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テレビ・ドラマで「マウンテン・ドクター」という番組がある。山小屋に出張して医療活動をする「山岳医」というのをテーマとする。視聴率も高く、好評らしい。
→ マウンテンドクター | 関西テレビ放送 カンテレ
前回の第9話では、山で遭難した知人を救助するために、主人公が出向いたら、途中でスマホが圏外になって、つながらなくなってしまった。それでも相手を見つけたが、霧が出たので下山したら、自分自身が足を挫いてしまって、自分自身が遭難者になってしまった。(二次遭難者)……あげく、ヘリコプターで運ばれるハメになって、大失敗だった、という話。
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このドラマは、よくある医療ドラマ(ドクターX、医龍、フラジャイル、K2 )のような、天才医師の大活躍する系譜とは、異なる。逆に、未熟な若手医師が、何度も何度も失敗する、という話だ。未熟者が成長するという意味では、若者の ビルドゥングス・ロマンの系譜に属する。「コード・ブルー」とは同類だね。(変人の天才であるブラックジャックとは異なる。)
そういうわけだから、今回もまた、主人公はみっともない大失敗をやらかして、さんざん落ち込んでいるわけだ。(駄目な若者を演じている杉野遥亮は、適役だね。いかにも無能っぽい。)
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ただ、それはそれとして、ドラマに関して、疑問に思うことがある。
「登山で遭難したときに、スマホが圏外でつながらない、という場面がある。だが、それは時代錯誤だろ」
ということだ。
スマホが圏外でつながらない、というのは、素人ならば、まだわかる。しかし、そこを自分のテリトリーとしている山岳医ならば、何度も行き来しているはずだし、「圏外で困った」と騒ぐのは、ナンセンスだ。簡単に解決が付くはずだ。
(1) 遭難者は、直前までスマホが通じていて、連絡してきた。そこから少し移動して、圏外になったなら、元の場所に戻って、圏内に入ればいい。そこから連絡すればいい。
(2) どこが圏外で、どこが圏内かは、地元のマップで、あらかじめ理解しておくべきだ。「圏外・圏内」のマップを、3大キャリア別で、きちんと準備しておくべきだ。そうすれば、圏外の場所から、圏内の場所に、移動できる。
(3) 万一のために、無線機(トランシーバー)を携帯しておくべきだ。救助関係者ならば、当然だろう。たとえ圏外でも、これがあれば通話・連絡できる。(近くに来た救助隊と。)
→ 山の連絡手段 無線機(トランシーバー)と携帯電話(スマホ)-ヤマレコ
→ https://amzn.to/4e1B3xO (1万円以下)
(4) 救助隊に場所を告げるために、照明弾(救難信号弾)も携帯しておいた方がいい……と思ったが、それは無理であるらしい。火器であるので、素人は所持禁止だ。警察・消防などのプロしか所持できないそうだ。残念。
→ https://x.gd/t2OmJ
※ ただし、ロケット花火を使うという方法もある。音と煙で注目を引く。30発 千円ぐらい。(引火の危険があるので、扱いに注意。リュックが燃えたら大変だ。)
(5) ドラマでは、霧が出たので、標高を下げるために下山する、という方針を取ったが、そのあげく、二次遭難してしまった。一般に、遭難後は、下山するという方針は取ってはならない。この件は、下記に詳しい。
→ 遭難時に下山をしてはいけない理由の図解が怖すぎた - Togetter
ドラマの例では、ビバークするためのテントを用意していた。だから、なおさら移動するべきではなかった。(その場でテントを張ればいい。)
(6) 山登りをするときは、(一番高い)稜線沿いに歩くのが原則だ。稜線ならば、電波も届きやすいし、遭難時にも発見しやすい。稜線から離れて下山するなんて、言語道断だ。また、遭難者に対しても、「稜線に上がってください」と伝えるべきだ。こういう基本原則を守るべし。
(7) とにかく、自分だけでも高い場所に移動して、電波のつながる圏内の場所にたどり着いて、連絡するべきだった。(遭難者はその場に残しておいていい。)
電波の届く場所と、地形とは、密接に関連がある。どのような地形において、どこに移れば圏内になるか、きちんと理解する必要がある。どこがどうかもわからないまま、やみくもに動き回って、救助隊の目からも届かなくなるなんて、ひどすぎる。馬鹿丸出しだ。
こんなのがマウンテン・ドクターなんて、馬鹿も休み休み言え、と文句を付けたくなる。素人丸出し過ぎる。ちょっとぐらいは山岳知識や電波知識を仕入れるべきだ。
(8) IT知識も仕入れるといい。「電波が届かなくなっても、(少なくとも本人だけは)現在地がわかる」というアプリがある。天上の GPS から届く電波を拾って、自分の現在地をスマホ上に表示する、というシステムだ。
→ YAMAP / ヤマップ | 登山をもっと楽しく、登山情報プラットフォーム
(9) 【 追記 】
iPhone 14 以後では、衛星通信で緊急連絡ができるようになった。
→ 衛星経由の緊急SOS、本日提供開始 - Apple (日本)
→ 日本でもiPhoneの「衛星経由の緊急SOS」が可能に、災害や遭難などの事態に備える
※ コメント欄で教わった。私も知っていた情報だが、失念していた。
富士山だけがテリトリーとかならわかりますが、極端に言うと日本の山全体がテリトリーでしょうから、舞台となった山に精通しているかどうかは別の話かと。
> (8)天上の GPS から届く電波を拾って、自分の現在地をスマホ上に表示する
これは大賛成です。
基本的には(8)で解決のような気がしますが、気になる点が1つあります。
