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いきなり核心を言おう。次の差が重要だ。
・ ゲーム …… ゼロサム・ゲーム(ポーカーなど)。
・ 経済活動 …… プラスをもたらす生産活動をする。
なお、これに対して「ウィンウィン」などと唱える人もいるが、これはまったくの筋違いだ。なぜなら、本件で扱う貿易収支(貿易赤字)では、もともとゼロサムであるからだ。「一方の貿易赤字は、他方の貿易黒字だ」というふうになる。たとえば、米国の対日貿易収支が8兆円の赤字ならば、日本の対米貿易収支は8兆円の黒字である。ここではきっちりとゼロサムゲームが成立する。この場で「ウィンウィン」などと唱えるのは、あまりにもピンボケだ。(道化みたいなボケだ。)
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さて。トランプは貿易収支をゼロサム・ゲームと見なしている。ここで、数字をただの統計数字と見なすのならば、それはまったく妥当である。しかしそれを「損得」だと見なすのならば、それは勘違いである。なぜなら、貿易赤字は「損失」ではなく「借金」であるからだ。( → 前項までに何度も示したとおり。)
一方、ゲームに対比するべきものとして、経済活動がある。これはまさしく富をもたらす。ただし、その富は、他者の富を奪うことで入手するのではない。自らが労働をすることによって入手するのだ。
同じように金を入手するにしても、その方法には、まったく異なる二つの流儀がある。
・ ゲームによって他者の富を奪う
・ 労働によって自ら富を生み出す
この二つはまったく別のことだ。その上で、政府(国家)は、後者の方策を推進しようとする。みんなが立派に働いて、立派に金を稼げるように……というふうに推進する。それが一国の経済政策だ。どの国でもそうしてきた。
ところがトランプは違う。経済をゲームとして扱う。自らの労働によって富を生み出すかわりに、交渉によって他者の富を奪おうとする。
では、どうやって? そのための道具が「関税」だ。
「関税をかければ、他国の輸入を減らすことができる。相手の報復関税を阻止すれば、相手の輸入を減らしても、自国の輸出は減らない。ゆえに貿易赤字が解消して、貿易黒字が発生する。こうして富を得る」
これがトランプの発想だ。ところがその土台となる「貿易赤字は損失である」という認識そのものが間違っているのだから、土台から崩れてしまう。すべては砂上の楼閣である。
結局、いくらか関税をかけても、国家の富を増やすことはできない。そもそも、貿易赤字を減らすことすらできない。なぜなら、貿易赤字の総額は、国全体の借金の総額で決まるからだ。個別の2国間で、いくら貿易赤字を解消しようとも、モグラたたきと同じで、別のところで貿易赤字が増えるだけだ。最終的には貿易赤字の総額は変わらない。(国全体の借金の総額で決まるからだ。)
トランプが貿易赤字の総額を減らしたければ、関税をかけるのでなく、経済活動を活発にすればいい。つまり、労働による生産量を増やせばいい。そのための方策が、低金利によるドル安だ。いっぱい働いて、いっぱい稼いで、しかも倹約すれば、貯金がいっぱい貯まる。それが貿易黒字だ。
これがまともな経済政策なのだから、「こうすればいい」と各国はトランプに教えてあげればいい。つまり、真実を教えてあげればいい。
ところが各国はそうしない。真実を教えてあげない。かわりに、「ウィンウィン」みたいに見当違いのことを言ったり、「報復関税」という直接的な目先の処置のことを言ったりするばかりだ。真実を告げようとしない。物事の本質や核心を言及しない。
つまり、
「おまえは錯覚しているんだ」
とトランプに告げる人はいない。それは、
「王様は裸だ」
と告げる人がいない、ということだ。
だからこそ、私はここに記す。「王様は裸だ」と。それが本項の意義だ。

[ 付記 ]
念のために解説すると……
「王様は裸だ」というのは、「ゲームと経済とは違う」ということだ。トランプはゲームの方策で対処しているが、現実に扱っているのは経済なのだから、そこではゲームの方策は意味がない。ゲームで勝っても富は増えない。貿易赤字は損失ではないのだから、ゲームで貿易赤字を減らしても富は増えない。
富を増やすにはゲームで勝てばいいのではなく、労働で生産を増やせばいい。これを考えるのが経済政策だ。トランプがやるべきことは、経済政策であって、ゲームやディールではないのだ。そんなことでいくら勝利しても、1ドルも得しないのだ。
ここに気づかないから、トランプは勘違いしているんだよ。つまり、裸なんだ。
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要点を箇条書きで示すと、次の通り。
(1) 貿易赤字は損失ではない。
(2) 貿易赤字は借金のせいだ。それを減らしたければ借金を減らせ。
(3) 貿易黒字は利得ではない。
(4) 貿易黒字は貯蓄である。それを増やしたければ貯蓄を増やせ。
(5) 貯蓄を増やしたければ、労働して生産をせよ。
(6) 経済の本質は、労働による生産だ。他人の富を奪うことではない。
(7) ゼロサムゲームと経済活動は、まったく別のことだ。
(8) 経済問題を解決するときに、ゲームやディールを持ち込むのは見当違いだ。
※ 関税を導入すれば、貿易赤字を減らすことはできる。その意味で、借金を減らすことはできる。しかしながら、損失を減らすことはできない。貿易赤字はもともと損失ではないからだ。
※ むしろ、関税を導入することで、非効率さが発生して、米国経済は大幅な損失をこうむる。それが現在の大混乱だ。