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トランス女性が女性トイレに入る、というのはわかる。( → 前項)
一般男性が女装して女性トイレに入る、という例もある。通常、犯罪として、逮捕される。下記に2例がある。
神奈川県警海老名署は3月22日、女装して女子トイレに入ったとして、建造物侵入の疑いで、県厚木土木事務所の許認可指導課の男性主査(47=同県藤沢市湘南台)を現行犯逮捕した。
同署によると、犯行当時、女性トイレには1人の女性がおり、洗面所の前で化粧を直している際、個室へ向かう女装男を鏡越しに目撃していた。
男が出てきたところで、トイレ前の通路にいた男性(31)が不審に思い声を掛けると逃走。2階通路で周囲にいた男性3人が取り押さえて通報した。
服装は紺色のブラウスにジャケット、ミニスカートを履き、足にはブーツを着用。女性用の下着を身に着けて、顔には薄化粧を施していたが、なぜかかつらは被っておらず、短髪でなんとも不気味ないでたちだった。
「女装は趣味」と話しており、「車の中で着替えて店内に入った」と供述している。
( → 47歳の神奈川県職員が女装して女子トイレに侵入 (2015年3月27日) - エキサイトニュース )
大阪市内にある商業施設の女性トイレに入ったとして、大阪府警は6日、戸籍上は男性で自覚する性は女性だと説明する40代の施設利用客=大阪府内在住=を、建造物侵入容疑で書類送検した。捜査関係者への取材で分かった。「いけないことだとわかっていたが、女性と認められている気がして女性トイレを使いたかった」と供述しているという。
捜査関係者によると、検察に起訴の判断を委ねる「相当処分」の意見をつけた。トランスジェンダーと訴える人のトイレ利用が送検されるのは極めて異例。
捜査関係者によると、利用客は府警に対し、職場では男性として過ごす一方、少なくとも10年以上、休日には女性用の服を着て外出を続けていたと説明。「女性トイレをこれまでに何十回も使った」と話したという。性別適合手術は受けておらず、体と心の性が一致しない「性同一性障害」であることを示す診断書などはなかったという。
( → 「性自認は女性」と説明の利用客、女性トイレに侵入容疑で書類送検:朝日新聞 )
後者の記事では、逮捕後に自分はトランス女性だと主張しているらしい。しかし日常的には職場では男性として過ごして、ごくたまに休日に女装する程度であったようだ。これはトランス女性というより、ただの女装趣味の男性だろう。

さて。このような「女装趣味の男性」が女性トイレを使うことを認めるべきか?
これが問題になるのは、両者の区別の線引きが難しいからだ。どこまでが容認できて、どこからが容認できないのか?
最高裁判決では、「トランス女性が職場で女性トイレを使うこと」は容認された。
一方、「女装趣味の男性が、公衆的な女性トイレを使うこと」は容認されないことが多い。(上記2例)
では、「トランス女性が公衆的な女性トイレを使うこと」はどうなのか? この場合、一般人の目から見て、トランス女性と女装趣味男性の区別は、かなり難しい。いかにも女性っぽいトランス女性もいるが、男っぽさを残したトランス女性もいる。また、女性っぽい感じの女装趣味男性もいる。……どこまでが許容可能で、どこからは許容不可能なのか? 線引きはかなり難しい。簡単に答を出すことはできそうにない。
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司法ではどうか? 上の2例では、警察は逮捕している。ただし、裁判所の判決はどうかというと、ググっても判決の例が見つからない。合法とも違法ともわからない。警察は「違法」と決めつけたが、裁判所の判決は定かでない。
一方で、似た話題で、次の例もある。
→ お腹痛くて「女性トイレ」に入ったけど無罪判決…どんな場合なら問題ない? - ライブドアニュース
お腹が下って、緊急的に女性トイレに入った場合には、無罪判決となるわけだ。
また、次の例もある。
→ 酩酊状態で女子トイレに侵入した建造物侵入
酩酊して女性トイレに侵入したら、警察に身柄拘束をされたが、検察の段階で不起訴処分となった。
※ ただしこの件では、弁護士が大活躍した。あちこちを巡って、関係者の了解を得ている。弁護士がいなかったら、不起訴にはならなかったかもしれない。
