2024年12月01日

◆ 半導体露光装置の教訓

 半導体露光装置では、ニコンとキヤノンが世界市場を占めていたのに、市場を奪われた。なぜそうなったか?

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 半導体露光装置では、ニコンとキヤノンが世界市場を占めていたのに、市場を奪われた。この件については、前にも言及したことがある。
  → ステッパーの敗北: Open ブログ
 ここでは、「閉鎖的なシステムにしたのが失敗だった」と解説した。

  → 日本企業はなぜ敗北したか: Open ブログ
 ここでは、「経営者が無能だから」と指摘した。

 ただ、今にして思えば、隔靴掻痒の感がある。「たしかにそれはそうだが、物事の核心を突いている感じがしない」ということだ。「誰もが同じことを言いそうだ」という感じもする。凡庸な探偵の感じであり、名探偵という感じがしない。読者は「ふーん」「あ、そう」と思って、読み流してしまいそうだ。

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 さて。本日になって、この問題を詳しく解説する記事が出た。
  → 日本人が発案したのになぜ敗れた?欧州企業が独占、半導体の核心技術:朝日新聞
 これが、ためになる情報を示している。一部抜粋しよう。
 極端紫外線(EUV)の露光装置……。 EUV露光装置はオランダのASML社しか作れず、同社が市場を独占する。しかし露光装置はかつて日本が80%のシェアを握り、EUV露光技術はそもそも日本人が発明したものだった。それなのに作れなかった。
 ニコンは露光装置の世界ナンバーワン企業だった。いずれEUVの時代が来ると言われていた。それを見越して開発を進めてきた。なのに商用化できなかった。勝ち残ったのはASML。1984年、オランダの総合電機メーカー、フィリップスが出資して設立した後発の露光装置メーカーだ。
 露光装置はレンズや光を使うため、カメラや望遠鏡を作る光学系メーカーが参入してきた。「メイド・イン・ジャパン」が世界を席巻した1980〜2000年代初頭、日本のニコン、キヤノンの2大カメラメーカーが露光装置の分野で圧倒的な競争力を誇った。
 半導体は線幅が細いほど性能が増し、露光に使う光源の波長を短くすることで半導体の微細化を促してきた。光の波長はg線→i線→KrF→ArF→EUVと短くなり、この開発競争に勝ち残ったのがASMLだった。
 EUV露光技術を発案したのは実は日本の木下博雄さん(75)だった。電電公社(当時)の研究者だった1986年、応用物理学会で発表した。
 ニコンはEUVの試作機を開発したものの、性能は不十分だった。予定の2倍の開発費がかかった半面、光源の出力不足や機器の不具合、運転中の装置内の汚れのひどさなど克服すべき課題が多々あり、「装置全体で見ると出来が悪かった」と当時の担当者は打ち明ける。技術開発の難易度の高さから「こんな大変なものはできるわけがない」という空気が支配的になった。日本勢は10年前後、相次いで開発競争から脱落。
 あきらめなかったのがASMLや独カール・ツァイスが加わる欧州の共同開発プロジェクトだった。日米半導体摩擦の余燼(よじん)がくすぶる米国とは対照的に、欧州は日本企業に協力を求めた。ASMLのEUV開発は、HOYAやJSR、東京エレクトロンなど日本勢の部品や材料が支える。
 ASMLはこの当時、こうした水平分業によって積極的に他社の力を取り込んだ。……開発速度は日本勢をはるかに上回った。
 さらにASMLは01年、世界4位の露光装置メーカー、米シリコンバレー・グループ(SVG)を買収。 ASMLは、光源メーカーの米サイマー社も買収し、難関だった光源開発にも成功。ASMLは水平分業のうまみを吸収後、M&Aを活用して外部の技術を自らに取り込んでいった。垂直統合に切り替えたのだ。
 ASMLは開発資金の工面も先んじた。顧客であるTSMCやサムスン、インテルなどから4千億円以上の資金を集め、巨額の開発費を充当したとみられている。それと比べて日本勢の開発資金は桁違いに小さく、「最大の敗因は資金不足」と日本側は見る。
 とはいえ、木下さんによると、16年の時点でも世界の半導体関係者のうち「EUVが実現する」と考えていた人は20%未満。それだけ困難視されていた。EUVによる半導体量産が本格化したのはやっと19年ごろから。やり遂げたASMLのマーティン・ファン・デン・ブリンク社長兼CTO(当時)は、経産省の野原氏に「開発資金がかかりすぎと批判されても、ライバルが脱落しても、諦めなかった。難しいことに挑戦すればそれだけのリターンがある」と豪語した。

