※ 【 再訂正 】 あり。
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前に放牧について論じたことがある。
→ 日本の牛乳はなぜ高い?: Open ブログ
その趣旨はこうだ。
日本では乳価が高い。それは高額な飼料を食わせるせいで、コストがかかるからだ。そこで飼料のかわりに、牧草を食わせればいい。牛を放牧して、牧草を食わせて、飼料代を浮かせればいい。
ただし、そうすると、飼料を売る農協(JA)が儲からなくなる。彼らが反対するだろう。その反対を押し切れば、儲かる農業ができる。
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さて。それとは別に、次の番組があった。
→ 『ポツンと一軒家』まるで“日本のスイス”!
高知県の人里離れた山地に、牧場がある。
ここでは 25ヘクタール(東京ドーム5個分)の牧草地があり、放牧による酪農が営まれている。
何で山地で酪農をしたのかというと、言い分はこうだ。
「平地では普通の農産物を作る農業をやればいい。山地では斜面の移動が大変なので、普通の農産物を作ることはできない。せいぜい野芝を植えて、牧草地にして、酪農をするぐらいしかない。そこで、雑木林を焼いて、牧草地にして、酪農を始めた。この当時(親の時代)には、森林を焼くことが許されたからだ」
なるほど。森林を牧草地にすると、保水力が減るので、今では森林を焼くことは許可されないらしい。しかしずっと昔には許可されたということだ。だから、この人は山地放牧ないし山地酪農(やまちらくのう)ができている。ただし、現在では、山地酪農をやっている農家は全国で4〜5軒にすぎないそうだ。
ともあれ、この牧場では酪農が営まれている。30頭の牛がいて、世話をするのは 62歳の男性が1人だけだ。
世話をするのは大変かと思えたが、朝と夕方に牛が自発的に牛舎に集まってきて、搾乳されるそうだ。そのあとはまた牛舎の外に出て、草を食(は)み続ける。牛は体温が高く、冬でも寒がらない。物陰で風雨を避けるだけでいいそうだ。
放牧では、春夏には野芝を食わせるが、春にはタケノコの皮を食わせたり、秋にはカブを食わせることもあるそうだ。
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以上は番組の要約だ。これを見たあとの感想は、こうだ。
「牛が 30頭だけでは、規模が小さすぎる。数が足りなくて、儲かりそうにない」
実際、乳量は1日に 200リットルだけ。集荷に来るのも、軽トラックが2日に1度来るだけだ。あまりにも小規模だ。
これではまともに商売にはなるまい。山地酪農というのは、夢も希望もなさそうだ。
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そう思って、ググってみると、山地酪農を称賛する記事が見つかった。
→ 牛が開いた山に昼夜放牧 飼料高騰にも強い山地酪農、広がらぬ理由は:朝日新聞
ここには、メリットも記してある。
「牛舎で飼うと一番やっかいなのは、排泄物の掃除や処理です。中洞牧場では昼も夜も放牧しているので、排泄物は土が自然に分解してくれます」 「北関東で数百頭を牛舎で飼っている酪農家に聞いたら、牛舎の建設費用の半分は、排泄物の処理設備にかかったそうです」
山地酪農には、いろいろとメリットがあるようだ。だが、普及しない。どうやら、放牧による酪農だと、乳脂肪率が低いので、乳価が低い。乳量も少ない。そのせいで、儲からないらしい。
とはいえ、次の例もあるそうだ。
「神奈川県の郊外で、1人で年収1千数百万円を稼いでいる女性もいます」
これはいくら何でも話がうますぎる。「ほんとかよ」と疑ったので、調べてみた。情報はすぐに見つかった。
→ 神奈川の山を歩き回る牛たち 「山地酪農」で乳を搾り、山をつくる:朝日新聞
記事にはこうある。
放牧し濃厚飼料を与えないので、乳の量は牛舎で飼うより少なくなる。1頭が1日10キロから15キロ、一般の2分の1程度だ。
その分、工夫をしている。搾った生乳は、別の場所にある製造室で牛乳のほかソフトクリームミックスに自ら加工し、販売する。牛を肉にした時に売ることもある。オンラインストアも一昨年に開設した。牛乳500ミリリットルで価格は650円。
昨年から収支は黒字になった。開業時に施設整備などで1600万円を借り入れており、「残金が1300万円。返済はまだこれからが本番ですが、山地酪農がちゃんと成立すると示していきたい」。
ここから、次のことがわかる。
・ 乳量は 2分の1 だ。
・ 牛乳500ミリリットルで 650円。馬鹿高値。
・ 収支はかろうじて黒字。
年収1千数百万円なんてとんでもない。その数字は年収でなく、年商だろう。つまり、利益額ではなく、売上高だろう。売上高から費用を差し引いた粗利益は 600万円ぐらいか。そこから借入金の返済に 300万円を充てて、残りの 300万円が労働所得となる。そんな感じだろう。
しかし、アイスクリーム販売や牛肉販売をして、さらには牛乳を市価の 5倍ぐらいの高値で売る。それでも年間所得が 300万円ぐらいにすぎない。これではとても成功とは言えない。(北海道の平均的な酪農家の5分の1ぐらいの所得だ。)
山地酪農というのは、あまりにも非効率なので、事業としてはまともに成立しそうにない、と言えそうだ。まあ、酪農が趣味の人にとっては、趣味で生きることができる分、貧しさには耐えられるのだろうが。
[ 付記 ]
では、どうすればいいか?
