2025年04月03日

◆ トランプの相互関税

 トランプ大統領が「相互関税」という奇妙な関税を導入すると発表した。

 ──

 相互関税とは


 トランプ本人の言葉によると、「相手国がかけている関税の分だけ、米国もかけるだけだ」ということだ。その意味で「相互的」ということから、「相互関税」と名付けたらしい。
 しかしこれが実態を反映していないことは、明らかである。クルーグマンも指摘している。
 欧州連合(EU)が米国に39%の関税を課しているとの主張については「EUの米国への関税率は3%未満のはず。どこから39%という数字が出てくるのか全く分からない」と指摘。
( → 「完全に狂っている」経済学者・クルーグマン氏が相互関税を猛批判 | 毎日新聞

 この意味で、トランプ本人の言葉は虚偽である。

 ただし、クルーグマンも気づかなかったが、嘘つきの本心をうまく見抜いた人がいる。日本経済新聞には切れ者がいたようだ。隠された真相を、見事にえぐりだした。
 《 「トランプ関税」の税率、貿易赤字÷輸入額で計算か 》
 米国が各国・地域との取引で2024年に計上した貿易赤字額を輸入額で割ったところ、政権が資料で示した約180カ国・地域の「米国製品への関税率(通貨操作や非関税障壁を含む)」と一致した。
 たとえば日本が米国に課している「関税率」は46%と認定された。これは対日貿易赤字の685億ドルを輸入額の1482億ドルで割って100をかけただけの可能性が高い。
 この数字を2で割ったものが相互関税率とされた。

sogo-list.jpg


( → 日本経済新聞

 全然比較にならないものを比べていることになる。トランプの示した「関税率」は、実際の関税率ではなくて、「貿易赤字率」である。話の次元が全く異なる。
 クルーグマンが「完全に狂っている」と見なすのも、仕方ない。

 なお、トランプの方式では、米国が貿易黒字である国まで、基本関税 10% の対象となっている。たとえば、英国やブラジルやシンガポールがそうだ。

 《 加筆 》
 この「真相」を指摘したのは、日経が最初ではなく、NY times が最初であったようだ。4月4日の朝日新聞・朝刊で指摘されている。英文の原文は下記だ。
  → How Are Trump’s Tariff Rates Calculated? - The New York Times

 ※ さらに、別の指摘が出た。最初は米国のジャーナリストが X( Twitter )上で指摘したことだという。
    → トランプ政権の怪しい「相互」関税、実はこんな単純計算だった - CNN
    → XユーザーのJames Surowieckiさん / X

 個別と全体


 一般に、国家間の貿易は、個別の2国間ごとに均衡させる必要はない。国全体で輸出入がバランスしていればいい。
 たとえば、日本は米国には大幅な貿易黒字だが、サウジアラビアには大幅な貿易赤字だ。このように2国間では貿易収支がアンバランスな例があるが、日本全体としてみれば、貿易収支はおおむね輸出入のバランスが取れている。(近年では貿易赤字の年も多い。)
  → 日本の貿易収支、2年連続で黒字 | nippon.com
 
 このように国全体の貿易収支が大事なのであって、個別の2国間で貿易収支の帳尻を合わせる必要はないのだ。

 ちなみに、上の例で言えば、次の関係がある。
  ・ サウジ → 日本  (輸出超過:石油輸出)
  ・ 日本  → 米国  (輸出超過:製品輸出)
  ・ 米国  → サウジ (輸出超過:武器輸出)

 こういう形で、三カ国でバランスが取れている。これを「三角貿易」という。

 この「三角貿易」というのは、話を単純化している。現実には、世界の百カ国以上を相手に、輸出入のバランスが取れていればいいのだ。特定の2カ国だけでバランスを取る必要はない。米国が日本の輸出超過に文句を言うのであれば、米国自身がサウジに輸出超過であることにも文句を言う必要がある。
 自己矛盾。

