イスラエルには恐怖がある。では、どうするべきか?
ここで、日本政府の方針の欺瞞(嘘)を、名探偵が あばく。
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イスラエルの恐怖の原因
イスラエルは暴走する。ひたすら大虐殺に向かう。その理由は、イスラエルが邪悪であるからではなく、イスラエルが臆病だからだ。イスラエルは(自らが滅びるという)恐怖をもつ。それゆえに、大量虐殺をする。……これが、前項で述べたことだ。
ともあれ、イスラエルは、恐怖に駆られて、ハマスを過大視して、「ハマス壊滅」をめざす。そうして、「自衛」の名目で、ハマスを壊滅させているつもりで、女子供を大量虐殺する。これは一種の「過剰防衛」だとも言える。錯覚と妄想ゆえの暴走である。
では、イスラエルがこのようにふるまうのは、どうしてか?
恐怖のあげく、錯覚と妄想ゆえの暴走。それが起こるのは、狂気のせいか? いや、違う。過去ゆえだ。
過去とは? ユダヤ人がナチスドイツによって大量殺害されたという80年前の事実だ。これがトラウマのようになって、イスラエル人に心の傷をもたらして、巨大な恐怖を与える。80年ほどの昔の過去は、今となっては古すぎるように見えるが、今もなお生きた記憶となって、イスラエル国民のなかに息づいている。その生きた記憶が、恐怖の形でよみがえり、亡霊の魂のごとく、イスラエル国民に乗り移る。それがイスラエル国民を暴走させるのだ。(悪霊のように。)
ドイツの責任
ここまで理解すれば明らかだろう。イスラエルが暴走する責任は、過去のドイツにある。過去においてドイツがユダヤ人を大量虐殺した。その過去が今になって、遠く離れたパレスチナの土地で、ユダヤ人を恐怖に駆り立てて、妄想ゆえの大量殺害をもたらす。
だから、ドイツ人はこのことを理解するべきだ。それが真実なのだから、その真実を理解するべきだ。
なのにドイツは、その真実を理解しない。かわりに、「ドイツがユダヤ人を殺したのを反省する。そこで、ユダヤ人がパレスチナ人を大量虐殺するのを容認する」という方針を取る。
これでは、反省する方向がまったく見当違いだ。「ユダヤ人を大量殺害したこと」を反省するのはいいが、「ユダヤ人を」というところだけを反省して、「大量殺害したこと」については反省しない。そのせいで、「ユダヤ人が大量殺害するのを支持する」という方針を取る。「ドイツは常にイスラエルの側にあります」と言って、ガザの大虐殺を容認する。昔の大虐殺を反省すると言いながら、現在の大虐殺を容認する。……狂気の沙汰だ。
上のような論理の倒錯は、私がいちいち指摘するまでもない。ドイツ人自身も、自分で気づいているはずだ。このくらいの論理の倒錯は、中学生ですら理解できるレベルのことだからだ。
なのに、ドイツ人は、意図的にそれを放置する。論理の倒錯をしているとひそかに気づきながら、あえて論理の倒錯をそのまま続ける。
では、なぜ?
思考停止
自分が間違いをなしているとひそかに気づきながら、あえてそれを無視して間違いを続ける。……それは、どうしてか?