この記事でも解説されているが、女性トイレに入ることは、「建造物侵入罪」に該当するそうだ。しかし、これはおかしい。仮に「建造物侵入罪」に該当するのなら、男性でなく女性が利用しても、「建造物侵入罪」に該当することになる。それではトイレの意味をなさない。
「建造物に侵入したこと」自体が罪になるのでなく、その人の性的属性しだいで、同じ行為が有罪にも無罪にもなるのだとしたら、罪刑法定主義に反する。ここでは行為ではなく性的属性が罰されることになる、とも言える。滅茶苦茶である。
どうしても「男性が女性トイレに入ること」を罰したいのであれば、そのために専用の法律を整備するべきであり、そこにおいてトランス女性や女装男性などの要件をきちんと定義しておくべきだ。なのに、そうしないで、見当違いの「建造物侵入罪」を拡大解釈することで逮捕するというのは、まったく筋が通らない。法治主義に反する、とすら言える。
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以上のことからして、私としては、次のことを原則としたい。
「男性が女性トイレに入ることを罰したいのであれば、そのために専用の法律を整備するべきであり、そこにおいてトランス女性や女装男性などの要件をきちんと定義しておくべきだ。そのような法律が整備されていないのであれば、男性が女性トイレに入ることは刑事罰で処罰されるべきではない」
ただし、野放図に男性が女性トイレを利用するのを認めるというのも、極端すぎて、筋が通らない。だから、現実解としては、次のことが基本となる。
「トランス女性であれ、女装趣味であれ、女性の服装をしている場合には、女性トイレを使用していい。なぜなら、スカートをはいているからだ。この場合には、女性用の便器の方が、適している。ゆえに、女性トイレを使っていい。また、女装の男性が、男性トイレに入ると、他の男性客が迷惑に感じる。その意味でも、女装の男性は、女性トイレを使う方がいい。
ただし、女装の男性が女性トイレに入ってから、盗撮などをすれば、それはそれで単独の犯罪となるので、それなりに処罰すればいい。一方、盗撮などの犯罪行為をしなければ、ただのトイレ利用は認めていい」
これは、かなり緩い規制である。私としては、このくらい緩い規制でいいと思う。だが、それに対して「もっと厳しくせよ」という見解もありそうだ。その場合には、次の程度が許容ラインとなりそうだ。
「トランス女性とまでは言えないが、女装を日常的になしており、ほとんどトランス女性のように女装で生活をしている。女性ホルモンの注射を受けているわけでもないし、お化粧もしていないし、明らかにトランスではなく、ただの女装趣味の男性だが、それでも日常的には(職場などでも)女装の生活をしている。このような場合には、女装趣味者 または 準トランス女性として、女性トイレの利用を認める。
一方、日常的には男性として過ごしていて、たまに女装の趣味をやる程度であれば、女性トイレに入ることを禁じる」
このような方針も成立しそうだ。ただし、その場合、「なぜいけないのか」「どういう場合にいけないのか」ということを、きちんと立法化する必要があるだろう。つまり、専用の法律を制定する必要があるだろう。そして、そうしないうちは、別の容疑(建造物侵入罪の拡大解釈)で処罰するのは、不適切であると思える。それはほとんど別件逮捕みたいなものだ。
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なお、以上では、私としてはかなり緩い方針を示したが、それというのも、「女性トイレというのは、各人の場所が個室であり、密室になっているので、危険度は低い」ということが前提となっている。どちらかと言えば、性器が丸見えの男子トイレの方が、危険度は高い。「スマホで性器の撮影」ということも、原理的には考えられなくもない。
とはいえ、盗撮があれば、盗撮で逮捕すればいいだけのことだ。「盗撮があるかもしれないから、トイレの利用を一律に禁止する」というようなのは、方針としては過剰すぎる。
一般に、犯罪に対する刑法の処罰は、「犯罪が起こったあとで処罰する」というものだ。だから、一罰百戒の意味を込めて、かなり重い処罰が下される。
