2024年05月06日

◆ 武力と平和主義 .38

 ( 前項 の続き )
 原爆は人類を滅ぼしうる巨大な武器だが、原爆の開発の背後には四人の天才物理学者がいた。彼らはどうしたか? 

 ──

 フォン・ノイマン


 前項で述べた原爆開発の件では、天才として有名なフォン・ノイマンも同様だ。彼の圧倒的な知性は、原爆の効果を最大化するために使われた。
 原爆について、爆発点を地上でなく空中にすることで、死者数を大幅に増やすことができると、彼は計算結果で示した。彼の計算力のおかげで、原爆の効果は倍増したと言える。彼の計算力で、原爆一発に匹敵する死者数をもたらしたのだ。
 つまり、彼の知性は原爆にも相当すると言える。オッペンハイマーと米国が 20億ドルをかけて達成したのと同等の効果を、フォン・ノイマンは計算だけでもたらしたのだ。効果倍増という形で。
 さらには、広島型原爆と違って、爆縮技術によるプルトニウム型原爆(長崎原爆)の開発も推進して、原爆の効果を飛躍的に高めた。
 これらもまた、天才的な知性であると同時に、悪魔的な知性だと言える。

  → 「原爆は京都へ投下するべき」と主張した天才科学者・ノイマンの異様な「悪魔性」と「虚無感」
  → 悪魔の頭脳 ? 株式会社 フジタリード企画
 

 三人の天才物理学者


 前項では、オッペンハイマーを紹介した。
 本項では、ノイマンを紹介した。
 こうして二人の天才物理学者を紹介した。彼らはいずれも、原爆の開発や、それによる大量殺害に、大いに貢献した。

 さらにもう一人いる。アインシュタインだ。彼は「原爆開発計画」を進言して、20億ドル(当時)もの巨額資金を投入させた。
 1939年8月、アインシュタインが時の大統領・ルーズベルトにアメリカが原子爆弾開発に着手するよう書簡で訴えた。
 「ドイツが極めて強力な新型爆弾を開発するかもしれない。アメリカも核分裂を研究する物理学者と緊密に連携し、信頼できる人物にこの仕事を託されますように」と。
 1942年、マンハッタン計画の発足。オッペンハイマーがロスアラモスの責任者に選ばれた。
( → NHK「マンハッタン計画 オッペンハイマーの栄光と罪」(2024) | 映画って人生!

 かくて、無の状況から一挙に3年間ほどで、原爆の開発が実現した。アインシュタインは、相対性理論を唱えただけでなく、原爆による市民大量殺害にも、大いに貢献したのだ。

 ──

 では、これらの三人の天才物理学者を、どう評価するべきか? 「圧倒的な知性を虐殺のために用いた悪魔のごとき人物」と非難するべきか? 
 私の見解はこうだ。
 「何をなしたかが問題なのではない。虐殺を知ったあとで、それを反省できるかどうかが問題だ」

 アインシュタインは、原爆の開発を推奨したのだが、投下のあとでは、考えを改めた。
 戦争を嫌う平和主義者であったアインシュタイン、これまでもつづってきたように、原爆の開発における自らの役割をやがて深く後悔するようになるのです。
 そして、さらにこう発言したとされています。
 「ドイツ軍が原爆の開発に成功しないことが分かっていたら、私は何もしなかっただろう」
 アインシュタインは、この後悔を生涯ずっと抱き続けました。1954年、アインシュタインは死の1年前に友人の化学者ライナス・ポーリングへの手紙の中で、このことについて書いています。
 「ドイツが爆弾を開発する恐れがあったため、正当性がなかったわけではない。とは言え、それでもなお自分のルーズベルトへの手紙は、わが人生において唯一の大きな誤りだった」と…。
( → アインシュタイン、原子力爆弾開発に果たした自らの役割後悔ー「私の人生で唯一の大きな誤り」|エスクァイア日本版

