまりにも単細胞すぎる発想だ。というか、時代遅れの発想だ。
技術力があれば優位に立てるというのは、ハードウェアの時代の発想だ。なるほど、精密機械や自動車のような機械工業製品ならば、機械的な技術力が何よりも大事だった。しかし今や、そんな時代ではない。ハードよりも、ソフトの時代だ。特に、情報産業ではそうだ。
商品化の問題は、経営力の問題だ。だが、これはたしかに重要ではある。だが、本質的ではない。何かを売り出す能力は重要だが、商品化する前に、肝心の製品ができていなくては、何にもならないからだ。
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では、一番大切なのは、何か? それは創造力 creativity だ。それがジョブズにはあった。その能力が、ジョブズは傑出していた。
では、創造力とは?
それについては、先に述べた。
→ ジョブズの発想
ジョブズには、見通す力があった。それがつまり、ビジョンがあるということだ。
では、見通すとして、何を見通したか? 将来を? 数十年後の現実を? ……そう思う人が多いだろう。そこで、「ジョブズには長期的なビジョンがあったか?」などと問題提起をする人もいる。(上述の池田信夫もそうだ。)
しかし、ビジョンとは、長期的な展望のことではない。将来を見通す力ではない。彼が見通したのは、将来の世界ではない。では、何を見通したか? 将来ではなく、真実を見通したのだ。
では、真実とは? 物事の本質だ。この場合に即して言えば、商品のあるべき姿だ。たとえば、マッキントッシュや iPhone や iPad という商品に結実したような種類の商品だ。その本質を、ジョブズは見通すことができた。ここが最も大切なことだ。
ビジョンとは何か? それは、将来を見通す力ではない。将来を生み出す力だ。
凡人は「将来をあらかじめ見通しておけば、うまく金儲けができるだろう」と考える。しかし天才は「将来を自らの力で生み出そう」とする。
凡人は、どこかにある「正解」をこっそり盗み見ることで、自分で何かを生み出したフリをしようとする。しかし天才は、自分の力で何かを生み出そうとする。
その違いを理解できるか? creativity のある人には、理解できる。creativity のない人には、理解できない。creativity のない人にとっては、ビジョンという言葉の意味からして、理解できないのだ。(誰が、とは言わないが。)
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ジョブズは見通した。真実を。物事の本質を。商品の本質を。── では、商品の本質とは、何か?
たいていの人はこう考える。「商品とは技術力の結晶したものだ」と。
しかしそれは、時代遅れの発想だ。機械製品を作っていたころならともかく、今では当てはまらない。特に、情報産業には当てはまらない。(前述)
では、現代の情報産業で大切なのは、何か? 技術力ではないとしたら、何か?
それは、物事の本質だ。商品の本質だ。では、商品の本質とは?
私なりに答えれば、こうなる。
「情報機器の本質とは、ユーザビリティだ」
ユーザビリティとは何か? 使い勝手だ。それは、ただの技術ではない。総合的な商品力の結実したものだ。そこではデザインも大切となる。デザインとユーザビリティは一体となる。また、技術よりはデザインが優先されることもある。
たとえば、iPhoneではそうだった。従来の発想では、何らかの機能と技術を持つ部品をパッケージしたものが商品だった。しかし iPhoneは違った。最初にデザイナーがおおまかなデザインを決めて、そのデザインに合わせて機械部品が案出されていった。
また、タッチによるスクロールなどの使用法が先に決まり、それに合わせて部品技術が最適化されていった。
これらのことは「技術に応じて商品ができる」という従来の機械技術の発想とはまったく異なる。それを典型的に示したのが、 MacBook Air を封筒から取り出すプレゼンだ。
→ ジョブズのプレゼン
この動画は時間が 10分間ぐらいあって長いので、30秒に縮めたコマーシャルを紹介しよう。
このコマーシャルを最初に見たときも驚いたものだが、ここでもデザイン優先の発想が見られる。
ま、機能性から言えば、こんなに薄っぺらいのは、キーストロークが浅くて、打ちにくいのだが、そもそも、キーストロークは Windows のノートパソコンも同様であるし、デスクトップ機ですら同様のものが多いから、あまりうるさいことを言っても仕方ないのかもしれない。
ともあれ、ポータブルのノートパソコンの究極の形を、ジョブズは示した。そして非常に利益率の高い形で販売した。これはまさしく大成功と言える。
MacBook Air だけでない。iPhoneであれ、iPad であれ、そこにはデザイン優先の発想があった。
では、ジョブズは、機能性よりもデザインを優先したのか? だたの美術志向のオタクだったのか?
