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前に安倍政権の時期に、「定額働かせ放題」(労働のサブスク)と称される制度が導入されかけた。裁量労働制や高度プロフェッショナル制度と言われたものがそうだ。
これと同様に、運送業界では「定額働かせ放題」という状況がはびこっている。そのことを扱った裁判の判決が出た。これを不当と見なして、最高裁が高裁に差し戻しをしたのだ。
熊本総合運輸(熊本市)の賃金制度だ。
同社が2015年に導入した制度では、まず賃金総額を決める。そこから基本給などを引いた金額を「割増賃金」として支払う。割増賃金は、時間外手当と調整手当に分けられる。
時間外手当は、基本給などについて、残業したぶんだけ支払われる。そして、割増賃金から時間外手当を差し引いた金額が、調整手当という名目で支給される。
時間外手当が増えると調整手当が減り、いくら長く働いても賃金総額は変わらない仕組みだった。
一審の熊本地裁と控訴審の福岡高裁は、時間外手当が基本給とは区別され、法律通りの割増率で支払われている点については問題ないと判断した。
これに対し、最高裁は「時間外手当と調整手当を合わせた割増賃金全体を問題にするべきだ」として高裁の判決を破棄し、差し戻した。
残業代が増えると、そのぶん他の賃金が減る仕組みを導入している会社は、運送業界では珍しくない。
多いのが、運転手の売り上げに応じて賃金額が変わる「歩合給」から、残業代分を差し引くケースだ。
近年で特に注目されたのが、タクシー大手の国際自動車をめぐり最高裁が20年3月に下した判決だ。
同社でも、歩合給を計算する際に、残業代分を差し引いていた。売り上げが同じなら、どれだけ残業しても歩合給と残業代の合計は同じになる仕組みだった。残業が長いと歩合給がゼロになる場合もあり、最高裁は「通常の労働時間の賃金」がなくなってしまうことから、残業代の「本質から逸脱している」として、労基法違反だと判断した。
一方、運送会社トールエクスプレスジャパン(現JPロジスティクス)では、歩合給相当額から、基本給部分などの残業代を引いた金額を「能率手当」として払う仕組みだった。
これについて大阪高裁は21年2月に、違法ではないという判決を下した。最高裁は原告側の上告を受理せず、判決が確定した。
最高裁が異なる判断をした背景には、歩合給から差し引く残業代の大きさの違いなどがあったとみられる。国際自動車は基本給と歩合給の両方についての残業代を差し引いたのに対し、トールが差し引くのは基本給部分の残業代だけで、能率手当部分の残業代は別途支払われていた。
■「固定残業代の乱用」に警鐘 裁判長が補足意見
残業代が増えても総額がほぼ変わらない賃金制度は実質的に「固定残業代」と考えることができる。
同社のように本来は通常の労働時間の賃金として支払うべき金額を、固定残業代として支払うことは「脱法的」だと指摘。
( → 残業しても収入全体は増えない―― 運送業界、複雑な賃金制度:朝日新聞 )
「定額働かせ放題」(固定残業代)という制度については、最高裁の判断も割れているようだ。全面的に「残業代ゼロ」(固定額)とするのは不可だが、部分的ならば可である……という判断だ。ふらついている。首尾一貫しない。
補足意見で出たように、それは「脱法的」と見なすべきだが、そういう判断をした裁判官は、一部だけであって、多数派にはならなかったようだ。(だから「補足意見」という形で、少数派の意見として紹介されている。)
裁判所自体が、労働者虐待の方針を取っているわけだ。いくらかは是正しつつあるとはいえ、まだ半分ぐらいは旧態依然の「残業代ゼロ」を是認しているわけだ。呆れるね。
※ 完全に「ゼロ」ではなくて、「ある程度までは払うが、それ以上の残業については金額がゼロ」ということだ。それが「固定額の支払い」という意味だ。
※ 高裁への「差し戻し」というのも、はっきりとしない方針だ。ダメならダメで、最高裁が自分で判決を変えればいいのに、高裁に差し戻してやり直させるなんて、無駄手間だ。その分、判決確定が遅れてしまう。
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なお、こんなことをやっていたら、トラック労働に携わる運転手の人員が足りなくなるに決まっている。それでいて、「運送業界の人手不足の危機」などとほざいている。
日本の物流は崩壊してしまうかもしれないのに、あえてその状況を放置しているわけだ。馬鹿げているとしか言いようがない。日本全体で自殺に向かっているのも同然だろう。
かつてはきつくても稼げる仕事と言われたトラックドライバーだが、いまは他の業種に比べて低い賃金水準となり、それが人手不足を深刻化させている。
背景には、運賃の値引きの過当競争がある。1990年代に最低車両台数などの規制が緩和され、新規参入が相次いだ。零細企業が大手の下請けになる多重下請け構造となり、運賃の中抜きも横行した。
23年間ドライバーを務めたという男性は「運賃が10万円かかったとしても、会社には半分ほどしか残らなかった」と振り返る。男性は待遇改善を求めたこともあったが、稼ぎが少ない仕事ばかり振られる「配車差別」を受けた。
過当競争や多重下請けの構造が変わらない限り、問題は解決しない。男性は「『今稼げるだけ稼いで、24年度になったら閉める』と堂々と言っている会社がいくつもある」と語った。
( → 運転手、きつくて稼げない 荷待ち9時間、無報酬で積み込みも 過当競争、価格転嫁進まず:朝日新聞 )
このままでは、24年度になったら、日本の物流は一挙に崩壊しそうだ。困った。どうする?
そこで、困ったときの Openブログ。……という話は、すでに前に書いたことがある。下記だ。
→ トラック労働の規制: Open ブログ
一部抜粋しよう。
そこで、困ったときの Openブログ。うまい案を出そう。こうだ。
「突発的な変動が起こらないように、激変緩和措置を取る」
具体的には、こうだ。
「あるときいきなり、100%の規制を導入するのではなく、段階的に少しずつ、規制を徐々に強める」
例を示そう。
最後は 「960時間」という制限にする。ただし、それまでは1〜3カ月ごとに、少しずつその水準に近づけていく。たとえば、
1300時間 → 1200時間 → 1100時間 → 1000時間
というふうに、100時間刻みで段階的に規制を強めていく。(50時間刻みでもいい。)
こういうふうに段階的に制限を強めれば、「突発的な変動」がないので、それによる混乱を避けることができる。
詳しい話は、上記項目を参照。
【 関連動画 】
動画リンク:
→ [クロ現] 運転以外の“タダ働き”が横行? 改ざんされる労働記録 トラック運転手密着ルポ | NHK - YouTube
【 追記 】
「定額働かせ放題」(固定残業代)という馬鹿げた方針を、地裁や高裁はどうして認めるのか? ……あまりにも馬鹿げた判決だと思っていたが、理由がわかった。政府がそれをやっているからだ。(教師や一般公務員で、そうしている。一般公務員で残業代がきちんと払われるようになったのは、近年の河野太郎の改革がなされてからだ。)
政府がそうしている以上、裁判所としてはそれを批判できない。「政府におもねって判決する。さもなくば(自民党の任命した)最高裁の方針で左遷させられる」というのが、日本の裁判所制度の現状だからだ。
結局、政府が「定額働かせ放題」(固定残業代)という制度を容認していたせいで、日本では長らく「定額働かせ放題」(固定残業代)が裁判所でも容認されてきたわけだ。