> (2) どこが圏外で、どこが圏内かは、地元のマップで、あらかじめ理解しておくべきだ。「圏外・圏内」のマップを、3大キャリア別で、きちんと準備しておくべきだ。
谷川岳について、「地元のマップ」は見当たらなかったので、
ドコモの一般的な「エリアマップ」
https://www.docomo.ne.jp/area/servicearea/?rgcd=03&cmcd=5G&scale=250000&lat=35.853786&lot=139.652079
管理人さんが(8)で紹介したYAMAPのアプリ上で見られるドコモの「電波マップ」
https://yamap.com/magazine/25787
を見比べてみました。
電波マップは道の電波状況がピンポイントで分かるので便利ですが、上記HPの注意事項には「調査時期が2016年7月から2018年11月」とあります。
実地踏査なので、全国の山の最新状況をという訳にはいきません。
一例をあげると、右下の土合駅から北西に向かう登山道は、電波マップでは圏外を示す真っ赤ですが、エリアマップでは一面緑になっており、全くの圏外ということはなさそうです。おそらく電波マップの調査後に、エリアが拡大されたのでしょう。
エリアマップと電波マップの等高線、さらには上記HPの内容を踏まえると
・基本的には人の多く住む場所(≒盆地、谷底に近い場所)に基地局を電波を下向きにして設置→基地局に面した側の稜線まで電波が届く
(土合駅から北方の朝日岳に至るエリアマップの線がおそらく典型で、圏内(緑色)と圏外(灰色)の境が電波マップの道(≒稜線)とほぼ一致
・人気のある山では電波を上向きにして設置し、登山者が電波をつかみやすくする場合もある
といったところのようです。
管理人さんのおっしゃる「地元のマップ」を作ろうとすると、
・地図をデフォルメした場合、「電波マップ」のようにピンポイントで示すことも、「エリアマップ」のように面で示すことも難しい
・地図をデフォルメしない場合、地図が間延びしてしまう
・作った瞬間から陳腐化が始まるので、定期的に実地踏査を行い、マップをアップデートしていかなければならない
ので、そんな「地元のマップ」は作れない、すなわち存在しないように思います。
そこまでの情報が盛り込まれた「地元のマップ」
の例があればお示しいただきたいです。
車に積んでいる発煙筒ならどうでしょう?
> (5) ドラマでは、霧が出たので、標高を下げるために下山する、という方針を取った
この後(6)(7)と稜線の話が続きますが、(5)はまさに「ドラマだから」ですよね。
「山岳医は霧が出たが、携帯の電波をつかむために稜線を目指して山を登った。その結果、電波をつかむことに成功し、遭難者と連絡が取れ、ともに救助された」ではドラマではなく、教育ビデオになってしまいます。
付け加えるなら
(9)さらなるIT知識として、2024年7月30日から日本でも提供が始まった「衛星経由の緊急SOS」を紹介するといいでしょう。
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00160/082000416/
利用できる機種はiPhone 14シリーズ及び15シリーズに限られるが、アクティベートしてから2年間は無料で利用できるそうです。
ドラマでは(勤務先である)特定の一つの山小屋だけに限定されます。日本中ではありません。一人で一箇所。
> (8)で解決
自分だけがわかっても、その位置は救助隊にはわからないので、何の解決にもなっていません。(8)は無効。
(8)以外の方法で連絡を取るしかありません。
> 定期的に実地踏査を行い、マップをアップデートしていかなければならない
毎週自分で上っているんだし、登山者からヒアリングもしているので、電波状況ぐらいは聞けるでしょう。場所は稜線だけに限定していい。
稜線から下ったら、電波が届かないのは、ほぼ当り前。
> 車に積んでいる発煙筒
森の樹林の葉々の下で煙が出ても、その上を飛ぶヘリコプターからは、まったく見えないので、意味がありません。
森の樹林の葉々の上の広い空間に到達する必要があるので、ロケット花火ならば有効です。
https://www.apple.com/jp/newsroom/2024/07/emergency-sos-via-satellite-available-today/
主人公の山岳医がスマホの電波マップを作り、GPSで自分の居場所も確認し、万一のために無線機も用意し、照明弾も携帯し、遭難者を残して稜線に上がり…
そんな主人公だったら
「未熟な若手医師が、何度も何度も失敗する、という話」ではなくなるし、さりとて「天才医師の大活躍する系譜」でもなくなり、ドラマではなくただの教育ビデオになっちゃうでしょ?
> 私はドラマを引き合いに現実世界でどうすべきかを考えていたのですが、管理人さんはあくまでドラマの中で主人公がこうすべきだということを考えているのですね。
その通りだと思いますよ。だって、最初あたりで、はっきりとこう書かれているじゃないですか。
> ただ、それはそれとして、ドラマに関して、疑問に思うことがある。
圏外で遭難するという愚行は、今回の話だけです。これらを修整するのは可能だし、修整したからといってドラマができなくなるわけじゃない。いくらでもつくれます。
未熟な人間は、いくらでも失敗できる。尽きることはない。
そもそも、医者として失敗する話がメインなので、無線知識不足で失敗する話は不要。
ドラマに悪口を言うことを通じて、登山する人に啓蒙することが目的です。
直接的にはドラマのことだけを書いているが、ドラマの制作者に訴えたいわけじゃない。これを読んだ人が、自分のこととして理解してほしい、という間接的な目的がある。その意味では、
> 私はドラマを引き合いに現実世界でどうすべきかを考えていた
というのは、妥当です。
(私はこれを批判していません。)