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これについては、私がいちいち批判するまでもなく、ネット上では悪評の嵐である。たとえばこれだ。
→ 「維新に出し抜かれダサい」「判断が遅い!」玉木代表、維新に騙された愚痴配信が炎上
→ はてなブックマーク
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あげく、支持率も大幅に低下した。
→ 首相指名にも及び腰、維新・吉村洋文にも出し抜かれた、国民民主党・玉木雄一郎代表
→ 支持率下落の国民、「玉木氏は首相になる決断できない」とみられたか…読売世論調査
四面楚歌の状態である。ここで私がさらに批判を加えるのは、水に落ちた犬をたたくようなものであり、気が引ける。が、ともあれ、ここまでの事情を延々と振り返って、まとめてみよう。
基本政策の不一致
- 基本政策の不一致が理由
- 玉木は立憲との連携を拒んだ。その理由は、「基本政策の違い」である。具体的には、安全保障政策の違いである。
ただし、よく調べると、その理由は成立しない。
・ 両党の基本施策は一致している。せいぜい敵基地攻撃能力の違いがあるだけで、その違いもわずかだけだ。
・ 両党の基本施策は一致しているのだが、玉木だけは急に右旋回したので、玉木と両党では、基本政策の不一致が生じた。
上のことが物事の本質である。
※ この件はすでに述べた通り。下記で。
→ 玉木が立憲を拒んだわけ: Open ブログ - 本質は二点
- 上のことの本質は何か? 次の二点だ。
・ もともと両党には不一致はなかった。
・ 玉木が豹変したので、玉木が両党と不一致になった。
つまり、一致していないのは、両党ではなく、玉木だ。だから玉木には「おまえが不一致なんだよ」と指摘してやるべきだろう。 - たぶらかし
- 一致していないのは玉木である。なのに「立憲は一致しない」というふうに、虚偽で言いくるめている。立憲は一致しているのに、自分が勝手に豹変したことで、「不一致がある」と言いくるめている。
これは、たぶらかしているのも同然だ。そして、その虚言を信じる人々は、たぶらかされていることになる。キツネにたぶらかされるように。(玉木ならば、タヌキかな。タマキとタヌキは、発音も似ている。)
- 不一致は無意味
- そもそもの話として、「政策の不一致」は対立の理由にならない。異なる政党がまったく同じ政策になるはずがないのだ。政党が異なる以上は、政策が異なるのは当然だ。それを理解した上で、あとは、たがいに相手を尊重しつつ、たがいに歩み寄るのが常道だ。それが「妥協」という大人の処世術だ。
それができないと、どうなるか? 仮に、「一致しなければ破綻」という原則を取ると、夫婦ならばあっさり離婚するハメになる。それはあまりにも愚かしい。 - 解決策は現状維持
- どうしても、たがいに歩み寄ることができないときには、どうするか? それには、うまい解決策がある。
「双方の意見が一致しないときには、現状維持にする」
ということだ。この方法が基本となる。この方法で問題は解決する。(後述)
村山政権の教訓
- 村山富市の功績
- 村山富市・元首相が死去したことが報じられた。
→ 村山富市元首相が死去、101歳 自社さ連立政権、村山談話を発表:朝日新聞
村山富市は社会党の代表だったが、自民党と連立して、自社連立の形で、政権を取った。こうして、まったく懸け離れた政策を持つ両党の不一致を乗り越えて、彼は首相になった。
自民党と社会党は、左右の両極言えるほど懸け離れていた。対立も大きかった。なのに、大きな障害を残り越えて、首相になったのだ。実に偉い傑物だったと言える。結局、彼のおかげで、日本でほぼ唯一の左翼政権ができたと言える。
さて。このときの状況は、首相は左翼でも、実際の政策はほぼ自民党時代のままだった。どうしてかというと、先と同じ方針が取られたからだ。つまり、次のことだ。
「双方の意見が一致しないときには、現状維持にする」
この方針が取られた。そのおかげで、政権の維持が可能となった。両党の対立があっても、両党は連立を崩さなかった。愚かな首相であれば、「基本政策が一致しないから連立を解消する」と言い出して、首相の職を辞して、政権を捨てて、下野しただろう。しかし村山ははそんなに浅薄ではなかった。自民党も浅薄ではなかった。だから自社連立政権は続いた(崩壊しなかった)のだ。 - 村山の爪の垢
