JR西日本の列車事故の原因について、「日勤教育が原因だ」という事故調査委の報告が出たという。( 2007-06-10 各紙)
このことから一般的に拡張して結論すれば、こうなる。
「事故の削減は、市場原理では済まない」 ──
まず、今回の報告の要旨は、次の通り。
JR福知山線脱線、懲罰的な「日勤教育」が事故要因──
◆事故調が最終報告へ、教育内容の改善求める
107人が死亡した2005年4月のJR福知山線脱線事故で、国土交通省航空・鉄道事故調査委員会は、JR西日本がミスをした運転士に課す「日勤教育」が異常運転の心理的な要因になったと判断、教育内容の改善などを求める最終報告書を今月下旬にも公表する方針を固めた。
( http://osaka.yomiuri.co.jp/news/20070610p101.htm)
このことは、特に目新しいことではなく、前にも何度も報道されてきたとおり。
問題は、このことではなく、このことがもっと多くの場面にも適用される、ということだ。
──
たとえば、前にも述べたが、次のことがある。
“ 事件はときどきあるが、それに対して、どう対策するべきか? 政府がやったのは、「(個々の事件について)同種の事件をなくす」というものだった。これに対して、「あらゆる事故をすべて減らせ」という立場もある。朝日新聞の小林慶一郎が自説を展開している。「これからは、労働者がプロとしての自覚をもてるようにすればよい」と。つまり、結局は、個人レベルの意識の問題に還元する。しかしながら、このような個人に還元する発想は、もはや、経営でも経済でもない。ただの精神論である。むしろ、社会システムの問題だ。「安全学(危険学・失敗学)を社会的に整備すること」が大切だ。”
http://openblog.meblog.biz/article/77927.html (安全確保の方法)
次の項目もある。
→ 危険学
http://openblog.meblog.biz/article/37762.html
→ 安全の失敗学
http://openblog.meblog.biz/article/32484.html
──
ここまでは、すでに述べたことの要約だ。本項では、新たに、次のことを述べる。
「安全の確保は、市場原理では済まない」
「ミスの減少は、個人の努力では済まない」
ミスを減らすには、「ミスをなくそう」という個人的な努力で済むわけではない。なぜなら、「ミスを起こそう」と思ってミスをするわけではないからだ。
「ミスを起こそう」と思ってミスをするのなら、「ミスをなくそう」という個人的な努力で済む。しかし、「ミスを起こそう」と思ってミスをするのではないから、個人的な努力では済まない。
では、何が必要か? 「そうしようとは思わないのに、ミスをしてしまう」という状況を改善することだ。
そして、これは、状況整備の問題であるから、個人の問題ではなく、組織の問題であり、経営の問題である。
では、その意味は?
「一人一人が努力すれば全体状況が改善する、という市場原理主義は成立しない」
ということだ。ここでは、市場原理なんていうものは、有害でこそあれ、有益ではない。
「安全の場においては、市場原理を捨てよ」
これが鉄則となる。
しかしながら現実には、「安全確保のために市場原理を推進しよう」と思う経営者が多すぎる。そのせいで、「ミスをした人間を処罰すれば、ミスが減るだろう」と考える。……それがつまり、JR西日本の日勤教育だ。
すべてを労働者のせいにして、すべてを労働者の努力に委ねる。一方、経営者がやるべきことをやらない。──これが、日本中における安全管理の根源的な問題だ。
このことに着目するべきだ。JR西日本の問題は、JR西日本だけの問題ではない。日本中に渡る問題だ。それはつまり、「人々が誤った妄想を信じている」という問題だ。(市場原理ですべては改善する、という妄想。)
【 参考 】
これが妄想だということの詳しい理由は、すでに別のところで説明している。
→ 経済学講義
http://nando.seesaa.net/article/37734213.html