そうことは、別に、特別なことではない。よくあることだ。現実の人間社会でも、多かれ少なかれ、いろいろな場面で見出すことができる。
その一般原理は何か? 「良心の麻痺」だ。
自分が間違いをしても、それを直視しない。見て見ぬフリをする。目をふさぐ。そのことで自分が何をしているかを理解しないでいられる。……たとえ自分のせいで大量の虐殺が起こるとしても、目をふさいでいれば、その責任に気づかずにいられるのだ。かくて、責任を感じずに済むのだ。
これがつまり、ドイツがイスラエル支持を続ける理由である。
日本の方針
こういう方針を取るのは、イスラエルだけでない。他の国も、同様のことをする。
たとえば、日本だ。「見たくもないものは、見ないでおく。目を閉じることによって、それを見ても、見なかったことにする」という方針。こういうのは、昔から日本が得意なことだ。今でも、ガザ虐殺を見て、見ないフリをしている。ラファ侵攻が起こっていても、何一つイスラエル批判をしない。
この件は、先にも述べたとおり。
ラファにおける虐殺を見ても、虐殺については何も語らずに、ほったらかしだ。この点では、欧米とは大差がある。つまり、日本政府の方針は、「見ざる・聞かざる・言わざる」なのだ。このことは、次の一覧を見ればわかる。
→ イスラエル国|外務省
ほとんど何も言わないに等しい。虐殺については「見て見ぬフリをする」ばかりだ。あまりにもひどい。
( → 武力と平和主義 .25: Open ブログ )
ちなみに、上のリンク先の文章は、こうだ。
我が国は、一貫してハマス等によるテロ攻撃を断固として非難し、人質の即時解放を要求してきていますが、同時に、改めて、一般市民の保護の重要性を強調するとともに、全ての当事者に対し、国際人道法を含む国際法の遵守や、人道支援の確保を含め、関連の国連安保理決議に基づいて誠実に行動することを求めます。
( → ガザ地区のラファハにおけるイスラエルの軍事行動について(外務報道官談話)|外務省 )
ここでは、ハマスについては明確に名指しして批判するくせに、イスラエルの大量虐殺については大甘だ。虐殺しているイスラエルを名指しせずに、「全ての当事者に対し」というふうに ぼかす。「非難する」という言葉を使わず、「誠実に行動することを求めます」と要求する(お願いする)だけだ。
これほどにも日本政府は、イスラエルに対して大甘なのだ。(★)
その後の日本
上の「談話」は、2月12日のものだった。その後、だいぶ時間がたったので、新たに続報があるかもしれない。そこで調べてみる。
本日5月12日には、朝日新聞の社説がこう書く。
日本はイスラエルとの関係を維持しつつ、パレスチナへの人道支援で積極的な役割を果たしてきた。ラファ侵攻には反対の立場を明言している。
( → (社説)イスラエル ラファ侵攻は許されぬ:朝日新聞 )
ほう。これはすごい。「ラファ侵攻には反対の立場を明言している」そうだ。とすると、政府はいつのまにか方針を変えたのか。では、いつ?
そこで、外務省のサイトを全文検索すると、次の文言が見出せる。5月10日の外相会見だ。
我が国としては、さきのG7外相会合においても一致したとおり、ラファハへの全面的な軍事作戦には反対であり、人道支援活動が可能な環境が持続的に確保され、また、人質の解放が実現するよう、即時の停戦を求めるとともに、それが持続可能な停戦につながることを強く期待しています。我が国といたしましても、事態の沈静化に向け、引き続き、あらゆる外交努力を行ってまいります。
( → 上川外務大臣会見記録|外務省 )
たしかに外相は、「我が国としては、さきのG7外相会合においても一致したとおり、ラファハへの全面的な軍事作戦には反対であり」と述べている。
ここでは、次の三つのことが述べられていることになる。
・ G7外相会合は、ラファハへの全面的な軍事作戦には反対である
・ 日本は、G7外相会合の方針に同調する
・ 日本は、ラファハへの全面的な軍事作戦には反対である
1番目と2番目から、3番目は論理的に導き出される。三段論法だ。したがって論理的に「日本はイスラエルのラファ攻撃に反対である」という結論が得られる。
では、本当にそうか?