一方、「犯罪が起こるかもしれないから」というような理由で、犯罪以前の段階で「利用を禁じる」というのは、やりすぎだ。まして、「利用したから」というだけで逮捕するのは、犯罪行為が起こってもいないうちに処罰することになるので、過剰な対応だと言える。
「女性トイレに入る」ということは、それ自体は、誰にも迷惑をかけていない。何となく気持ち悪い、というような感覚レベルのものがあるだけだ。そして、「何となく気持ち悪い」というレベルのことで、いちいち警察が市民を逮捕するようになったら、もはや社会は暗黒社会だ。それは「政府の方針に反するから市民を逮捕する」という中国社会よりも、もっとひどい暗黒社会だ。
こんな方針が進んだら、「オタクは気持ち悪いから」とか、「おじさんは気持ち悪いから」とか、そういう若い女性の意向で、オタクやおじさんが次々と逮捕されかねない。「冗談だろ」と思われるかもしれないが、案外、冗談とはなっていない。「不審者の通報」という事例では、「子供に道を尋ねた中年男性がいた」というぐらいのことで、いちいち不審者として通報されているようだ。
案外、あなたもそのうち、不審者として通報されて、さらには逮捕されるかもしれない。
ともあれ、「あの人、気持ち悪いから」というぐらいのことで逮捕されるようになったら、あなたもいつまで安全かは、定かでないのである。
【 追記 】
「建造物侵入罪」について。
女装男性が女性トイレに入ったときに、「建造物侵入罪」に問われるのであれば、その罪は、女性トイレに入ったときではなく、建物に入ったときに発生するはずだ。建造物侵入罪とは、そういうものであるからだ。
しかし、(女性トイレに入るつもりもないのに)、単に女装男性が建物に入ったということだけで、「女性トイレに入ったことの罪」で罰するのは、論理が滅茶苦茶だ。法的論理が成立していない。やってもいない罪で罰することになる。
ゆえに、「建造物侵入罪」で罰するのは、法的には滅茶苦茶なのである。だから、(有罪の)判例が見つからないのかもしれない。
「犯罪」として定義するかはともかく、マナーやエチケットの類として、一般利用者向けの配慮は必要なんじゃないでしょうか。
いずれは、ペラペラのトイレブースじゃなくって、しっかりした壁と扉で閉ざされた個室空間を並べた、男女区別のないトイレばかりになっていくのでしょうか。
それはそれで、防犯上の懸念が出てくるかもしれません。海外のトイレみたいに防犯上の措置から仕様者の顔が見えるくらいスッカスカのドアしか付けないとこもありますし。
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ただし、野放図に男性が女性トイレを利用するのを認めるというのも、極端すぎて、筋が通らない。だから、現実解としては、次のことが基本となる。
「トランス女性であれ、女装趣味であれ、女性の服装をしている場合には、女性トイレを使用していい。
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女性の服装をしてるが、見た目が男性っぽい人の場合はどうか、という話。もしかしたら、トランス女性かもしれない。それを排除すると、最高裁判決と対立する。
↓
https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_64ad02a3e4b0b641763940e3
最後の段落で
「なお、本判決は、トイレを含め、不特定又は多数の人々の使用が想定されている公共施設の使用の在り方について触れるものではない。この問題は、機会を改めて議論されるべきである。」
とあります。
したがって本判決からは「トランス女性であれ、女装趣味であれ、女性の服装をしている場合には、女性トイレを使用していい。」は少なくとも公衆トイレに関しては成り立ちません。
今回の件は勤務先のトイレ利用についての判決であり、判決文内で原告の「氏素性」が検討され、他の生物学的女性の利用者に対して危害を加えるおそれが相当低いことが推認され、生物学的女性からの異議も明確に出ていない以上、原告の権利を認めるべきというロジックになっています。
各裁判官の補足意見はもう少し踏み込んだものもありますが…
建造物侵入罪の当否について。