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G7サミットでは、温室効果ガスの排出抑制がテーマとなった。ところが、日本は石炭火力発電にこだわっている。
主要7カ国首脳会議(G7サミット)は20日、気候変動、エネルギー、環境について議論し、……「排出削減対策がとられていない化石燃料の段階的廃止」も首脳声明に初めて盛り込まれた。
日本は火力発電で使う化石燃料をアンモニアや水素と混焼する技術を、二酸化炭素排出を抑えるとしてアジアで展開しようとしている。
4月にあった閣僚会合では、日本以外の国は電力部門を「35年までに『完全に』脱炭素化する」と盛り込むよう主張したが、昨年のG7に続き日本は抵抗し、「『大部分』を脱炭素化する」との表現になった。二酸化炭素の排出量が多い石炭火力についても、英国やカナダが「30年に廃止」を提案したが入らず、サミットでも踏み込めなかった。
( → G7「再エネ目標・脱化石燃料」合意 でも、天然ガス投資は容認 [気候変動を考える]:朝日新聞 )
各国は「脱炭素化」や「石炭火力の廃止」に踏み込もうとしているのに、日本だけが反対しているので、合意が取れない。
その日本の言い分は、「アンモニアや水素と混焼するので、石炭火力発電でも炭酸ガス排出は抑制できる」というものだ。
なるほど、一見、その言い分は正しそうに見える。炭素(C)だけでなく、アンモニア(NH3)や、水素(H2)をいっしょに燃やせば、そこに含まれる N や H が酸化するときに出るエネルギーの分だけ、CO2 の排出量は減るはずだ、と思えるからだ。
だが、これは論理ペテンである。トンデモと言ってもいい。詭弁と言ってもいい。
そのことを以下で説明しよう。
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「アンモニアや水素と混焼するので、石炭火力発電でも炭酸ガス排出は抑制できる」
ということは、その主張だけを見れば、間違っていない。だが、この論理はインチキである。なぜか? 全体では何も変わっていないからだ。
右手と左手に、豆が 10個ずつ置かれている。ここで、左手の豆を2個、右手に移す。すると、左手の豆が2個減って、右手の豆が2個増える。
ここでペテン師が言う。
「左手だけを見てください。豆が2個減りました。豆が2個消えたのです。すごいでしょう?」
これがつまり、日本政府の主張である。実際には、単に移動しただけで、プラスもマイナスもないのだが、特定の領域だけを見ると、2割減ったように見える。そこで、「2割減りました。すごいでしょう」と自慢する。実際には、背後で2割増えているのだが、そのことは隠しているのだ。
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石炭火力発電も同様である。
なるほど、アンモニアや水素を燃やせば、その分、二酸化炭素の排出は減る。だが、その分、アンモニアや水素を食ってしまうのだ。その水素は、どこから来るか? 太陽光発電を使えば、二酸化炭素の排出なしで、水素生産ができる。「だから問題なし」というのが、日本政府の主張だ。
だが、よく考えてみよう。太陽光発電の電力を使って、水素生産をしたあと、その水素を燃やして発電したら、結局は元の木阿弥である。
太陽光発電 → 水素生産 → 石炭混焼発電 → 電力
この過程では、最初に電力(太陽光)があって、最後にも電力(火力)がある。結局、一回りして、電力が電力に戻るだけだ。何も生産していないに等しい。
ただし、この後半だけを見ると、発電をしているように見える。
だが、その発電の量と同じだけの電力が、水素生産のときに消費されてしまっているのだ。
たとえば、こんな感じだ。
太陽光発電 → 水素生産 → 石炭混焼発電 → 電力
1kWh 0.9kWh
太陽光発電では、1kWh の発電をする。その電力で、水素を生産して、その水素を石炭混焼で発電する。そうして 0.9kWh の発電をする。すると、日本政府は威張る。
「 炭酸ガスを排出しないで、0.9kWh の発電をしました。すごいでしょう。えっへん」
と。
しかし、その際、太陽光発電で1kWh の電力を消費してしまった、ということを理解できていないのである。
