ガザの虐殺を止めるには、イスラエルを批判するより、ユダヤを批判する方がいい。反ユダヤ運動だ。
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反ユダヤ運動というと、いかにも反人権ふうに見なされて、批判されがちだった。それが長年の歴史だった。「ナチスに迫害されたユダヤ人を擁護することこそ、正しい人権運動だ」と見なされてきた。それが歴史的経緯だった。
しかし今や事情は逆転している。イスラエルがガザで虐殺をしている。欧米はこれを止めるどころか、これを擁護するほどだ。
例。長崎の式典で欧米がそろってイスラエル擁護。
→ 長崎の平和式典に主要国大使が相次ぎ欠席 :朝日新聞GLOBE+
こういうひどい状況がある。これまでは虐殺された側を擁護していた欧米が、今では虐殺する側を擁護する始末だ。
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そこで、新たに提案しよう。こうだ。
「人々がイスラエルをいくら批判しても無駄なので、人々はユダヤを批判すればいい。反ユダヤ運動をすればいい」
これに対して、欧米政府は「反ユダヤ運動は人権無視でけしからん」と従来通りの方針を取るだろう。そこで、言い返すといい。
「人権無視がけしからん? どのツラ下げて、その言葉を言っているんだ。虐殺するイスラエルを擁護しているのは、自分自身だろう。人権無視をするイスラエルを擁護するのは、自分自身だろう。人権無視がいけないというのなら、自分自身に言え。自分で自分を罵れ。虐殺者を擁護しているのは、おまえたち自身なんだよ」
こうして彼らの自己矛盾を暴露することができる。
だから、批判するのなら、イスラエルを批判するより、ユダヤを批判するといい。
「ユダヤは悪質だ。人殺しだ。悪魔だ」
というふうに。
そして、世界中でこういう運動が起こったとき、ユダヤ人は身の危険を感じるので、「身を守ろう」と思って、我が身かわいさの行動を取ろうとする。かくて、ガザの虐殺をやめるようになるだろう。批判されないために。
逆に言えば、ガザの命を救うためには、ユダヤに攻撃の言葉を向けるべきなのだ。
※ 言葉の攻撃だけである。実害を与えるわけではない。
※ 個人相手への実害攻撃ではない。抽象的な概念が対象だ。
※ 要するに、口だけで悪口を言え、ということだ。
【 関連項目 】
→ ダイヤを支配するユダヤ: Open ブログ (前項)
※ 前項の話は、ユダヤ批判をすることで、ガザに平和をもたらそう、という意図が含まれている。
[ 余談 ]
できれば、イスラエルという国家に対しても、何らかの処罰を与えたいものだ。
具体的には、イスラエルに経済制裁するといい。バイデンがそのような趣旨を口に出しているが、あくまでブラフであって、実行する気はないようだ。
そこで、岸田首相が辞める前に、イタチの最後っ屁のように、何か措置を執るといいのだが。たとえば、イスラエルに対する経済制裁(課徴金や輸入禁止)だ。
まあ、現実的には、岸田首相にそれだけの肝っ玉があるはずはないのだが、「もしあればいいな」という仮想的な願望の形で、ここに記しておこう。
※ イスラエルに武器援助するドイツにも経済制裁をしてやれ……と思ったこともあるのだが、ドイツは今年になって、イスラエルへの武器援助をやめているらしい。ようやく少しは反省しつつあるようだ。とはいえ、そのことを公言せずに、内緒にしている。性根は腐ったままだね。
→ 兵器輸出停止を公表しないドイツ イスラエルとの「特別な関係」とは | 毎日新聞
※ ドイツは右派政権だったせいかも……という気もしたが、そもそも右派政党のメルケルはリベラルっぽかったし、左派政党の現行政権は 2021年12月から続いている。政党のせいというより、ドイツの国民性ゆえに、ユダヤべったりであるようだ。国是みたいに、がんじがらめになっている。
2024年08月23日
過去ログ
ナチスはユダヤ人を600万人殺したといわれています。パレスチナの4万人に比べるとまだ少数です。