2023年03月24日

◆ 国産 ChatGPT の是非

 国産 ChatGPT を開発すべきか否か、という議論がある。

 ──

 自民党が議論しようとしている。
 自由民主党(自民党)のデジタル社会推進本部は3月22日、AI関連の政策提言をまとめる「AIホワイトペーパー」の骨子を公開した。「ChatGPT」の登場で「AIをめぐる社会状況は一変した」としたうえで、新たなAI国家戦略の策定などを提言する。
 提言では、大規模言語モデル(LLM)の独自開発に乗り出した英国を引き合いに、ChatGPTに匹敵する国産AIモデルの検討を含め、国内のAI開発基盤の育成・強化支援などについて盛り込む。
 「LLMモデルを自前で作るには膨大な計算資源や人材が必要。どれくらいの時間軸になるのかも含めて検討する必要がある」
 「海外のAIを使ったほうが早いのではないか、あるいは日本のAI産業を支える人材が無くなっても良いのかという議論もある。提言には短期と中長期、両方の視点を盛り込む」
( → 日本のAI政策、「和製ChatGPT」の開発にこだわるべきか否か--自民党が提言へ - CNET Japan

 議論すること自体はいいが、最終結論はどうするべきか? すぐに思い浮かぶのは、次の二点だ。
  ・ (肯定)最先端の技術には、国費を投入して促進するべきだ。
  ・ (否定)国が国費を投入した事業で、近年は成功したためしがない。MRJ とか。


 上の二点があるので、私も賛否両面をいろいろと考えてみた。
 そのすえに、私の結論は以下の通り。

 ──

 現時点で、各社とも英語版の GPT に比べて、日本語版の GPT は性能が劣るようだ。BingAI では、「質問を英語に直してから、回答を英語にして、それを日本語に戻す」という遠回りな仕方をしている。日本語文献ですら、いちいち英訳を経由しているようだ。面倒ですね。
 だったら最初から日本語文献だけ調査すればいい……という気もするが、事実についての情報なら、日本国内の情報よりも世界レベルの情報が必要となるので、「日本語文献だけを漁っていればいい」とはならない。やはり、たとえ日本語 GPT を作成するにしても、その知識ベースとなる文献調査は、英語文献調査が不可欠だ。その意味で、たとえ国産 GPT を作るにしても、英語版もきちんと作る必要がある。
 しかし、それだったら、すでにある既存の(または将来のライバルの)GPT の日本語版を使うのであっても、同様だ、とも言えるだろう。ならば、いちいち開発する必要はなさそうだ。

 とはいえ、各社はもともと日本語版をかなり手抜きしていて、日本語版の性能は低い。この状況を放置していると、「低レベルの GPT しか使えない日本全体の競争力が低下してしまう」という問題が起こる。GPT 産業自体では、無駄な出費をしないで、節約できるのだが、その結果、高度なツールを使えないせいで、日本全体の能率が低下してしまう、というありさまだ。
 これはちょうど、富士通などのIT企業がわざわざポンコツパソコンを使うのと同様だ。Windows10 時代に、「メモリは4GB がないと使い物にならないのに、2GB しかないので、パソコンがまともに使えない状態だ」という苦情がいっぱい出ていた。メモリ代を2〜3万円ぐらい節約しようとして、仕事の能率を大幅に低下させていたわけだ。馬鹿丸出しとしか言いようがない。その馬鹿さ加減が、ネット上ではさんざん嘲笑されていた。
 そして、それと同様のことが、GPT でも起こりかねない。「国産 GPT の開発費用を出すことをやめたので、開発費の数千億円を節約できたが、日本全体の GPT 利用状況が低レベル化したせいで、国全体ではその十倍以上の損失をこうむった」というふうになりかねない。

 以上のことから、結論はこうなる。
 日本は国産 GPT の開発をするべきである。ただし、それは、ライバルに勝利するためではない。ライバルに勝利することは難しいし、たぶんライバルに敗北するだろう。しかし、敗北することは失敗ではない。
 日本が国産 GPT を開発すれば、日本における GPT 市場を失うまいとして、ライバルは日本語版の開発に大金を投入するだろう。マイクロソフトや Google も、自社の GPT の日本語版の性能を引き上げようとして、大金を投入するだろう。そのことで、日本政府が投入した開発費の数倍もの投資効果が(世界全体では)起こることになる。
 それだけではない。そのような開発競争を通じて、日本語版 GPT は(各社の競争を通じて)大幅にレベルアップするだろう。英語版よりも大きく性能が劣るという状況は改善されるだろう。そのことで日本全体に莫大な能率アップの効果をもたらすだろう。そして、それこそが、最終的な狙いなのである。

 簡単に言えば、次の対比だ。
 (誤) 国産 GPT の開発 → 国産 GPT の向上 → 日本の GPT 利用環境の向上
 (正) 国産 GPT の開発 → ライバル GPT の向上 → 日本の GPT 利用環境の向上


 つまり、国産 GPT を開発するのは、国産 GPT の性能に期待しているからではない。ライバルを叱咤する(鞭打つ)ための当て馬にするだけだ。その役割さえ果たしてくれれば、それで十分なのである。(国産 GPT そのものには、あまり期待はできないが。)



 [ 付記 ]
 かつて TRON という国産 OS の開発プロジェクトがあった。これは 1984年に開始したもので、当時の主流だった DOS/V や PC-9800 をはるかに超えるアーキテクチャーがあった。マイクロソフトはこれに危機感を抱き、TRON をつぶそうと大騒ぎした。だが、同時に、マイクロソフトは Windows3.0 や Windows3.1 の開発を進め、そのあと Windows95 の開発に結実させた。これ以後、パソコンは劇的に普及することとなった。
 その意味で、TRON は Windows95 の当て馬としての役割を十分に果たしたと言える。TRON そのものは普及しなかったが、Windows95 の開発を促す効果はあったと言える。当て馬は当て馬なりに、十分に役割を果たしたのである。その意味では、Windows によるパソコン時代の隆盛のために、坂村健は大いに貢献したと言えるだろう。( MS-DOS の大成功で鼻高々なって威張っていたビル・ゲイツに、鞭打って必死にさせる効果があった。)

posted by 管理人 at 23:09 | Comment(2) | コンピュータ_04 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
9801など懐かしい名前が出てきて嬉しいです。その後日本のパソコンはどんどん衰退の一途をたどったのですが、その理由の一つは日本語にあると思います。やはり日本語ベースの開発では市場が小さすぎて世界に太刀打ちできません。その点中国のTikTokはよくやっています。米国の公聴会で中国人(国籍は分からない)の米国社長が堂々と?した英語でやり取りしているのを見てこれが現在の中国を支えている人材だと思いました。いずれにせよ日本人しか使わない日本語AIソフトは昔の徳島の「名前が出てこない」ワープロソフトと同じ運命になることが確実です。
Posted by よく見ています at 2023年03月25日 10:14
絶滅した(しかけている)ワープロソフトは「一太郎」でした。時代に先駆けた優れたソフトでしたが、世界中がWordを使うので日本だけで通用するソフトでは生き残れません。
Posted by よく見ています at 2023年03月26日 09:39
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