また、結局は、1kWh の電力から 0.9kWh の発電をしていることになるので、何もしないでいる状態(1kWh の電力をそのまま使う状態)よりも、はるかに悪いと言える。莫大な手間とコストをかけて、単に無駄遣いをしているだけだ。骨折り損のくたびれもうけとも言える。徒労とも言える。馬鹿丸出しとも言える。
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日本政府の言っていることは、とんでもないインチキ論理である。なのに政府は、これを堂々と唱えている。いかにも正論です、というふうに。
→ 第3部 第8章 第4節 燃料アンモニアの導入拡大に向けた取組 │ 令和2年度エネルギーに関する年次報告(エネルギー白書2021) HTML版 │ 資源エネルギー庁
ここでは、アンモニア燃焼についても論じている。だが、アンモニア燃焼についても、水素燃焼の場合と、話はまったく同様である。
アンモニアでは、水素のほかに、窒素も燃焼される。だが、その窒素を燃やしてできるエネルギーは、プラスでなくマイナスなので、発電のプラス効果がない。(また、仮にプラス効果があるとしても、アンモニア生産のときにエネルギーが消費されるので、差し引きしてプラス効果がない。)

図では、ハーバーボッシュ法でアンモニアが生産される、と示している。だが、そのアンモニア生産の前段階では、太陽光発電による電気分解で水素を生産している。ここで、太陽光発電の電力を消費しているわけだ。
ここでもまた、1kWh の電力を消費しているわけだ。そのあとで、 0.7〜0.9kWh の発電をする。そして、「炭酸ガスを出さずに、発電しました。すごいでしょう?」と鼻高々で自慢するわけだ。自分が1kWh の電力を消費したことをすっかり忘れて。
馬鹿丸出しとは、このことだ。馬鹿は何もしないで寝ていろ。馬鹿が働けば働くほど、世の中の迷惑になるだけだ。
【 追記・訂正 】
上記の説明では、「1kWh の電力から 0.9kWh の発電をしている」というふうにモデル化した。しかし、この数値は甘すぎた。エネルギー変換効率が 90% もある、というのは甘すぎる。実際には、この数値をはるかに下回る数値となる。
まず、エネルギー変換効率は、大雑把に、次のようになる。[ググるとわかる]
・ 充電池 …… 90%以上
・ 燃料電池 …… 80%以上(熱 + 発電)
・ 燃料電池 …… 50%以下(発電のみ)
・ LNG発電 …… 60%以下
・ 水素発電 …… 50%以下(?)
・ 石炭発電 …… 35%程度
・ 石炭複合 …… 60%程度(目標値)
他に、水素やアンモニアの生産のときの効率も考えると、
・ 水の電気分解 …… 60〜70%
・ ハーバーボッシュ法 …… 20%以下
以上のうち、最適の組み合わせを考えると、「水の電気分解で水素生産をして、水素発電をする」となる。この場合の効率は、
0.7 × 0.5 = 0.35
なので、最良でも効率は 35% となる。
水素発電のかわりに石炭複合にしても、おおむね同程度。
単純な石炭発電をした場合には、 35% からさらに大幅に下がって、20%ぐらいにまで下がる。
一方、リチウムイオン電池の効率は 95% だ。圧倒的に上回る。これに比べると、「水素と石炭」という組み合わせは、どの方法を用いても圧倒的に下回る。無駄の極みと言えるだろう。
※ 水素発電は、水素火力発電のこと。これは、LNG 発電に似た方式だ。ただ、水素は LNG よりもカロリー量が低いことを考えると、発電効率が落ちる(酸素を温めることに熱が使われてしまう)ことになる。これを考えると、LNG発電 の 60% に対して、50% ぐらいになると推定される。
> ここでは、アンモニア燃焼についても論じている。だが、アンモニア燃焼についても、水素燃焼の場合と、話はまったく同様である。
【その後のくだりで】
(誤)アンモニアでは、窒素が燃焼される。だが、その窒素を燃やしてできるエネルギーは、アンモニア生産のときに消費されるからだ。
(正)アンモニアでも、主に水素が燃焼される。(窒素も燃焼されるが、窒素酸化物になって大気を汚染するので歓迎されない。ただし、脱硝技術は確立されているので、それがそのまま環境中に放出されることはない。)
