実は、ホンダは東京の都心に超高層の本社ビルをかかえる、セレブな会社である。田舎会社とは正反対だ。
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(6) 本社は都心にある
これまでホンダのことを「埼玉企業」と表現して、どんくさい田舎企業であるかのように表現してきた。
しかしながら、本社は違う。ホンダの本社は都心の港区(青山)にある。
→ 現本社
しかも、近いうちに建て替えて、25階・150メートルの超高層ビルにする。
→ Honda青山ビル 建て替えについて | Honda
ひるがえって、トヨタは名古屋の都心部でなく郊外部の豊田市に本社と工場があるが、そばには田んぼがいっぱいあって、いかにも田園の企業という感じだ。
日産は、本社だけは横浜のみなとみらいの都心部にあって、カッコいいのだが、他は追浜や座間や厚木などにあって、郊外が主体だ。
トヨタも日産も、東京のど真ん中に超高層ビルをかかえているわけではない。トヨタの先端研究所の一部だけは都心部にあるが、重要な本社機能が都心部にあるわけではない。
しかるにホンダは本社機能が港区にあって、そこに勤める本社の社員は、毎日都心までかっこよく通勤するのだ。
となると、ホンダこそが都会的でセレブっぽくて、トヨタや日産は田舎っぽくてどんくさいことになる。つまり、これまで述べてきたこととは、正反対だ。
「いったいどっちなんだ? はっきりしろ!」
と読者は文句を言いそうだ。
(7) 文系優位
そこではっきり答えよう。こうだ。
「ホンダが都心勤務でセレブっぽいのは、本社勤務の文系社員だけである。現場で開発する理系の技術系の社員は、主として(埼玉県の)寄居と和光で勤務する」
Feloの回答
青山本社は、主に企業の戦略的な方向性やデザイン、マーケティングに関する業務を行っており、研究開発の中心は寄居や他の専門施設にあります。青山では、技術的な開発よりも、全体的なビジョンやブランド戦略の策定が重視されています。
エンジン技術やハイブリッドシステム、EVの開発は寄居で行われていることが多く、青山本社はそれを支える役割を果たしています。
青山の本社は、企業管理や経営戦略をする。それをやるのは文系の社員だ。彼らだけは都心でセレブでオシャレな勤務生活を送る。
一方、理系の社員は、スーツのかわりに作業服を着る。都心の高層ビルでなく、田舎の現場に出る。そこで油まみれになって汚れる。
つまり、文系と理系とには、処遇に差があるのだ。
これまで「ど田舎で勤務する哀れな社員」というふうに表現したのは、あくまで理系の技術者に限られる。
一方、文系の社員なら、都心の超高層ビルで優雅なセレブ勤務を送れるのだ。
(8) 技術者の扱い
では、それは良いことなのか?
文系の社員ならば、「良いことだ。素晴らしい処遇を得る社員はハッピーになるのだから、こんなにいいことはない」と思うだろう。特に、文系の経営者は、大喜びだろう。
「おれたちは技術のことは何もわからないが、技術のことは下層の技術者に任せておけばいい。おれたちは経営という高級な仕事をして、それにふさわしい高給をもらうんだ。何千万円も、何億円も。一方、技術者は、おれたちの命令を受けて、あくせく働けばいい。彼らに回す金は、少しでいい。大切なのは、コストカットで、利益を上げることだ。会社の目的は、株主に奉仕することだからね。あ、おれも株主だけど」
こういうふうに威張った文系の人々が、役員となって、港区青山の高層ビルに集まって、ふんぞりかえっている。彼らは都心できれいな姿で経営していて、工場の現場に出向くこともない。現場で働いて油まみれの本田宗一郎とは正反対だ。
そのあげく、現場のことを何も理解できない経営がまかり通るようになった。
日産の場合は、「技術の日産」という名の通り、技術者が優遇されてきた。最近の数年間に限っては、文系の社長(西川・内田)が続いていたが、以前は理系の社長が頑張ったこともあった。(久米豊社長など。)
別の理由もある。大卒の技術者の採用数を見ると、三社でほとんど差がない。2023年度で言うと、
・ トヨタ 432名
・ ホンダ 497名
・ 日産 360名
( ※ ホンダの場合は、二輪車部門込みで)
一方、企業の売上高はこうだ。
・ トヨタ 47兆円
・ ホンダ 20兆円
・ 日産 13兆円
これから見ると、技術者数はこの比率になってもいいはずなのに、そうならない。企業規模に比べて、日産がいかに技術者を多く採用しているかわかる。また、トヨタがいかに技術者を少なく採用しているかもわかる。(技術者1人あたりで、日産の4倍も働かされている計算だ。)
日産では技術者が大切にされてきたと言えそうだが、トヨタでは技術者を含めて社員がみなコストカットの道具となっていたようだ。ホンダはどうかというと、文系の本社勤務社員だけが、優雅なセレブ生活を送っていたようだ。(日産の横浜本社勤務も、似たようなものだが。)