(1) 似た事情にある例として、スイスの酪農がある。夏場に限り、山地の牧草地で放牧をする。これが可能であるなら、日本でも山地酪農が可能であるのかもしれない。ちょっと調べてみたが、詳細は不明。
(2) 日本の山地は、原則としては農業には適さない。ならば、森林に戻す方がよさそうだ。
かわりに、平地の耕作放棄地がたくさんあるので、そこで酪農でも畑作でも、好きな農業をやればいい。日本には平地がありあまっているのだ。
※ ただし、火山灰地であり、リンが不足するので、リンを投与する必要がある。「化学肥料を使わない」という農法は、日本の土壌では不可能なことが多い。
(3) 平地の耕作放棄地では、酪農や畑作や稲作も可能だが、小規模で地形が使いにくいところも多いようだ。こういうところでは、太陽光発電をするのが最適だろう。メガソーラーを作れば、大儲けをすることができる。……ただし農水省が「農地転用」を認めてくれないので、実現不能。太陽光発電の推進を、国が妨害している。(前に述べた通り。)
(4) 日本の酪農では、酪農家1戸あたりの飼育頭数は、以前は3頭ぐらいだったのが、最近では 100頭ぐらいになっている。このような大規模化こそが、生産性を高める要因だろう。おかげで、酪農家の所得は上がり、乳価は下げる。
※ 実際、昔の乳価が 220円ぐらいだったのに、近年はかなり下がった。
→ https://x.gd/wexy9 ( 出典 )
※ ウクライナ危機のあとでは、乳価が急激に上がったが、それはまた別要因なので、ここでは話の対象外としておく。
(5) 放牧というのは、日本ではどうも無理っぽい。どうも、牛の食べる草の量を、甘く見過ぎていたようだ。牛は猛烈に大量の草を食べる。
試しに山地を5ヘクタール借りて数頭の牛を放してみました。牛はジャングルのようだった下草をみるみる食べ尽くし、地面はきれいな草原に変わっていきました。
( → 牛が開いた山に昼夜放牧 飼料高騰にも強い山地酪農、広がらぬ理由は:朝日新聞 )
ゆえに、牛の食べる牧草の草地を大量に用意しなくてはならない。そのためには広大な土地面積が必要となる。だが、それを日本では提供できないのだ。国土が狭いので。(ニュージーランドやオーストラリアのように土地余りの国とは違う。)
日本で可能な酪農は、濃厚飼料を使った大量飼育しかないようだ。つまり、今現在の方式である。これを徹底していくことしかないようだ。(ただし牧草もいくらか併用することでコストを下げる。)
まあ、乳価もどんどん下がりつつあるし、他の農業分野よりは改善が進んでいるので、あまり対策しなくてもよさそうだ。
※ データ
ちなみに、酪農家は「乳価が下がって事業継続が大変だ」と騒いでいるが、(100頭以上に)大規化した酪農家はとても高所得だ。年収 5000万円ぐらいになる。「所得が減った」と騒いでも、金持ちの悩みに過ぎまい。
「酪農家の平均所得(収入からコストを引いたもの)は2015年から2019年まで1000万円を超えて推移している。最も高かった2017年は、酪農家の平均で1602万円である。この年100頭以上の牛の乳を搾っている階層は、北海道で4688万円、都府県で5167万円の所得を上げている(農林水産省「農業経営統計調査」)。
( → もういちど問う「酪農経営は本当に苦しいのか?」 | キヤノングローバル戦略研究所 )
【 追記・訂正 】
「 100頭以上では年収 5000万円だ」と最後に記した。
このデータに従えば、 30頭ぐらいでも年収1千数百万円になる計算だ。とすれば、先の「年収1千数百万円」という話は、妥当だったようだ。
ならば、「山地放牧」もまた可能だということになる。儲からないように見えて、けっこう儲かるようだ。
日本の乳価は欧米に比べて大幅に高いので、酪農家は大幅に儲かるようだ。損をするのは消費者と小規模酪農家だけで、おおかたの大規模酪農家はボロ儲けをしているようだ。同様に、山地放牧をする酪農家も、そこそこ儲けているようだ。
※ ただし現実には、今から山地放牧を広めることはできない。森林を伐採したり焼いたりすることは、現在では認められていないからだ。
※ とはいえ、森林のなかにはゴルフ場があることもあるし、そこで太陽光パネルを敷き詰めてメガソーラーにしているところもある。こういうところでは、メガソーラーなんかを設置するよりは、野芝を植えて放牧する方が、まだマシだろう。(土壌保全の意味で。)
【 再訂正 】
コメント欄で指摘を受けたが、上記の 【 追記・訂正 】 の記述は不正確だったようだ。女性酪農家の牛の頭数は、乳牛の分は3頭だけなので、試算の 30頭という水準には達していない。したがって、「30頭で年収千数百万円」という試算に、この女性酪農家は該当しない。
試算の数字が間違っていたというわけではないのだが、その試算に適用される例には入っていなかったようだ。
お詫びして訂正します。
> このデータに従えば、 30頭ぐらいでも年収1千数百万円になる計算だ。とすれば、先の「年収1千数百万円」という話は、妥当だったようだ。
→ 細かい話ですが、この「先の〜」というのは、神奈川で山地放牧酪農をトライしている女性の例ですか? しかし、それを紹介した朝日記事には、
> 当初、お産の事故などで牛を失ったこともあったが、牧場で生まれた牛が成長し、今は10頭に増えた。うち3頭から乳を搾っている。
と書いてあるので、現在はせいぜい100万〜200万円の収入ではないでしょうか。
最後に 【 再訂正 】 を加筆して、訂正しました。