違う。彼の考えるデザインとは、美的なセンスとしてのデザインだけではなかった。デザインと機能性の一体化した、総合商品としての新製品だった。彼の求めたのは、優れたデザインと優れた技術を組み合わせた新製品ではなくて、デザインと技術が複合的に溶け合いながら、これまでにない別世界に生じた新製品だった。それは「既存のものを組み合わせよう」という発想から生まれたものではなかった。それはトライアンドエラーから生まれたものではなかった。
なぜか? 彼には見えていたからだ。真実が。つまり、商品の本質が。
それは決して、「未来を見通す」ことから生まれたのではない。むしろ、「未来を作り出す」ことから生まれたのだ。
それがビジョンの本質だ。
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ここまで語ったことを簡単に一語でまとめるなら、「システムデザイン」という言葉で示せるだろう。
ジョブズの能力は、技術力でもなく、商品化力でもなかった。ジョブズの能力は、商品を全般的に統合しながら開発する能力だった。それを、「システムデザイン」という言葉で呼ぶこともできる。
この概念を理解するために、比喩的に示そう。
似た例として、映画におけるプロデューサーとディレクター(監督)とがある。この二人の能力は、映画を全般的に創作する能力だ。
・ プロデューサー …… 実務面で統合的に制御する (配役も)
・ ディレクター …… 映画の創造の現場で各人を統合的に制御する
こういう分担はあるが、この二人が現場の全員を動かす。この二人がトップだ。
そして、この二人の下に、多くの人々が配される。カメラマンや俳優や照明係や化粧係など。
ここでは、個々人の技術力はとても大切だ。俳優の演技力や、カメラマンのカメラワークなどは、とても大切だ。しかし、そういう技術力がいくら優れていても、それだけでは映画は完成しない。ただの駄作ができるだけだ。映画が傑作となるには、優れた脚本が必要だし、その脚本を具現化する監督が必要だし、監督の能力を発揮させるプロデューサーが必要だ。
ここまで言えば、ジョブズの果たした役割がわかるだろう。彼は映画製作における「プロデューサーとディレクターと脚本家」という三つをともに兼ね備えたのだ。
ただし、脚本については、その細部は技術者などに任せた。彼の示したのは、脚本の粗筋だけだった。とはいえ、その粗筋が狂っていては、すべては崩壊してしまう。その粗筋は、まさしく骨格となるような、大切なものだった。それをジョブズは自分で書き上げた。
これがジョブズのやったことだ。しかしそれを理解できない人もいる。「彼が自分で技術開発をしたわけじゃない」というふうに。何とまあ、見当違いなことを言っていることか。それはまあ、映画監督に、「彼は自分で主役を演じたわけじゃない。彼は自分自身が美男・美女じゃない」と批判するようなものだ。あまりにも見当違いな批判だ。そんな批判をする人は、映画製作とは何かということを何も理解していないことになる。
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ジョブズのやったことは、「システムデザイン」という言葉で理解できる。
では、そう理解したあとで、それを真似すればいいだろうか? ジョブズ亡き後では、別の誰かがシステムデザインをすればいいだろうか?
