2024年02月25日

◆ 山地放牧は可能か?

 平地でなく山地で放牧することは可能か? 

  ※ 【 再訂正 】 あり。

 ──

 前に放牧について論じたことがある。
  → 日本の牛乳はなぜ高い?: Open ブログ

 その趣旨はこうだ。
 日本では乳価が高い。それは高額な飼料を食わせるせいで、コストがかかるからだ。そこで飼料のかわりに、牧草を食わせればいい。牛を放牧して、牧草を食わせて、飼料代を浮かせればいい。
 ただし、そうすると、飼料を売る農協(JA)が儲からなくなる。彼らが反対するだろう。その反対を押し切れば、儲かる農業ができる。

 ──

 さて。それとは別に、次の番組があった。
  → 『ポツンと一軒家』まるで“日本のスイス”!

 高知県の人里離れた山地に、牧場がある。





 ここでは 25ヘクタール(東京ドーム5個分)の牧草地があり、放牧による酪農が営まれている。

 何で山地で酪農をしたのかというと、言い分はこうだ。
 「平地では普通の農産物を作る農業をやればいい。山地では斜面の移動が大変なので、普通の農産物を作ることはできない。せいぜい野芝を植えて、牧草地にして、酪農をするぐらいしかない。そこで、雑木林を焼いて、牧草地にして、酪農を始めた。この当時(親の時代)には、森林を焼くことが許されたからだ」

 なるほど。森林を牧草地にすると、保水力が減るので、今では森林を焼くことは許可されないらしい。しかしずっと昔には許可されたということだ。だから、この人は山地放牧ないし山地酪農(やまちらくのう)ができている。ただし、現在では、山地酪農をやっている農家は全国で4〜5軒にすぎないそうだ。

 ともあれ、この牧場では酪農が営まれている。30頭の牛がいて、世話をするのは 62歳の男性が1人だけだ。
 世話をするのは大変かと思えたが、朝と夕方に牛が自発的に牛舎に集まってきて、搾乳されるそうだ。そのあとはまた牛舎の外に出て、草を食(は)み続ける。牛は体温が高く、冬でも寒がらない。物陰で風雨を避けるだけでいいそうだ。

 放牧では、春夏には野芝を食わせるが、春にはタケノコの皮を食わせたり、秋にはカブを食わせることもあるそうだ。

 ──

 以上は番組の要約だ。これを見たあとの感想は、こうだ。
 「牛が 30頭だけでは、規模が小さすぎる。数が足りなくて、儲かりそうにない」

 実際、乳量は1日に 200リットルだけ。集荷に来るのも、軽トラックが2日に1度来るだけだ。あまりにも小規模だ。
 これではまともに商売にはなるまい。山地酪農というのは、夢も希望もなさそうだ。

 ──

 そう思って、ググってみると、山地酪農を称賛する記事が見つかった。
  → 牛が開いた山に昼夜放牧 飼料高騰にも強い山地酪農、広がらぬ理由は:朝日新聞
 ここには、メリットも記してある。
 「牛舎で飼うと一番やっかいなのは、排泄物の掃除や処理です。中洞牧場では昼も夜も放牧しているので、排泄物は土が自然に分解してくれます」 「北関東で数百頭を牛舎で飼っている酪農家に聞いたら、牛舎の建設費用の半分は、排泄物の処理設備にかかったそうです」

 山地酪農には、いろいろとメリットがあるようだ。だが、普及しない。どうやら、放牧による酪農だと、乳脂肪率が低いので、乳価が低い。乳量も少ない。そのせいで、儲からないらしい。
 とはいえ、次の例もあるそうだ。
 「神奈川県の郊外で、1人で年収1千数百万円を稼いでいる女性もいます」

 これはいくら何でも話がうますぎる。「ほんとかよ」と疑ったので、調べてみた。情報はすぐに見つかった。
  → 神奈川の山を歩き回る牛たち 「山地酪農」で乳を搾り、山をつくる:朝日新聞
 記事にはこうある。
 放牧し濃厚飼料を与えないので、乳の量は牛舎で飼うより少なくなる。1頭が1日10キロから15キロ、一般の2分の1程度だ。

