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自動車への効果
前項の最後に追記したように、自動車への関税は 25%だけであり、他の製品の 24% とは1%しか違わない。この程度は無視できる微差だ。では、その効果はどうなるか?
報道を見ると、「自動車への 25% 関税で、自動車産業は莫大な損失をこうむる」というような解釈が多い。
→ 25%の“トランプ関税”あす発動 日本の自動車産業に影響深刻 | TBS
→ 自動車に25%の追加関税発動 日本の自動車産業に打撃 トヨタ自動車の対応は | NHK
→ 従来の2.5%に加え25%…“トランプ関税”にトヨタの下請け「共倒れ関税だ」| 東海テレビ
→ 日本で伸び悩む米国車、「非関税障壁」で? 自動車産業への打撃必至:朝日新聞
このように「多大な影響が出る」という解釈が多い。
だが、私はそうは考えない。理由はこうだ。
「日本の自動車産業だけに 25% の関税がかかるのであれば、日本の自動車産業だけが不利になるので、莫大な損失が出る。しかし、世界全体の全産業に 20〜25%ぐらいの関税がかかるのであれば、日本の自動車産業だけにかかる関税の分は、差分に当たる 0〜5% 分だけとなる。ならば、日本の自動車産業だけが損をこうむることはない」
シミュレーションしてみよう。
日本の自動車産業だけに 25% の高関税がかかったなら、日本の自動車産業の対米輸出が激減する。かわりに、米国産車が増えるほか、欧州車や韓国車が増える。日本車のシェアは食い潰され、日本だけが大損する。……これが、上記の記事が恐れているシナリオだ。
しかし現実には、そうはならない。日本だけに関税がかかるのではなく、他国からの輸入車にも関税がかかる。欧州車や韓国車も課税がかかる。
また、米社(ビッグ3)の車も、メキシコからの完成車輸入や、国外からの部品輸入を考えると、輸入比率は日本車の場合とたいして変わらない。(ちなみに日産の米国内生産は6〜7割ぐらいある。)
→ 自動車関税 25%への対応: Open ブログ

つまり、米社も日産も、払う関税はどちらも同程度だ。したがって、この関税で日本メーカーだけが大幅にシェアを落とすということはないのだ。(日産に比べて、トヨタやホンダは関税を払う率が高くなるが、それにしても、特段に大きな差が付くことはあるまい。)
これはどうしてかというと、二つの点が理由だ。
・ 日本車も、多くの比率で米国内生産をしている。
・ 米社(ビッグ3)の車も、完成車や部品の輸入比率がとても高い。
この点であまり差がつかないから、日本車のシェアが激減するということはないのだ。
むしろ、米国内の生産量が少なめであるドイツ車に比べて、米国内生産量が多めである日本車は、ドイツ車のシェアを食うことで、かえってシェアを増やす可能性さえある。
それでも価格高騰の影響があるので、販売台数の絶対量が減ることは不可避だろうが、しかし、だとしても、「日本車だけがシェアを激減させる」というようなことはない。それを心配している冒頭の記事のような懸念は、ただの杞憂であると見なしていいだろう。
※ 事例で示そう。日本車だけに関税 25% がかかると、カローラの売上げが激減して、かわりに VW ゴルフや韓国製小型車の売上げが増えるので、日本企業ばかりが大打撃を受ける。一方、全世界に関税 20〜25%がかかると、カローラのかわりに VW ゴルフや韓国製小型車が売れることはないし、フォード製のトラックがかわりに販売台数を増やすわけでもない。(田舎向けのデカいトラックは、ハイソな都会では売れない。)……結果的に、カローラが不利になることはほとんどない。単に関税による効果で、価格上昇が起こるだけだ。都会で小型乗用車を買う人が大幅に減るわけではない。(カローラをやめて大型トラックを買う人はほとんどいない。単にカローラが大幅値上げになるだけだ。)
全産業への効果
自動車 25% の効果はあまり大きくない(他の産業と同程度である)としても、他の産業と同程度の影響として、「どの産業も等しく大幅縮小する」ということはあるだろうか?