G7の方針
外相は、「我が国としては、さきのG7外相会合においても一致したとおり、ラファハへの全面的な軍事作戦には反対であり」と述べた。これは外相の言葉だ。
では、この外相の言葉は正しいのか? 「一国の外相の言っていることだから間違いではあるまい」と思う人が多いだろうが、物事は何事であれ、ソース(原典)に当たるべし。自力で念のために確認するべし。
すると、外相の言葉は間違いだとわかる。G7外相会合は、そのような声明を出していないのだ。原文に当たればわかる。出典は容易に得られるので、そこから引用しよう。
G7メンバーは、2023年10月7日に始まったイスラエルに対するハマス及び他のテロリスト集団によるテロ攻撃を可能な限り最も強い言葉で非難した。G7メンバーは、ハマスに対し、現在も続くイスラエルに対する攻撃を止めるよう求め、国際法に従って自国を守るイスラエルの権利を強調した。G7メンバーは、ハマスに対し、前提条件なしに、全ての人質を解放するよう強く求めた。G7メンバーは、この紛争が一般市民にもたらした多くの許容しがたい犠牲への深い悲しみを表明した。
G7メンバーは、ガザでの壊滅的な人道危機、特にラファハに避難している150万人の一般市民の窮状に対処するための緊急の行動を求め、また、G7メンバーは、この地域においてイスラエルによる更なる全面的な軍事作戦が一般市民に破壊的な結果を招く可能性について深い懸念を表明した。
( → G7外相会合の議長声明:日本 外務省・公式翻訳 、リンク元 )
ここでは、次のように示される。
・ ハマスについては「最も強い言葉で非難」という方針を取る。
・ イスラエルについては「深い懸念を表明」という方針を取る。
つまり、1200人の殺害には「最も強い言葉で非難」という方針だが、150万人の殺害については「深い懸念を表明」という方針だ。(あまりにもアンバランスだ。)
結局、G7外相会議は、「ハマスを非難するが、イスラエルを非難しない」という方針を取ったことになる。ラファへの大量殺害については、ハマスに対してのみ「攻撃をやめよ」と求めたが、イスラエルに対しては「攻撃をやめよ」とは求めずに、単に「深い懸念」を表明するに留めた。また、ガザにおける大量殺害については、「イスラエルに責任がある」とは認めず、殺害の主体となる主語を示さなかった。単に「紛争がもたらした犠牲」と記すことで、この大量殺害の責任がハマスにあることを暗示した。
つまり、G7外相会議は、「この大量殺害は、ハマスが攻撃したから起こったのであって、大量殺害はすべてハマスの責任だ。イスラエルはちっとも悪くはない」というイスラエルの言い分を容認する形で、イスラエルによる大量殺害を止めようとしなかった。単に「深い懸念」を示すだけに留めた。
これが事実だ。
※ 要するに、G7外相会議の方針は、先の日本政府の方針(★)と、うり二つである。そっくりそのまんまと言っていいくらいだ。どっちも「ハマスを非難して、イスラエルには事実上の容認をする」という点で、共通する。
※ 一方で、「人が死ぬのは悲しい」というふうにも表現することで、善人ぶる。しかし、いくら善人ぶっても、イスラエルの攻撃を止めるための言葉はまったく出さない。典型的な「偽善者」の態度だね。これはまあ、一種の詐欺師の方法だ。そのインチキを、名探偵が あばいたわけだ。

※ 一方、その詐欺師の嘘に引っかかって、だまされる人もいる。詐欺師を見て、「これは善人だ」と信じたあげく、「日本政府は戦争を止めようとしている」と勘違いする。お人好し。……それが、朝日新聞だ。あまりにも、だまされやすい。情けないほどだ。
欧米の思考停止
先に、ドイツのイスラエル支持について、「思考停止」というふうに表現した。その理由が「良心の麻痺」であり、そのせいで「目をふさぐ」というふうにも述べた。
そういうことが日本にも適用される、とも述べた。
だが、すでに示した通り、日本と欧米はともに同じ事情にある。
つまり、「思考停止」「良心の麻痺」「目をふさぐこと」という状況は、ドイツと日本だけでなく、欧米のすべての国に当てはまると言っていい。( G7外相会議 の議長声明を読めばわかる。それに同調・署名した各国は、すべて同じ方針なので、同罪だ。)
結局、イスラエルの暴走をもたらしたのは、ドイツの過去のユダヤ人虐殺だが、それへの反省の仕方を、ドイツは間違えた。(大虐殺の方を反省せずに、ユダヤ人のところだけを反省した。)
そして、それと同じ間違いを、欧米と日本はともになしているのである。しかも、自分がその間違いをしていることに気づいていながら、あえて気づかないフリをして、見て見ぬフリをして、イスラエルの暴走を止められないでいる。
それが、欧米や日本の現状だ。
※ 次項に続きます。
ドイツはどう対処したらよいか困っていると思います。いままでユダヤ人保護はドイツの国是になっていました。でもそれは良いユダヤ人に限っての話ではないでしょうか。いま欧米が恐れているのは反イスラエルが反ユダヤに変化しつつあることだと思います。すでにネオナチの流れは確かなものになっているようすです。イスラエルが無茶なことをしないことを欧米も願っていると思います。
殺人犯でも、狡猾で邪悪な知的犯人よりは、頭のイカレた狂人犯人の方が、罪は軽減されます。
狡猾で邪悪な知的なのは、実行犯であるイスラエルより、援助する欧米です。
私も一度だけ殺したことがあるが、まあ、私が殺したのは、ねずみだけどね。