 貿易と比較優位


 そもそも三角貿易のような貿易(交易)をなすのは、なぜか? それは、「各国が得意なものを生産してから、得意なものを交換すれば、両国がそれぞれ利益を得る」という原理による。
 その逆が、「すべてを自国でまかなう」という「自給自足」の方式だ。これをやると、自国で非効率な生産をするので、自国が貧しくなる。
 この原理を説明するのが、「比較優位」または「比較生産費」という概念だ。経済学の基礎概念だから、このくらいの基礎概念は理解してほしいものだ。しかるに、現実には理解していない素人も多い。

 トランプの理論的ブレーン


 トランプがこういうメチャクチャな関税政策を出すのは、なぜか? 実は、その理論的バックアップをとなるブレーンがいる。そのブレーンにインタビューした記事がある。朝日と NHKだ。
  → なぜ関税強化なのか トランプ政権ブレーンが語る「改革保守」の真意:朝日新聞
  → 関税政策 相互関税 日本への影響 トランプ大統領の狙い 世界経済の見通しは 経済政策のキーパーソンに聞く | NHK

 言っていることは何か? 要するに、こうだ。
 「アメリカの市民の生活が苦しくなっている。それは輸入品が増えたことによって、生産活動が阻害されているからだ。失業が増えたのも、輸入品が増えたせいだ。だから、輸入を阻害すれば、国内生産が増えて、アメリカの市民の生活は改善する」

 これはとんでもない経済的無知によると言えるだろう。先に述べた経済的な説明を全く無視している。特に、国全体の貿易収支と個別の貿易収支を混同している。

 国全体の貿易収支を改善するには、個別の各国ごとに課税すればいいのではない。国全体の貿易収支をまとめて黒字化すればいい。そのための方策は、ドル安である。ドル安にする方法は、金利の低下である。金利を下げれば、貿易収支は黒字化するのだ。だから、失業を減らしたければ、金利を下げて、貿易収支を黒字化すればいいのだ。前項で述べたとおり。
  → 貿易赤字 ≒ 資本黒字: Open ブログ

 現実には、金利が高い。そのせいで、次の構造になっている。
 「多額の商品を輸入して、貿易赤字になる。そのための金は、外国から借りることで、資本収支を黒字にする。要するに、外国から金を借りて、外国の商品を輸入して、サラ金生活をする。その分、赤字(借金)がどんどん貯まるが、気にしない」
 これが、今までの米国の方針だった。こういう「サラ金生活」というのが、長年の米国の方針だった。(双子の赤字とも言われる。)

 そこを改善しようとしたのが、トランプだ。だが、改善するなら、関税によって各国個別に収支を黒字化しようとするのでなく、米国の貿易収支全体を黒字化するべきだった。そのための方策は、関税ではなく、ドル安なのである。そこを間違えた。(経済学を理解できないせいだ。)

 結果は? 


 間違った関税政策の結果は、どうなるか? すでに予想されているように、次のことが予想される。
  ・ 輸入物価の大幅な上昇
  ・ 輸入関連企業の大幅な収益悪化
  ・ 米国全体で大幅な不況効果

 このような不況効果が見込まれるので、株価は大幅に下落した。
  → NYダウ 一時1500ドル超下落 取り引き時間中の下落幅ことし最大 | NHK

 なお、トランプの予定では、次のようになるはずだ。
  ・ 輸入品が減って、国内生産が増える。
  ・ 国内生産が増えて、失業が解消する。
  ・ 輸入が減るので、貿易収支は黒字化する。