- この村山の方針は実に見事だった。どこかの馬鹿な党代表は、村山の爪の垢でも煎じて飲めばよかった。そうすれば、首相の座に就いて、自ら政権を動かして、歴史を転換させることもできただろうに。
まったく、村山富市と彼では、人物の格が違いすぎた。片や富士山のように巨大で、片やダンゴムシのように小さい。 - 政権を取ること
- そもそも、政党の目的は何か? 政治をすることだ。そのためには、政権を取ることが必要だ。
政党というものは、政権を取ることが目標となる。政権を取らないのであれば、単に「犬の遠吠え」をしていることしかできない。政党の価値は、政権を取るか取らないかで、100対ゼロの差がある。
玉木の言い分は、「基本政策が一致しないと、自分の言い分は 100のうちで 90ぐらいしか通らない。これでは少ないので、不満である」ということだろう。だが、だからといって政権を得なければ、得るのは 90どころかゼロになる。なのに、彼はゼロを選んだ。これはあまりにも愚かである。算数ができないのも同然だ。
ちなみに、次の言葉がある。
「政権を取らない政党は、ネズミを捕らない猫と同じだ」
これはかつて民社党の西尾末広が語った言葉と言われるが、むべなるかな。玉木の耳にこれを告げたいものだ。しかし馬の耳に念仏だろう。
自民びいき
- 自民びいき
- 結局、玉木はどうしても首相になりたくない。なぜか? 自民とくっつきたいからだ。だから、どうしても立憲とはくっつきたくないのだ。
国民民主党は、これまでの選挙では、立憲と選挙協力をしてきた。比喩的に言えば、立憲とは実質的には婚約状態だった。それでも、本心では自民が好きであり、どうしても自民と結婚したい。そのことは先に述べたとおり。(ミスター・サマータイムの箇所。)
→ 玉木が立憲を拒んだわけ: Open ブログ - 高市容認
- 玉木は立憲に対しては、「基本政策が一致しないから」と言って、一つでも不一致点があれば連立を拒否する。
一方、自民に対しては、「政策が一つでも一致すれば閣外協力する」という立場だ。言っていることが大甘だ。
→ 野党まとまらなければ“高市首相”容認? 国民・玉木代表、バンキシャ質問かわす「多党化=不安定はダメ」(スポニチアネックス)(10月12日)
これは高市政権の成立前だが、政権の容認を、否定していない。つまり、肯定している。ここでは明らかに、自民政権の成立を認めている。
野党連立政権の成立には断固として拒否するくせに、自民政権の成立には唯々諾々として賛同するのだ。 - 自民への憧れ
- 玉木や国民民主党の面々は、野党でありながら、自民の手下か賛助人のようにふるまう。なぜか? それは、彼らの出自をみるとわかる。
彼らの大半は、国民民主党ができた後になって参加したのではなく、もともとは自民党に属していた人だ。なのに、自民党では公認が取れなかったので、やむなく民主党・民進党に所属して議席を獲得した、という人が多い。(その後に分裂した。)
実際、玉木自身がそうである。彼は自民党から立候補しようとした。その際、何としても地元から立候補したがった。しかし地元には自民党の強固な地盤を持つ議員がいる。それを追い出すことは無理だ。そこでやむなく、自民党を離れて、民主党から立候補した。しかし党籍は民主党でも、心の本籍は自民党にあった。面従腹背である。
国民民主党というのは、そういう「本心は自民党員」という「第2自民党員」みたいな集団なのである。
そして、それだからこそ、立憲に誘われても、立憲を袖にするのだ。立憲よりも自民に憧れるからだ。できれば自民党と結婚したい(合併したい)という気持ちさえある。初恋の人に憧れるように。
※ しかし自民としては、国民民主党と結婚したいという思いはない。国民民主党とは、都合のいいときだけ利用して、不要になったら切り捨ててしまえばいい、と思っている。それはちょうど、愛人を都合よく利用してから、切り捨てるようなものだ。
※ 自民からそういう扱いを受けても、玉木は文句を言えない。自分自身、不倫相手の愛人を、あっさり切り捨てた。
※ 国民民主は自民の思いに気づかないで、「いつか愛されたい、いつか結婚したい」と願っている。いつかその日が来ると信じている。だからこそ、立憲にはやたらと、すげなくする。愛人を捨てるのにも似て。
※ 次項に続きます。