物真似をしたがる人は、そう思うだろう。しかしながら、物真似をしたくても、物真似は容易ではない。ジョブズにできたことを、他の誰かができるとは限らない。
なるほど、いつかまた、ITの天才が現れて、画期的な新製品を出すかもしれない。その人は「第2のジョブズ」になれるかもしれない。しかしながら、「システムデザイン」という言葉を理解しただけで、ジョブズの真似ができると思ったら、とんだ間違いだ。
まして、「ジョブズはイノベーションをもたらしたから、われわれもイノベーションをもたらそう」なんて考えるようでは、とんでもない勘違いだ。
ジョブズ自身は、決して「イノベーションをもたらそう」とは思わなかった。いや、思うことぐらいはあっただろうが、それを目的とはしなかった。では、彼は、何を目的としたか? 彼は何も目的としなかった。彼は単に自分自身のやりたいことをやっただけだ。彼のスピーチから引用しよう。
私は17歳の時、こんな感じの言葉を本で読みました。「毎日を人生最後の日だと思って生きてみなさい。そうすればいつかあなたが正しいとわかるはずです。」これには強烈な印象を受けました。それから33年間毎朝私は鏡に映る自分に問いかけてきました。「もし今日が自分の人生最後の日だしたら今日やる予定のことは私は本当にやりたいことだろうか?」また、別の言葉を引用しよう。iPod Mini の出荷記念パーティで、開発メンバーを前に、ジョブズはこう言った。
「アップルは最高の砂場だよ。毎日来るのが本当に楽しい。これからも面白いものを色々と作っていこう!」彼は自分自身のやりたいことをやっただけだ。そして、こういう精神に、creativity というものは宿るのだ。
( → ジョブズとともに働いた日本人の回想 )
逆に言えば、「イノベーションをもたらそう」とか、「金儲けをしよう」とか、そんなふうに望む人の精神は、ジョブズの精神からは、あまりにも懸け離れている。そのような強欲な人は決して、イノベーションをもたらすような creativity を備えていないものだ。
これと似た話は、他の面でも成立する。たとえば、人々から尊敬される人は、尊敬されようとしたから尊敬されるのではない。自分の信じる道をとことん突き進むから、結果的に人から尊敬されるようになっただけだ。
このように、目的と結果は一致しないのだ。結果を目的とすれば結果が実現するわけではない。結果はあとから付随するものだ。そして、そのことを理解している人のみが、自分のやりたいことをやったあとで、大きな結果がともなうという幸運を得ることもある。
ここにイノベーションの本質がある。ここをきちんと理解していない凡人には、イノベーションを欲しがることはできても、イノベーションを実現させることは決してできないのだ。
[ 付記 ]
ジョブズ Think different と語った。それは天才らしい言葉だ。
一方、 Get money! と語る人々もいる。それは天才とは正反対の言葉だ。
この両者の違いを、よく理解しておこう。
【 Think different のコマーシャル(アップル)】
→ 解説1 ,解説2
Here's to the crazy ones.
The misfits. The rebels. The troublemakers. The round pegs in the square holes. The ones who see things differently.
They're not fond of rules. And they have no respect for the status quo.
You can quote them, disagree with them, glorify or vilify them. About the only thing you can't do is ignore them.
Because they change things. They push the human race forward.
While some may see them as the crazy ones, we see genius.
Because the people who are crazy enough to think they can change the world, are the ones who do.
クレイジーな人たちがいる。
反逆者、厄介者と呼ばれる人たち。
四角い穴に丸い杭を打ち込むように
物事をまるで違う目で見る人たち。
彼らは規則を嫌う。
彼らは現状を肯定しない。
彼らの言葉に心を打たれる人がいる。
反対する人も
賞賛する人も
けなす人もいる。
しかし、彼らを無視することは、誰にも出来ない。
なぜなら、彼らは物事を変えたからだ。
彼らは人間を前進させた。
彼らはクレージーと言われるが
私たちは彼らを天才だと思う。
自分が世界を変えられると
本気で信じる人たちこそが
本当に世界を変えているのだから・・・・
Think different
登場人物一覧
アルバート・アインシュタイン、ボブ・ディラン、マーティン・ルーサー・キング牧師、リチャード・ブランソン、ジョン・レノン&オノ・ヨーコ、バックミンスター・フラー、トーマス・エジソン、モハメド・アリ、テッド・ターナー、マリア・カラス、マハートマ・ガンジー、アメリア・イアハート、アルフレッド・ヒッチコック、マーサ・グラハム、ジム・ヘンソン&カエルのカーミット、フランク・ロイド・ライト、パブロ・ピカソ
スティーブ・ジョブズ

以下、引用。
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ジョブズ氏の才覚を裏付けるのが、同氏名義の特許の多さだ。米国の特許のうち、発明者にジョブズ氏が名前を連ねているものは300件を超える。対象もパソコンから携帯プレーヤー、周辺機器まで多岐にわたる。
http://j.mp/pVZQpf
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