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製鉄の脱炭素化の問題というテーマで、朝日新聞が特集記事を書いた。
(1) 電炉
高炉のかわりに電炉を導入する、という方針がある。
日本製鉄の橋本英二社長は……九州製鉄所八幡地区(北九州市)などで大型電炉設置の本格検討に入ったことを明らかにした。
日本の鉄鋼大手が脱炭素に向け、高炉から電炉への転換にかじを切り始めている。
電炉法は鉄のスクラップを放電の熱で溶かしてリサイクルするもので、CO2排出量は高炉の4分の1程度で済む。
( → どうする鉄鋼業 日本製鉄、JFE、神戸製鋼……目指す世紀の大転換:朝日新聞 )
これは名案のようだが、全然、解決策になっていない。比喩で言えば、「新車は炭素を食うから、中古車を使えばいい」というような発想だ。そりゃまあ、中古車で済ませることができればいいが、みんなが中古車を使ったら、そのうち新車がなくなるので、「中古車だけで済ませる」という方針は成立しない。中古車を使うためには、新車が生産される必要がある。「新車なしで済ませればいい」という問題ではないのだ。
鉄鋼もまた同じ。中古のスクラップから電炉で製鉄するのは、昔から東京製鐵がやっていたが、それはあくまで高炉の製鉄があるからこそ存在できるものだ。つまり、コバンザメ商法だ。肝心の高炉がなくなれば、電炉もなくなる。「電炉にすれば脱炭素ができる」というような発想は、馬鹿丸出しというしかない。
(2) 製鉄量の激減
記事はさらに続く。脱炭素で製鉄量が激減するそうだ。
2050年に温室効果ガスの排出量が実質ゼロのカーボンニュートラル(CN)社会が実現した場合、日本国内の鉄鋼生産量はどうなるのか――。
再生可能エネルギーや水素、鉄スクラップの供給制約から、鉄鋼生産量は「現在の半分程度となる可能性」があるという。特に影響を受けるのは、高級鋼材を多く使う自動車産業で、鉄スクラップを建設資材に再利用するいまのやり方が続けば、「自動車産業が利用できる鋼材は現在の約40%にとどまる」と予測した。
「自動車産業が利用できる鋼材は現在の約40%にとどまる」ということで、「大変だあ。これでは自動車産業が壊滅的になるぞ」と大騒ぎを促しているらしい。しかしこれは「オオカミが来るぞ」と騒いで人を混乱させるオオカミ少年(嘘つき少年)のようなものだ。
実際には、それとは逆に、自動車用の鉄が不足するどころか、大幅に余ってしまう。なぜか? 自動車産業では、ギガキャスト(ギガプレス)が進むからだ。
→ トヨタがギガプレス採用: Open ブログ
ここの最後に、こう記した。
「製鉄会社は、大ショックであるようだ。ギガプレスでは、アルミが使われるので、鉄鋼は使われない。鉄鋼会社は売上げが激減してしまう。下手をすると、製鉄会社はみんな倒産かも。」
そのリンク先でも示唆されているように、ギガキャストのせいで鉄鋼生産量が大幅減少となる。そのことは JF E の社長も懸念している。
→ EVのギガキャスト採用、明らかに粗鋼の使用量減る=柿木JFE社長
※ JFE の前身は、川崎製鉄とNKK(日本鋼管)。
自動車産業は、ガソリン車から EV へという転換のなかで、ボディの製造方法を変えつつあるのだ。「鉄の溶接」から、「アルミのギガプレス」へと。
この流れのなかで、使用する素材も、鉄からアルミに交替する。とすれば、鉄の消費量が激減するから、製鉄業の規模も大幅に減少するのだ。
製鉄会社は「自動車産業が利用できる鋼材は現在の約40%にとどまる」と予想しているようだが、40%もあれば、不足するどころか、余ってしまうだろう。EV のボディ製造には、鉄はなくても済むからだ。(使うのはせいぜい表面の高張力鋼板ぐらいだが、これも鉄でなくてプラスチック樹脂やアルミ材でも足りる。)
というわけで、製鉄量の減少が自動車産業にもたらす影響など、皆無に近い。自動車産業に関する限り、鉄は不足するどころか大幅に余るのだ。記事の警鐘は、まったく意味がない。
(3) GX経済移行債という名案(?)