(9) 経営の技術離れ
「文系の経営担当者が優遇されて、何が悪い」
と思うかもしれないが、悪いのだ。なぜか? 経営が技術から離れてしまうからだ。要するに、技術を理解できない、技術音痴ばかりが経営をになうようになるからだ。
その典型が、神学部出身の日産社長だった。彼は日産を破綻寸前にした。
一方、ホンダはどうか? 理系の人もいくらかはいるが、大半は文系ばかりであるようだ。ホンダの役員は、学歴が非公開なので、理系か文系かは判明していない。しかし名簿を列挙して、過去の経歴を見ると、開発畑を歩いた人はほとんどいない。何らかの小さな組織の部門長として実績を上げて、経営方面に抜擢された、という人が多いようだ。
ここから推定できることは、こうだ。
「ホンダは本社組織と現場組織が分断されている。現場組織で優秀な人が本社組織に組み込まれることはない。経営組織はあくまで本社のなかで人材が選ばれる」
つまり、たらい回しのようなものだ。本社の人材は本社のなかだけで選ばれるので、現場の人材は抜擢されない。
その結果は? 本社の無能な人材は能力がなくても高給をもらえるが、現場の知識をもつ技術者はどれほど有能であっても本社からは排除される、ということだ。従って、本社の経営陣には、技術について詳しい人材は入りにくい。
ただし、皆無というわけではない。現社長は、もともとエンジンの専門家であり、そこから順調に昇進して、社長にまで上り詰めた。こういう人材がたくさんいればいいのだが、いかんせん、同じコースを採る人材は少ないようだ。たいていは文系の人材であるようだ。
経営陣からは理系の人材が排除される。そのあげく、どうなったか? 技術者は寄居という片田舎に放り出されることになった。文系の本社社員だけは港区でセレブ生活を送れるが、理系の人材は片田舎で僻地生活を送らざるを得ない。まるで「ご主人様と奴隷・召使い」である。これが文系と理系の差だ。
こういう会社には、未来がない。そうなるのが、当然だろう。
(10) Apple の例
実は、ホンダの技術者にも、恵まれた人たちはいる。本社やその隣あたりに、先端技術(自動運転など)の開発センターがあって、そこで働くこともできるのだ。
→ Honda イノベーションTokyo

いかにも時代の最先端的な未来的なオフィスであり、カッコいい。「こんなところに勤務したいな」という筆頭に来そうだ。
実は、トヨタにも、似たオフィスがある。(それも都心部。)
つまり、自動運転やAIのような研究分野の技術開発では、都心の高層ビルのオフィスが用意されているのだ。油まみれの技術者とは雲泥の差だ。
とはいえ、それで応募者が殺到するかというと、そうでもない。この分野はかなり競争が激しくて、人材は引く手あまただ。なのに、本田の給料はあまり高くない。都心で勤務するとなると、住居も都心に近いところにしないといけないが、安月給だと、都心の近くには住めない。それでは困る。「金はかかるが、給料は安い」というのは、まずい。
※ トヨタの社員ならば、まだマシだが、ホンダの技術者は、あまり給料が高くない。
では、どういうのが理想か? それは、アップルの社員だ。
・ 勤務先は、渋谷と横浜の中間
・ 住居は、勤務先のすぐそば
このようにすると、生活はハイソな生活が送れるし、通勤時間は非常に短くて済む。最善の場合だと、アップルの中央研究所(綱島)に勤務して、会社の目の前にあるマンションに住むと、マンションから徒歩 30秒で会社に到着する。道路を1本渡るだけで、そこが会社だ。
給料は年収 2700万円だという。ホンダの3倍ぐらいだ。こんなに給料がいいのは、たぶん、英語がペラペラで、Apple 本社の仕事をリモートでやっているからだろう。(日本ローカルの仕事を、日本語でやっているのではあるまい。)
ま、それでも、有能な人はこういう職場に勤務して、通勤時間は 30秒だけ、という優雅な生活を送る。
生活コストが馬鹿高くなる都心に勤務するよりは、都心から離れたところで優雅な勤務をするのが、エリート社員というものだ。リモートワークと週一の通勤よりも、毎日が 30秒通勤という方が、ずっと楽だ。
一方、カッコいいオフィスを構えるが給料は安いまま……というホンダは、理想の環境のように見えても、結局は「恵まれた奴隷」というにすぎない。
ホンダは、一部の社員だけに恵まれた環境を用意するよりも、もっとやるべきことがあるはずだ。
(11) 豊田章男の方針
ホンダの経営者は文系が多い。日産も同様だ。そのせいで、どちらも会社が不振になった。
一方、トヨタは違う。理系の有能な技術畑を出身とした有能な役員が多い。トヨタの社長を長らく務めた豊田章男は、彼自身は理系ではなかった。(慶応法学部出だ。)ではなぜ、彼は有能な技術者を役員にできたのか?