これについて、「ありそうだ」と心配する人も多い。だが、その心配も必要ないだろう。逆に言えば、次のことはありえない。
「全世界の生産量がすべて大幅縮小して、その分、米国企業の生産が激増する。かくて米国の生産が爆発的に増えて、米国は繁栄する」
これがトランプの狙いだが、こんなことは現実にはありえない。なぜなら、人が生産できる量は限定されているからだ。(労働生産性の分だけだ。)
人が物を生産できるするには、働く必要がある。しかし、働く量には、限度がある。ゆえに、生産量を際限なく大幅に増やすことはできない。
世界各国から米国に輸出する量が激減したとしても、その激減した分に相当する量を、米国の国内企業が国内生産することはできない。無から有は生まれない。打ち出の小槌はない。逆に言えば、トランプがいくら高関税を課しても、外国からの輸入品が激減することはない。当然、日本からの輸入品も激減することはない。
では、外国からの輸入品が激減することはないとしたら、何が起こるか? 単に「輸入物価の大幅上昇」だけが起こる。たとえば、自動車で言えば、トヨタや日産の車の販売台数が激減する(かわりにビッグ3の販売台数が激増する)のではなく、トヨタや日産の車の価格が大幅アップになる。同時に、ビッグ3の価格も大幅アップになる。値上げの幅は、いくらか差があるので、トヨタ車やドイツ車は 20%、日産車やビッグ3は 15% ぐらいになりそうだ。そのくらいの差は付くだろうが、大差はあるまい。……ともあれ、こういうふうに大幅値上げだけがある。そのせいで消費者には莫大な損失が発生する。しかしながら、「日本の自動車会社だけがシェアを減らして、米国にビッグ3はシェアを大幅に増やす」というようなことはない。そもそも、ビッグ3にはそれだけの生産能力がないのだから、生産台数を増やそうにも増やしようがないのだ。
工場だけでなく、労働力の面でもそうだ。工場の生産台数を増やそうにも、そのための従業員がいないので、生産台数を増やしようがないのだ。不況のときならば、大量の失業者がいるので、不況のときには労働力をすぐに増やすことができる。しかるに、昨今の米国は不況ではないし、むしろ人手不足気味だ。それに輪をかけて、移民を追放することで、人手不足がどんどん進行中だ。こんな状況で生産台数を大幅に増やせるはずがない。つまり、いくら高関税をかけても、国内生産が激増することなどはありえないのだ。
※ 基本的には、関税が有効なのは、個別の国を制裁したい場合である。たとえば、中国だけを制裁したい場合には、中国だけに完全をかければいい。そうすれば、「中国だけが不利になる」という影響が生じて、中国の貿易黒字だけが減る。しかるに、全世界に同様に高関税をかけると、特定の一カ国だけが不利になることはないので、特定の一カ国だけで貿易黒字が減ることはない。また、全世界が不利になって全世界が損をすることもない。米国だけが得をすることもない。むしろ逆に、米国だけが最大の損失をこうむる。
※ これは「合成の誤謬」に似ている。(「貯蓄のパラドックス」に似ている。個別の総和が全体行動に一致しない。)
※ 個別の国を狙い撃ちにするのでなく、全世界を相手に米国の貿易収支を黒字にしたいのであれば、関税を上げるのではなく、通貨をドル安にすればいい。……このことは先に述べたとおり。
→ 貿易赤字 ≒ 資本黒字: Open ブログ
対策
以上のことから、対策については、こう言える。
「日本の自動車産業を狙い撃ちにした 25% 関税には、日本に多大な影響が生じるので、報復関税をするべきだ。
だが、全世界の全産業を対象とした相互関税には、日本だけに多大な影響が出るわけではないので、特に報復関税をしなくてもいい。日本だけが損するわけではなく、米国だけが勝手に自滅するので、日本は何もしなくてもいい。報復関税をしなくてもいい」
上のように言える。これは「自動車関税には報復関税を」と唱えた場合とは、異なる対処だ。この違いに注意。
ただし、「何もしないの最善だ」というわけではない。現状では、米国が大損するが、それに巻き込まれる形で、世界全体が損をする。最も損をするのは米国だが、各国もまた巻き込まれて損をする。こいつはまずい。
では、それを避けるにはどうすればいいか? 「何もしない」というのでいいか? いや、それが正解であるわけではない。
では、その場合の正解は何か? ……この問題については、事項で説明する。
【 補説 】 貿易の原理
貿易の原理については、前項でも説明した。こうだ。
そもそも三角貿易のような貿易(交易)をなすのは、なぜか? それは、「各国が得意なものを生産してから、得意なものを交換すれば、両国がそれぞれ利益を得る」という原理による。
その逆が、「すべてを自国でまかなう」という「自給自足」の方式だ。これをやると、自国で非効率な生産をするので、自国が貧しくなる。
この原理を説明するのが、「比較優位」または「比較生産費」という概念だ。
たとえば、米国であらゆる工業製品や農産物を生産する必要はない。米国では得意な大型トラックや小麦などを生産すればいい。かわりに小型乗用車は日本から輸入すればいい。そういうふうに得意なものを生産したあとで、双方が生産したものを交換すれば、双方が生産効率を高めて、双方が豊かになる。