 なるほど。ここから教訓を得ることができる。
 この話の教訓は何か? 記事からは「資金不足だ」というふうに読める。もしそうならば、「政府が巨額の資金を投入するべきだ」という結論になり、前項のラピダスへの援助が正解だとなってしまう。しかし、そんなことはありえない。
 注意して読もう。記事では「資金不足だ」と言っているのは日本側の見解だ。ここから言えることは、こうだ。
 「日本はこの失敗を見ても、金の問題だと思うだけで、物事の本質を見失っている。失敗しても、自分の失敗の本質を理解できない。金の不足だというふうに、他人のせいにするばかりで、自分の無能さの本質を理解できていない。そのせいで、金を多額に投入することばかりを考えていて、自分の無能さを改めようとしない。こんなことでは、莫大な金を投入して、大失敗を重ねるだけだ。自らの失敗の理由を放置しているからである」

 要するに、失敗したなら、失敗の原因を直視することが大切だ。失敗の原因を放置したままでは、同じ失敗を何度でも繰り返すことになる。
 では、失敗の原因とは、何か? それは、上記記事を読むと、記事の奥から透けて見える。(直接的には記していないが。)

 ──

 失敗の原因とは、何か? それを明かそう。私の考えを言えば、こうだ。
 「それは、あくまで開発を諦めない、強い意思をもつ経営者がいることだ……と見えそうだが、それは二の次だ。非常に優秀な経営者がいることは、必要条件ではあるが、それだけでは解決しない。もっと大切なことは別にある。物事の核心は別にある。それは、何か? 
 それは、第二次大戦で日本が米国に負けたのと同じ理由である。日本は一点突破で優秀な技術力をもっていたが、結局は国全体の総力で米国に圧倒的に負けていた。技術者数でも資源量でも、あらゆる点で米国に大差で劣っていた。単に金の力で劣っていただけではないのだ。総力で完全に大差で劣っていたのだ。
 ASML が勝利したのは、これと同じ理由である。開発の途中の時点で、ニコンは失敗した。キヤノンも失敗した。両社はともに技術的な限界にぶつかって、失敗した。そこで、両社は開発を諦めた。
 ASML はどうしたか? この時点では、ニコンやキヤノンと同様だっただろう。開発に失敗したはずだ。そこで、どうしたか? 諦めたか? 諦めなかった。そこが違った。
 では、諦めないで、どうしたか? 単にそのまま前進すれば、失敗は確実である。進めば失敗。進まなくても失敗。どっちみち失敗である。自社に残された選択肢は、二つあるが、進んでも進まなくても失敗だけだ。成功という選択肢はない。それにもかかわらず、諦めることはできない。では、どうしたか? 
 ここで、経営者は卓抜な判断をした。こうだ。
 「自社単独では開発する限りは、総力が不足するので失敗する。ならば、連合を作って、欧州・米国・日本にある各社の力を束ね合わせて、世界連合の総力で突破すればいい」
 このことは、記事にこう記してある。
 あきらめなかったのがASMLや独カール・ツァイスが加わる欧州の共同開発プロジェクトだった。日米半導体摩擦の余燼(よじん)がくすぶる米国とは対照的に、欧州は日本企業に協力を求めた。ASMLのEUV開発は、HOYAやJSR、東京エレクトロンなど日本勢の部品や材料が支える。
 ASMLはこの当時、こうした水平分業によって積極的に他社の力を取り込んだ。……開発速度は日本勢をはるかに上回った。
 さらにASMLは01年、世界4位の露光装置メーカー、米シリコンバレー・グループ(SVG)を買収。 ASMLは、光源メーカーの米サイマー社も買収し、難関だった光源開発にも成功。ASMLは水平分業のうまみを吸収後、M&Aを活用して外部の技術を自らに取り込んでいった。

 記事にも記してあるが、米国は自国産業の振興を狙ったときに、日本企業を意図的に排除した。これは「世界連合」という方針とは逆だ。
 日本の経産省は、しばしば産業振興政策を取るが、これも「日本企業限定」というのが普通である。これも「世界連合」という方針とは逆だ。
 ニコンやキヤノンはどうかといえば、もともと「開発は自社単独で」という方針を取った。せめて、ニコンとキヤノンが共同開発すれば何とかなったかもしれないが、両社は協力するよりは断念することを選んだ。「何としても諦めない」という ASML とは逆で、「ライバルと協力するくらいならすべてを諦める」という方針を取った。(戦わずして敗北する道を選んだ。)