私はそれについて、ひとつの仮説を考えて、AIに質問した。すると、そのものズバリの回答を得た。「イエス」と。つまり、こうだ。
Feloの回答
豊田章男氏は、トヨタ自動車の社長としての在任期間中に、優秀な部下を抜擢し、権限を委譲する経営スタイルを採用してきました。彼のリーダーシップの特徴は、現場に近い経営を重視し、社員の意見を尊重する姿勢にあります。
● 権限委譲と部下の抜擢
経営幹部の選定: 豊田氏は社長就任時に、かつての上司や側近を排除し、新たな人事を行いました。これにより、トヨタ生産方式に精通した新しい幹部を登用し、経営のスリム化を図りました。
部下への信頼: 豊田氏は、執行メンバーに対して「責任を取るのはこの自分。決めて実行するのが執行メンバー」と述べ、実行力を重視する姿勢を示しています。これにより、部下が自ら考え、行動する環境を整えています。
新体制の導入: 2013年からは、レクサスインターナショナルや第1トヨタ、第2トヨタなどの事業ユニットを各副社長とともに分担する新体制を導入し、権限を分散させることで、迅速な意思決定を促進しました。
結論
豊田章男氏は、優秀な部下を抜擢し、権限を委譲することで、トヨタ自動車の経営を効率化し、現場の声を重視する経営スタイルを確立しています。
私の推定には「イエス」という回答が得られた。豊田章男氏はまさしく、優秀な部下を抜擢し、権限を委譲するという方針を取った。だから、優秀な経営者となり得たのだ。
たいていの経営者は、「自分は利口だ」と自惚れて、「自分が正しい決断を出す」というトップダウンの方針を取る。トランプが代表的だが、他の経営者も似たり寄ったりだ。日産の西川や内田も同類だ。ホンダの社長もたぶん同類だろう。(実は私はホンダのことは知らないけれど。)
一方、豊田章男は違った。彼は「自分は素人であり、技術に無知だ」とわきまえていた。「無知の知」があった。その上で、「誰が優秀な能力をもつか」を嗅ぎ当てる能力があった。豊田章男は、自分自身が車好きで、優秀なドライバーでもあったので、車の開発能力をもつ技術者が誰であるかについても、その鼻先で見事に嗅ぎ当てたのだ。だから彼は有能な部下を探し出して、権限をそこに委譲することができた。かくて彼は有能な経営者になれたのだ。自分の無能さをわきまえていたがゆえに。
※ 「おのれの非才を知りたるものは強い」という格言を考えた。これに類似の格言を探し求めたが、AIに聞いても見つからなかったので、類似表現はないようだ。そこで、「おのれの非才を知りたるものは強い」という格言を、私が新たに提唱しておこう。
Feloの回答
「おのれの非才を知りたるものは強い」という意味の格言は?