 しかし現実には、その効果はとても弱いだろう。なぜなら、外国生産品を国内生産品に代替する効果は、とても弱いからだ。どの産業であれ、国内生産量をいきなり大幅に増やすことはできない。せいぜい 10% の増加だろう。現実には 5% にも満たないはずだ。つまり、「輸入品を国内品に代替する」という効果はほとんどない。
 その一方で、輸入物価にかかる 25% の関税率は、大幅な物価上昇をもたらす。自動車で言えば、輸入品の 25%のほか、国内生産車に使われる輸入部品の分も合わせて、15〜20%ぐらいが平均値上げ率となるだろう。(ちなみに小型乗用車は、米国企業は生産していないので、代替できない。)
 結局、こうだ。
  ・ 国内生産量の増加は少しだけ。景気改善効果は少しだけ。
  ・ 輸入物価の大幅アップで需要縮小。刑期悪化効果は大幅になる。


 関税の総額はいくらか? 


 今回は「相互関税」というものが導入されたが、結果的には関税の総額はどれだけになるのか? それがどうも、はっきりとしない。
  ・ 基礎関税 10% はすべての国にかかるのか? 一部だけか? 
  ・ 自動車関税 25% は、相互関税とは別枠か? 


 最も低い場合で考えると、こうなる。
 「日本の自動車への関税は 25% の相互関税だけで済む」

 最も高い場合で考えると、こうなる。
 「日本の自動車への関税は、
    基礎関税 10% + 相互関税 24% + 自動車関税 25% = 59%

  となる」

 では、そのどちらが該当するのか?
 これについて不明なので、AIに質問してみたが、回答は三者三様というありさまだった。
 「 25%だけです」という回答もあり、「49% です」という回答もあり、「59% です」という回答もある。「どれかははっきりとしないので今後の発表待ちです」と言い添える回答もいくつかある。
 
 要するに、実際にどれだけの課税になるかは、公式発表だけではわからないのだ。メチャクチャすぎる。
 また、そこを指摘しないマスコミも、間抜けすぎる。この点を指摘しているのは私だけだろう。 25%、49%、 59% では、全然違うのだが、そこをスルーしているのでは、報道機関としての責務を果たしていない。
 トランプも間抜けだが、マスコミも輪をかけて間抜けである、と言える。

 トランプとマスコミとの、どちらが間抜けだろうか? 間抜けの競争だ。
 嘘をついてだます阿呆と、愚かな嘘にだまされる阿呆。阿呆の競争だ。

 《 注記 》

 細かな話は面倒なので、省略したが、実は、上記のほかにも、既存の自動車関税率 2.5% が、別途課税される。だから、上の各項の数値には、2.5% を加算した数字が、正確な数字となる。
( ※ 煩わしいので、上記では省略したが。)



 【 追記 】
 自動車関税は、個別に追加加算されるのではなく、相互関税が免除されるらしい。朝日新聞(4日・朝刊)にその記述がある。
 日本は24%、中国34%、欧州連合(EU)は20%となる。
 すでにトランプ政権が25%の関税を課しているメキシコとカナダは、現時点では対象から外す。鉄鋼や自動車など、すでに個別の追加関税がかかっている一部の品目も対象外になる。
( → 米相互関税、日本24% 輸入品に国別税率 一律10%に上乗せ トランプ氏発表:朝日新聞

 日本に 24%で、自動車は 25% なら、自動車だけにかかる関税率は 1%だけとなる。この程度は現状の 2.5% と比べても大差ない。無視できる率だと言えるだろう。