だが、それらを燃やしてできるエネルギーは、やはりアンモニア生産のときに消費されるからだ。
(誤)窒素が燃焼される。
(正)水素のほかに、窒素も燃焼される。
⇒ 前の私のコメントでは、わかりやすいように簡単に書いたのですが、言葉足らずだったようなので、再度補足します。
窒素は、高温条件下で酸化はしますが、それは吸熱反応なので、熱エネルギーは出しません。ですから、正確には「燃焼」というのも間違いです。
話が逸れますが、ここ数年の「製鉄」関係の記事でも疑問点があったのですが、どう書いたらわかってもらえるか悩んでいるうちに、コメントをする機を逸しました。
ご指摘ありがとうございました。窒素の燃焼エネルギーは、気になっていたのですが、調べるのをおっくうがっていたので、不正確になってしまいました。
下記のように記述を改めました。
> アンモニアでは、水素のほかに、窒素も燃焼される。だが、その窒素を燃やしてできるエネルギーは、プラスでなくマイナスなので、発電のプラス効果がない。(また、仮にプラス効果があるとしても、アンモニア生産のときにエネルギーが消費されるので、差し引きしてプラス効果がない。)
石炭混焼発電で 0.9kWh を発電できる、という想定は大甘で、実際にははるかに下回る……という話。
⇒ 充電池の「エネルギー変換効率」が 90%、リチウムイオン電池に至っては 95%ということですが、それは「充放電効率」でしょう。充電した電力量の何%を放電するか(取り戻せるか)という、二次電池にだけ意味がある特性値です。
いっぽうで、燃料電池が80%以上(または50%以下)、LNG発電が60%以下というのは「発電効率」です。投入した原料が持つ化学エネルギー量の何%が電気エネルギーとして取り出せるかというものです。
つまり、全く意味が違うものどうしを比較して、それって、Apple to Apple の比較になってますか?
https://takapi-blog.jp/what-is-apple-to-apple/
そこまで言及すると、水素貯蔵の無意味さは明々白々になるから、武士の情けで、書かないであげたのに。
伝送のロスを言及すると、水素貯蔵は自滅します。
今回のコメントについていうと、比較するなら同じ特性値どうしで比較して、違う特性値どうしを比較するならそこにどんな意味があるのか、そこまで親切に書かないと読者はついてこれないですよ、という注意喚起です。
それと、水素のエネルギーロス、および液化のエネルギーロスも莫大だということですが、EVのほうの電池などの製造・維持・廃棄にかかわるエネルギー収支やカーボン収支はどう見積もられる(加算される)のですか? また、水素製造⇒貯蔵⇒混焼のほうは、大規模なスケールで、生産場所(工場)と消費場所(発電所・製鉄所)とを近接させる「地産地消」でやることが前提だと思いますが、それでも、いわば「分散型」のEV方式の収支のほうが良くなるんですか?
そこまで言及すると、筆者のアイディアのアドバンテージが小さくなるのは一目瞭然ですから、騎士道精神で、書かないであげたのに。
そこがわかりにくかったのかな?
ただし、私の主張は、「異なる特性値のものが、実は同じことを意味している」「見かけはまったく別のものが、本質的には同じことを意味している」という、等価性の証明です。
片方は、充電と放電。
他方は、電力消費による水素貯蔵と、水素消費による発電。
この二つは、見かけ上はまったく別のことに見えますが、実際には「電力のタイムシフト」という同じことをやっている。その等価性を主張している。
一方、政府は、後者を「発電の一種」(炭酸ガスの発生の減少をもたらす)と主張している。実際には、ただのタイムシフトにすぎないので、炭酸ガスの発生減少をもたらさない(むしろ無駄がある分、余計な炭酸ガス発生がある)のだが、炭酸ガスの発生減少があると見せかける。そこにペテンがある。
本項の話のテーマとしては、政府のペテンを大きく扱っていますが、本質的な事柄は、上記の「等価性の証明」です。ただし、そういう学術的なことを言っても、読者には受けないんだけどね。
p.s.
誤字訂正
発生源 → 発生減少