カーボンニュートラル(CN)についての話もある。
自社の取り組みだけでCNを達成することはできない――。製鉄大手がそろって訴えてきたことでもある。
たとえば日本製鉄は、CN達成に向けた大型電炉や水素還元製鉄などの設備投資額を4兆〜5兆円と試算し、国に支援を求めてきた。
こうした流れに対応して、岸田政権もようやく産業の脱炭素化を支援するための施策に着手。鉄鋼業界を含めた企業の投資を助成する名目で、23年度から10年間、20兆円規模の「GX経済移行債」を発行することを決め、5月に成立したGX推進法に盛り込んだ。
「GX経済移行債」とは何かというと、一種の融資のように見えるが、そうではなくて、ただの補助金であるらしい。「国による投資」といえば聞こえはいいが、研究開発や設備投資をする企業に巨額の金を(国民の金から)プレゼントしてしまうことらしい。
トヨタや日産のような EV 産業では、自腹で研究開発をしているのだが、製鉄業では、自腹で研究開発をするかわりに、国費で研究開発をする、ということのようだ。
→ 世界初の移行国債発行へ:カーボンニュートラル達成と経済成長の両立は簡単ではない | 野村総合研究所(NRI)
要するに、自分の金を払いたくないから、国民の金を猫ババするわけだ。泥棒も同然である。それを「脱炭素化のため」という名分で正当化する。「脱炭素化のためであれば国民の金を盗んでもいい」というわけだ。
こんなのはれっきとした税金泥棒だし、明らかに補助金・給付金である。だが、政府はそれを隠蔽して、投資または融資であるように見せかける。そのために、「このとき払った金は、あとになって回収できます」と言い張る。
では、どうやって金を回収するのかというと、「将来は炭素税で収入があるので、その収入を当てにします」というわけだ。要するに、融資先から金を回収するのでなく、国民の財布から金を盗み取る。しかもそれは、実現可能かもわからないので、「捕らぬタヌキの皮算用」である。
→ 多くの課題を残したままGX移行債の具体的設計の議論が進む | 野村総合研究所(NRI)
呆れる。炭素税というのは、国が勝手に使っていい金ではない。炭素税を払った企業がある分、炭素排出の減少に努力した産業が払い戻しを受けるべきだ。たとえば、炭酸ガス吸収(固定化)などをした事業者が金を受け取る。そのために、炭素をいっぱい出した企業が金を払う。これで両者はトントンとなる。(そうしてこそ GDP への影響を排除できる。ただの増税では、大幅増税により、GDP が縮小してしまう。)
なのに、炭素税の収入を国が勝手に使うというのでは、国による泥棒も同然だろう。
だが、国がGX投資泥棒をして得た金を、(製鉄産業への補助金・給付金という形で)製鉄産業の懐に入れてしまうのなら、結果的には、製鉄産業が泥棒をしたのと同じことになる。
要するに、国がやる「GX投資」とか「GX経済移行債」とかは、国家による泥棒援助の仕組みであるにすぎない。それも、 20兆円規模の。
こんなものを「脱炭素化のための素晴らしい仕組み」などと吹聴する朝日新聞は、詐欺師の片棒をかついでいるのも同然だろう。
(4) GX投資の内訳
GX経済移行債で行うGX投資の内訳はどのようなものか?
