2023年05月09日

◆ 固定費・変動費と稼働率

 ( 前項 の続き )
 「固定費が低くて、変動費が高い」という設備(古い設備)は、稼働率が低い場合の用途に適する。

  ※ めんど臭そうな話ですが、重要なことが書いてあります。

 ──

 「固定費と変動費」という用語は、会計学に出てくるが、本項は、会計学の話でなく、経営の話だ。これを設備の稼働率と結びつけて考える。

 ※ 固定費とは、設備費・不動産費・人件費(月給)など。
 ※ 変動費とは、材料費・電気代・人件費(残業代)など。
  ( 前者は生産量に依存せずに一定だが、後者は生産量に比例する。)

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出典:mcframe


 普通の経営では、次のようにしがちだ。
  ・ 固定費は変えられない定数と見なす。(所与の値)
  ・ 変動費をなるべく下げようとする。(可変的な値。)

 (たとえば、カイゼンという労働者の努力で、変動費を下げることができる。また、設備を旧式設備から新鋭設備に更新すると、[効率アップのおかげで]変動費が低下する。)

 一方、上の図のことから、次の方針も取りがちだ。
 「稼働率を上げると、固定費の負担なしに、変動費の負担だけで、生産量を増やせる。これなら、無駄がない。だから、なるべく稼働率を上げることが大切だ」


 以上のことは、普通の経営方針である。たとえば、カルビーの経営者は、「稼働率をフル稼働にすることで、利益率を高める」という方針を取った。
  → (新トップ)カルビー社長・江原信氏 おいしく成長、「じゃがりこ」を世界へ:朝日新聞

 ここでは、「利益の最大化」という目標がある。これは一般企業ならば当然のことだ。

 ──

 一方、エネルギー産業は別の事情にある。
  ・ (季節要因で)需要の変動が大きい商品がある。
  ・ (供給不足のない)「供給の安定」が最大の目標となる。


 ここでは「利益の最大化」は目標ではない。仮に「利益の最大化」が目標ならば、なるべく供給を減らして、供給不足になるように仕向ければいい。そうすると、電力不足やガス不足になって、「高くても買いたい」という企業が増えるから、価格が異常に高騰する。そのせいで供給企業は不当にボロ儲けする。一方で、購入する側は不当に高い価格を払うハメになる。また、エネルギー不足で大損したり倒産したりするハメになりかねない。
 実際、似た例はあった。電力市場の価格高騰で新電力が次々と経営破綻した、という例だ。ここでは電力会社の側が供給を絞ったせいで、電力市場の市場価格が高騰して、新電力の会社が次々と倒産していった。
 このときは、供給不足の規模が小さかったので、倒産するのは新電力の会社だけで済んだ。しかし、普通の電力全体が大幅に供給不足になると、普通の企業がたくさん倒産することもある。さらには、一般の家庭で冷暖房能力の不足による死者が出たり、病院で機器の不作動による死者が出たりする。

 もっとひどいのは、電力が止まることだ。苫小牧の地震のときには、大幅な電力停止(ブラックアウト)が発生して、大規模な損害が発生した。
  → 苫東厚真発電所への集中: Open ブログ

 とにかく、こういうことがあってはならないのだ。普通の企業ならば、「自社の利益の最大化」が目標となるが、電力などの基幹産業では、「自社の利益の最大化」は目標とならない。かわりに、「ブラックアウトを回避すること」つまり、「国全体で大損失が発生することを回避すること」が最大の目的となる。
 ともあれ、(ブラックアウトの発生で)「電力会社だけがボロ儲けして、国全体が大損する」というようなことは、あってはならないのだ。それではまるで、「一将功成りて万骨枯る」だからだ。


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 ※ この話は、前項の「部分最適化と全体最適化」という概念でも説明できる。エネルギー産業など、公共料金のある産業では、しばしば成立する。たとえば、電車もそうだ。電車も故意に故障を頻発させて、運休を多くして、臨時列車を特別に高価格で提供すると、鉄道会社はボロ儲けできるが、乗客は大損するので、一国全体では「一将功成りて万骨枯る」となる。
 
  ──

 では、以上のような問題を防ぐには、どうすればいいか? それは、「ブラックアウトを防ぐには」というテーマで、すでに説明済みだ。たとえば、北海道の電力を安定させるには、(北本連系線よりも)バックアップ電力を整備すればいいのだ。
  → 北本連系(線)は無駄だ: Open ブログ

 さて。バックアップ電力を整備すればいいとしても、その方法が問題となる。なぜなら、バックアップ電源を整備するにしても、その稼働日はごく少ないからだ。

 そもそも、ブラックアウトが発生するほどの過大な電力消費があるのは、年に数日しかない。
  → 電力のピークは年に数日: Open ブログ

 年に数日のために、過大な設備を導入するべきか? もしそうしたら、一年のうちのほとんどの日数( 360日ぐらい)は遊休してしまう。稼働率は1%程度だ。そんなに稼働率が低い設備を導入すると、(単位電力あたりの)固定費の負担が膨大になる。(稼働日が 100分の1ならば、固定費の負担は 100倍になる。)……この件は、冒頭で述べたことからもわかる。