 フォン・ノイマンとアインシュタインとでは、戦中の態度は共通していたが、事後の態度は正反対だった。フォン・ノイマンは、「それは自分のせいではない」と見なして、すべての責任を忘れようとした。アインシュタインは、「それは自分の責任だ」と感じて、深く後悔した。その点は、オッペンハイマーも同様だ。

 ちなみに、論語にはこうある。
 「過ちて改めざる、これを過ちという」

 ファインマン


 もう一人、四人目の天才であるファインマンがいる。彼はどうだったか? 原爆の開発をしている最中には、こうだった。
 ロスアラモスの科学者は、自分たちが「大量殺戮兵器」の製造に加担していることを認識し、内心に強い罪悪感を抱いている者も少なくなかった。しかし、ノイマンと散歩をしながら会話を交わしたリチャード・ファインマンは、楽になったという。
 「フォン・ノイマンは、我々が今生きている世界に責任を持つ必要はない、という興味深い考え方を教えてくれた。このフォン・ノイマンの忠告のおかげで、僕は強固な『社会的無責任感』を持つようになった。それ以来、僕はとても幸福な男になった」

 こうして大量殺害兵器の開発にいそしんだ。その間、自分が何をしているかについて、考えずに済んだ。

 しかしその後、原爆が投下されたという報を聞いた。そのとき彼は現実を知る。
 ロスアラモスは、沸きかえった。至る所でパーティが開かれ、ファインマンはジープの端でドラムを叩いていた。ところが、物理学者のボブ・ウィルソンだけは、ふさぎ込んでいた。「とんでもない物を造ってしまった」というのが、その理由である。
 ファインマンは、次のように述べている。
 「僕はもちろん、周囲の皆は、自分達が正しい目的で核開発を始め、力を合わせて無我夢中で働き、それをついに完成させたという歓喜で躍り上がっていた。そしてその瞬間、考えることを忘れていた。……ただ一人、ボブ・ウィルソンだけがその瞬間にも考えることをやめなかったのである」
( → 「原爆は京都へ投下するべき」と主張した天才科学者・ノイマンの異様な「悪魔性」と「虚無感」

 このときファインマンは、現実を知って、自分のなしたことについて頭が働くようになったのだ。止まっていた良心がふたたび働くようになったのだ。

 ──

 原爆の開発には、数人の天才科学者が携わった。そこまではいい。だが、それが一般市民の虐殺のために使われたあとで、自分が何をしたかを自覚することが大切だ。
 オッペンハイマーやアインシュタインやファインマンのように、事後になって、自らの罪を自覚できれば、人類は救われるだろう。一方、自らの罪を忘れようとすれば、やがては人類は滅びるしかあるまい。

 トルーマン


 NHK のオッペンハイマーの番組には、トルーマン大統領も出現した。彼はカメラに向かって語った。
トルーマン大統領は控室で笑みを見せて、カメラに
「史上最大の科学的ギャンブルに20億ドル以上費やし勝利した。金額以上に偉大だったことはこれを見事に隠しきったことだ。そしてこれを完成した科学者の頭脳だ」
と語った。
( → NHK「マンハッタン計画 オッペンハイマーの栄光と罪」(2024) | 映画って人生!

 動画もある。
  → 広島への原爆投下を伝える米大統領の声明(抄)|戦争|NHKアーカイブス

 トルーマンにとっては、原爆で死ぬ 20万人の市民の生命のことなどは、何の意味もない。それはただの敵国人の生命だから、何の価値もないのだ。地面を進むアリの行列を踏みつぶすのも、日本の市民の 20万人の命を奪うのも、どちらも自分にとっては無意味なことなのだ。
 それよりも大切なことがある。20億ドル以上費やした原爆の効果を確認することだ。その原爆を使わずに、お蔵入りにしたら、20億ドル以上費やした意味がなくなる。だから、かけた金を無駄にしないために、 20万人の市民の生命をあえて奪おうとしたのだ。金銭的な損得勘定のために。

