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前項 では日銀を批判した。それに呼応したかのように、日銀総裁が自分の誤りを認めた。下記記事だ。
《 日銀の物価見通し、誤りがあったことは認めざるを得ない-植田総裁 》
日本銀行の植田和男総裁は8日、上方修正を繰り返している日銀の消費者物価見通しに誤りがあったと認める見解を示した。
植田総裁は足元の物価高は輸入物価の転嫁による「第1の力」と、賃金と物価の好循環の「第2の力」の二つがあると説明。前者による物価上昇率は下がるとの見通しを示したが、「上方修正を続けてきた」とし、「見通しの誤りがあったということは認めざるを得ない」と述べた。
一方で、後者がまだ弱いという判断は「あまり大きく外していない。その部分に基づいて金融政策運営を行ってきたことについては、大きな誤りはなかった」と強調。輸入物価に押し上げられた物価上昇は「早晩勢いが衰えてくる」と述べ、「第2の力を育てていくために金融緩和を維持している」と語った。
( → Bloomberg )
輸入物価の上昇については見通しの誤りを認めたが、賃上げが足りないという点についての分析は誤りはない、と自己評価している。
まあ、その言い分はわかる。経済というものを(ただの)金融理論だけで分析するような人間は、こういう発想をするものだ。しかしこれは間違っている。どこが間違っているかを解説しよう。
(1) 輸入物価
輸入物価というものを単純に考えている点が間違いだ。正しくは、輸入品の国際相場の上昇と、円安による価格上昇とを、区別するべきだ。
輸入品の国際相場はどうかというと、石油価格については、昨年の高騰のあとで、今年に入ってからはかなり下がってきている。たとえば、次のニュースがある。
→ NY原油価格、3カ月半ぶり安値:朝日新聞
具体的な変動のグラフを見てもわかる。
→ WTI原油[チャート・価格一覧・ニュース]
これらのデータを見てもわかるように、国際相場はかなり落ち着いている。原油もそうだが、他も似たり寄ったりだ。
一方で、円安による高騰については、円相場のグラフを見ればわかる。

出典:米ドル/円(USDJPY)
ここのところ急激な円安が起こっていることがわかる。
つまり、日銀総裁は単に「輸入物価の上昇」と認識しているが、それは決して「輸入品の国際相場が上昇したことによるコスト・プッシュインフレ」ではなくて、「円安が原因となる物価上昇」であるにすぎないのだ。そして、円安をもたらしたのは、日銀の金利政策なのである。
ここを正しく認識せず、円安と国際相場とをゴッチャにして認識しているのは、分析が粗雑すぎる。日銀総裁は経済の現状を正しく認識していない、と言える。つまり、自分の誤りを認めたのだが、誤りを認めたあとでも、いまだに誤っているのである。
通常、自己の誤りを認めた人は、正しい認識を得るものだ。しかし日銀総裁は、自己の誤りを認めたあとも、いまだに誤っているのである。(度しがたい阿呆、というべきか。)
特に罪深いのは、「この物価上昇をもたらしたのが、円安を導いている自分自身だ」ということを理解できないことだ。比喩的に言えば、殺人犯が自分で殺人を犯しておきながら、「誰が殺したのかわかりません」と言っているようなものだ。「最初に言ったことは間違いでした」と誤りを認めたが、そのあともなお、「犯人は自分である」という真実に到達できていないのである。
(2) 賃上げ不足
日銀は近物価上昇がひどいという現状を認識しているくせに、金融緩和という方針を是正しようとしない。「実質金利がマイナス2%」(物価上昇率が3%のさかなに名目金利が1%)という超・金融緩和を続ける。その理由として日銀総裁が挙げるのが、「賃上げが不足している」ということだ。その理由は、こうだ。
「経済が正しい好況であるなら、物価上昇と賃上げがともに起こるはずだ。しかし現状は、物価上昇があるが、賃上げが起こらない。これは、経済が正しい好況ではないことを示す。つまり、経済はいまだに不完全な好況であるにすぎない。いくらか不況の性質を帯びている、部分的な好況であるにすぎない。ならば、経済がしっかりと十分な好況になるまで、金融緩和をさらに続けて、いっそう好況(インフレ)の度合いを高めるべきだ」
これが日銀総裁の発想だ。いかにも金融学者の考えそうなことだ。だが、これは完全な間違いである。
なぜか? 物価が上昇しているのに賃金が上がらないのは、好況の度合いが不足しているからではない。それが証拠に、企業の決算はとても好調である。
上場企業の2023年3月期は、純利益の合計が前の期比1%増の39兆881億円と、2期連続で最高益となった。資源高を追い風に商社が好調、経済再開で空運や鉄道・バスが黒字転換するなど非製造業がけん引した。一方、製造業は苦戦が目立った。化学などが世界経済の減速による需要減の打撃を受けた。24年3月期は最高益の見通しだ。
( → 上場企業の23年3月期、1%増益 資源高・経済再開追い風 - 日本経済新聞 )
下記もある。
→ トヨタ純利益4兆円目前の超絶決算:日経ビジネス電子版
つまり、現状の企業の状況は、非常に好調である。「好況の度合いが不足している」というようなことはない。「コロナ不況を脱して、コロナ以前よりも、もっと儲かっている」という絶好調の状況にある。特に、製造業は円安による大幅利益が見込める。輸入品が多い産業も、次々と値上げを実施することで、やはり大幅な利益が見込める。
ではなぜ、企業は絶好調なのに、賃上げは絶不調なのか? 物価上昇率をも下回るほどの賃上げしか得られないという「実質賃下げ」が起こるのは、どうしてなのか? この数十年で最悪となる「実質賃下げ」が起こるのは、どうしてなのか?