 日本企業のこういう方針は、古くから言われているが、有名な体質である。それは「NIH症候群」と言われる。つまり、「Not Invented Here」である。その意味は、こうだ。
 「それは当社で開発された技術ではありません。それは他社製の技術なので、どれほど優秀であっても、採用しません。むしろ、ポンコツの自社技術だけにこだわります。なぜなら、他社に特許の使用料を払うのは、まっぴらごめんだから。意地でも他社には技術料を払いたくないんだ」

 要するに、唯我独尊である。他人に頭を下げるぐらいなら、お山の対象となって威張っている方がいい。たとえそれで敗北したとしても、敗北を受け入れる。2番手となって勝利するくらいなら、1番手のまま敗北する方がマシだ。……こういう発想で、敗北を受け入れて、あっさり撤退するのである。
 それが日本企業の体質なのだ。それこそが失敗の本質なのだ。(他人に頭を下げるくらいなら、名誉ある撤退を選ぶ、というわけだ。)

 半導体露光装置では、ニコンもキヤノンも、他社と連合を組めなかった。MRJ の開発では、三菱重工の自社開発にこだわって、外部の技術者を導入できなかった。こうして、虚弱な開発体制しか組めないから、最終的には開発で敗北するしかないのだ。(ラピダスも同様である。)
 それが、傲慢な企業の取る道だ。

 ──

 では、どうしてこういうことが起こるのか? より根源的には、何が理由なのか? それについて、私の考えを言おう。
 「この問題の根源は、経営者が技術者に対して威張りすぎることだ。経営者は、技術者よりも経営者の方が偉いと思い込む。社長である自分が偉いから、偉い自分が経営判断を決めればいいと思い込む。そのとき、自分が技術に対して無知であるということを理解できていない。自分の無知を理解できないまま、無知な人間が勝手に経営判断を下す」
 「一方、優秀な経営者は違う。優秀な経営者は技術者に対して威張らない。自分の仕事は、技術者の開発をサポートすることだ、と考える。仕事をする主体は技術者であって、経営者はそのためのサポートをするのが役目だ、と考える。経営判断をするときも、技術者の意見に耳を傾けて、なるべく技術者の意見を聞き入れる」

 ちなみに、日産のゴーン社長も、トヨタの豊田章男も、文系の経営者である。一方、ASML は違う。ASML の現 CEO であるクリストフ・フーケは、15年間にわたって EUV技術を開発してきた技術者である。この人が技術者として EUV技術開発をしてきたのだ。文系の経営者ではなく、優秀な技術者が EUV技術の開発をしてきた。それを支えたのが、当時の CEO であるピーター・ウェニンクだが、彼は主として財務面を見ただけだった。開発の担当は、当初からずっとマーティン・ファン・デン・ブリンク(前述)が担当していて、その後任がクリストフ・フーケとなった。この二人はともに圧倒的に優秀な技術者だった。

 これに似ているのは、マイクロソフトのビル・ゲイツと、アップルのスティーブ・ジョブズだ。どちらも傑出した優秀な技術者だった。技術的に詳しい知識があった。そういう人物がトップに就いて全社を率いたから、技術的に正しい道を進むことができた。
 傲慢な経営者が勝手に技術的な方針を決めたのではなく、優秀な技術者が経営を率いた。だから技術的に正しい道を選択できたのだ。

 ここに物事の本質がある。

( ※ ちなみに、ラピダスの社長は優秀な技術者だったそうだが、いかんせん、年齢が 72歳である。この人自身は悪くはなさそうだが、こんな老人がトップに就いているという点で、人材の不足は著しくひどい状況だとわかる。圧倒的な人材難が露呈しているね。
 「技術者の平均年齢は約50歳」という話もある。
   → https://x.gd/gAnnG
 ほとんど悲惨だね。)



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「ラピダスって、みんな頑張っているのね」
「でも全員、おじいちゃんばかりじゃない」
「骨を折って頑張っているんじゃないの?」
「骨を折るのは老人性の骨粗鬆症でしょ?」



 
posted by 管理人 at 23:56 | Comment(5) | コンピュータ_04 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
興味深く読みました。
ニコンとキャノンがASMLに敗けた理由を考えてみました。

1.露光装置に全リソースを割けれなかった
両社が共に露光装置の専門メーカーではなかった。
露光装置が駄目でも他の事業があるという慢心があった。

2.全世界から人材を集められなかった
ニコンやキャノンに欧米から優れた技術者を集めることができなかった。
日本語の壁、低い給与の壁、日本の国としての魅力度の低さ、があった。
国内の競合企業から引き抜くことはできるが欧米からは無理。
これは現在も変わらない。

