原発をやめると、火力発電による死者が増加する、という見解がある。もとはと言えば、池田信夫が誤訳したのが端緒だ。「寿命が1年ぐらい縮まる老人が全米で 64000人」という話を、「全米で 64000人が死ぬ」というふうに誇張して書いた。
→ 続・池田信夫のデマ(電力)
その後、池田信夫は追記して、次のように書いた。
「石炭火力」を「火力」に修正し、運転増をエネルギー経済研のデータに合わせて18%増とした。NRDCによると、全米の大気汚染による死者は年間10万人以上なので、化石燃料の使用量がその2割の日本の死者は2万人以上。その18%が増えたとして3600人。採掘事故の死者は世界で毎年5000人以上で、日本の消費量は世界の約5%だから、その18%で45人。化石燃料のすべてが発電用ではないが、石炭のほとんどは発電用なので1500人程度が妥当だろう。似た話は、次のページにも見られる。
( → 池田信夫ブログ )
日本での大気汚染で死亡する人数を年間 18000人として、その内の2割が火力発電所が原因だとすると、約 3600人が発電により死んでいることになります。
( → 金融日記 )
しかし、これらの試算には誤解がある。
──
上記の試算ではいずれも、単純に粗っぽい計算をしている。「米国ではこれこれだから、日本ではこれこれだろう」というふうに。しかし、そのような粗っぽい計算では、大切な点が見失われている。
いくつかを指摘しよう。
(1) エネルギー量と大気汚染量
エネルギー量と大気汚染量は、比例しない。大気汚染対策が進んでいれば、エネルギー量が増えても、大気汚染量は増えないからだ。実際、金融日記 にも記してあるように、日本では(電力あたりの)大気汚染量はアメリカの 10分の1だ。化石燃料の使用量が2割だからといって、日本における死者数が2割になるということはない。その 10分の1だと思った方がいい。(この点は、特に、池田信夫の計算で見失われている。)
(2) 石炭とLNG
石炭の大気汚染はかなり多いが、LNG の大気汚染はきわめて小さい。なのに、
「 LNG 発電を増やしたら大気汚染で大量の人々が死にます。そのレートの算定には石炭による大気汚染の死者数のレートを採用します」
という論法を取るのは、論理的ペテンである。比喩的に言うなら、排ガスの死亡率の数値の根拠に、煙草の死亡率の数値を使うようなものだ。インチキ。数値のすりかえ。
(3) 汚染と死者の比率
汚染と死者の比率は、同等ではない。金融日記 によると、大気汚染の比率は、火力発電が 19%で、その他が 81%だ。ここで、火力発電をなくせば、死者数も 19%減るか? 「イエス」というふうに試算がなされているが、それは正しくない。
火力発電をなくせば、大気汚染は 19%減るが、だからといって、死者数が 19%減るわけではない。依然として 81%の汚染が残っているのだから、死者数はあまり減らないだろう。
汚染の寄与率が低いときには、その小さな汚染源だけをなくしても、大部分の汚染源はそのまま残っているのだから、死者数にはあまり影響しないのだ。(影響が皆無だとは言えないが、比例関係にはない。)
(4) 汚染場所
一番の問題は、大気汚染のある場所だ。大気汚染があるのは、どこか? 火力発電のある場所か? 違う。都会である。そのことは、データからわかる。
→ 大気汚染物質広域監視システム(関東)
→ 日本の火力発電所一(Wikipedia)
この二つのページを照合すれば、次のことがわかる。
・ 大気汚染の程度がひどいのは、内陸部の都会である。
・ 火力発電所があるのは海辺だが、大気汚染の程度は最低レベルである。
要するに、次のことが言える。
・ 大気汚染の死者をもたらすのは、内陸部の発生源からの排ガスである。
・ 火力発電所の排ガスは、人間にはほとんど影響しない。
つまり、こういうことだ。
大気汚染の死者が多数になる、と池田信夫たちは騒ぐ。しかし、火力発電所の排ガスは、人間にはほとんど影響しない。
なぜか? 関東なら、東京湾にあるのはクリーンな LNG発電所だけだし、石炭火力は太平洋のそばの発電所がほとんどだからだ。そこから出る排ガスは、太平洋に流れてしまうので、大気汚染による死者を出さない。また、北海道なら、火力発電所はもともと人口の少ないところにあるだけだ。(人口密集地にはない。)
その一方で、大気汚染は内陸部ではかなりひどい。ただしその発生源は、自動車や工場の排ガスである。これらが健康に悪影響を及ぼす。(火力発電所ではない。)
──
ここまで理解すれば、真相はわかる。こうだ。
(1) 大気汚染による死者は、あることはある。ただしそれは、大気汚染による直接的な死ではなく、「寿命が少し縮まる」という程度のことだ。
(2) 大気汚染による死者は、あることはある。だが、その理由は、地方の火力発電所の大気汚染ではなく、都会の自動車や工場の大気汚染である。特に、都会の道路沿いにおけるディーゼルの排ガスの影響が非常に大きい。
(3) 大気汚染による死者を「火力発電のせい」というのは、冤罪(濡れ衣)である。真犯人は、主としてディーゼルの排ガスだ。
(4) ゆえに、大気汚染による死者を減らすには、「火力発電せばいい」(原発を増やせばいい)のではなく、「ディーゼルの排ガスを浄化すればいい」(ディーゼルの排ガスの規制を強めればいい)のである。