逆に、すべてを自給自足しようとすると、日本は不得意な小麦を非効率で生産するし、米国は不得意な小型乗用車を非効率で生産する。こんなことでは双方がともに貧しくなるだけなのだ。
何でもかんでも国内生産を高くすることが大事だと考えるのは、トランプの頭がイカレているからだし、経済原理というものを理解できていないからでもある。そのせいで国民がどんどん貧しくなる。
[ 余談 ]
ただし、これを見てトランプを「愚かだ」と笑うのは妥当ではない。なぜなら、上の説明からも明らかなとおり、日本もまたトランプと同じことをしているからである。「日本は不得意な小麦を非効率で生産する」と述べたように、日本が小麦に高関税をかけて非効率な生産を維持しているのは、まさしくトランプと同じことをやっていることになる。
いや、もっとひどい。
・ 小麦の枠外関税率は 55円/kg
・ 小麦の国際相場 38円/kg (2025年3月)
小麦の関税率は
55/38 = 145%
である。米国は 25%の関税で「ひどい」と言われるが、日本は小麦に 145% の関税をかけている。だから、うどんもパンも馬鹿高いのだ。
※ ちなみに、145% の関税をかけると、価格は 1.45倍になるのではない。2.45 倍になる。お間違えなく。
同様にひどいのが、コメだ。高関税をかけて、なるべく輸入禁止状態にしようとしている。実際、日本では長年、コメは輸入禁止状態になっていた。そのせいで、現在の米不足の状況になった、とも言える。(もともと3%ぐらいを常に輸入しておけば、いざというときにもコメ不足にはならなかったはずなのだが。)
※ ただし最近の米価高騰はあまりにも異常な水準なので、非常に高い関税を払っても輸入米の方が安くなっている。そこで輸入米が急増している。
Feloの回答
米の価格が高騰していることを背景に、民間による外国産米の輸入が急増しています。2025年度には民間輸入量が2万トン以上に達する見込みで、これは2024年度の368トンから大幅な増加です。
具体的には、米国産の中粒種「カルローズ」などが輸入されており、関税を支払っても十分に採算が取れる状況です。例えば、カルローズの仕入れ値は1キログラムあたり150円程度で、関税を加えても500円ほどで提供できるため、国産米の価格が900円前後に高騰している中で競争力があります。
現在、日本では米の輸入に対して高い関税が課されています。例えば、アメリカからの米に対しては、1キログラムあたり341円の関税がかかります。
【 関連項目 】
小麦の関税率は 145%だが、コメの関税率はどれだけか? 米国政府は「日本のコメの関税率は 700%だ」と主張した。しかし朝日新聞が検証すると、227%であるそうだ。
無関税で米を輸入する一定量の枠を設け、この枠外で輸入する米には1キロあたり 341円の関税を課す。専門家が直近の米国からの輸入米の価格(2023年度、1キロ当たり 150円)を元に、341円で関税率を試算すると、227%だった。
( → (ファクトチェック)輸入米関税、換算では227%:朝日新聞 )
227%というと、日本にかかる相互関税 24% の9倍という、べらぼうな高関税である。日本は人のことを言えた義理ではない、という米国政府の主張は、まさしく妥当であることになる。
※ ところが朝日新聞は「 700%でなく 227%だから、米国政府の主張は誤り」と断じている。小さな数字の差にこだわり、大局を見誤る。「木を見て森を見ず」となる。……頭だいじょうぶか、と疑いたくなるね。
トランプは自分たちが使うものは自分たちで作ろうと言っています。やり方は無茶苦茶ですが基本的にはその通りかもしれません。この点は管理人さんの言われている「それぞれの国で得意なものを使ってやり取りする」自由貿易主義とは違っています。つまり自由貿易主義というのは一種の奴隷制度?で、労働者を自国に移住させる代わりに生産物を運ぶ制度だという面があります。
共和党の唯一良いところは労働を尊いものとしていることだったと思います(私が勘違いしているだけか?)。汗を流すことを忘れてしまった中流以上の米国人たちですが、ロボットの活用で工業生産を自国内に戻す時代になったのかもしれません。それでは労働力しかない国はこれからどうしたらよいのでしょうか。
それは貿易・交易とは違います。私の話とは関係ない。話を拡張しすぎている。拡大解釈のしすぎ。
> 労働力しかない国はこれからどうしたらよいのでしょうか。
その問題にはすでに経済学で正解が判明しています。労働力が安くて産業が発展していない国は、現場通り、安い労働力を提供すればいい。そのことで少しずつ発展していけば、長期的には高い成長率を遂げて、所得も上がる。それを実行したのが中国です。
一方で、「先進国に搾取されるのはイヤだ」と言い張って、先進国の工場を受け入れず、いつまでも農業だけをやっていた国は、国が発展することもなく、貧しいままです。
アメリカの高校の経済学の教科書でも「おかしいぞそれ」というレベル。
GDPだって、管理人さんの仰る比較優位だって高校の教科書に書いてあるのに
そもそもGDP=消費+設備投資+政府支出+輸出入で算出されるわけだから、
「輸出入が大幅マイナスだから損してる」と考えること自体がおかしい。
ひまなのでさんの仰る通り、基本的な経済学の原則より
価値観を優先してるのでしょうか。