3.日本の半導体産業が既に衰退していた
日本企業が半導体技術者を冷遇した結果、韓国、台湾、中国に
技術者が移動してしまった。
その結果、韓国、台湾で半導体産業が隆盛するようになった。
日本企業の技術者に対する低い給与水準が根本原因。

4.ロジック半導体の専門メーカーが出現しなかった
NEC、日立、三菱、からの合弁会社としてルネサスができたが、
国内メーカーの下請け的な仕事で満足してしまい、世界に売るという
ビジネスモデルが確立できなかった。
アメリカとの衝突を恐れ過ぎたのが原因。
先端的なロジック専門のメーカーがほとんどなかったので
露光装置の開発の動機が弱くなった。

5.アメリカとの衝突を恐れ過ぎた
アメリカの有力半導体メーカーとの衝突を恐れ過ぎた。
そのためロジック半導体の有力企業が出現しなかった。
半導体製造装置、素材、などの周辺分野のみ発達した。

6.国家戦略としての半導体産業という観点がなかった
2020年くらいになってやっと国策として半導体産業をテコ入れする
必要性に目覚めた。
過去にはエルピーダが破たんしても自己責任で放置してしまった。
理系の素養のある政治家、官僚が少ないのが問題。

以上、複数ありますが6が最大の要因と思います。
国家戦略としての半導体産業の確立という認識があれば
1から5の問題はトップダウンで解決に向かいます。



Posted by 読者 at 2024年12月02日 21:23
> 国家戦略としての半導体産業

 そんなお上頼みの他力本願みたいな発想をしているから、日本企業は衰退するんです。たとえば MRJ や ラピダスが典型だ。
 ASML も TSMC も、アップルもマイクロソフトもテスラも、いずれもお上の力には頼らなかった。かわりに、何があったか? 優秀な経営者がいた。技術のわかる経営者が。

> ニコンやキャノンに欧米から優れた技術者を集めることができなかった。

 そういう国産主義を取っているから失敗するんです。世界連合の発想を取れば、各国の技術者に分担で任せることができるから、日本語は必要ない。結果としての製品だけがあればいい。そこには言葉は不要だ。


 本項を読み直すといいですよ。あなたは読んだことをみんな忘れてしまっている。

Posted by 管理人 at 2024年12月02日 21:58
ご指摘はごもっともですが、
韓国や台湾の成功はASMLとは異なる自国内に
集約して集中するモデルです。
これなら日本にもできたと思います。
韓国も台湾も国家戦略のレベルで半導体産業を育てた。
日本もできたはず。
米国もオランダも完全に市場競争に任せてはいないです。やはり国家レベルで半導体産業は特別という認識を持っている。
一切の補助金をなくして完全に市場競争に任せるべきという意見でしょうか?
半導体産業は立ち上げに兆円単位の投資が必要なので市場競争に任せると育ちません。
むしろ日本の政治家と官僚は市場競争を万能視していた結果、半導体産業が衰退したのでしょう。
Posted by 読者 at 2024年12月02日 22:34
 台湾の TSMC の成功は、中国本土の工場や人材を大量に得ていることと結びついています。さらに、莫大な企業規模を得ています。国家が育てたわけじゃない。
 韓国のサムスンは、国全体で一極集中ふうにここに人材を集中させていることで成立しています。その分、サムスンと現代以外では産業が成立しない。日本のように広い産業基盤はなく、たったの2社だけに集中している。成功とは言いがたい。

> 半導体産業は立ち上げに兆円単位の投資が必要なので市場競争に任せると育ちません。

 今さら兆単位の金を投入しても、人材がいないので、ただの無駄になるだけです。ちゃんと書いてあるでしょ。
 自分の能力不足を理解できないまま、金さえ投入すれば解決できると思い込むから、MRJ みたいな失敗を何度もやるんです。

 一番大切なのは何か? 莫大な国費を投入することじゃない。自分の無能さを理解することだ。できもしないことをやろうとするのは、驕りでしかない。それがわからないのは、戦艦大和以来の伝統だが。
 
 ※ 自分の無能さを認識した上で、無能な自分を有能にするために、反省と努力をすることこそ、日本を救う。逆に、反省も努力もしないまま、莫大な国費をもらって浪費することばかりを考えていれば、日本を滅ぼすだけだ。……無能な働き者というのは、そういうものだ。
Posted by 管理人 at 2024年12月02日 22:58
 わかりやすくするための表現を少し加えておきました。「名誉ある撤退」「傲慢」というような言葉で評価しておきました。
Posted by 管理人 at 2024年12月04日 21:49
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