posted by 管理人 at 23:57 | Comment(7) | 一般(雑学)6 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
米国内で製造されているもので国際競争力があるのは」戦闘機やミサイルくらいです。20年以上前に米国でしっかりしたお鍋を買いましたがよく見ると韓国製でした。もちろん今でもぴかぴかでよく使っています。薄っぺらい日本製とは質が違います。多分韓国内のも薄っぺらいのでしょうが米国向けに上等のものを作っていたようです。
 製造業を米国に戻す方針はそれでよいと思いますが、50年近くかけて製造拠点を海外に移してきたのでそれらを10年位で米国に戻すことは難しいでしょう。ただ今はITやAIの時代です。今までの労働集約的な工場ではなく、すべてロボットで動く工場にするなら米国内の戻すことも可能でしょう。まあそのロボットも米国外で作っているのですが。
 相手国の「実質関税率」の計算式は仰せの通りですが、それを最初に指摘したのは日経の記者ではなく米国の記者?だったと昨日の朝日には書かれていました。自動車の25%にはそれ以上の相互関税はかからないとも書かれていたような気がするのですが確認できていません。
 フランスなどは大騒ぎしているのに日本は静かですね。大統領がいない国ではどうしても対応が遅くなります。
Posted by ひまなので at 2025年04月04日 10:08
 《 加筆 》 を挿入しました。関税率の数値を指摘したのは、日経ではなく、NYtimes だ、という趣旨。

 【 追記 】 を最後に加筆しました。自動車は相互関税が免除されるので、特別 高率にはならない、という趣旨。
Posted by 管理人 at 2025年04月04日 11:20
 「さらに、別の指摘が出た。最初は米国のジャーナリスト〜」
 という話を加筆しました。
Posted by 管理人 at 2025年04月04日 13:44
前のスレッドとも重なるが貿易収支のバランスを取るにはドル安にすればいい。ドル安にするにはドルの金利を下げればいい。
トランプはそれを始めたようです。今日のニュースです。
https://mainichi.jp/articles/20250405/k00/00m/020/007000c?utm_source=article&utm_medium=email&utm_campaign=mailhiru&utm_content=20250405

ドル安と円高は同じ意味でしょう。生前の森永さんが言っていたとおり日本に円高にせよとのものすごいトランプ圧力がくるでしょう。でも日本は金利を上げることができない。国債のものすごい利払いが生じます。住宅ローンなど借りている人も大変なことになるでしょう。景気は冷え込む。日経平均は3000円になると森永さんは言った。

金利を上げなくても円高にする方法はないでしょうか。
総理大臣の口先介入とか。
日本の持っているドルや金で円を買い占めたら??

だいたいバランスをとる必要があるんでしょうか?
プライマリーバランスも大事だとかいう人がいて、財務省は厳しく増税推進!
バランスが取れなくても別に構わないんじゃないのでは?
家計と一緒にするのがおかしいのでは?
Posted by SM at 2025年04月05日 12:53
> 金利を上げなくても円高にする方法はないでしょうか。

 その原理は簡単で、日本人の生産性を上げればいい。
 ただし生産性を上げること自体は簡単ではない。

 とはいえ、手っ取り早く生産性を上げる方法はある。生産性の低い産業をやめることだ。そのためには、生産性の低い産業に特別な補助金を出すことをやめればいい。具体的には、小麦関税 145% を廃止すればいい。これで小麦価格が大幅に下がり、部下か値下げ・実質所得増加を通じて、日本人の生活は大幅に豊かになる。 

 関税を上げると生活が苦しくなるというトランプの反面教師または先例を、日本がすでに実行している。145% の関税で。
 馬鹿丸出しじゃん。ブーメラン。
Posted by 管理人 at 2025年04月05日 17:40
生産性を上げればよいという点はよくわかりました。早い話では生産性の低い産業をやめて得意な分野に特化すればよい。
要するにお金をたくさん集める能力のある分野に特化すればよい・・。
・・・だから米国は金融に特化した??
これが比較優位なんでしょうか??


Posted by SM at 2025年04月05日 19:59
 米国が得意なのは金融ではなく、石油やガスなどの地下資源と、莫大な土地と移民労働力を生かした農業です。その移民を追放しているので、農業は瓦解中。

 まあ、米国の産業は全般的に強い。輸出力が弱いということはない。貿易赤字が出るのは、競争力がないからではなく、単に資本収支が黒字であるせいです。
 詳しい話は、明後日の項目あたりで示します。
Posted by 管理人 at 2025年04月05日 21:05
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