どの製法が政府支援の対象になるのか、どのくらい助成されるのかといった中身は見えてこない。
朝日の記事では、よくわからない、ということであるようだ。しかし、ネットで調べれば、情報は得られる。
具体的には、「水素・アンモニア混焼の供給網の整備(約7兆円)」「CCSやCCUS(約4兆円)」「次世代革新炉(約1兆円)」などだ。
( → GX経済移行債は150兆円の投資を集める「呼び水」になるか - オルタナ )
このうち、「水素・アンモニア混焼の供給網の整備(約7兆円)」というのが問題だ。これはまったくの無駄だからだ。その理由は下記項目で詳しく記した。
→ 石炭混焼の論理ペテン: Open ブログ
石炭をそれだけで燃やすのでなく、アンモニアといっしょに燃やす(混焼させる)ことで、水素を燃やすことになる。だから、炭酸ガスの発生量を抑止できる……という理屈だ。
しかしこれはまったくの論理ペテンである。そこで炭酸ガスの発生が抑止できる分、他の箇所で水素を消費してしまう。その水素を作るためには、電力を消費する。結局、最初から最後まで見ると、次の二段階があるだけだ。
100の電力を消費する → 30の電力を発生する
この二段階があるだけにすぎない。両者の差に当たる 70の電力は無駄にロスとなるだけだ。ただしその途中で、水素を発生させてから、水素を消費する。すると、次のようになる。
100の電力を消費する(水素を発生する) → 30の電力を発生する(水素を消費する)
この二段階で、前半を隠蔽すると、こうなる。
30の電力を発生する(水素を消費する)
つまり、水素を消費することで、30の電力を発生することができるのだ。こうして、炭素の発生なしに、電力の発生に成功する。「素晴らしい成果だ!」と威張るわけだ。
しかしこの論理では、その前に「100の電力を消費する(水素を発生する)」という過程があったことを見失っている。というか、あえて目をふさいでいる。というか、そのことを国民に隠している。
いわば、右手と左手があるときに、左手を隠して、右手だけを見せている。左手で2個を減らして、右手で1個が増えたときに、右手だけを見せて、「ほら。右手で1個が増えましたよ。素晴らしいでしょう」と威張る。こうして人々は「すごい。無から1が生じた。とても素晴らしいので、そのために20兆円を出しましょう」と言い張る。
こうして詐欺師(インチキ手品師)は 20兆円を巻き上げる。ひどいものだ。国中でみんながトリックにだまされる。
(5) 水素還元
製鉄会社は、自分の努力を威張る。「水素還元で炭酸ガス発生の抑止に努力しています」と。
葉県君津市にある日本製鉄東日本製鉄所。……高炉の500分の1ほどの大きさの試験炉で前例のない挑戦が続いていた。CO2を出さない水素で鉄をつくる「水素還元」だ。
16年から約7年間かけ、水素の弱点を克服するための研究を続けた。
着実に成果は出ているという。ただし、JFEのカーボンリサイクル高炉なども含め、鉄づくりには年間1千万トン程度の水素が必要だとされる。
水素の安定確保など、鉄鋼業界だけでは対応できない課題は山積だ。さらに低炭素を実現できても、国際競争力のある価格で売れなければ本末転倒になる。
こうして「努力しています」とさんざん宣伝する。だが、そんな宣伝は無意味だ。なぜなら、「水素還元による製鉄」というのは、原理的にナンセンスだからだ。そのことは、前に指摘した。
さらに言おう。仮に水素ができたとしても、その水素を使って製鉄するというのが、原理的にナンセンスである。なぜか? 製鉄においては、炭素が使われるが、その理由は、炭素そのものが役立つからではなく、炭素と酸素の化合物である一酸化炭素が役立つからだ。
一酸化炭素は、強い還元作用があり、これが鉄の酸化物を鉄に戻す。この原理が製鉄で使われる。
一方、ただの水素は、強い還元作用がないから、製鉄をすることができない。
つまり、「炭素のかわりに水素を使って製鉄する」という発想そのものが、根源的にナンセンスであって、原理的に不可能な妄想なのである。(それは原理的に不可能な錬金術を求めるのと同様だ。)
( → 水素製鉄に巨額補助金: Open ブログ )
同趣旨を別項でも記した。