 その分、工夫をしている。搾った生乳は、別の場所にある製造室で牛乳のほかソフトクリームミックスに自ら加工し、販売する。牛を肉にした時に売ることもある。オンラインストアも一昨年に開設した。牛乳500ミリリットルで価格は650円。

 昨年から収支は黒字になった。開業時に施設整備などで1600万円を借り入れており、「残金が1300万円。返済はまだこれからが本番ですが、山地酪農がちゃんと成立すると示していきたい」。

 ここから、次のことがわかる。
  ・ 乳量は 2分の1 だ。
  ・ 牛乳500ミリリットルで 650円。馬鹿高値。
  ・ 収支はかろうじて黒字。


 年収1千数百万円なんてとんでもない。その数字は年収でなく、年商だろう。つまり、利益額ではなく、売上高だろう。売上高から費用を差し引いた粗利益は 600万円ぐらいか。そこから借入金の返済に 300万円を充てて、残りの 300万円が労働所得となる。そんな感じだろう。

 しかし、アイスクリーム販売や牛肉販売をして、さらには牛乳を市価の 5倍ぐらいの高値で売る。それでも年間所得が 300万円ぐらいにすぎない。これではとても成功とは言えない。(北海道の平均的な酪農家の5分の1ぐらいの所得だ。)

 山地酪農というのは、あまりにも非効率なので、事業としてはまともに成立しそうにない、と言えそうだ。まあ、酪農が趣味の人にとっては、趣味で生きることができる分、貧しさには耐えられるのだろうが。



 [ 付記 ]
 では、どうすればいいか? 

 (1) 似た事情にある例として、スイスの酪農がある。夏場に限り、山地の牧草地で放牧をする。これが可能であるなら、日本でも山地酪農が可能であるのかもしれない。ちょっと調べてみたが、詳細は不明。

 (2) 日本の山地は、原則としては農業には適さない。ならば、森林に戻す方がよさそうだ。
 かわりに、平地の耕作放棄地がたくさんあるので、そこで酪農でも畑作でも、好きな農業をやればいい。日本には平地がありあまっているのだ。

 ※ ただし、火山灰地であり、リンが不足するので、リンを投与する必要がある。「化学肥料を使わない」という農法は、日本の土壌では不可能なことが多い。

 (3) 平地の耕作放棄地では、酪農や畑作や稲作も可能だが、小規模で地形が使いにくいところも多いようだ。こういうところでは、太陽光発電をするのが最適だろう。メガソーラーを作れば、大儲けをすることができる。……ただし農水省が「農地転用」を認めてくれないので、実現不能。太陽光発電の推進を、国が妨害している。(前に述べた通り。)

 (4) 日本の酪農では、酪農家1戸あたりの飼育頭数は、以前は3頭ぐらいだったのが、最近では 100頭ぐらいになっている。このような大規模化こそが、生産性を高める要因だろう。おかげで、酪農家の所得は上がり、乳価は下げる。
 ※ 実際、昔の乳価が 220円ぐらいだったのに、近年はかなり下がった。
    → https://x.gd/wexy9 ( 出典
 ※ ウクライナ危機のあとでは、乳価が急激に上がったが、それはまた別要因なので、ここでは話の対象外としておく。

 (5) 放牧というのは、日本ではどうも無理っぽい。どうも、牛の食べる草の量を、甘く見過ぎていたようだ。牛は猛烈に大量の草を食べる。
 試しに山地を5ヘクタール借りて数頭の牛を放してみました。牛はジャングルのようだった下草をみるみる食べ尽くし、地面はきれいな草原に変わっていきました。
( → 牛が開いた山に昼夜放牧 飼料高騰にも強い山地酪農、広がらぬ理由は:朝日新聞

 ゆえに、牛の食べる牧草の草地を大量に用意しなくてはならない。そのためには広大な土地面積が必要となる。だが、それを日本では提供できないのだ。国土が狭いので。(ニュージーランドやオーストラリアのように土地余りの国とは違う。)
 日本で可能な酪農は、濃厚飼料を使った大量飼育しかないようだ。つまり、今現在の方式である。これを徹底していくことしかないようだ。(ただし牧草もいくらか併用することでコストを下げる。)
 まあ、乳価もどんどん下がりつつあるし、他の農業分野よりは改善が進んでいるので、あまり対策しなくてもよさそうだ。