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その理由について、日銀はこう考えた。
「実質賃下げが起こるのは、経済がいまだに不況の性質を帯びているからだ。だから、この問題を解決するには、金融緩和を続けるべきだ」
しかしこれは誤りだ。
では、正しくは? こうだ。
「実質賃下げが起こるのは、労働分配率が低下しているからだ。つまり、企業は利益を上げているのに、それを資本家が独り占めして、労働者には配分しないから、実質賃下げが起こるのだ」
つまり、パイが小さいからではなく、パイの切り分け方が変わったからだ。ここを誤認してはならない。(日銀はここを誤認している。)
この事実(労働分配率の変化)は、統計によって裏付けられている。
企業が人件費をどのくらい払っているかを示す「労働分配率」が、大企業はこの50年で最低水準に落ち込んでいることがわかった。財務省が公表する法人企業統計のデータを分析したところ、大企業ほど人件費に回すお金を抑えていた。
金融.保険業をのぞく全産業の労働分配率は53.7%で、前年度より1.0ポイント下がった。過去50年間の平均(58.8%)から遠ざかり、人件費にあまりお金を回さなくなったといえる。
顕著なのは資本金10億円以上の大企業だ。08年のリーマンショック以降、ほぼ右肩下がり。22年度は前年度より2.0ポイント低い36.6%で、大企業の過去の平均(44.4%)を大きく下回り、この50年で最低だった。
( → 大企業の人件費割合、最低水準に 労働分配率、過去50年で:朝日新聞 )
このように著しい「労働分配率の低下」は、日本だけに見られる現象である。そのことは厚労省のデータからもわかる。

出典出典:厚労省リンク 、PDF
こういう「労働分配率の低下」が日本経済の最大問題だ、ということは、本サイトでは前にも解説した。
→ 日本の生産性低迷の理由: Open ブログ
→ 裁量労働制をなぜ推進する?: Open ブログ
ともあれ、問題は「労働分配率の低下」なのだ。ここを是正することこそ、「問題にメスを入れる」ということに相当する。
なのに、そこをほったらかして、全然別のところで金融緩和をしても、それは「本来の病巣とは別のところで治療をする」ことに相当する。比喩的に言えば、肝臓に癌ができているときに、肝臓とは別のどこかで見当違いの治療をするようなものだ。(脳に放射線治療をする、というような。あるいは、エイズワクチンを投与する、というような。いずれも肝臓癌とは何の関係もない、見当違いの治療である。有害無益。)
※ 要するに、金融緩和が原因で円安と物価上昇が起こっているときには、金融緩和を是正することが必要なのだが、それとは逆に、金融緩和を続ける。そういう真逆の治療法を取っているのが、日銀だ。病気は悪化するばかりとなる。
日銀総裁が(名医ではなくて)無知で無能だと、こういうふうにひどい経済政策がなされるのだ。そういう愚行の見本が、ここにある。
[ 付記 ]
日銀総裁は、現在の経済の問題に対して、まったく見当違いの処方を取る。医者で言えば、ひどいヤブ医者だ。では、どうしてそうなのか?
それは、彼が金融経済学者であることによる。金融経済学者は、すべてを金融で認識しようとする。つまり、マネタリストだ。
そのとき、彼らは経済学の本流である「マクロ経済学」という知識を理解できない。マクロ経済学とは、所得の理論であり、賃金と生産量との循環的な関係(スパイラル関係)を数値的に分析する理論体系だ。
一般に、経済学は、市場原理(ミクロ経済学)と、所得理論(マクロ経済学)と、金融理論(マネタリズム)という、三つの分野をすべて利用する必要がある。ところが、マネタリズムの学者は、「俺たちは万能なので、俺たちの理論だけですべてを理解できる」と言い張って、マクロ経済学を理解しようとしない。唯我独尊だ。視野が狭すぎる。
だから、日銀総裁は、こういう馬鹿げた失敗をするのだ。
それで、なんで日銀が見当はずれな見方をするかと言えば、金融緩和を維持したいから。
将来的に人口と税収が減って小さな日本、小さな行政になっていかないといけないのに、
今の無駄に膨れ上がった行政組織を、公務員組織の好待遇を維持するために、お金を用意しないといけない。
そのために万札と国債を刷りまくって
日銀でチャラにする金融緩和を続ける必要がある。
だから、誰がどう見てもおかしいだろという万札すりまくりを止めるわけにはいかない。
インフレの不利益が庶民に降りかかろうとも。
刷りまくった万札がどう分配されてるのか実に興味深い。
https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/kako/2023/documents/useful2023_02_p25-28.pdf
別に事実誤認ではないでしょう。あなたのような異論があることは認めますが、その異論の信頼性はきわめて低い。ご主張の論点を拝読しましたがまったく支持できませんね。多くの同意を得ることは無理でしょう。
「労働分配率は下がっていない。ちゃんと報いている」
と主張する企業に、体よく利用されているだけです。哀れ。
なお、次の二点は明白な事実です。
・ 企業収益は空前の好決算
・ 労働者の所得は前年割れで、実質賃金の上昇率がマイナス。
これを見てもまだ「労働分配率が低下していない」と言うのは、あまりにもおめでたい。肉屋を褒める豚みたいなものだ。