──
結論。
大気汚染によって、(死者増加はともかく)健康被害はたしかにある。ただしその理由は、火力発電ではなく、ディーゼルの排ガスだ。だから、ディーゼルの排ガスの規制を強めればいい。そうしてこそ、都会の大気汚染による死者数を減らせる。
ひるがえって、田舎にある火力発電所をいくら減らしても、その近辺にはもともと人がろくに住んでいないので、大気汚染による死者数を減らす効果はほとんどない。
人口の密集する都会で大気を浄化すれば、それは健康改善の効果があるが、誰もいない海辺で石炭発電所を閉鎖しても、それは健康改善の効果はほとんどないのだ。
なのに、そういう違いを理解できずに、単に数字だけを単純に計算しても、それは「机上の計算」もしくは「統計のインチキ」でしかない。
 ̄ ̄
要するに、「物事の実態を見ないで数字だけを操作しても駄目だ」ということだ。
大気汚染による死者というのは、たしかにあるが、その本質は、ディーゼルの排ガスによる都会の大気汚染なのである。それは花粉症など、多くの健康被害をもたらす。なのに、その本質をほったらかして、人のいない太平洋の空気を浄化しても、人々の健康被害はなくならない。
そういう本質を理解しないまま、数字だけを自分の都合のいいように勝手に操作して算定しても、それは数字を使ったペテンになるだけだ。
教訓。
池田信夫たちの数字ペテン(統計ペテン)に だまされるな。
【 関連項目 】
→ 続・池田信夫のデマ(電力)
[ 余談 ]
以下、細かな話。読まなくてもよい。
池田信夫は、炭鉱労働者の死者数も係数しているが、これはあまり意味がない。
(1) 炭鉱で事故死する人々は、自分で志願して働いている。彼らは働けば45人の死亡者に含まれるだろうが、働かなければ失業して数万人の自殺者のなかに含まれることになりそうだ。炭鉱で働くことには死亡のリスクがつきまとうが、それは失業して死亡するリスクよりは低いのだ。
(2) 自分でも計数しているが、その数はたったの 45人にすぎない。上記を再掲しよう。
採掘事故の死者は世界で毎年5000人以上で、日本の消費量は世界の約5%だから、その18%で45人。交通事故の死者数が5千人、自殺者が3万人。(日本の年間数)。これらの数値に比べると、外国人の採掘事故死者が 45人というのは、特に問題視するに当たらない。

ところが、日本において火力発電所すべてに排ガス中のSOxとNOxの除去装置が設置されています。
15年ほど前のデータ(のうろおぼえ)ではありますが、火力発電所などの排ガス除去装置約500のうち400弱が日本国内に設置されている、排ガス除去装置は発電所の建設コストの約2割という内容を読んだ記憶があります。
一方、排ガス除去設備なしで工場のエネルギー源に石炭を用い石炭火力で電力供給を行うと、喘息を招くスモッグに被われてしまいます。中国内陸の重慶は衛星写真ではいつもスモッグに被われて見えない、電柱までもが排ガススモッグで赤く変色しているというレポートがやはり15年ほどまえ読売新聞にありました。
今後新たに火力発電所が国内に設置されたとしても、大量の死者を招くものが建設されるとは考えにくいですね。
それよりも、石炭火力はガス化を行いガスタービン+高圧タービン+低圧タービンのコンバインドサイクルにでもしない限り熱効率が悪く、無駄なエネルギー消費になるという観点でアスタリスクをつけるべきでしょう。
観点から資源の遍在があまりない石炭利用も進めるべきだと思います。
過去の石油ショックから一つに頼りすぎると危険だとして原子力導入も進んだので・・・
クリーンな「石炭ガス化複合発電」が実現したら、ですね。今は実証段階なので、もうちょっと待つ必要がありそうです。
重度の喘息患者が、更なる汚染物質の吸入で死に至る仕組みは臨床的にわかっているはずなのに、なぜ、あえてざっくり計算をするのだろうかと。
時系列的、かつ臨床的に、大気汚染を汚染源、汚染物質別に疾病との因果関係を整理するべきであって、ざっくり計算では、数千数百は誤差の範囲になってしまう、というのが最初の感想です。
ざっくりやるなら、原発から事故がなくても常時漏れている汚染物質、および海洋への高温水の排出による影響なども同様なざっくりベースでやって比較する必要があります。(つまりあまり有意なデータはなく、死との因果関係は立証困難で、意味もない数字が出てくると思います。)
仮に濃度が上がって、急性の死者が増えるのが確定的である場合は、その濃度上昇分を回避する策は、マスク、空気清浄、隔離、転院など様々にとることが可能であって、直ちに増えるとするのは穏当ではないのは明らかです。
また、推計するにしても、過去火力依存度の高い時期から、現在にいたる、急性患者、死者数の低下との関係が有意として、それを、閾値の検証なく直線的に評価するのは、推計としても粗い、と思います。
汚染の15%は火力発電だから単純に6300人死ぬという理屈は大気汚染の場所を考慮していない意見であって、
正確に計算するなら発電所付近と都市部の人口密度とLNGか石炭かという方式の違いも考慮すべきなんですね。
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