 ※ データ
 ちなみに、酪農家は「乳価が下がって事業継続が大変だ」と騒いでいるが、(100頭以上に)大規化した酪農家はとても高所得だ。年収 5000万円ぐらいになる。「所得が減った」と騒いでも、金持ちの悩みに過ぎまい。
「酪農家の平均所得(収入からコストを引いたもの)は2015年から2019年まで1000万円を超えて推移している。最も高かった2017年は、酪農家の平均で1602万円である。この年100頭以上の牛の乳を搾っている階層は、北海道で4688万円、都府県で5167万円の所得を上げている(農林水産省「農業経営統計調査」)。
( → もういちど問う「酪農経営は本当に苦しいのか?」 | キヤノングローバル戦略研究所




 【 追記・訂正 】
 「 100頭以上では年収 5000万円だ」と最後に記した。
 このデータに従えば、 30頭ぐらいでも年収1千数百万円になる計算だ。とすれば、先の「年収1千数百万円」という話は、妥当だったようだ。
 ならば、「山地放牧」もまた可能だということになる。儲からないように見えて、けっこう儲かるようだ。
 日本の乳価は欧米に比べて大幅に高いので、酪農家は大幅に儲かるようだ。損をするのは消費者と小規模酪農家だけで、おおかたの大規模酪農家はボロ儲けをしているようだ。同様に、山地放牧をする酪農家も、そこそこ儲けているようだ。

     ※ ただし現実には、今から山地放牧を広めることはできない。森林を伐採したり焼いたりすることは、現在では認められていないからだ。

     ※ とはいえ、森林のなかにはゴルフ場があることもあるし、そこで太陽光パネルを敷き詰めてメガソーラーにしているところもある。こういうところでは、メガソーラーなんかを設置するよりは、野芝を植えて放牧する方が、まだマシだろう。(土壌保全の意味で。)



 【 再訂正 】
 コメント欄で指摘を受けたが、上記の 【 追記・訂正 】  の記述は不正確だったようだ。女性酪農家の牛の頭数は、乳牛の分は3頭だけなので、試算の 30頭という水準には達していない。したがって、「30頭で年収千数百万円」という試算に、この女性酪農家は該当しない。
 試算の数字が間違っていたというわけではないのだが、その試算に適用される例には入っていなかったようだ。

 お詫びして訂正します。

 




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posted by 管理人 at 23:15 | Comment(5) | 一般(雑学)6 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 最後に (5)  を加筆しました。
Posted by 管理人 at 2024年02月26日 09:08
 最後に 【 追記・訂正 】  を加筆しました。 
Posted by 管理人 at 2024年02月26日 13:34
以前ユングフラウの登山電車に乗りましたが中腹まで牧場があり牛が寝そべっていました。あのあたりももともとは森林だったと思うのですが、牧草地にしても大丈夫なのでしょうか。まあお説の通りほかにも適地はあるので、山地を無理に牧場にする必要はないのでしょうね。
Posted by ひまなので at 2024年02月28日 10:24
> 【 追記・訂正 】
> このデータに従えば、 30頭ぐらいでも年収1千数百万円になる計算だ。とすれば、先の「年収1千数百万円」という話は、妥当だったようだ。

→ 細かい話ですが、この「先の〜」というのは、神奈川で山地放牧酪農をトライしている女性の例ですか? しかし、それを紹介した朝日記事には、

> 当初、お産の事故などで牛を失ったこともあったが、牧場で生まれた牛が成長し、今は10頭に増えた。うち3頭から乳を搾っている。

 と書いてあるので、現在はせいぜい100万〜200万円の収入ではないでしょうか。
Posted by かわっこだっこ at 2024年03月02日 18:37
 ご指摘ありがとうございました。
 最後に 【 再訂正 】 を加筆して、訂正しました。
Posted by 管理人 at 2024年03月02日 23:17
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