2023年09月23日

◆ オーランチオキトリウム

 オーランチオキトリウムという微生物がある。バイオエネルギーの生産ではとても高効率で、ユーグレナをはるかに上回る。夢の微生物だと言われた。

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 オーランチオキトリウムという微生物は、ひところ世間で話題になったこともある。漫画のゴルゴ13でも、これを主要テーマにした回があったほどだ。(世界エネルギーを左右する研究をめぐる国際陰謀、というストーリー。)
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 オーランチオキトリウムについては、Wikipedia にも記載されている。
Aurantio.jpg

 葉緑体を持たず光合成をしない従属栄養生物であり、周囲の有機物を吸収して生育する。本属は熱帯から亜熱帯域にかけてのマングローブ林や河口域など、海水と淡水の入り混じる汽水域を好む。
 筑波大学教授の渡邉信らのグループよって、高効率で炭化水素(スクアレン)を産生し細胞内に溜め込む株が沖縄のマングローブ林にて、水中の落葉表面から発見された。
 炭化水素を作り出す藻類は他にも知られていたが、油の回収や処理を含む生産コストが1リットルあたり800円程度かかるのが難点だった。オーランチオキトリウムを利用することで、その10分の1以下のコストで生産できると期待されている。
 これまで有望とされていた緑藻類のボツリオコッカス・ブラウニーと同じ温度条件で培養した場合、10-12倍の量の炭化水素が得られる。培養することで、1リットルあたり1グラムのスクアレンを3日で作り出すことができ、仮に深さ1mの水槽で培養したとすると、面積1ヘクタールあたり年間最大約1万トンの炭化水素を作り出せると試算されている。これは2万ヘクタールの培養面積で日本の年間石油消費量を賄える量であり、耕作放棄地(38.6万ヘクタール)などを利用した生産が考えられている。
 火力発電に使用する場合は、精製を行なうことなく、培養したものをペレットにしたものが使用できる。
( → オーランチオキトリウム - Wikipedia

 精製しなくても使える、というのは、コスト面で非常に有利となる。また、他の微生物に比べて、圧倒的に多くの炭化水素が得られるのもすばらしい。「2万ヘクタールの培養面積で日本の年間石油消費量を賄える量であり」というのは、申し分がない。
 これらの点から、「バイオエタノールを実現する夢の微生物」と言ってもよさそうだ。

 これが初めて話題になったのが 2010年。それから何年もたって、研究の結果はどうなったか? こうだ。
 2018年7月、コスト削減が進まず、実用化のための研究開発が断念された。

 2018年7月 - 仙台市・筑波大学は雑菌の処理、培養コスト削減の目標を達成できず研究を断念。

 どうしてこうなったか? そもそも、次の点が重要だ。
 2010年、オーランチオキトリウムという生物が石油を生産するとして話題となった。その際、マスコミではこの生物は藻類の一つとして紹介された。そのために、光合成をするという誤解を生じた部分がある。ところが、この生物は腐食性なのである。
( → 藻類 - Wikipedia

 ユーグレナや微細藻類ならば、光合成をするので、太陽光エネルギーを得て、炭水化物を生成する。しかしオーランチオキトリウムは、光合成をしないので、外部から栄養分を補給してもらう必要がある。すると、次のような問題が生じる。
 二つの問題点があります。つまり、その有機物をどのように調達するかということと、もうひとつは、有機物ならなんでもいいのかということです。
 実は、実験室ではオーランチオキトリウムの栽培にブドウ糖(グルコース)が使われています。オーランチオキトリウムを使って石油代替燃料を作るということは、つまり、ブドウ糖を原料として石油を作るということなのです。
 質量保存の法則という法則があります。どんな化学反応が起こっても、原料の重量と出来上がった製品(副製品を含めて)の重量は必ず同じになるという法則です。もし、オーランチオキトリウムを使って、日本の石油消費量である年間2億トンの人造石油を作ろうとすると、少なくとも2億トンの原料、つまり2億トンのブドウ糖が必要となるということです。
 実際には、2億トンのブドウ糖すべてが油分に変わるわけではなく、オーランチオキトリウム自体が生きていくために消費される量もありますから、その数倍のブドウ糖が必要ということになってしまいます。
 そもそもブドウ糖の価格自体が石油の価格よりも高いですから、これではどんなに製造方法を改良しても、永久に採算が取れないということになります。さらにブドウ糖の原料はデンプンつまりコメやイモなどの穀物ですから、そんなに大量の穀物が作れるかという資源確保の問題もあります。
( → 藻類で日本は産油国になる? 無理(オーランチオキトリウム) |