 結局、人の命など、露ほどの価値もない。広島・長崎の20万人であれ、ベトナムの 300万人であれ、ガザの 150万人であれ、どれほど大量の生命が奪われても、何も気にしない。どんどん殺害していけばいい。……それが、おおかたの人類の方針なのだ。だから今まさしく、ガザの 150万人を奪おうとしているときに、平気の平左でいられるのだ。良心の痛みを感じることもなく。

 人類は根源的に悪魔的なのだと言える。全員がそうなのではなくとも、大半の人々がそうなのだ。それが人間というものなのだ。倫理観のある人は少数だけで、大多数が悪に染まっているわけだ。……少なくとも、欧米や日本ではそうだ。

 一方、中南米では例外もある。
 コロンビアのペトロ大統領は1日、イスラエルによるパレスチナ自治区ガザへの攻撃を巡り、2日付で同国との国交を断絶すると発表した。
 中南米では、ボリビアが昨年10月末にイスラエルと断交し、コロンビア、チリ、ホンジュラスなど数カ国はイスラエル大使を召還している。
( → コロンビア、イスラエルと国交断絶 大統領はガザ攻撃を批判 | ロイター

 トルコは2日、イスラエルとイスラム組織ハマスの戦闘が続くパレスチナ自治区ガザ地区における「人道的悲劇の悪化」を理由に、イスラエルとの貿易を全面的に停止した。
( → トルコ、対イスラエル貿易を全面停止 ガザの「人道的悲劇の悪化」理由に - BBCニュース

 世界でも一部の国だけは、ガザ虐殺に断固反対する。しかし、欧米や日本は、虐殺を止めようともしないし、イスラエルの暴走を止めようともしない。見て見ぬフリをすることで、暗黙裏にイスラエルの虐殺を容認している。それどころか、米国はガザにおける虐殺のために、多大な弾薬をイスラエルに贈っている。
 (ウクライナの)砲弾不足に拍車をかけたのが、イスラエルとイスラム組織ハマスの軍事衝突の勃発だ。23年10月に戦闘が始まると、イスラエルは米国に追加の砲弾の提供を要請した。
( → 砲弾数頼み、今も 不足深刻、国産化図るウクライナ:朝日新聞

 ワシントン・ポスト(WP)は29日、バイデン米政権がイスラエルのラファ侵攻に懸念を示しながら、同国への爆弾や戦闘機の追加供与を承認していたと伝えた。
( → 米政権、イスラエル向け追加武器供与承認 戦闘機など=米紙 | ロイター

 このことからすると、良心がないのは欧米や日本であり、良心があるのは途上国の人々だ、ということになる。
 欧米や日本の人々は、科学や経済を発達させることに熱中して、良心を失っていったのだ、ということになりそうだ。

 事態の急転


 ただし、である。意外や意外。最新のニュースによると、事態は急転した。ほんの数時間前のことだが、米国は初めて、イスラエルへの武器支援を停止することにしたのだ。
 米ニュースサイトのアクシオスは5日、米政府がイスラエルへの弾薬供給を先週停止したと報じた。2023年10月7日にイスラム組織ハマスがイスラエルを奇襲攻撃したのをきっかけに戦闘が始まって以降、初めての措置になる。
 バイデン氏は4月に人道状況を改善しなければ軍事支援の見直しも辞さないと警告。
( → 米国、イスラエルへ弾薬供給停止 ガザ戦闘開始後初めて - 日本経済新聞

 直前の報道では、ネタニヤフが「ラファ攻撃をやめるつもりはない」と公言していた。
  → ラファ侵攻、ガザ休戦合意でも実施 ネタニヤフ氏「完全な勝利へ」 | ロイター
 こうして 150万人の虐殺計画は実行される寸前となった。そこで、バイデン大統領は、虐殺を止めるために、武器支援を停止することにしたようだ。