一般に、製鉄の際には、強い還元力を必要とする。強い還元力によって、酸化鉄の酸素を奪い取り、酸化鉄を純然たる鉄にする。これが「製鉄」の原理だ。通常、一酸化炭素には強い還元力があるので、一酸化炭素が酸素を奪って二酸化炭素になる。同時に、酸化鉄は酸素を奪われて純然たる鉄になる。
ここで、「一酸化炭素の代わりに水素を使えば、還元力を残したまま、二酸化炭素を発生しないで済む」というのが、普通の人の考えることだ。「これで脱炭素化できるから、うまい話じゃない?」というわけだ。
しかし、水素の還元力は、一酸化炭素の還元力よりも、はるかに弱い。したがって、水素製鉄の方式では、製鉄の効率がものすごく悪くなる。たぶん、製鉄にかかる時間が数倍〜数十倍になる。ということは、同じ量を生産するためには、工場の規模が数倍〜数十倍になるわけだ。これでは、固定コストが数倍〜数十倍になるので、生産コストは大幅に上昇する。とうてい、商売にならない。
( → 小型原子炉で水素量産?: Open ブログ )
以上の理由で、「水素還元による製鉄」というのは、まったくのナンセンスなのである。「脱炭素化ができるから」という理由で、ものすごく非効率なことをやろうとしている。
比喩的に言えば、人力発電のようなものだ。「人間が足踏み自転車で発電すれば、炭酸ガスの排出なしに、電力を発生できる。だから国民の半数を人力発電に回せばいい」というようなものだ。……効率をまるきり無視した、馬鹿げた発想である。これでは莫大な無駄が発生する。その無駄を理解していないわけだ。
「水素還元による製鉄」というのも、同様である。
(6) 農業や水産業による炭素消費
一方で、農業や水産業では、莫大な炭酸ガスを発生させている。
温室効果ガス(GHG)排出量に占める食関連の割合は全体の3分の1を占めるともいわれ、軽視できない。
GHG排出量を二酸化炭素換算量で調べると、最も少ないメニュー(412.5グラム)と最も多いメニュー(4268.5グラム)とで約10倍もの差があった。少なかったメニューは主菜となるたんぱく質源の食材として鶏肉や大豆を、多かったメニューは牛肉と魚などを用いていた。
牛肉を代表とする動物性食品は、飼育のためにたくさんの飼料を必要とするほか、食肉処理や流通などを通してもGHG排出量が多くなる。さらに、牛のげっぷには温室効果が二酸化炭素などよりも大きいメタンが含まれている。
ただ、この研究では魚介類による同様の排出量は1340グラムで、牛肉よりも多かった。魚は漁獲に伴う燃料消費がGHG排出量に大きく影響し、日本人が魚を多くとるため、このような数値になるという。
( → 人と地球に優しい食事へ 牛肉より鶏肉・大豆がベター 温室ガス抑えた健康メニュー:朝日新聞 )
炭酸ガスの排出を防ぐためなら、鉄鋼業よりも、農業や水産業で炭酸ガス排出を減らすことの方が、よほど有効だろう。
そして、そのための有効な方法が、炭素税だ。しかるに、その有効な方法を、国が食いつぶしてしまう。炭素税で得た金を、国の歳入として、国の財布に入れてしまうからだ。そしてその金は、製鉄業のポケットに入るのである。
こうして国家主導による詐欺が完結する。それでも人々は「炭素が減った」と勘違いして大喜びする。右手だけを見て、左手を見ないからだ。
* * * *
朝三暮四の猿は、(夕方のかわりに朝に四つという)損得なしの状況で、大喜びをした。
日本人は、20兆円を鉄鋼業に盗まれるという大損をする状況で、(炭酸ガスがろくに減らないまま)「炭酸ガスが減った」と大喜びをする。大損をして大喜びをする。猿以下だ。
では、猿以下とすれば、何なのか? (ネギをしょった)カモである。
※ 次項に続きます。
魚介類がグラム当たり一番温室効果ガスを出す食品とは知りませんでした。漁業の効率化=大企業化を検討すべきなんでしょうが、これは朝日新聞などが最も嫌う方向でしょうね。
温室効果ガスを減らすために何をすべきかについて文系の記者は本当にわかっていないと思います。大学に環境科学部などが設置されていますがあまりマスコミに出てこないのが残念です。あの北欧の少女のいう事はすぐに記事になっているのに。人間は自分の聞きたいことしか聞こえないと言うのは世界共通ですね。