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朝日社説を引用しよう。
歩道を行き交う人が巻き込まれる事故が多発している。
自転車の無軌道な運転が相変わらず目立つ。警察庁の統計では昨年、歩行中に自転車に衝突されて亡くなったのは3人、重傷者を合わせると312人。事故の現場は歩道や路側帯が全体の45%と最も多い。
日本はクルマ優先で道路整備を進めた結果、都心では自転車道の確保が難しくなっている。自治体は危険度が高い地域を調べ、通行帯の整備を順次進める必要がある。自動車の通行制限や沿道の無電柱化など、まちづくり全体の中で自転車が走る空間を生みだしてほしい。
国土交通省によると、計画に基づき整備できた自転車の通行空間は全国で総延長3600キロ程度と、予定の5分の1にとどまる。ニューヨークは東京23区(約430キロ)の5倍、パリは2倍と明らかに進んでいる。
脱炭素社会への重要課題でもある。政府は新たな交通体系の大きな絵図を描き直す時だ。
( → (社説)歩道事故多発 自転車道の確保を急げ:朝日新聞 )
最後の一文に「脱炭素社会」という言葉からもわかるように、いかにも環境保護派の朝日新聞らしい主張だ。ついでに、「かかる費用をまるきり無視している空理空論」であるところも、朝日新聞らしい。
ニューヨークやパリと比較して日本の自転車道が少ない、と批判しているが、人口密度というものをまるきり無視しているね。日本みたいに人口密度が高くて土地が足りないところで、自転車道を作る余裕など、あるわけがないだろうに。場所もないし、金もない。現実を無視した夢を語っても仕方がない。
田舎の人は、「赤字路線を維持したいから、莫大な金を投入してくれ」と要望するが、都会にいる環境保護派は、「自転車道を作りたいから、莫大な金を投入してくれ」と要望する。どちらも他人の金頼みで、「金をくれ」と望んでいる。子供じゃあるまいし、「ほしい、ほしい」と駄々をこねるべからず。大人なら大人らしく、「自分の金を出す」と言うべきだ。つまり、「赤字路線を維持したい」とか、「自転車道を作りたい」と言うのであれば、「そのために国民全員から年額 10万円を新規徴収する」という制度を提案するべきだ。そういうのが、責任ある大人の態度というものだろう。
とにかく、「ほしい、ほしい」と駄々をこねるのは、ガキのころだけにしておけ。大人がやるのは、みっともない。

では、自転車道を作らないとしたら、かわりにどうすればいいのか? 事故を減らすためには、どうすればいいのか?
それは、記事を見ればわかる。
「昨年、歩行中に自転車に衝突されて亡くなったのは3人」
年間にたったの3人だ。これっぽっちのために国策で大々的に対策を取る必要などはない。世の中にはもっと重要な政策がたくさんある。3人の事故死者などは誤差に過ぎまい。だから、こんな話題は、無視しても差し支えないのである。
[ 付記1 ]
自転車道よりは、歩道を作るべきだ。というのは、歩車道の分離がなされていないせいで、歩行者が交通事故に遭う事例があとを絶たないからだ。こちらの方が喫緊の課題だろう。歩行者を守るなら、自転車との衝突から守るよりは、自動車との衝突から守るべきだ。
この件は、前にも述べた。「集団登校の児童が交通事故に遭う例が何度もあるが、それは歩車道の分離がなされていないことが多いからだ。特に、田舎ではそうだ。だから、歩車道分離を実現せよ」と。
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[ 付記2 ]
歩車道分離のない道路では、自動車の速度制限も大切だ。住宅街では、1車線では(時速) 30キロ、2車線では 60キロであることが多いが、いずれも高速すぎる。その半分ぐらいが妥当だろう。つまり、1車線では 15キロ、2車線では 30キロにするべきだ。(歩車道分離のない道路の場合。)
都会の住宅街では、このくらいの速度で走っている実例が多い。ただし田舎だと、人通りが少ないせいか、住宅街でも高速に突っ走る車が多い。だから田舎では、(歩行者)事故率が高い。
[ 付記3 ]
朝日社説では、キックボードにも言及している。
さらなる懸念は、街中で増える立ち乗り式の電動キックボードだ。7月1日以降、最高速度が20キロを超えない車体は「自転車並み」の扱いになる。6キロ以下に制御していることが車体のランプ表示などで視認できれば歩道も例外的に走れる。
自転車もキックボードも車道の危うさを避けようと歩道に入り、歩行者を危険にさらす姿が浮かぶ。
キックボードの危険性を指摘するのはいい。だが、これを「自動車道の整備」の理由とするのは、筋違いだ。社説にもあるように、「6キロ以下に制御していることが車体のランプ表示などで視認できれば歩道も例外的に走れる」ということなのだから、歩道では6キロ以下だ。それならば、危険性は低い。
問題は、歩車道分離がなされていない道(1車線)だ。そこではキックボードが高速で走れる。その速度は時速 30km だ。とんでもない高速だ。こちらの方がはるかに危険度が高い。こっちの制限の方が、喫緊の課題だろう。
しかも、キックボードはブレーキが付いていない。減速するには、アクセルを弱めることでしか減速できない。したがって、衝突の危険はとても高い。こんなものは、欠陥器具なのだから、公道を走るのを禁止するのが最善なのだが。
なお、「ブレーキがないなんて、嘘だろ」と思うかもしれないが、本当だ。なぜなら、ブレーキをかけると、つんのめって、人が前に飛び出してしまうからだ。このことは、前に示した。
→ 電動キックボードのブレーキ: Open ブログ
つまり、一部の高級キックボードには、ブレーキが付いているのだが、急ブレーキをかけると、かえって事故の程度がひどくなる。だったら、ブレーキを付けない方がマシだ。そうすれば、歩行者は事故の被害がひどくなるが、キックボードの運転者は事故の被害が少なくて済むからだ。他人を殺すことはあっても、自分が死ぬ危険は減るからだ。乗っている自分の命を守るためには、キックボードはブレーキがないのが最善なのだ。(キックボードに乗る人にとっては。)
この意味で、キックボードというのは、「自分の命を守るために歩行者の被害を増やそうという」エゴイズムの器具であり、一種の殺人機械なのである。キーボードに乗る人にとっては有利だが、歩行者にとっては凶器なのだ。こういうものを規制することの方が、よほど世のためになるはずだ。
国交省は建築業界のゴルフ友達なんですが、ここは頑張ってほしいです。
そういう施策をすれば、わざわざ自転車道を整備する必要はなくなる。
車道を走らせると、自転車の人は死ぬかもしれないし、自動車の人は殺人者になるかもしれない。あなたが自動車を運転するとして、自転車の人を殺して殺人者になりたいか?