 この方針は続くのだろうか? 米国はまさしく、イスラエルの暴走を止めることができるのか? 
 固唾を呑んで見守るしかない。

 「この続きは、次回で放送します。期待を持って、お待ちください」
 ということなのかもね。
 「まーた来週」
 というわけだね。

 ──

 ※ 参考:
 米国が武器支援を切り札に、イスラエルの行動を止めるといい……という提案は、私も先に示した。
 戦争を止めるために、決定的にうまい方法がある。それは、米国政府だけが可能だ。特に、次のことだ。
 「イスラエルへの武器援助の法案が成立した。この法案の実施は、無条件では実施せず、ガザ攻撃中止(ラファ攻撃中止を含む)と引き替えに実施する」
 
 法案は成立したが、これは「イスラエルに武器援助できる」というだけであって、実施するかどうかは、大統領に権限がある。そこで、実施に当たって、「攻撃中止」を条件とすればいいのだ。
( → 武力と平和主義 .33: Open ブログ

 この記事の日付は 4月29日だ。この方針が今になって、まさしく実現した、と見なすこともできそうだ。






 ※ 人類の狂気の一例。







posted by 管理人 at 17:09 | Comment(4) |  戦争・軍備 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
オッペンハイマーとフォン・ノイマンが核開発に積極的にかかわったのは事実でしょうが、アインシュタインとファインマンがどの程度主要な役割を果たしたかは議論があるところです。

アインシュタインの「書簡」を読むと核開発を直接的に進めていないし、ウラン濃縮のアイデアも知らないので「飛行機に載せることは難しいかもしれない」程度の知識です。彼が望んでいたことはドイツの核開発を阻止すること(ドイツがウランの入手できないようにすることなど)でしょう。
実際にアインシュタインの「書簡」が届いた後もアメリカの動きは鈍いものであまり真剣に取り合っていなかった可能性が高いです。
むしろ戦後に核兵器の正当性を主張するためにアインシュタインの「書簡」を利用しはじめたのでしょう。

ファインマンは傑出した業績をもつ物理学者ですが、マンハッタン計画の時点では大学を出たばかりの駆け出しの研究者であり大きな業績を出してはいませんでした。(もちろん素質の片鱗は見せていたでしょうが)
ファインマンは「ビッグマウス」であり、著書については種々事実関係に批判もあります。
客観的にみるならば第二次世界大戦がはじまったころのアメリカは科学研究についてはヨーロッパに遅れをとっていたことは否めず、亡命ユダヤ研究者などにマンハッタン計画などの機会を通じて教えを受けたファインマンらアメリカ研究者が大戦後のアメリカの研究をリードしていったということになります。
Posted by とおりかがり at 2024年05月06日 19:28
> アインシュタインとファインマンがどの程度主要な役割を果たしたかは議論があるところです。

 まあ、天才がどれだけ寄与したか、という話をしているわけじゃなくて、天才がどれだけ反省したか、という話をしているわけですから。

 寄与の度合いについては、Wikipedia に書いてある。
  https://w.wiki/3KSb
Posted by 管理人 at 2024年05月06日 20:43
科学者の「反省」という意味ではラッセル=アインシュタイン宣言とかパグウォッシュ会議なども調べられるとよいと思いますよ。
日本人でも湯川秀樹、朝永振一郎も参加しています。

ただし湯川は日本の原爆研究(「F研究」)に関わっていたのに戦後は関与していたことについて口をつぐんでいたことなどが批判されていますね。朝永振一郎も志願したようですが、仁科芳雄に拒否されたようです。(朝永振一郎は電波兵器のマグネトロンの理論的研究に参加)

このあたり「 湯川博士、原爆投下を知っていたのですか――最後の弟子$X一久の被爆と原子力人生」
というおもしろい本があります。
Posted by とおりかがり at 2024年05月06日 21:35
 トルーマンの動画(NHK)
 のリンクを加筆しました。
 リンク先では、動画を確認できます。英文だが、最後に和訳がある。
Posted by 管理人 at 2024年05月07日 09:44
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