 こういう問題があるので、いくらオーランチオキトリウムが高効率だといっても、コスト的には意味がないわけだ。
 ユーグレナや微細藻類では、太陽光エネルギーに対するエネルギー変換効率が低いということが問題になった。(太陽光発電との対比で。)
 一方、オーランチオキトリウムでは、太陽光エネルギーに対するエネルギー変換効率は、低いどころか、完全なるゼロである。なぜなら、光合成をしないからだ。
 そして、かわりに外部から得た穀類によってオイルを作り出すが、そのオイルを作るためには、その数倍もの穀類を消費しなくてはならない。とすれば、どれほどたくさんのオイルを生成したとしても、その数倍もの穀類が消えてしまうのだから、実質的にはエネルギー変換効率はマイナスであることになる。ひどいものだ。

 比喩。
 「普通の時給の 10倍もの高賃金をお支払いします」
 「え、本当に?」
 「はい。本当です。普通は時給 1000円ぐらいですが、ここでは時給1万円を支払いします。働けば働くほど、大儲けです」
 「すごいね」
 「ですから、当社で働きましょう。さあ、ここにサインをしてください」
 「はい。サインします。……おや。待てよ。横に何か書いてあるぞ。読んでみよう。……あれれ。手数料として1時間5万円を取られる、と書いてあるぞ」
 「そうですね」
 「1万円をもらっても5万円を取られたら、かえって損するだろ!」
 「でも、時給1万円というのは本当ですよ。私は嘘をついてません」
 「嘘じゃなくて、詐欺だろ!」 


 これがつまり、オーランチオキトリウムだ。時給1万円のオイルを生成してくれるのだが、1時間に5万円分の穀類を食い潰してしまう。いくらオイルが生成されても、その何倍もの穀類が消えてしまう。これでは何にもならない。
 ただの詐欺も同然だ、ということになる。



 [ 付記 ]
 それとは別の問題もありそうだ。
 (1) 精製はしなくてもいいが、収集と脱水が大変そうだ。そのための設備も必要となる。
 (2) オーランチオキトリウム以外の別の微細生物が混じるかもしれない。そうした混雑物を排除する囲いも必要となる。とすれば、培養タンク(または密閉した池)も必要だろう。こんなものを設置すると、農業に比べてあまりにも高コストとなる。

 微細生物からエネルギーを取るには、培養タンクや大水装置などの設備が必要だ。そのためには資本を投下する必要がある。それには莫大な固定コストがかかる。
 一般に、研究者は、原料のコストのことしか考えていない。原料さえあれば、自動的に商品ができる、と思っている。そこでは、従量的なコスト(運転コスト)だけが計数されて、初期投資にかかる固定的なコストのことが無視されている。……こんなことでは、まともな経営ができていないのも同然だ。経営音痴過ぎる。大赤字確実で、倒産必至となる。
 まあ、滅茶苦茶すぎるというしかない。

 そして、そこを真剣にまともに考えたなら、「コスト的に成立しない」という結論を出すしかない。



 【 追記 】
 オーランチオキトリウムに与えるものを、穀類でなく、食品廃棄物(食品工場の残渣や、料理店の食べ残しや、商店の売れ残りなど)にする……という案もある。これならば、コストはゼロどころかマイナスになる。(食品廃棄物の廃棄処理量を、廃棄業者からもらえるからだ。)
 これが大量に恒常的に得られるのならいいのだが、現実には、たいした量にはならないようだ。大きな食品工場でも、食品廃棄物の量は、1日に1トンに満たない例が多いようだ。あっても、数トンぐらいか。あちこちから集めても、1日に数十トンぐらいか。そこから得られるオイルの量は、1日に数トンぐらいか。……これでは全然、オイルの大量生産にはならない。
 ちなみに、石油タンカーは、1隻で 20〜30万トンである。桁違いだと言える。
 というわけで、「食品廃棄物でオイル生産」という目論見は、実用化できない。ただし、小規模でなら、「食品廃棄物の処理量を減らす」という狙いの、エコ事業としてなら成立しそうだ。社会全体のエネルギーをまかなうには、あまりにも微量ではあるが、エコ事業の一環としてなら、「低コストで実現できる廃品処理」として成立しそうだ。

 
posted by 管理人 at 23:37 | Comment(2) | エネルギー・環境2 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「バイオ」を利用するなら、木質バイオマスを熱電併給で使うくらいがせいぜいなんでしょうね。
しかも都市部では採算もエネルギー収支も合わないので、林業地に近い地方部に限りますね。
Posted by けろ at 2023年09月24日 22:06
 最後に 【 追記 】 を加筆しました。
 「食品廃棄物でオイル生産」という狙いは実現できるか……という話。(本項の方法で)
Posted by 管理人 at 2023年09月24日 22:27
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