 では、こういう場合には、どうすればいいか? それは、すでに前項で述べた通りだ。つまり、固定費の負担の少ない(設備の償却がほとんど済んだ)古い設備を使えばいいのだ。(石炭火力発電でもいいし、古い石油火力発電でもいい。)
  → 石炭発電を全廃するな: Open ブログ(前項)

 古い設備は、性能が低くて、変動費が高い。だから、常用する(高い稼働率で使う)には適さない。しかし、たまに使うぐらいなら、変動費が高いことはさして問題とならない。それよりは、固定費の負担が少ないことの方が、圧倒的なメリットとなる。(巨額の新規設備を必要としないからだ。)
 一方で、古い設備が稼働すれば、供給不足は解消するので、「(電力不足による)ブラックアウトを防ぐ」という最大目的は達成される。
 かくて、「固定費負担の少ない古い設備を、万一の場合に備えてバックアップ用の設備として用意しておく」というのが、解決策となるわけだ。

 要するに、前項で述べた方法は、「固定費と変動費」という概念と、「稼働率」という概念を組み合わせて説明すると、きれいに説明できるわけだ。
     ※ 年に数日のような大規模な供給拡大のためには、すごく古い設備を使えばいい。
     ※ 年に数週間のような中規模な供給拡大のためには、やや古い設備を使えばいい。


 ──

 さて。これで話は終わりだ……と言いたいところだが、そうではない。
 実は、以上の話は、前振りだ。以上の話と対称的な形で、次のことが言える。
 「上で述べたのは、固定費が低くて、変動費が高い、という場合の話だった。一方、それとは逆の場合がある。つまり、固定費が圧倒的に高くて、変動費が極端に低い、という場合だ。このような場合には、固定費の負担を引き下げるために、販売量を過剰に増やそうとする傾向がある。そのせいで、市場におかしな歪みが発生することがある」

 このような原理が働くことがある。ただし、この原理で物事が説明できるということは、あらかじめ「固定費と変動費と稼働率」というが経年を理解しておく必要がある。そこで、本項では原理的な説明をしたわけだ。

 この原理を理解した上で、次項の話を読んでほしい。



 [ 余談 ]
 似た話は、他にもある。「固定費と変動費」という概念を理解できないで、物事を勘違いしてしまう例だ。それは、太陽光パネルの場合だ。

 太陽光パネルについては、次の発想がある。
 「製品は大量生産すると、価格が劇的に下がる。たとえば、半導体は、初期価格が非常に高いのだが、大量生産すると、価格が劇的に下がった。同様のことを、太陽光パネルにも適用すればいい。つまり、太陽光パネルに補助金を付けて、太陽光パネルをたくさん販売すればいい。そうすれば、(補助金によって)大量生産ができるので、大量生産の効果で、太陽光パネルの価格が大幅に下がるだろう。そのあとは、補助金なしでも、太陽光パネルは安価になってどんどん普及するだろう。以上のことが見込めるので、最初に太陽光パネルに莫大な補助金を投入するべきだ」

 この発想のせいで、初期に莫大な補助金が投入された。そのあげく、(補助金のツケを支払うために)消費者である家庭と企業には、莫大な負担金が課せられた。「再エネ賦課金」という名称で。

 だが、以上の発想は、まったくの間違い(妄想)である。「製品は大量生産すると、価格が劇的に下がる」ということは成立しないのだ。
 それが成立するように見えるのは、大量生産の段階ではなく、大量生産の前の試験生産の段階だけである。試験生産の段階では、生産量の増加にともなって価格が急減する。だが、それは、次の二点が理由だ。
  ・ 固定費負担の減少 (単位あたりの負担が減る)
  ・ 歩留まり率の向上 (変動費の負担が減る。)

 たとえば、歩留まりが 50%なら、単位あたりの変動費の負担は2倍になる。圧倒的な高コストだ。ところが、歩留まりが 99% ぐらいに上がれば、変動費の負担はもはや問題がなくなる。だから、歩留まりが高くなると、コスト負担は減る。
 しかし、いったん試験生産の段階を終えて、大量生産になると、歩留まり率はたいして上がらない。 99%が、99.9%になっても、さらに 99.9999% になっても、変動費コストダウンは 0.9% とか、その程度の向上にしかならない。大量生産によってコストが劇的に下がることはないのだ。
 つまり、「大量生産によってコストが劇的に下がる」というのは、工業生産のことを何も知らない人の妄想にすぎないのである。このことは、前に詳しく説明した。
  → 大量生産と価格低下(太陽光発電): Open ブログ

posted by 管理人 at 23:29 | Comment(0) | 一般(雑学)6 | 更新情報をチェックする
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