この格言は、自己認識の重要性を強調しています。具体的には、自分の限界や欠点を理解し、それを受け入れることができる人は、逆に強さを持つという意味です。自己を正しく評価することで、無理な期待をせず、現実的な目標を設定しやすくなります。
この格言は、自己を知ることが内面的な強さを育むことにつながると示唆しています。自分の非才を認識することで、謙虚さを持ち、他者から学ぶ姿勢を持つことができるため、結果的に成長を促進するのです。
このように、「おのれの非才を知りたるものは強い」という言葉は、自己認識を通じて得られる強さや成長の重要性を教えてくれます。
私が考えた格言なんだけどね。
(12) 結語
ともあれ、ここまでいろいろと見てきた。ホンダは埼玉企業であるが、都心にも本社がある。そのことでカッコよくなっていると見えるが、実はそのせいで文系と理系の分断を招いてしまった。
その点では、うまく理系の人材を抜擢できた、トヨタの豊田章男が優れた経営をなしていた。
ホンダとしては、トヨタの真似もできないし、今さら工場をよそに移転することもできない。となると、ホンダはこのまま滅びるしかない。
とはいえホンダにはチャンスがあった。日産を買い取るというチャンスだ。カモがネギをしょってやって来た。安値で購入できる! 大儲けできる! ……ところがこの千載一遇のチャンスを、ホンダは自ら捨ててしまった。宝を捨てるように。
しかし本当は、このカモネギを買い取るべきだったのだ。そして、カモネギを食うかわりに、自分がカモネギに食われてしまえば良かったのだ。そうすればホンダは、カモネギに食われながら生まれ変わって、転生することができただろう。異世界に転生して無双になるように。
ホンダがそのチャンスを自ら捨ててしまったのは、返す返すも惜しいことだ。とはいえ、それも、仕方ないのかもしれない。ホンダはもともと、技術のことは何もわからない、無能な文系の甘ちゃんの集まりにすぎないからだ。(技術者は片田舎に押し出されてしまった。)
ホンダに残された運命は、タイタニックのように、氷山にぶつかって沈没することだけなのだろう。厳粛なるオーケストラの演奏を聴きながら。
ついでだが、先に記した話を再掲することで、末尾としよう。
日産は社長も辞任するし、自社の誤りに気づいている。一方、ホンダは違う。自己の無能さに気づかないまま、勝手に自惚れている。そのせいで、危機感が皆無である。傲岸不遜。自分を利口だと思っている馬鹿ほど、始末に負えないものはない。
( → ホンダはどうなる? .3: Open ブログ )
※ なお、ホンダが日産と統合していたら、技術者数はトヨタの2倍近くになっていたと思える。そうなれば日本最強の自動車会社が誕生していただろう。(ただしホンダはそのチャンスを自ら捨てた。経営者が馬鹿だと、自分を救うかわりに、自分を殺す。)
※ その点、豊田章男は立派だったが、さすがの彼も、晩年には大失敗した。自分のトップダウンで「水素社会とハイブリッド」に邁進して、EV を軽んじた。自己流を貫くことで大失敗してしまった。晩節を汚してしまった。
両社ともにその後劇的な復活を遂げています。
ソニーは家電とPCから撤退して金融事業で復活しました。
その後、半導体、ゲーム、映画、金融、の4本柱で復活。
偉いのはカメラ事業を捨てなかったこと。
カメラの技術は価値があると判断した。
まあでも復活の主体は金融事業ですね。
あとゲームに総力を結集したのも偉い。
任天堂に勝てると踏んだこの判断は難しいもの。
スマホも一応残しているがあくまでも一応のレベル。
日立も同じく家電からは総撤退。
色々と不要な事業を切り捨てた。
残ったのはB2Gの公共事業とインフラ系事業。
半導体と軽電は捨てて重電に完全にスライドした。
ただし公共系のIT系のSI事業は残した。
ソニーの金融、日立の公共とインフラ、これに共通するのは
規制産業で参入が難しく海外の競争にさらされず利益率も高い
という点。
これらがなかったパナソニック、シャープは没落した。
ただソニーと日立はトップが優秀だったのも大きな要因だ。
ホンダと日産も似たような状況にある。
両社ともほぼ完全な市場競争の市場で戦っている。
規制産業のような緩さがある市場を持っていない。
だから本来は優秀なトップが最も必要な企業だが、
逆にトップと役員がいまいちの人材。
だから急速に没落する。
今から公共系やインフラなどの規制産業に参入するのは
手かもしれない。
ただ今までそのような市場を持った経験がない両社。
そのような市場が残されているのか。
三菱自動車も同じ状況で没落した。
金融、公共、インフラ、のどれかに参入できれば。
トヨタは規制産業の市場を持っておらず完全な市場競争の
市場で勝っている。
これは驚くべきことだが当然ながらトップは優秀。
トヨタが金融、公共、インフラのどれかに参入できれば
財務面では弱点のない企業になるだろう。
トヨタならできるだろうが禁じ手としているのだろう。
まだそこまで追い詰められていない。
いっそ、トヨタが、ホンダ、日産、三菱自動車、スバル、
を吸収してしまうのもありだろう。
世界最強の自動車メーカーの誕生だ。
これでテスラと戦う(が勝てないだろう)。
テスラには勝てないが二番手にはつけるだろう。
日本の自動車の未来はこれしかないだろう。
そもそも、EV に乗り遅れたので、ことさら優秀なわけでもない。過去は優秀だった、というだけで、現時点では、EV の落伍メーカーです。現状では BYD の傘下に入ろうとしているありさまなので、トヨタ・ガリバー案だと、日本企業がすべて BYD の傘下に入ってしまう。